[連載・クワイトファインプロジェクト]第43回 がんばろう能登

当初書こうと思っていたテーマ(地方競馬振興について)で今一つ文章がまとまりきらず、ウマフリ編集部さんに1週の延長をお願いしたら、週末、またしても能登の地に無慈悲な天災が牙を向いた。

先般の豪雨災害で、主に奥能登3市町(輪島市、珠洲市、能登町)に大きな被害がもたらされた。

ベラジオさんの動画にて、私に関して能力のなさを揶揄するコメントを書かれた方がいた。プロジェクトに関してどうのこうの言われることには極めて心外な思いもあるが、震災復興に関しては、わずかながらの寄付をした以外、私は何一つ被災地のお役に立てていない。それはどんなにネットで誹謗中傷されても全く反論できないし、本当に自分の無力さに腹が立つ。

私もできる範囲で、1月からチャリティー物販を展開したり、2月に金沢の現役ジョッキー柴田勇真さんとの対談動画を公開したり、6月に冠レースを開催し地元の北國新聞に取り上げていただいたりと、金沢競馬を通じ一人でも競馬ファンの耳目を金沢競馬に、引いては被災地石川県に向けられるように小さな試みはいくつか試みたが、正直、何の成果も残せていない。金沢競馬が石川県の県営競馬でなかなかコラボレーションが難しい側面はあるにしても、吉原寛人騎手やショウガタップリ号(残念ながら先日亡くなってしまいましたが)など、全国区のスターになりうる人馬がいるにも関わらず、これだけのコンテンツの魅力を競馬ファンに発信できないことについては、忸怩たる思いがある。

もう少し県競馬との太いパイプや、私の意図を評価して応援してくださる企業さんなどが現れてくれればいいのだが、一人でやれることには限界がある。正直なところ、コスト倒れに終わるくらいなら、初めからその分を寄付に回した方がより直接的・効果的である。とは言え、2月、3月、6月と3回被災地に足を運び、自分の足で現場を歩き、現状をこの目で見てきた55歳の一人の社会人として、自分の能力不足を言い訳にこのまま企画倒れ・掛け声倒れで終わらせるのは、人として本当に恥ずかしいことである。

プロジェクトは今、小さなトラブルはあったものの全体としては2歳馬1頭がデビュー、もう1頭のクワイエットエニフも大井デビューに向け調教中、1歳馬たちもベラジオさんの馬(バトルクウ2023)は門別入厩予定、西本オーナーの馬(ガレットデロワ2023)はKOKURI TVさんの動画によると中央入りの可能性を示唆されている等、すべてが順調とは言えないがそれぞれに戦いの準備を進めている。もちろん、プロジェクトの認知度拡大に向けてやるべきことは多々あるものの、どちらかというと今は現役馬たちの活躍をどうサポートするかがメインとなっている。結果ファーストになるのは本意ではないが、まずはそれをしっかりやっていく必要がある。

しかし一方で、本当に大事なことは、それこそ「お気持ち表明」と揶揄されることを覚悟で書くのだが、世の中の「光の当たらないところにどうやって光を当てるか」なのだと思う。国土の(能登に限らず)均衡ある発展もそう、中央競馬と地方競馬のバランスもそう、サラブレッドの血統もそう。

競馬コラムのこの場で大きなテーマを扱うつもりはないが、このコラムを読んでいただいている同世代から少し先輩の方々はわかっていただけると思うが、地方都市の生活インフラも、地方競馬場も、サラブレッドの血統も、ほんの30年前はもう少し多種多様であった。もちろん、資本主義・自由経済社会なのだから経営資源はもっとどんどん集約すべし、という考え方の人もいるだろうし、いまここで論戦をするつもりはない。

ただ、競馬ファンとして、サラブレッド生産の受け皿たる地方競馬場をもっと集約すべし、という考え方の人はさすがにいないと信じたい。地方競馬場も、中央競馬の1勝クラスも馬が多すぎて入厩すらままならないという状況はここ数十年の地方競馬場の相次ぐ廃止(公営新潟、中津、上山、高崎、宇都宮・足利、益田、荒尾、福山など)がもたらしたものと言えるし、つい15年ほど前には門別、岩手、笠松、高知といった競馬場でも常に存廃の議論がされていたものだ。それを考えるとよく踏みとどまってくれたと思うし、競馬場を守った関係者の皆様の労苦には本当に頭が下がる。

話を戻す。

私は石川県出身ではないし親戚縁者もいない。毎度言っているように好き嫌いで動いている人間ではないから、とくに金沢市や石川県が好きで好きでたまらないという動機で動いている訳でもない。しかし、同じ時代を生きる一人の日本人として、能登の現状を少しでもよくしたいという思いは持っている。また、金沢競馬場にゆかりのある一人のホースマンの端くれとして、金沢競馬が人馬共にもっと脚光を浴びてほしいし、金沢競馬の売り上げの一部は復興支援にも確実に当てられるのだから、シンプルにもっと勝馬投票券が売れてほしいと思っている。そして、55歳という人生の晩年を迎えつつある一人の人間として、何か一つでも世の中の役に立ってから死にたいという思いもある。

今の風潮からすると、私は変人なのかもしれない。理解不能なのかもしれない。厄病神扱いされるのもある意味もっともなのかなという気もする。しかし、このまま諦めて中途半端な奴と罵られて死んでいくのも嫌なので、いつか大きなビジネスの輪になることを信じて、復興支援にはこれからも取り組んでいく。ネットで批判したい人はどうとでも言うがいい。

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