さよならは言わないで サンアディユとカノヤザクラ

2006年JRAは北九州記念を芝1800mから1200mに変更、サマースプリントシリーズを創設した。
セントウルSはその最終戦となり、これを制する馬がスプリントチャンピオンになることが多く、まさにひと夏の物語、その最終話だ。初代チャンピオンのシーイズトウショウに続き、2007年にここを勝ち頂点にたどり着いたのがサンアディユ。この物語の主役の一頭であり、どうしても書き残しておきたい馬だ。

サンアディユは同期が桜花賞を走った翌週に阪神未勝利戦でデビュー。
ダートを中心に使われ、3戦目に逃げる競馬を試み先頭でゴールを駆け抜けた。
繊細な面が強かったサンアディユにとってスピードを活かす逃げ戦法は最大の武器となり、未勝利脱出から7戦目でオープン入り。しかしダートのオープン馬たちは手ごわかった。短距離戦ではなかなかハナを奪わせてはくれない。揉まれては大敗を繰り返したサンアディユ。気性面を考慮すればオープンでは厳しい戦いが続いてしまうのではと危惧した陣営は芝に活路を見出す。

それがアイビスサマーダッシュだった。

村田一誠騎手を背に出走したサンアディユはダートで2戦続けてふた桁着順だったことで13番人気。初体験の芝の実戦、それも舞台は新潟一直線の1000m。ハナは期待できないもののダートの短距離戦と比べれば揉まれない可能性は高く、気性面のモロさをカバーできるのでは。陣営はそこにかけた。そしてサンアディユはそれに応え、重賞タイトルを手中に。一気に夏の主役に躍り出た。北九州記念7着後に迎えたセントウルS。

トップは15Pのアグネスラズベリ、2位はクーヴェルチュール(14P)、3位に11Pでサンアディユが続き、1位と3位、4位キョウワロアリングがセントウルSで激突。

内枠からスタートを決めたサンアディユは引っ張り切れない手ごたえでゴールデンキャスト、アイルラヴァゲインの間を抜けてきた。揉まれ弱さなど微塵も感じさせない走り、半年ちょっと前にダートで揉まれ大敗していたのが信じられない。サンアディユ、ひと夏で強く、そして美しく成長した。

アグネスラズベリやキョウワロアリングを置き去りに力強く抜け出したサンアディユは2着に5馬身差をつける圧倒的な走りでサマースプリントチャンピオンの座についた。

そのとき2着だったのが3歳のカノヤザクラ。

翌年サンアディユをなぞるようにアイビスサマーダッシュを勝ち、セントウルSに出走。トップのキンシャサノキセキは不出走、カノヤザクラにとって前年サンアディユに敗れたうっ憤を晴らす好機。馬番はそのサンアディユと同じ4番。好発を切ったシリーズ2位タニノマティーニが控えると、カノヤザクラはその外につけ、無用な先行争いを避ける。インに突っ込むタニノマティーニに対して外目に持ち出されたカノヤザクラはもっとも苦しい最後の急坂で一段ギアをあげ前にいるシンボリグランらを捕らえ、サンアディユに続いた。

だが、このサマースプリントシリーズにそのサンアディユの姿はなかった。この年の春、休み明けで出走したオーシャンS。ゲート内で暴れた馬に触発されたのか自身の心に潜む弱さを露呈、ゲートで硬直してしまい、大きく出遅れた。その心理的なダメージが原因なのか定かではないが、レースの翌日に馬房で倒れた。心不全だった。

カノヤザクラは翌年のアイビスサマーダッシュを連覇。セントウルSは4着ながらポイント差で2年連続でサマースプリントシリーズチャンピオンの座をも防衛した。

そして翌年、3連覇を目指し出走したアイビスサマーダッシュ。逃げるケイティラブが先頭でゴールを駆ける寸前、残り100m地点からしぶく伸びはじめたカノヤザクラだったが、前にのめるように大きくバランスを崩した。ケイティラブがアップになる背後、懸命にカノヤザクラを止める小牧太騎手の姿が映る。

左第一指関節脱臼。

そこまでサンアディユの後を急いで追わなくてもよかったのに。

サンアディユ、カノヤザクラ。サマースプリントシリーズで輝きを放った2頭の牝馬はあまりに唐突に我々の前から姿を消した。別れの挨拶ぐらいは言わせてほしかった。その子どもの走りを見てみたかった。

サンアディユ、その意味はフランス語で「さよならは言わないで」

快速でならした2頭、あっという間に天へ駆けのぼった。

セントウルSが来るたびに

そっと心の中でつぶやく。

さようなら

あなたたちのことを忘れないよと。

写真:Horse Memorys

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