「僕の『ゴールドシップ』」林騎手1994回目、別れの騎乗~名障害馬・アップトゥデイト~

2021年4月現在、平地競走に騎乗する騎手約130人に用意されているGIは年間24レース。
対して、障害競走に騎乗する騎手約30人に用意されているGI(J-GI)は年間2レースである。

単純に、GIジョッキーとなる確率は、平地の方が大きい。
騎手全員が順繰りにGIを勝つとして、全員勝利するには、平地は5年、障害は15年かかる計算となる。

待望のJ-GIタイトル

1986年デビューの林満明騎手がJ-GIに到達したのは2015年の中山グランドジャンプ。
デビュー30年目、49歳でのタイトル獲得、騎乗馬アップトゥデイトが5歳の時である。

当時平地GI路線で活躍していた、同じく芦毛の馬になぞらえて、林騎手は「僕のゴールドシップ」との表現を使った。タマモグレアーに騎乗し、バシケーンにハナ差で敗れた2010年中山大障害など、林騎手は遅咲きの名手だったが、アップトゥデイトは障害6戦目でのGIタイトルだった。
さらに秋の中山大障害も制して、その年のジャンプ界を独占。JRA賞最優秀障害馬にほぼ満票で選出された。

翌年は、ベテラン× 新星のコンビで更なるタイトル獲得が期待された。
ところが、青写真通りにはいかない。立ちはだかったのは一つ下の名馬……オジュウチョウサンだった。

それ以降、アップトゥデイトはオジュウチョウサンに4連敗を喫する。

しかし、無抵抗でやられていたわけでは決してなかった。なかでも、大逃げを見せた中山大障害。オジュウチョウサンに半馬身差に迫る2着と、名勝負を演じた。

障害ファンの間では、名レースと呼ばれることの多い一戦だ。

オジュウチョウサンに敗れ続けるなか、時の流れは止まらなかった。
いつの間にか、アップトゥデイトは8歳に、林騎手は51歳になっていた。
林騎手は、障害レースの歴代最多騎乗記録を更新を続け、すでに「レジェンド」の域に達していた。

「伝説の中山大障害」から少しして、あるニュースが舞い込む。
林騎手が「障害2000レース目をもって騎手を引退」を宣言。騎乗機会は、残り十数回となることになった。

引退宣言以降も、毎週のように騎乗を続け、順調に残りを消化する。
アップトゥデイトとのコンビでは、単勝1.2倍という圧倒的支持に応えて阪神スプリングジャンプ制覇。
さらに、アスターサムソンで三木ホースランドパークジャンプステークス勝利、ヨカグラで2連勝など、3か月で5勝、引退直前の騎乗とは思えなかった。

それは、間接的にアップトゥデイトとのコンビ解消が近づいていくことを意味していた。

1994回目

迎えた1994回目。アップトゥデイトに騎乗するのは、今日が最後。
林騎手がオジュウチョウサンに挑む、最後のチャンスであった。

オジュウチョウサンは単勝1.3倍の1番人気、アップトゥデイトは単勝2.4倍の2番人気。
スタートはオジュウチョウサンが良く、先頭に立つ。メイショウアラワシ、クランモンタナなどが続き、アップトゥデイトは外の4番手ほどで最初の障害を飛越。

林騎手は、内を一瞥しながら位置を上げる。オジュウチョウサンをかわし水壕、生け垣を経て先頭に立つと、中山大障害のように逃げを目指した。

──しかし、オジュウチョウサン、マイネルクロップもついてくる。襷に差し掛かり、大竹柵ではついに3頭が並んで飛越する。掛かり気味のマイネルクロップが先頭に立ったが、アップトゥデイトは負けじとついていき、オジュウチョウサンに6馬身ほどのリードを保った。

以降アップトゥデイトがしきりにペースを落とそうとするも、オジュウチョウサンが迫ってくる。おまけに2頭を引き連れてきた。4頭で並んで再び襷、大生垣をきっかけにアップトゥデイトは、残り1周というところで改めて、1頭で逃げの手に出る。

オジュウチョウサンより2馬身、谷を上って3馬身離して逃げる。
中山大障害では10馬身以上離す大逃げにより、半馬身差の惜敗。
しかし、今回のリードはわずかに3馬身。残り600メートルですでにライバルが隣にいた。

直線まで逃げていた大障害のようにはならなかった。あっという間にかわされ、直線に入るころには、ライバル・オジュウチョウサンは2馬身前。ぐんぐんと加速していった。

林騎手とアップトゥデイトが最後の飛越をしたころには、もう6馬身前。
目いっぱい追うも、大勢は決していた。
ライバルは10馬身以上前の大差。それでも目いっぱい追う。それでも決して縮まらずに、ゴール板を通過。
オジュウチョウサンの強さがあまりにも強烈にまぶしく光り、林騎手とアップトゥデイトの旅は静かに終わった。

林騎手は、6月の東京ジャンプステークスで1.9倍の1番人気に推されながら、11着敗退。完走し、障害レース2000回騎乗を達成した。2000回騎乗達成セレモニーは、華やかに行われた。そして約半年後、2018年12月31日付けで騎手を引退した。

一方、林騎手とコンビを解消したアップトゥデイトの鞍上には白浜雄造騎手。

2018年12月22日、白浜騎手と臨んだ初めてのGI冬の中山大障害では、林騎手とではなかったレース中の落馬、空馬のまま、芦毛を血で染めて「完走」した。

アップトゥデイトは、競走中止後に負った怪我もあり、復帰に向けて準備されたが、約半年後の2019年7月26日に競走馬登録を抹消し、競走馬を引退。

障害競走を盛り上げたベテラン×ベテランは、どちらも静かにターフを去っていった。

写真:ジャンプレース応援隊

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