[重賞回顧]天才が仕掛けた勝利の方程式。前年の雪辱を果たしたジャックドールが悲願のGI初制覇~2023年・大阪杯~

「春の中距離王決定戦」大阪杯は、GIに昇格して7年目。有力馬が前週のドバイ諸競走と分散する傾向にあるものの、毎年のように豪華メンバーが集結している。

その背景には「引退後、最も評価されるのは2000mのGIを勝利した馬」という考えがあるように思う。実際、天皇賞(秋)を制したレイデオロや、2000mのGIを2勝したサートゥルナーリアは、供用初年度から満口となり、この2月に電撃引退したエフフォーリアも、シーズン途中の種牡馬入りにも関わらず、即日満口となる人気ぶりだった。

そんな大阪杯も、2019年以降、1番人気が4連敗中と一筋縄ではいかないレース。三冠馬コントレイルと現役最強牝馬グランアレグリアの対決に沸いた2021年は、雨の影響もあってかともに連対を外し、2022年も圧倒的1番人気に推された年度代表馬エフフォーリアが9着に大敗。予想以上に能力が拮抗しているせいか、波乱の結末となることも珍しくない。

そして、2023年もまたレベルの高い混戦と見られ、単勝オッズ10倍を切ったのは5頭。2022年のJRA賞を受賞した2頭の牝馬vs悲願の初タイトルを目指す3頭の牡馬という図式になり、その中で1番人気に推されたのは、最優秀3歳牝馬に輝いたスターズオンアースだった。

デビューから5戦して勝ちきれなかったこの馬の転換点となったのが1年前の桜花賞。馬具を変えたことが功を奏したか、大接戦をモノにして桜の女王に輝くと、続くオークスも完勝。牝馬二冠を達成した。前走の秋華賞は、スタートしてすぐ両隣の馬に挟まれ3着に敗れたものの、負けて強しの内容。今回、唯一のGI2勝馬で、牡馬の一線級相手でも好勝負は必至とみられていた。

わずかの差でこれに続いたのがジャックドール。同じくデビュー当初は勝ちあぐねるも、5戦目から一気の5連勝で2022年の金鯱賞を勝利し、当レースでも5着と善戦した。デビューから一貫して2000m戦に出走しているスペシャリストで、国内のレースに限れば、いまだ掲示板を外したことがない堅実派。前走からコンビを組む武豊騎手と悲願のビッグタイトルを狙っていた。

3番人気に推されたのがヴェルトライゼンデ。半兄に重賞2勝のワールドエースや、GI2勝ワールドプレミアがいる良血で、3歳時にはダービーで3着に好走した実績がある。一転、屈腱炎を発症した4歳シーズンの大半は棒に振ってしまったものの、復帰後の4戦で重賞を2勝し、ジャパンCでも3着と好走した。意外にも阪神競馬場は初めてだが、ステイゴールド系種牡馬のドリームジャーニー産駒で小回りの適性は高いとみられ、同じく悲願のGI制覇を目指していた。

以下、中山記念を制した7歳馬ヒシイグアス。昨秋にオールカマーとエリザベス女王杯を連勝し、最優秀4歳以上牝馬のタイトルを獲得したジェラルディーナの順で、人気は続いた。

レース概況

ゲートが開くと、スターズオンアースがやや出遅れ。モズベッロとワンダフルタウンも後方からの競馬となった。

一方で、前はわずかに好スタートを切ったジャックドールがそのまま先手を取り、大外枠からノースザワールドが2番手へ。さらに、半馬身差でマテンロウレオが続き、そこから2馬身差の4番手にダノンザキッドが位置していた。

その後ろは、ヒシイグアス、ノースブリッジ、ヴェルトライゼンデと、前走GⅡを制した牡馬3頭に、前年覇者のポタジェなど6頭が固まり、スターズオンアースとジェラルディーナの牝馬2頭はそこから1馬身半差。後ろから数えて4、5頭目に控えていた。

前半1000m通過は58秒9の平均ペースで、逃げるジャックドールと最後方ワンダフルタウンまでの差は、およそ17、8馬身。ただ、ワンダフルタウンはポツンと1頭最後方を追走していたため、15番手のモズベッロと先頭までは12馬身ほどの差だった。

その後、勝負所の3、4コーナー中間で、後続勢が前との差を詰めにかかり、全体がやや凝縮。ただ、隊列に大きな変化はなく、続く4コーナーでジャックドールが2番手以下との差を1馬身半に広げたところで、レースは最後の直線勝負を迎えた。

直線に入ると、粘り込みを図るジャックドールに、ダノンザキッドとマテンロウレオが襲いかかるも、1馬身半の差をなかなか縮めることができない。さらにその後ろ、4番手集団にいたノースブリッジとヒシイグアス、マリアエレーナも決定打を欠く中、馬群をこじ開けるようにして伸びてきたのがスターズオンアースだった。

坂の上りで、あっという間にこれら3頭とマテンロウレオをかわすと、残り100mで、上位争いはジャックドール、ダノンザキッド、スターズオンアースの3頭に絞られる。

そして、ゴール寸前でこれら3頭の差はほぼなくなり、その中でもジャックドールとスターズオンアースの鼻面が合うか合わないかのところがゴール。写真判定の結果、わずかに先着していたのはジャックドールで、スターズオンアースはハナ差及ばず2着惜敗。さらに、クビ差の3着にダノンザキッドが続いた。

良馬場の勝ち時計は1分57秒4のレースレコード。逃げ切ったジャックドールが、前年の雪辱を果たし念願のGI初制覇。武豊騎手の大阪杯制覇は、キタサンブラック以来6年ぶりで通算8勝目(GI昇格後は2勝目)となり、JRAのGIは通算80勝目。同時に、54歳19日の最年長GI勝利記録も打ち立てた。

各馬短評

1着 ジャックドール

好スタートから迷わず先手を取り、天才・武豊騎手に導かれて精密機械のような逃げ。1000m通過は、昨年と0秒1しか違わなかったが、馬場コンディションは同じ良馬場でも今回のほうが良く、その点も味方した。

ただ、恵まれた勝利かというと、もちろんそうではなく、直線は逃げたこの馬にとって不利な向かい風。それでも逃げ切ったところをみると、この1年、ないしは年末からの3ヶ月で、大きく成長していたのかもしれない。

今回を含めたデビューからの14戦、すべて2000mのレースに出走。秋の大目標も、やはり天皇賞になるそうで、その間に宝塚記念を挟むかなど、今後の動向が注目される。

2着 スターズオンアース

前走の秋華賞は一歩目が遅く、すぐに両隣の馬に挟まれるような格好となったが、今回もやや出遅れ。結果だけ見ると、この差が最後に響いてしまった。

ただ、1、3、4着の3頭は、すべて4コーナーを3番手以内で回った先行馬たち。そう考えると、最も強い競馬をしたのはこの馬で、牡馬の一線級相手でも互角に渡り合えることを十二分に証明した。

3着内に確実に来る反面、やや勝ちきれない点は、同じく二冠牝馬のブエナビスタと重なる。ただ、同馬は東京競馬場や外回りコースで無類の強さを発揮したため、スターズオンアースも天皇賞(秋)やジャパンCに出走すれば、好勝負する可能性は高い。

3着 ダノンザキッド

前走の中山記念は、発走前にゲートをくぐってしまったため、水曜日の発走調教再審査に合格しての参戦。その分、満足いく調整はできなかったかもしれないが、それでも勝ち馬に最後の最後まで迫り、あわやの場面を作った。

2年以上勝利がなく前走は久々に崩れてしまったが、それを除けば、条件関係なく安定して好走。先頭でゴール板を駆け抜けることが期待される。ただ、どちらかといえば瞬発力勝負にならないほうが良さそうで、海外のレースに出走すれば、1着争いできる可能性はさらに高まるのではないだろうか。

レース総評

前半1000mが58秒9で、同後半は58秒5とイーブンペース=1分57秒4。武豊騎手は、前半を59秒でいこうと思っていたそうで、その差わずか0秒1。精密機械ばりの正確さだった。

その武豊騎手。勝利騎手インタビューの後、テレビカメラにサインを求められ、自身の名前ではなく、そのまま「サイン」と書くなど茶目っ気たっぷり。ただ、インタビューでは、いつも以上に神妙な面持ちで応えていた点が印象的だった。

ジャックドールと初コンビを組んだのは前走の香港カップ。しかし、結果はほぼ見せ場なく7着に敗れてしまった。

ゲート内でイレ込んだため、スタートで出遅れ。さらに、体重をかなり減らしてしまったことも敗因として挙げられるが、武豊騎手はかなり責任を感じていたようで、今回レース後のインタビューでは「結果が出せなかったのでもう乗れないのかと思っていたところ、またチャンスをもらえたことがすごく嬉しかった。(その分)なんとか結果を出さないといけないという気持ちが強かった」と語っており、今回は背水の陣で臨んでいたのではないだろうか。

ただ、そのプレッシャーを大一番で力に変えてしまうのが天才たる所以。この中間もゲート練習はしていたようだが、その成果か、抜群のスタートで注文どおり先手を主張。さらに、道中は精密なラップを刻んで後続にも脚を使わせるという勝利の方程式を組み立て、最後はギリギリ残しきって、相棒とオーナーに念願のビッグタイトルをもたらした。

ジャックドールの血統に目を向けると、父はモーリスで、国内外合わせてジャックドールが5頭目のGIウイナーに。また、大阪杯には他に3頭の産駒が出走していたが、この土日は2場で計7勝の固め打ち。特に、日曜日の阪神では10、11、12レースと3連勝しており、桜花賞にもペリファーニアとムーンプローブが出走を予定している。

そのモーリス産駒は、芝2000mが得意。2020年以降、産駒が50走以上した種牡馬の中で、複勝率は1位のシルバーステート(38.3%)に次いで35.1%。ディープインパクトの34.6%を上回る成績を残している。

一方、母の父はアンブライドルズソングで、同馬を母父に持つ当レース勝ち馬はスワーヴリチャードに次いで2頭目。他、コントレイルも3着に好走しているが、近年の大阪杯は、米国系の種牡馬を母父に持つ馬が好成績を収めている。

来年以降も、アンブライドルズソングはもちろんのこと、クロフネ(GI昇格後5回出走して1勝2着3回)などのヴァイスリージェント系種牡馬や、ストームキャット系種牡馬を母父に持つ馬は、忘れずにチェックしておきたい。

写真:RINOT

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