[2012年秋華賞]淀に舞う勝負の華 - ジェンティルドンナとヴィルシーナ

1860年、現在の横浜市中区元町において競馬が開催された。1984年、中央競馬でグレード制が導入。

競走馬が駆け抜けてきた歴史の中で、数多のライバル対決が繰り広げられてきた。

さて、皆様は、競馬における「ライバル対決」といえば、どの勝負を思い浮かべるだろうか。

同世代のダービー馬と牝馬2冠馬が大接戦を繰り広げ、1.57.2というレコードタイムで府中の2000mを駆け抜けた2008年の天皇賞・秋か。三冠馬と菊花賞馬、二頭のブライアンズタイム産駒が熾烈なたたき合いを繰り広げた1996年の阪神大賞典か。はたまた、3頭の三冠馬が秋空の元府中の2400mに集い、九冠馬の誕生と引退を皆が見届けた2020年のジャパンカップか──。

恐らく競馬ファン100人に質問すれば、100通りの想いがこもった回答が返ってきそうな問いではある。その中でも、私の脳裏をふとよぎったこのレースについて綴りたいと思う。

舞台は、京都競馬場の芝2000m。牝馬三冠の最終戦、秋華賞。

──史上四頭目の牝馬三冠の栄誉か。悲願の「頂点」の座か。

2012年、秋華賞。それはまさに、彼女たちの意地と意地のぶつかり合いであった。

この年の3歳牝馬路線は、ある一頭の馬を中心に動いていた。
その馬の名前は、ジェンティルドンナ。
父は史上2頭目の無敗の三冠馬、ディープインパクト。母はイギリスのG1チェヴァリーパークステークスの勝ち馬としても名高いドナブリーニ。
イタリア語で「貴婦人」という名を持つ彼女は、ノーザンファームにて2009年の2月20日に生を受け、ダイタクヤマトやヴァーミリアンや姉のドナブリーニを管理していた石坂正調教師の元に入厩する。

デビュー戦は、当時まだ短期免許での来日であったM.デムーロ騎手を背に、エーシンフルマークの2着。
その後未勝利戦を勝ち、C.ルメール騎手と共にシンザン記念へと挑む。このレースの1番人気は、後の札幌記念など重賞4勝をマークするトウケイヘイローであったが、彼を下しフサイチエアデール以来13年ぶりの牝馬のシンザン記念制覇を達成する。

しかし、岩田康成騎手と初コンビを組んだ桜花賞トライアルのチューリップ賞では、4着と敗れてしまう。

さて、この馬のライバルといえば、だれを思い浮かべるだろう。
ジャパンカップでの直線のたたき合いを見せたオルフェーヴルか。同期の2冠馬のゴールドシップか。
だが、今回はこの馬に焦点を当てたいと思う。

彼女の名は「ヴィルシーナ」。名前の由来はロシア語で「頂点」。

ジェンティルドンナと同じくノーザンファームの出身で、父はディープインパクト、母は「しっぽのない馬」として話題となったハルーワスウィート。オーナーは元プロ野球選手で、「ハマの大魔神」の異名で親しまれた佐々木主浩氏である。
佐々木氏はヴィルシーナの兄であるファルスターや弟であるシュヴァルグラン、妹のヴィヴロスも所有している通り、ハルーワスウィートの大ファンであることでも知られている。

彼女は8月開催の札幌の芝1800mにて、福永騎手を鞍上にデビュー。見事デビュー戦を勝利すると、12月のエリカ賞で2勝目を飾る。
その後、2月に開催されたクイーンCにて、岩田騎手を背に重賞初勝利。
桜花賞では、クイーンC時に騎乗していた岩田騎手がジェンティルドンナに騎乗するため、新たに内田博之騎手とコンビを組むこととなった。
桜花賞では、ジェンティルドンナは2番人気、ヴィルシーナは4番人気という形でレースを迎えた。
1番人気には阪神JF勝ち馬で、ブエナビスタの半妹のジョワドヴィーヴル、3番人気にはファルヴラヴ産駒でフィリーズレビューの勝ち馬であったアイムユアーズが支持されていた。
レースが始まると、ヴィルシーナは前から3~4番手、ジェンティルドンナは中段やや後方からレースを進めていった。
直線に入ったところで、アイムユアーズとヴィルシーナのたたき合いとなったが、そこに負けじとジェンティルドンナも加わっていく。
ヴィルシーナは、直線の坂を過ぎたあたりでアイムユアーズを突き放すも、馬場の真ん中からジェンティルドンナが彼女に襲い掛かった。

結果、ジェンティルドンナがヴィルシーナを1/2馬身ほど突き放し、先頭でゴール板を駆け抜け、見事桜の女王の栄冠を手にした。

続く第2戦目、優駿牝馬。世代最強の牝馬を決める伝統の一戦。
ジェンティルドンナの主戦騎手を務めていた岩田騎手が、騎乗停止中のため、彼女の鞍上は川田将雅騎手へと変更。
その影響もあったのか、血統背景を考慮してのものだったのか。それとも両方か。ジェンティルドンナの人気は3番人気までとなっていた。
2番人気に押されたのは、桜花賞2着馬のヴィルシーナ。当日一番人気に押されたのは、オークストライアルであるフローラステークスを勝利していたミッドサマーフェア。

スタートを切り、マイネエポナがレースを引っ張る形になるとヴィルシーナは4~5番手、ミッドサマーウェアは中団後ろ、ジェンティルドンナは後方からとなった。
直線に入ると、アイムユアーズやトーセンベニザクラ、アイスフォーリスが上がってくる。
だが、その大外からジェンティルドンナが先頭を一気にとらえると、後続を5馬身ちぎってのゴールインとなった。
2着は馬場の内側から追い上げてきていたヴィルシーナ、3着は接戦の末ステイゴールド産駒のアイスフォーリスが入った。
ゴール後、内田騎手が、初の牝馬クラシック勝利となった川田騎手に握手を求め、川田騎手がそれに応じるというような一幕も見られた。


その後、2頭は休養を挟み、秋華賞トライアルのローズステークスで3度目の対戦となる。
ヴィルシーナはジェンティルドンナのことをマークしていたものの、直線で抜け出しにかかったジェンティルドンナを捉えられるものはおらず、2着のヴィルシーナに1と1/2馬身をつけて勝利。

そのおよそ一月後、ついに運命の時は訪れた。

第17回、秋華賞。
1番人気は牝馬2冠馬ジェンティルドンナ。2番人気はここまで桜花賞、オークスと2着に検討しているヴィルシーナ。3番人気には夏にクイーンSを制していたアイムユアーズが入った。

ジェンティルドンナが返し馬の際に岩田騎手を振りとおしてしまうというアクシデントもあったものの、無事、発馬機の中に全馬が収まる。

4頭目の女王が誕生するのか。それとも、誰かが一矢を報いるのか。

曇天の京都競馬場。スタートが切られるとともに、観客のボルテージも跳ね上がり、大きな声援が彼女たち18頭に向けられた。

三歳牝馬路線の最終戦、秋華賞はややばらけたスタートで開幕した。
先頭に立つのはだれか。固唾を呑んで観客たちが見守る中、猛スピードで上がってくる馬が一頭。
その馬のゼッケンには「1」の文字。なんとハナを主張したのはヴィルシーナだった。
今までの牝馬三冠路線では、前目~中団に位置しながらレースを進めていた彼女が、最後の一戦でハナを主張する。

自慢の豪腕を鳴らす内田騎手と、それに答えるヴィルシーナの姿からは「絶対に彼女には負けられない」という何か意志が見て取れたように思う。

そのまま先頭から最後尾まで、大きく差がない状態で各馬は向こう正面に入っていく。
人気上位であるジェンティルドンナ、アイムユアーズは中団付近の位置でレースを進めていく構えだった。

恐らく、多くの観客の意識はいつ、どこでジェンティルドンナが仕掛けるのか。という点に向けられていたのだろう。

しかし、そのすぐ後に、京都競馬場に詰めかけた観客から発せられていた声援が、驚きの声に変わる。

2コーナーを最後尾で通過し たチェリーメデューサが向正面中間で、先頭に躍り出たのだ。

勢いをつけて一気に17頭をごぼう抜きにした彼女は、そのまま逃げ切りを図ろうとする。

突然の大逃げに場内が騒然とする中、いよいよレースは最後の直線へなだれ込む。
だが、この時点で彼女と後続の差は6~7馬身ほど。

「これはセーフティーリードだろう」

そう思ってしまうほどの大逃げ。
だが、それに待ったをかける馬がいた。

そう、ここまでの牝馬三冠路線をともに戦ってきた、ジェンティルドンナとヴィルシーナだ。

なかなかここまで先頭との差を詰めることができていなかったジェンティルドンナが、相棒の鞭に答えて加速。
ヴィルシーナもスタート直後のように、再度内田騎手の腕に答え、二頭は馬体を合わせる形に。

共にチェリーメデューサを交わした時点で、先頭に立っていたのはジェンティルドンナだった。
だが、我々はさらに驚かされることになる。

ヴィルシーナがもう一度足を延ばし、ジェンティルドンナを差し返さんとしたのだ。

三歳牝馬路線を彩ってきた彼女たちのマッチレースに、観客のボルテージは最高潮に。
大きな声援が送られる中、二頭はゴールイン。

鼻面を合わせてのゴールインだったため、勝負は写真判定に持ち込まれた。
長い長い判定の末、勝利の女神はジェンティルドンナに微笑んだ。

競馬は、レーススポーツだ。順位が付き、結果が決まる。
一見、その結果は、無機質で機械的に見えるかもしれない。
だが、その蓋を開けてみると、中には熱い勝負が詰まっている。

さあ、次の秋華賞は誰が栄冠を手にするのだろう。
そのレースが、今から楽しみでならない。

写真:Horse Memorys

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