
■スプリンターズステークスを連覇した名馬といえば?
秋競馬の名物レース、スプリンターズステークス。年間の競馬スケジュールの中で、有馬記念に向けた後半戦スタートのGⅠレースである。
スプリンターズステークスの歴史は古い。1966年に第1回のスプリンターズステークスが実施され、2026年で60回目を迎える。GⅠに昇格したのは1990年の12月、第24回のレースからである。GⅠとなった最初のスプリンターズステークスを制したのがバンブーメモリー(武豊騎乗)で、以降、競馬史に名を残すスプリンターたちが、優勝馬としてその名を刻んでいる。
毎年暮れに開催されていたスプリンターズステークスを、9月に変更し、現在のレーシングスケジュールが定着したのが2000年のこと。ブービー人気のダイタクヤマト(江田照男騎乗)が、海外GⅠを2勝しているアグネスワールドを抑え込み、9月開催初のスプリンターズステークスを制覇してから四半世紀。秋競馬のスタートを飾るGⅠレースとして定着している。
長い歴史を持つスプリンターズステークスだが、GⅠ昇格して以降、連覇を果たしたのは、2025年現在、僅か3頭に過ぎない。
タイキシャトルはマイネルラヴに、ビリーヴはデュランダルに、カレンチャンはロードカナロアに…。
時代を築いたスプリンターが、連覇を狙った翌年には新たな勢力の登場で涙を飲んでいる。それだけ、次々と新星が登場するスプリンターの頂点争いは激しく、連覇するのは大変だという事が分かる。連覇を果たした3頭、12月開催時代のサクラバクシンオー(1993年、94年)、9月開催になってからのロードカナロア(2012年、13年)と、もう一頭が、「白銀の刃」といわれた芦毛のスプリンター、レッドファルクス(2016年、17年)である。

スプリンターとしては異色の経歴と脚質を持つレッドファルクスは、決して派手な馬ではなかった。しかし、静かに、確実に、そして美しく──彼は短距離界に爪痕を残した。芦毛の馬体が、初秋の中山の直線を切り裂くように突っ込んでくるシーンは、見ている者に爽快感を与えた。レッドファルクスは、スプリンターズステークス史に「記録と記憶」を刻んだ名馬である。
■始まりはダートから!
レッドファルクスの蹄跡を辿っていくと、スプリンターとして順調に育ったわけでは無いことがわかる。
全29戦中ダートでの出走が9戦(4勝)、5歳春まではダートを主戦場とし、オープンクラスまで昇格している。3歳春に芝1400mの未勝利戦に勝利したものの、決して将来を嘱望された存在ではなかった。夏の新潟で昇級戦(3歳以上500万下・芝1400m)に出走するも「昇級の壁」にぶち当たり惨敗する。以降はダートに矛先を変え、500万下(現1勝クラス)、鳴海特別(1000万下・現2勝クラス)、トリトンS(芝1600万下・現3勝クラス)を勝ち上がり、オープンクラスに昇格。4歳秋に降級すると、再び準オープンクラスのダート特別戦(テレビ静岡賞)で優勝し、ついに、オープンクラスに定着した。
レッドファルクスの蹄跡の中で、ダートオープン馬としての限界と転機を迎えたレースが、5歳になった初戦の根岸ステークスだろう。
2016年初春、レッドファルクスにとって待望の重賞初挑戦。ダート1400mは過去に2勝の実績もあり、決して不利な条件ではないと思われた。収得賞金の低いダートオープン馬は、重賞レースに出走するチャンスがなかなか巡ってこない。ここで、賞金を積み上げ、ダートの重賞戦線に顔を出せるポジションになりたかったが…。
レッドファルクスは、ダートオープン界の層の厚さを思い知らされることとなる。1番人気のモーニンは力強く、一直線に駆け抜けた。対するレッドファルクスは、砂に沈み…結果は10着。
しかしこの大敗が、彼を芝へと導いた。敗れて得たものは、勝利よりも大きい「運命の転換点」となる。砂に刻まれた足跡が、芝の王者への道しるべとなったのである。
■5歳夏からの逆襲~芝短距離の頂点へ
根岸ステークスで敗れた後、ダートのレース3戦を経て、夏の中京1200mの重賞、CBC賞への出走が発表される。半信半疑の芝への再挑戦。デビュー当初は芝のレースを使い、ダート転向後も、芝の準オープンクラスの特別戦勝利があるレッドファルクスにとって、チャンスが皆無とは言い切れなかった。レースでは3番人気に支持され、期待と不安が渦巻く、芝の重賞挑戦がスタートした。
CBC賞のゲートが開くと、その不安は一掃される。馬群の中で追走するレッドファルクスとM.デムーロ騎手は、直線大外へ進路を取り、一完歩毎に先頭集団に迫っていく。白い影が静かに忍び寄る様はスローモーションを見ているようでもあり、ゴール前できっちり差し切った。必死の逃げ込みを図るラヴァーズポイントにクビ差の勝利。初重賞制覇、しかも芝の重賞。彼の持つ才能が一気に開花した瞬間だった。
遅れてきた「芦毛の彗星」は、ここから大輪の花を咲かせる。

夏を休養に充て、次に目指すのはGⅠ、スプリンターズステークスだった。
2016年秋。右回り、休み明け、初GⅠ挑戦…。不安要素が並ぶ中、レッドファルクスは自身の持つ力を100%発揮し、ゴール前0.5秒に15頭がひしめく大接戦を制する。
1番人気は、春の高松宮記念を制し、春秋スプリントGⅠ制覇を目指すビッグアーサー。その高松宮記念で、一旦先頭に立つもビッグアーサーにゴール前で差され2着に敗れたミッキーアイルが続く。レッドファルクスは未知の魅力を買われて3番人気に押される。
スタートと同時に先頭に立ったのは、松山弘平騎乗のミッキーアイル。ネロ、シュウジ、ソルヴェイグに囲まれながらハナを譲らない。その直後にビッグアーサー、レッドファルクスは中団馬群の外を同じ芦毛のスノードラゴンを従えて追走する。
中山の直線、残り200m。最内で先頭をキープするミッキーアイルに追走馬群が襲いかかる。その差が無くなり、塊となってゴールへ向かう中、白い影が外から静かに忍び寄る。一完歩ずつ、スローモーションのように先頭馬群に迫り、先頭に立っていたミッキーアイルを、最後の一瞬で断ち切る。
その差、頭差。芦毛の馬体が抜け出した瞬間は、白い閃光が走ったかのような鮮やかさだった。

検量室に戻って来るレッドファルクス。満面の笑みを浮かべたM.デムーロ騎手と、白い馬体が夕日に映え、勝利者の風景を更に美しく演出されていた。GⅠ初制覇。レッドファルクスは、初春の根岸ステークスで砂に塗れた悔しさを起点に、一気に頂点まで駆け上った。

■史上3頭目の連覇、競馬史に名を残すスプリンターへ
GⅠ馬となったレッドファルクスは、その勢いで暮れの香港スプリントにチャレンジする。しかし直線で馬群に埋もれ、自慢の末脚を発揮することなく12着に敗れる。この時レッドファルクスは、世界の壁を目の当たりにして、競馬史に残るスプリンターになるために何をすべきか悟ったのかもしれない。
2017年春、高松宮記念。6歳になったレッドファルクスは秋春スプリントGⅠ制覇を目指して1番人気で出走する。小雨が降る稍重馬場で、内に進路を取ったレッドファルクスは苦戦した。直線で外に出すこともできず、内を突いて一旦先頭に立つ。馬場に苦しむレッドファルクスを見ながら、大外からセイウンコウセイが春風に押されるように突き抜ける。レッドファルクスは3着。セイウンコウセイの通った進路は、レッドファルクスが選択したかった進路だった。
しかしその敗北は、秋への布石となる。京王杯スプリングカップで勝利を収め、安田記念を3着にまとめて、再びスプリンターズステークスの舞台へと駒を進める。
秋の中山で、再び白銀の刃が閃く。直線の攻防で、ビッグアーサー、セイウンコウセイを含む先団馬群を、「レッドファルクスの道」ともいうべき外から差し切った。
馬群を縫って、外から計ったように切り裂いていく強烈な末脚。春の借りを秋に返すとともに、レッドファルクスは、史上3頭目となるスプリンターズステークス連覇を達成した。
7歳になった2018年も現役を継続したレッドファルクス。しかし、自慢の大外から繰り出す末脚に陰りが見え始め、7歳初戦の阪急杯は追い込んで3着となったものの、高松宮記念、安田記念、スプリンターズステークスとも着外に終わる。そして、暮れの阪神カップ(8着)をラストランとして、現役生活にピリオドを打った。

レッドファルクスは、決して華やかな競走生活を送ったわけではない。
彼の走りは、「派手さ」より「静かな強さ」を価値観とする、不器用な差し馬だったのかもしれない。勝つことだけを目的とするのではなく、「美しい脚質」を重視する走りを見せ続けた。逃げ馬との対決では、直線での一瞬の爆発力を発揮し、差し馬との差し比べでは、位置取りと仕掛けのタイミングで勝負する走りだった。それゆえに、彼の勝利にはいつもドラマ性があり、観ている者たちの記憶に刻まれていった。
レッドファルクス──「白銀の刃」といわれた、心に残る名馬である。
Photo by I.Natsume