[重賞回顧]快刀乱麻を断つごとく、スマートにタイトルを強奪したファントムシーフ。非SS、そして日高の星へ!~2023年・共同通信杯~

上位入着馬に優先出走権が付与されるトライアルレースではないものの、皐月賞の最も重要な前哨戦となった共同通信杯。ここから本番へ直行、勝利した馬は、グレード制導入以降6頭。それらはすべて2012年以降にクラシックを賑わせた馬たちで、ゴールドシップから始まった必勝ローテは、わずか10年前に湧き起こったトレンドである。

共同通信杯がおこなわれる東京競馬場は左回りの大箱に対し、皐月賞がおこなわれる中山競馬場は右回りの小回りコース。一見すると、まるで違う条件にも思えるが、中8週という開きすぎず詰めすぎずの絶妙な間隔が、目標とするレースを一戦必勝で狙い撃ちする現代競馬に即しているのか。それとも、東京競馬場で非凡な決め手を発揮した馬にとって、200mの距離延長が有利になるのか。

理由は定かでないものの、共同通信杯がクラシック、特に皐月賞を占う上で大変重要な一戦であることは間違いない。

そのため、毎年のように少数精鋭かつ混戦となるが、2023年も出走12頭中5頭が単勝10倍を切る混戦模様。さらに、そのうちの4頭がオッズ4倍前後で均衡し、最終的にダノンザタイガーが1番人気に推された。

セレクトセール当歳市場において、税込2億9700万円という超高額で落札された本馬。ここまですべて左回り芝1800mのレースに出走し、3戦1勝2着2回の成績を残している。前走、出世レースの東京スポーツ杯2歳Sで2着に好走した実績は上位で、同じ舞台で今度こその重賞制覇なるか。注目を集めていた。

わずかの差でこれに続いたのが、サトノクラウンの初年度産駒タスティエーラ。騎乗するのは、父が新馬戦と弥生賞を制した際に騎乗していた福永祐一騎手で、堀調教師が管理する点も同じ。キャリア1戦1勝ながら、デビュー戦の勝ちタイムは、秋の東京でおこなわれた芝1800mの新馬戦で史上2位タイの好時計。引退が目前に迫りながらもなお、手綱さばきが冴え渡るスタージョッキーとともに、一気の重賞制覇を狙っていた。

3番人気に推されたのがファントムシーフ。好素材が揃った今回でも、2勝をあげているのは本馬を含めて2頭だけ。前走のホープフルSは4着に敗れたものの、いわゆる「いったいった」の決着の中、勝ち馬から0秒2差のところまで詰めており、ルメール騎手との新コンビで重賞制覇が期待されていた。

4番人気となったのが、フランケル産駒の外国産馬レイベリング。新馬戦を完勝後、朝日杯フューチュリティSでも3着に好走した実績は、好素材が揃った今回でも随一といえる存在。潜在能力は世代トップクラスと見られ、重賞制覇はもちろん、ここはなんとしても賞金を加算したい一戦だった。

そして、やや離れた5番人気に推されたのがタッチウッド。タスティエーラと同じくキャリア1戦1勝で、デビュー戦で2着につけた6馬身差は同馬を上回っており、3着馬をさらに5馬身も引き離す圧勝だった。重賞2勝ノースブリッジの半弟で、GI馬ローレルゲレイロや天皇賞で2年連続2着のディープボンドが近親にいる良血。当レースで2着に敗れた父ドゥラメンテの雪辱を果たした上で、いきなりの重賞制覇なるか注目されていた。

レース概況

ゲートが開くと、逃げると思われたタッチウッドが出遅れ。ウインオーディンもダッシュがつかず、後方からの競馬となった。

前はキョウエイブリッサが飛び出し、シーズンリッチが続こうとするところ、ファントムシーフがこれらをかわし先頭へ。さらに、スタートの遅れを早くも挽回したタッチウッドが3頭をまとめてかわし、最終的にハナを奪った。

中団には、タスティエーラとダノンザタイガーなど6頭が固まり、4番人気のレイベリングもこの中に位置。そして、シルバースペードから1馬身差の最後方にロードプレイヤーが控えていた。

前半800mは47秒7で、そこからさらにペースが落ち、1000m通過は1分0秒5と遅い流れ。その後3~4コーナー中間で、前2頭が3番手以下を3馬身引き離して全体が10馬身ほどの隊列となり、4コーナーでも隊列にほぼ変化がないまま、レースは最後の直線勝負を迎えた。

直線に入ると、タッチウッドがわずかに仕掛けてリードは2馬身。これに対し、ファントムシーフに騎乗するルメール騎手の手綱もほぼ動かず、楽についていっているようにも見えたが、いざ追い出すとタッチウッドもしぶとく抵抗し、なかなか前に出ることができない。

一方、3番手争いはキョウエイブリッサが失速。シーズンリッチも伸びを欠く中、ダノンザタイガーとタスティエーラが前を追い、ファントムシーフまで2馬身のところまで迫ったものの、こちらもそこからなかなか差を詰められずにいた。

その後、残り200mの標識を通過したところでタッチウッドの勢いにやや陰りが見え始めると、残り100m地点でファントムシーフが先頭に立ち、最後はルメール騎手の力強いガッツポーズとともに1着でゴールイン。逃げ粘ったタッチウッドが1馬身1/4差で2着となり、クビ差3着にダノンザタイガーが続いた。

良馬場の勝ちタイムは1分47秒0。前走GIで4着と好走したファントムシーフが、積極的なレース運びで重賞初制覇。クラシックに期待を抱かせる勝利をあげた。

各馬短評

1着 ファントムシーフ

今回は五分のスタートを切り、序盤に一瞬先頭に立つほど積極的なレース運び。結果だけ見ると、先頭、2番手が入れ替わっただけのレースだが、堅実な末脚で前をかわし、着差以上の強さだった。

管理する西村調教師は、長くいい脚を使う点と跳びが大きいため共同通信杯を選択したとコメントしており、皐月賞よりもダービー向きだそう。サンデーサイレンスを持たない馬が皐月賞を勝利すると、ヴィクトリー以来16年ぶり。ダービーを制すると、レイデオロ以来6年ぶりとなるだけに、血統面でも今後注目していきたい存在。

2着 タッチウッド

出遅れなければ……、の一言に尽きるが、それでも最後まで見せ場を作り、1、2番人気馬の追撃を凌いだ。

前述したとおり、近親や兄に重賞ウイナーが多数いる名牝系の出身で、なんといっても父はドゥラメンテ。デビュー2戦目でもこの内容で勝ち馬にギリギリまで食い下がっており、ポテンシャルは計り知れない。

3着 ダノンザタイガー

直線で2、3度、前が詰まる不利がありながらも、2着馬と接戦に持ち込んだ。

川田騎手によると、これでもまだ動き切れていないそうだが、ハーツクライ産駒だけに伸びしろは十分。こちらも、中山よりは東京が向きそうな印象で、定年までクラシックを戦えるのはあと3回という国枝調教師の悲願が成就するかは、この馬に懸かっているのかもしれない。

レース総評

前半800mが47秒7で、12秒8をはさみ、同後半は46秒5=1分47秒0。前半はかなり緩い流れに見えたが、それでもレース史上3位の勝ちタイムで(ダート1600mに変更となった98年を除く)、馬場差などがあって単純比較はできないものの、まずまずの内容だった。

勝ったファントムシーフは谷川牧場の生産で、古くは元祖アイドルホース・ハイセイコーを撃破した二冠馬タケホープや、こちらも菊花賞馬のミナガワマンナ、2009年のフェブラリーSを制したサクセスブロッケンなどを輩出。直近2年でも、モズナガレボシ、ナムラクレア、ブレークアップ、ニシノデイジー、そしてファントムシーフと、重要勝ち馬が続出している。

ファントムシーフの半姉ルピナスリードも昨秋オープン入りを果たし(土曜日の京都牝馬Sに登録がある)、母ルパンⅡは名繁殖への道を歩み始めているが、谷川牧場は繁殖牝馬の質が本当に素晴らしく、他にもドバイミレニアムの近親や、バゴ、マキャベリアンの近親。さらに、ディープインパクトの近親なども繋養されており、ホームページから繁殖のラインナップを見るだけでも十分に楽しむことができる。

そんな名門が送り出したファントムシーフは血統面の特徴が二つあり、一つは前述したとおりサンデーサイレンスを持たないこと。もう一つは、ハシリとアライブの全姉妹クロス3×3を持つことである。

しかも、父父ダンシリ(その母ハシリ)と母母プロミシングリード(その母アライブ)はともに父がデインヒルで、実質的には同血2×2という強烈なクロスを持つ。一見すると狂気の配合で、血が濃すぎると気性難や体質面で弱いところが出たりするものの、今のところファントムシーフにそういったところは見られない。

一方、父はハービンジャーで、牡馬の産駒は成長するにつれて関節などが大きくなり、素軽さがなくなってしまうことがある。ファントムシーフも、ホープフルSで馬体重が10kg増えており、これ以上増えると少し心配だったが、今回は増減なしで素軽さがないということはなかった。

日高の名門が生産し、サンデーサイレンスの血を持たないファントムシーフ。大舞台へと向かう異端児の走りに、ぜひともご注目いただきたい。

写真:宮内宮

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