[重賞回顧]同じ勝負服からもう一頭、女王が誕生!ブレイディヴェーグが、常識を覆すキャリア5戦目でのGⅠ制覇~2023年・エリザベス女王杯~

11月3日のJBC4競走から、米国のブリーダーズCをはさんで11月12日まで。中央競馬では、実に9つの重賞がおこなわれた。この間、東京都心では、夏日を記録したわずか5日後に今季一番の寒さとなり、近畿地方では木枯らし1号が吹くなど季節は一気に進んだが、競馬ファンにとっては話題に事欠かない、実にホットな10日間となった。

そんな充実した10日間のフィナーレを飾るエリザベス女王杯は、ホープフルSまで続く8週連続GⅠの開幕戦。出走15頭中、GⅠウイナーは前年の覇者ジェラルディーナのみと、例年に比べればやや小粒なメンバーとなったものの、魅力的な逸材が複数出走。楽しみなメンバー構成となった。

そのため、混戦模様になると思われたが、意外にも単勝オッズ10倍を切ったのは3頭のみ。その中で、ブレイディヴェーグがやや抜けた1番人気に推された。

エリザベス女王杯が古馬混合となった1996年以降、レース史上2位タイのキャリア5戦目。さらに前走がローズSという、異例の臨戦過程でGⅠに初めて挑むブレイディヴェーグ。ただ、出色のタイムで勝利した2走前の内容や、ローズSで僅かに先着を許したマスクトディーヴァは、秋華賞でも好走したように、この馬のポテンシャルも間違いなく一級品。数々の常識を打ち破って古馬混合のGⅠ制覇を成し遂げるか。大きな注目を集めていた。

これに続いたのが、前年の覇者ジェラルディーナ。父はGⅠ6勝モーリス、母もGⅠ7勝ジェンティルドンナという、史上屈指の良血といえる本馬。今季は4戦して6、6、4、6着と結果は出ていないものの、いずれも牡馬混合戦。久々の牝馬限定戦となる今回、GⅠウイナーは自身のみと明らかに実績上位の存在で、レース史上5頭目の連覇がかかっていた。

そして、3番人気となったのがハーパー。ブレイディヴェーグと同じ3歳馬で、こちらは三冠レースに皆勤。4、2、3着と好走した。3歳世代ではトップクラスの実力を有していることは間違いなく、ここまで5着以下なしと安定感抜群。リバティアイランド不在の今回は、古馬相手でも十分に好走可能とみられ、GⅠ初制覇が期待されていた。

レース概況

ゲートが開くと、ジェラルディーナがあおるようなスタートで出遅れ。ブレイディヴェーグも、あまり良いスタートではなかった。

一方、ハナを切ったのはアートハウスで、ローゼライトが2番手。3馬身差の3番手にハーパーが続き、ゴールドエクリプスを挟んで、出遅れをリカバリーしたブレイディヴェーグが、早くも5番手に位置していた。

その後ろ、6番手にマリアエレーナがつけ、ルージュエヴァイユとジェラルディーナが、ちょうど真ん中7番手を併走。府中牝馬Sを逃げ切ったディヴィーナは後ろから5頭目。直後にライラックがつけ、サリエラは後ろから2頭目でレースを進めていた。

1000m通過は1分1秒1と遅い流れ。しかし、この時点で前2頭は3番手以下を8馬身ほど引き離しており、全体も20馬身以上の差。かなり縦長の隊列となった。

その後、坂の上りで3番手以下が差を詰めはじめると、一転、アートハウスが坂の下りを利してペースアップ。さらに、4コーナーでもう一段加速すると、ローゼライトとの差が2馬身半に広がり、レースはそのまま直線勝負を迎えた。

直線に入ると、ローゼライトがやや盛り返し、アートハウスとの差は2馬身。追ってきたのはブレイディヴェーグとハーパー、ルージュエヴァイユの内枠3頭で、中でもブレイディヴェーグの脚色が良く、残り100mで先頭に躍り出た。

これに対し、古馬の意地を見せたのがルージュエヴァイユ。ハーパーとの2番手争いに競り勝つと、ブレイディヴェーグに対しても必死の抵抗。最後まで懸命に食い下がったが、3/4馬身差これを凌いだブレイディヴェーグが1着でゴールイン。2着にルージュエヴァイユが入り、ハーパーがクビ差3着だった。

良馬場の勝ちタイムは2分12秒6。好位追走から差し切ったブレイディヴェーグが、GⅠ初挑戦初制覇。キャリア5戦目での古馬混合GⅠ制覇は、2022年の天皇賞(秋)を制したイクイノックスに並ぶ史上最少タイで、リバティアイランドと同じサンデーレーシング所有馬から、もう一頭、女王が誕生した。

各馬短評

1着 ブレイディヴェーグ

一般的に見れば良いスタートではなかったものの、この馬にしてはまずまずのスタート。その後すぐにリカバリーし好位を確保したのが、最大の勝因だったといっても過言ではないだろう。

しかも、ローズSよりはるかに前の位置でレースを進めながら、再び素晴らしい末脚を発揮。400mの距離延長を難なくこなし、3/4馬身という着差以上に強い内容だった。

これまで二度骨折するなど、順調にきたとはいえない中、なんとこれがまだ5戦目。牡馬一線級との対戦や、同世代で、同じくサンデーレーシングが所有する「絶対女王」リバティアイランドとの対決が本当に楽しみとなった。

2着 ルージュエヴァイユ

道中はジェラルディーナとともに中団を追走。枠を利したレース運びで終始インぴったりを回り脚を溜めると、こちらも直線で素晴らしい末脚を発揮。騎乗した松山弘平騎手によると、最後は右にモタれて伸びきれなかったそうだが、それでも勝ち馬にあと僅かのところまで迫った。

デビューから2連勝するなど、早くから頭角を現わしつつあったが、重賞やオープンでは結果が出ていなかった。しかし、2走前のエプソムCで、それまでとは一転して先行。父ジャスタウェイと同じく2着に好走すると、再び差す競馬を試みた府中牝馬Sも2着。父の能力が爆発的に開花したのも4歳秋で、似た成長曲線を描いている。

一方、母ナッシングバットドリームズは、その父が史上最強の呼び声高いフランケル。母も凱旋門賞馬デインドリームという世界的良血で、この馬もまた、今後が楽しみになる内容だった。

3着 ハーパー

今回も勝ち切れなかったが、これ以上は望めないほどの内容。遅い流れを考えれば道中の位置取りもベストで、自身よりも内枠からスタートした2頭が1、2着。現時点では、これが精一杯だっただろう。

ブレイディヴェーグと同じく3歳馬で、こちらは父がハーツクライ。当コラムでも度々書いているように、ジャスタウェイやリスグラシューなど、2、3歳時にマイル戦を経験したハーツクライ産駒は、古馬になってから手がつけられなくなるほど強くなることがある。ハーパーもそうなる可能性は十分で、おそらく本格化は来年以降。特に、秋以降の活躍に注目したい。

レース総評

前半1000m通過が1分1秒1と遅く、11秒9をはさみ、同後半59秒6=2分12秒6と、やや後傾ラップ。良発表ではあったものの、昼過ぎに雨が降りやや緩い馬場。その点を考慮すれば、まずまずのタイムだった。

勝ったブレイディヴェーグは、今回がまだ5戦目。グレード制が導入された1984年以降、古馬混合GⅠで1番人気に推された3歳馬は複数いるものの、そのレースがGⅠ初出走だったのは、1988年の天皇賞(秋)2着オグリキャップとブレイディヴェーグだけ。しかも、ブレイディヴェーグは勝ち切ったのだから、末恐ろしい馬になるかもしれない。

言い換えれば、ローズSで本馬に勝利したマスクトディーヴァや、秋華賞でそれを破ったリバティアイランドの評価がさらに高まり、これら3頭は、牡馬とも互角以上に渡り合えるのではないだろうか。

血統を見ると父はロードカナロアで、この日は福島記念、東京のオーロカップと、産駒が各場のメインレースを全勝。自身初のリーディングサイアーへ向け、首位を快走している。

また、ブレイディヴェーグは産駒10頭目のGⅠ馬で、2000m以上のGⅠを制したのは3頭目。同産駒は、初年度のアーモンドアイ(オークスやジャパンCなど)や2年目のサートゥルナーリア(ホープフルS、皐月賞)が相次いで2000m以上のGⅠを勝利したため、距離に関係なく活躍すると思われたが、それ以外の7頭が勝利したGⅠは、いずれも1800m以下。そのため、ロードカナロア産駒が2000m以上のGⅠを制したのは、4年半ぶりということになる。

一方、母インナーアージは、二冠牝馬ミッキークイーンの全姉という良血。ブレイディヴェーグが1800m以上の距離をこなせるのは、インナーアージの父ディープインパクトの影響が大きいのだろう。

ディープインパクト自身は、11年連続守り続けたリーディングサイアーの座をついに明け渡しそうだが、ブルードメアサイアー(母の父)ランキングでは首位。11月13日時点で、2位キングカメハメハを5億6,000万円ほど離しており、このままいけば初めて1位の座を獲得することになる。

また、母インナーアージを現役時に管理していたのが国枝栄調教師で、ブレイディヴェーグを管理する宮田敬介調教師は、国枝厩舎の出身。技術調教師時代には、ロードカナロアの代表産駒アーモンドアイのドバイ遠征にも帯同している。

さらに、今回の勝利で、ノーザンファーム生産馬はJRAのGⅠ実施機会10連勝を達成(2019年以来2度目)した。前述したように、今回ブレイディヴェーグは最少タイのキャリア5戦目で古馬混合のGⅠを制したが、もう一頭、同じ記録を持っているのが、現在世界ランク1位のイクイノックス。同馬もノーザンファームが生産し、ノーザンファーム天栄で育成された馬である。

そのイクイノックス。ここまでのキャリア9戦で最も驚かされた臨戦過程は、デビュー2戦目の東京スポーツ杯2歳Sを勝利した後、中147日の間隔を開けて皐月賞に出走したことだろう。結果は、同じくノーザンファームの生産馬で、同厩のジオグリフに僅差2着と敗れたものの、この時の休養が現在の活躍に繋がっていることは間違いない。

思い返せば、このような前哨戦を使わない、いわゆる「直行ローテ」を一般的にしたのはアーモンドアイで、同馬もまたノーザンファーム天栄の育成馬。シンザン記念から桜花賞というローテーションはグレード制導入以降例がなく、同世代の牡馬フィエールマンも、ラジオNIKKEI賞以来(2着)という異例の臨戦過程で菊花賞を勝利した。

以後も、朝日杯フューチュリティS以来の実戦で、翌年の桜花賞を制したグランアレグリア。先日の菊花賞を制したドゥレッツァも、8月の新潟でおこなわれた3勝クラス日本海Sを勝利して以来の実戦だった。

「破壊なくして創造なし」という言葉がある。時に、過去の常識を打ち壊して不可能と思われることを可能にし、勝利を重ね続ける。それこそが、ノーザンファームが「絶対王者」たる所以。しかも、過去に非常識、不可能とされたことが、今や新たなスタンダードになっているのだから驚くほかない。

その申し子ともいえるブレイディヴェーグが、この先、到達する地点は果たしてどこなのか。無限の可能性を秘めた天才少女が描く未来は、限りなく明るいといえるだろう。

写真:かぼす

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