[重賞回顧]夕暮れに映えた白き古豪、ハヤヤッコ~2024年・アルゼンチン共和国杯~

過去の勝ち馬に後の名馬も多く、「冬の大レースへの最終便」とも呼ばれているこのアルゼンチン共和国杯。1963年に同国のアルヘンティノ競馬場との交換競走として発足したのが始まりで、1984年にグレード制が導入されて以降は秋へと開催時期をずらし、春の目黒記念と並ぶ東京競馬場2500mの重賞競走として施行されるようになった。

そんな伝統的な一戦で1番人気に推されたのはクロミナンス。初の重賞挑戦となった年明けのアメリカジョッキークラブCで3着とした後は日経賞2着、目黒記念2着と長距離の重賞で好走を続け、夏の休養を挟んでここを秋初戦に選んだ。

デビュー以降、素質を評価されながらも骨折や慢性的な脚部不安に悩まされた影響もあり7歳ながら僅か13戦しかしていない同馬だったが、その中で6度走って4度馬券圏内と相性のいいこの場所で初戴冠を願うファンは多く、押しも押されもせぬ1番人気に支持された。

続く2番人気に推されたのが、4歳馬サヴォーナ。昨秋の菊花賞以降、中長距離路線の主役候補として名を連ねながらも重賞は2着が最高で未だに勝ちなし。前走のオールカマーでも外から追い込んで届かずの4着に終わっていた。そんな善戦に終止符を打つべく再び手綱を取ったのが主戦の池添謙一騎手。1年半前にダービー出走の夢を打ち破られて以来となる府中で、初の重賞制覇を狙っていた。

僅かの差で3番人気となったのがセレシオン。こちらも長期離脱を経験しており、種子骨の靭帯損傷という怪我の状態から、一時は引退まで噂されていた。

だが、1年ぶりに復帰したレースでメンバー中最速の脚を繰り出して2着すると、以後は出走の度に上り3F上位3位以内の末脚で確実に追い込んでくるようになり、前走の新潟記念では先行馬有利となるレース展開の中、唯一後方から自身最速となる上り32.8の末脚で2着に突っ込んだ。長距離カテゴリへの出走は3歳の菊花賞以来だが、成長した今であれば克服できるかもしれないという想いは強かっただろう。

この3頭が拮抗したオッズを形成し、4番人気のショウナンバシットまでが一桁台。後は2桁オッズでレースを迎えた。

レース概況

大きく出遅れた馬はおらず、そのまま1周目の坂の登りに16頭が入っていく。

外目からアドマイヤビルゴが前に行こうとするが、それを制して内からジャンカズマがハナを取った。だがそれにショウナンバシットとペプチドソレイユもこの争いに加わり先行争いは激化。最終的にジャンカズマが抜け出したものの、3頭はつかず離れずで先頭集団を形成。以降の馬群はやや開いて1コーナーを回っていく。

ややそこから離れてラーグルフがぽつんと5番手に位置し、これを見ながらサヴォーナが追走。その後ろにセレシオン、クロミナンスにミクソロジーが続き、彼らの外からマイネルウィルトスがやや位置を押し上げ6番手まで進出していく。彼らを見ながらマイネルメモリーやタイセイフェリーク、メイショウブレゲといった末脚に賭ける馬達が控え、その更に後ろにアドマイヤハレー、フォワードアゲン。ひときわ目立つ白い馬体のハヤヤッコが最後方でレースは進んでいった。

1000mの通過は59.6秒。2500m戦の長距離戦ということを考えると、やや速いペースでレースは進んでいく。

そしてペースは緩まぬまま、前半飛ばした前4頭に向こう正面過ぎから進出を開始したラーグルフがすぐ後ろまで迫ってきた。その背後にマイネルウィルトスやセレシオンなどの中団勢もそのまま詰め寄り、大欅で馬群は凝縮し一団に。4コーナを迎えるところでその集団は弾け、各馬が横にめいいっぱいに開いて直線へ向かう。

坂の手前、既にここまでレースを引っ張ってきた馬達の脚色はなく、一気に様相は一変。馬群から手応えよく抜け出してきたのはマイネルウィルトスだったが、その外からセレシオン、内からはマイネルメモリーとサヴォーナが並びかけて4頭の叩き合いに。さらにセレシオンの外からはクロミナンス、サヴォーナの内からはメイショウブレゲが迫るばかりか、大外からはタイセイフェリークにハヤヤッコも追ってくる。馬群を捌いてきたアドマイヤハレーもこの叩き合いのすぐ後ろに忍び寄っており、坂の頂上で9頭がほぼ横一線になる大乱戦となった。

果たして誰が抜け出すのか、一時も目が離せないその瞬間を打ち破ったのは、大外から追い込んできたハヤヤッコだった。

内で追いすがるサヴォーナらを競り落とし、抜け出したクロミナンスを並んで追い込んできたタイセイフェリークとともに一完歩ずつ追い詰める。

その差が1馬身、半馬身、アタマ、クビ、ハナと、徐々に詰まっていく。

ゴール前50m、たしかにクロミナンスを捉えて先頭に立つと、内から追いすがるタイセイフェリークも抑えてクビ差抜け出しゴールイン。晩秋の府中のゴール坂を白き馬体がレースレコードで駆け抜けた瞬間だった。

上位入線馬短評

1着 ハヤヤッコ

老いて尚強し。8歳馬の勝利は1985年のイナノラバージョン以来39年ぶりの偉業である。

レース後吉田豊騎手が「ゲートはちょっと出していかないと行く気がない」と語っていたが、同騎手の想像以上に進んでいかなかった。ただ、今回に関してはハイペースだったこともあり、逆にそれが功を奏した感もある。

3歳時にレパードSを制し、6歳時には重馬場の函館記念を制しているだけあって今日のようなパワータイプの消耗戦は大得意。今後も今日のような展開が予想されるレースに出走する時には注意しなければならない。

2着 クロミナンス

中団から進め、直線は外に持ち出して抜け出し、あとわずかというところで差し切られて2着だった。

ただ能力自体は長期休養が幾度も重なったこともあり、7歳にして今がピーク。決して力負けではない。

血統的にもどちらかといえば今日のような馬場より高速決着の方が得意と言える中で好走しているのだから立派。母父にマンハッタンカフェもおり、スタミナはしっかり内蔵していることも証明済みだ。

来年の日経賞や目黒記念にもう一度出てくるようなら十分に戴冠が狙えるだろう。

3着 タイセイフェリーク

3勝クラスからの格上挑戦だったが、52キロの最軽量も活かして3着に好走。直線は実績馬相手の叩き合いでも怯まずしっかり伸びていた。

春には菊花賞で2着したヘデントール相手に0.3秒差の2着に好走しており、決してフロックなどではなく実力自体は秘めていたとみていい。

過去、ゴールドアクターやソールインパクトなどが3勝クラス(旧・1600万下)から挑戦して好走していたように、このレースの穴目は3勝クラスからの転戦となりそう。

来年以降もこの条件からの転戦には注意したい。

総評

前半1000m59.6秒のハイペースとなった当レースだが、スタートしてから7.5-10.8と速いラップが続いた後、約1000m近く息つく間もない11秒後半から12秒前半のラップが続いていた。

過去3年に限って見ても道中は必ず12秒後半から13秒のラップで推移しており上り勝負となっていたことが多かったが、今年はペースが緩まず相当タフなレースで例年とは真逆の消耗戦。真のスタミナを持つ馬のみが好走したとも捉えられる。勝ったハヤヤッコに限らず、今回好走した馬は長距離重賞で今後も活躍しそうだ。

そんな一戦を勝ち切ったハヤヤッコは、通常であれば競走馬のピークは過ぎたと言われる8歳馬。しかも出走馬中最重量の58.5キロを背負っての勝利である。これだけでも十分すぎる程の快挙なのだが、加えてアルゼンチン共和国杯が2500mとなってから史上最速のタイムで勝利(今までは12年ルルーシュ、23年ゼッフィーロの2.29.9が最速タイ)しているのだから、驚くほかない。今夏日本中で話題になった「初老JAPAN」という言葉をもう一度感じずにはいられない結果だった。

また、この勝利で父キングカメハメハ×母父ディープインパクトの血統は日経賞、目黒記念に続いて今年度開催された2500m重賞を3連勝し、有馬記念を勝てば年内2500m重賞完全制覇という偉業にリーチを賭けるなど、いろいろと記録ずくめの勝利である。

レース後には飾鞍所でエキサイトし、鞍を外そうそした国枝調教師を突き飛ばしていたハヤヤッコ。老いて益々盛んという言葉がこれほど似合う白毛馬もまた珍しい。3歳時から重賞戦線で活躍を続けた同馬の白き馬体に、またひとつ勲章が加わった。

写真:みき

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