[連載・クワイトファインプロジェクト]第22回 馬事文化について、考える。

読者の皆様は「桜花のキセキ」というアイドルグループをご存じだろうか。

馬事文化応援アイドル、というキャッチフレーズで2018年5月に結成され、ライブ活動やNetkeiba等の媒体でご活躍されていたが、この3月にグループを解散することが決まったそうだ。

私もそこまで熱心に肩入れしていたわけではないが、実はひょんなきっかけでメンバーのお一人と知り合う機会があった。それを機に、ちょうどクラウドファンディング真っ最中の2019年12月にグループのイベントに呼んでいただきプロジェクトを宣伝する機会をいただいたことがある。その時にファンの方からお声がけいただき、現役時代のクワイトファインのレースを金沢で見ましたよと言っていただいた。今となっては懐かしい思い出の一つである。

 馬事文化、と言っても様々で、在来種の保護もだし、乗馬の普及、野馬追や流鏑馬などの神事・祭事、日本だけの文化であるばんえい競馬、そしてもちろんサラブレッドの競馬の広告宣伝も馬事文化の振興にとっては大切なことである。

しかし、それらはすでに何年も前から言われていることである。一方で、ここ2~3年の馬事文化の普及に大きく貢献しているのは、好むと好まざるとはさておいて、やはり「ウマ娘」ということになるのだろう。いや、大きく貢献、などという表現では生ぬるい。凄まじい勢いで、ライスシャワーやセイウンスカイなどの過去の名馬が、(血を残せなかった名馬も含め)普通に日常会話やネットのトレンドワードに上るようになったのだから、これを馬事文化の普及に貢献したと言わずして何というのか。

 そして、もう一人、ここ1年程、競馬ファンの拡大に大きく貢献しているのが、以前このコラムでも取り上げた西山茂行オーナーである。おそらく「ウマ娘」から競馬に親しんだであろう若い競馬ファンの、時には不躾と思われかねない質問にも粘り強く懇切丁寧に説明される姿勢は、さすがは競馬界で何十年ものご経験を積んできたトップホースマンだなと唸らされる。短気な私にはとても真似できない。表現の仕方が難しいが、今風の流行言葉で言えば「俄か」競馬ファンを「(いい意味での)沼」に引きずり込むことについて西山オーナーは絶大な貢献をしていると思う。私のようにそれなりに長いこと競馬に首を突っ込んでいる人間だって、西山さんクラスのトップホースマンと直接話す機会なんてほとんどないのである。そういう意味では今の競馬ファンの方々は本当に幸せだ。

さて、私はと言うと、昨年10月から稼働したYouTubeチャンネルが、おかげさまでチャンネル登録者数1,000人が手の届くところまで来ている(1月17日12時時点で927人)。坂崎ふれでぃさんの漫画を通じての波及効果は計り知れないが、やはり世の中はそんなに甘くない。坂崎さんのツイートに1万人以上が「いいね」をしているにもかかわらず、YouTubeチャンネルの登録にまでその数値が遠く及ばないのは、まだまだ私の努力不足であり、もっともっと有意義でためになりかつ動画として面白いコンテンツを提供していかなければならないと考えている。

そして、このコラムでも動画でも折にふれ言及しているように、いわゆるロマン──この言葉は定義が難しいので軽々には使いたくないのだが、「過去の名馬から連綿と続く血統が現代競馬においても花開くこと」とでも定義できようか──を支持する多くの競馬ファンの皆様にプロジェクトもYouTubeチャンネルも支えられているのは紛れもない事実であり、それに応える努力をしつつ、次々に海外の良血馬を輸入して血の向上を図っている現実の競馬にもフィットさせていかなければならない。

 その意味では、私が本筋で訴えている「血の多様性の確保」につながる議論もあわせ、今後の活動展開における一つのキーワードが「馬事文化」だと思っている。

 サラブレッドは工業製品ではないし、同じ畜産業でも牛や豚のように、人間が人工授精で大量生産する家畜とも違う。あくまで自然交配、自然受胎、自然分娩を大原則としている。だから様々なドラマが産まれ、人々を魅了し続けている。しかし、強い馬を作ることに特化集中し、一部の資本家のビジネスツールの側面がここ20年くらいで急速に強くなっている現代の馬産において、いずれ「人工授精・大量生産」ということを考える人間が出てきてもおかしくはないだろう。

おそらく私の生きている間ではそうはならないと思うが、百歳まで生きていたら有り得なくもない……そんな時代を見るために長生きなんかしたくないが、50年あればそんなコペルニクス的大転回があってもおかしくないのだ。その証拠に、私が競馬を見始めた30年前の競馬を、今の競馬がデフォルトだと思っている若いファンの方々に見せてあげたい。血統も、生産者も、オーナーも騎手も多様で、もっと生々しい人間の欲望が見え隠れしていた30年前の競馬を。人工授精・大量生産で送り出されたサイボーグのようなウマたちが繰り広げる競馬からは、おそらく「ロマン」も「馬事文化」も生まれまい。そんな時代は誰も見たくないだろうと思っている。

 私のYouTubeも、基本はプロジェクトとしての発信になるが、広い意味での「馬事文化」発信のために今後も努力していきたい。血の多様性を保つことがいかに重要か、一人でも多くの方に理解していただくために。

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