梅雨時期の阪神競馬場で行われる上半期の総決算「宝塚記念」。
「グランプリ」とも呼ばれるこの一戦は、年末に行われる有馬記念と同じくファン投票で選ばれた馬が出走するレースとなっている。歴史も古く阪神競馬場で行われるレースの代表格のレースとして施行されているため、どのレースもファンの記憶に残る名馬が多く駆け抜けている。
その中でも近年で一番記憶に残る馬の1頭が、ゴールドシップであろう。
阪神競馬場を特に得意としたこの馬は、宝塚記念を2勝。3連覇に挑んだ2015年の宝塚記念では衝撃の大出遅れを見せるなど、良くも悪くもファンの記憶に残った名馬だ。
そんなゴールドシップだが、初挑戦でもあった2013年・宝塚記念では、陣営は並々ならぬ思いを持っていた。
ゴールドシップは2012年に有馬記念や菊花賞、皐月賞を制覇し最優秀3歳牡馬に輝く。同世代にはジェンティルドンナやヴィルシーナ、フェノーメノなどがいる「最強世代」の大将格の一角として、いつしか日本競馬を引っ張る存在となっていた。
4歳となったゴールドシップは始動戦の阪神大賞典を勝利。4つ目のG1タイトルを目指して天皇賞春に挑んだ。
そこでの評価は、単勝1.3倍。世代を引っ張るものとしては負けられない一戦だった。しかし結果は、5着。さらにこのレースを勝利したのは同世代のフェノーメノと、ゴールドシップにとってはつらい内容であった。
次走の宝塚記念では何としても結果を出して、もう一度頂点に立つ。
ここからゴールドシップの逆転劇が始まった。
宝塚記念に向けて、陣営による数々の工夫が行われた。その中でも特に目を引くのが調教だった。なんと主戦を務める内田博幸騎手が2週間前から栗東に入り、ゴールドシップとコンタクトを取り続けたのだ。関東を拠点とする騎手がこんなにも長期間コンタクトを取るというのは、異例のことである。調教に乗り続けた内田騎手やそれを手配した陣営も、すべてはゴールドシップを思ってのことだろう。そうした工夫や努力が、日々重ねられていった。
そしていよいよ、宝塚記念当日を迎える。
2013年の宝塚記念はゴールドシップの他、天皇賞を制したフェノーメノ、前年の年度代表馬であるジェンティルドンナという「4歳3強」が集結するレースとなった。
例年にも増して豪華な顔ぶれとなったグランプリを見ようと、雨上がりの阪神競馬場には約7万人もの人が詰めかけた。
ゴールドシップの単勝オッズは2.9倍。
ジェンティルドンナに次ぐ2番人気だった。
やはり前走の敗戦が響いたのか人気をやや落としてしまっていたものの、復活を期待する声も多くあがっていた。
そんなファンの声援を受けながら、ゴールドシップはいつも通り真っ先に馬場に出た。
15時40分、レーススタート。
飛び出したのは予想通りシルポートだった。続いてダノンバラード、ジェンティルドンナ、フェノーメノと続く。ここまでは大方の予想通りだ。しかし次の瞬間、ファンからどよめきが起こった。
普段は最後方にいるゴールドシップが、4番手につけていたのだ。
いつものゴールドシップであれば、スタート後は、押しても押しても動かないはずだった。
ただ、その日のゴールドシップは、鞍上の意思に応えてスッと動いた。
スタートからして、いつもと違うぞと思わせたゴールドシップ。
その走りに観衆が注目しているうち、いつしかシルポートは向こう正面に入っていた。そのリードは、実に20馬身。
2番手をダノンバラードが進み、その後ろに3強が仕掛けるタイミングを見計らいながら、団子状態で進んでいた。
迎えた4コーナー。
3強が、揃って動き出した。
直線に入ってシルポートの脚が鈍ると見るや、一気に後続が急接近。
ダノンバラードとジェンティルドンナが抜け出しを図るが、その外を芦毛の馬が一気に抜き去り、ゴール板に飛び込んでいった。
ゴールドシップの、復活である。
ゴールの瞬間内田騎手は右手で握りこぶしを作った。それは喜びを爆発させるというよりは、喜びをかみしめるようなそんなガッツポーズであった。
2013年上半期の総決算は、芦毛の怪物の復活勝利で幕を閉じた。
この勝利はただのG1勝利ではない。
陣営や騎手の思いに馬が応えたという、奇跡的な勝利であった。
個性派でやんちゃというイメージの強いゴールドシップであったが、実はこんな一面もあったのだ。
グランプリの歴史に堂々と名を刻んだ──そんな一戦だった。