[重賞回顧]精密機械のような快心の逃げ!先手必勝で巻き返しに成功したセルバーグが重賞初制覇~2023年・中京記念~

山口県を含む九州北部以外の地域で、梅雨明けが発表された先週末。4年ぶりの夏の中京開催も、あっという間に最終週を迎えた。

その掉尾を飾るのが、サマーマイルシリーズ第2戦の中京記念。穴党にとってはフィナーレを飾るに相応しい重賞で、夏のマイル戦に様変わりした過去11年、3連単の配当が10万円を超えたのは実に6度。とりわけ、阪神競馬場でおこなわれた2020年は330万円を超える特大の万馬券が飛び出した。

2023年も下馬評としては混戦で、単勝10倍を切ったのは4頭。とりわけ牝馬2頭に支持が集まり、その中でルージュスティリアが1番人気に推された。

デビュー戦で、後の二冠牝馬スターズオンアースに快勝した本馬。その後は長期の休養を挟み、クラシックのトライアル2戦は敗れたものの、条件戦を3連勝しオープン入りを果たした。前走のGIヴィクトリアマイルも、10着とはいえ勝ち馬から0秒7差と大きくは負けておらず、2戦2勝と得意の中京マイルで、初のタイトル獲得が期待されていた。

これに続いたのがディヴィーナ。父がGⅠ6勝のモーリス。母もGⅠ2勝のヴィルシーナという超良血で、全4勝を中京であげているコース巧者。こちらも、前走はヴィクトリアマイルに出走し、上がり最速をマーク。勝ち馬から僅か0秒2差の4着だった。その時コンビを組んだM・デムーロ騎手が福島から駆けつけ必勝態勢。この馬もまた、重賞初制覇が懸かっていた。

3番人気に推されたのがウイングレイテスト。デビュー3戦目のデイリー杯2歳Sで2着に好走し早くから高い素質を示すも、以後は勝ち切れないレースが続いていた。それでも、10月に3年ぶりの勝利を手にしてオープンに昇級すると、わずか2戦でリステッドのニューイヤーSも勝利。キャリア30戦目となる今回は、早くからこの馬の素質に惚れ込んでいた松岡正海騎手と20度目のコンビで、待望の重賞制覇が期待されていた。

そして、4番人気となったのが、メンバー中唯一のGⅠ馬ダノンスコーピオン。この馬もまた、朝日杯フューチュリティSで3着と好走して早くから高い素質を示し、NHKマイルCでGⅠ初制覇を成し遂げた。以後、5戦して勝ち星はないものの、すべてGⅡ以上のレース。トップハンデの59kgを背負うとはいえ、GⅢで明らかに実績上位の今回、GⅠウイナーの意地を見せつけるか注目を集めていた。

レース概況

ゲートが開くと、ベジャールが内にヨレるようなスタート。メイショウシンタケ、ダノンスコーピオンもダッシュがつかず、後方からの競馬となった。

一方、前はアナゴサンがいこうとするところ、これを内からセルバーグが交わして先頭。アナゴサンを挟んで、シュリ、ホウオウアマゾン、カイザーミノルが固まり、これら5頭が先団を形成した。

そこから1馬身差の中団は、アドマイヤビルゴを筆頭に、ウイングレイテストやサブライムアンセムなど4頭が一団となり、2馬身差でルージュスティリアが追走。さらに1馬身半差でディヴィーナが続き、ダノンスコーピオンは最後方に控えていた。

前半600m通過は34秒6。同800mは45秒9の平均ペース。逃げるセルバーグからダノンスコーピオンまではおよそ17馬身差で、縦長の隊列となった。

その後もセルバーグは快調に逃げ、勝負所の3、4コーナー中間では、逆に2番手アナゴサンと5番手ホウオウアマゾンの鞍上の手が動き始める。さらに、後方ではディヴィーナとダノンスコーピオンの6枠2頭が進出を開始したが、ここでルージュスティリアが躓くアクシデント。それでもすぐに立て直し、6枠2頭に遅れまいとする中、レースは直線勝負を迎えた。

直線に向くと、セルバーグがさらに逃げ脚を伸ばしリードは3馬身半。離れた2番手ではアナゴサンとシュリが変わらず競り合い、そこへウイングレイテストとディヴィーナが加わり、大外からルージュスティリアも末脚を伸ばす。

そして、残り200mを切ったところで、この争いから抜け出したディヴィーナが懸命に前を追うもセルバーグの逃げ脚は衰えず、最後は差を詰められたものの、1馬身1/2差をつけ1着でゴールイン。2着にディヴィーナが入り、同じく1馬身1/2差3着にルージュスティリアが入った。

良馬場の勝ちタイムは1分33秒0。前走12着から巻き返したセルバーグが、逃げ切って重賞初制覇。サマーマイルシリーズのポイントを合計11とし、ランキング1位に躍り出た。

各馬短評

1着 セルバーグ

ここまで4勝3着3回に対して、二桁着順も3度。戦績の振り幅がいかにもエピファネイア産駒で、ひいてはいかにもロベルト系種牡馬の産駒といったところ。ただ、前走米子Sの敗因は明確。直線入口で挟まれたのがすべてだった。

その前走からコンビを組み始めた松山弘平騎手は、スタートから積極的なレース。3戦ぶりに、不利を受けることが圧倒的に少ない逃げの手に出たが、過去、4コーナーを2番手以内で回った際の同馬の成績は、5戦3勝3着2回。淀みないペースでも、しっかりと折り合い気分良くいければ、しぶとい脚が使えることを存分に示した。

ベストの舞台は、やはりワンターンで直線が長いコース。次走は、マイルシリーズ第3戦の関屋記念を視野に入れているようで、すんなり逃げられそうなメンバーであれば、再びの好走があっても驚かない。

2着 ディヴィーナ

今回もダッシュはつかなかったが、徐々にポジションを上げ直線へ。その後、直線半ばで2番手争いから抜け出したが、勝ち馬を捕まえることはできなかった。

それでも、前走GⅠで上がり最速をマークした末脚は本物。父母とも4歳春に初めてビッグタイトルを獲得したが、本馬は5歳になってようやく本格化した印象がある。

とはいえ、力を発揮できるのはやはり左回り。とりわけ、中京コースが圧倒的に良さそうだが、おそらく2000m(例えば愛知杯)だと少し長い。そう考えると、東京でおこなわれるレースになってしまうが、府中牝馬Sか富士Sに出走すれば、好勝負する可能性は十分にある。

3着 ルージュスティリア

さすがに数は減ってきたが、母父にストームキャットを持つディープインパクト産駒。過去にキズナやラヴズオンリーユー、リアルスティールなど、数多のGⅠ馬を送り出してきた、いわゆる「黄金配合」で、さらにエリザベス女王が生産、所有した名牝ハイクレア4×5のクロスを持つ。

折り合いがカギでこの日も少しいきたがったが、それ以上に、勝負所で前の馬に触れて躓いたのが痛かった(騎乗した川田将雅騎手に戒告)。

ここまで条件戦は4戦全勝に対し、重賞は4戦してすべて6着以下だったが、今回は上がり最速をマークし初めて3着に好走。一つ壁をクリアした。

三冠レースに出走が叶わなかった分、消耗は少なそう。ディープインパクト産駒の牝馬にしては馬格もあり、気性面でさらなる成長があれば、大化けしてもなんら不思議ではない。

レース総評

前半800mが45秒9で、同後半が47秒1=1分33秒0。良馬場発表とはいえ開催最終日で力を要し、結果的に1、2、4着馬の父は、パワーや馬力を武器に活躍するロベルト系の種牡馬だった。

その中で、勝ったセルバーグの父はエピファネイア。2023年現在、種付け料が日本一高額(1800万円)ではあるものの、産駒の重賞勝利数は2022年が1勝で、本年もこれが2勝目。2年連続無敗のクラシックホースを送り出した2021年までと比べると、ややトーンダウンした感は否めない。

産駒の早熟説なども囁かれているが、エピファネイア自身が初めてGⅠを勝利したのは菊花賞で、さらにその1年後。超豪華メンバーが揃ったジャパンCで、生涯最も強い競馬をみせた。そのため、筆者は早熟説に疑問を持っており、出世を阻んでいるのは、むしろ気性ではないかとみている。

聞いた話によると、エピファネイア(産駒)は耳が大きく、非常に敏感とのこと。そう言われてみれば、無敗の三冠牝馬デアリングタクトが誕生したのは、コロナ渦で無観客となった2020年。さらにその翌年、GⅠ3勝をあげて年度代表馬に輝いたのがエフフォーリアである。

対して、ほぼ以前のような観戦スタイルとなった2022年以降は、前述したように僅か重賞3勝で、GⅠも未勝利。ただ、発走地点がスタンドから離れているワンターンの芝コースは、歓声が聞こえにくく、レース前の精神状態に影響が少ないからか成績は悪くない。

2022年以降に勝利した3つの重賞のうち、2つは東京芝1800m(府中牝馬SとエプソムC)。また、スタンドとの距離はそれより近いものの、今回は中京芝1600m。他、2021年以前の重賞の成績も含めると、阪神芝1600mで2勝。東京芝1600mと2000mが各1勝。また、中山芝1600mは勝利こそないものの、2、3着が2回ずつとまずまず。

もちろん、皐月賞やオークス、秋華賞など、スタンド前発走の重賞でも勝利しているものの、どちらかといえば、発走地点がスタンドから離れているコースで好走が目立っており、メンタル面への影響が関係しているように思える。

セルバーグ自身も、エピファネイア産駒の典型。折り合いなど気難しい面があり、脆さも同居する一方で、気分良く走れた際は素晴らしい能力を発揮する。

その能力を全開にし、重賞初制覇に導いたのが松山騎手。不利があったとはいえ、初めてコンビを組んだ前走はまったく力を発揮できずに大敗したため、松山騎手自身も非常に悔しい思いをしたのではないだろうか。そのせいか、前走逃げた馬が1頭もいない今回は、道中不利を受けることがほぼない逃げの手に出た。

その姿は、一見すると玉砕覚悟にも映ったが、2ハロン目からのラップは11.2-11.1-11.3-11.5-11.4と、まるで精密機械のよう。7ハロン目は11.8とやや落ちたが、ここには中京名物の坂があり当然のこと。むしろ、坂を得意とするエピファネイア産駒のセルバーグはほぼ減速せずにクリアし、最後の1ハロンこそ12秒4と失速したが、それまでの貯金が十分にものをいって、人気2頭の追撃を凌いだ。

そもそも、中京記念が夏のマイル戦に新装開店した2012年以降(他場で開催された2020年から2022年は除く)は、差し、追込み有利のレース。4コーナーを先頭で回った馬が勝利した例はなく、2、3着に好走した馬すらいない。今回も、いくら展開に恵まれたとはいえ、実力が無いとなかなかできない芸当。

前述したように、直線が長い坂のあるコースで、なおかつスタンドから発走地点が遠いなど、条件はいくつかつくものの、気分良く逃げた時のセルバーグは、これからも存在感を放ち続けるだろう。

写真:ARAPI

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