極寒の時代を忘れさせた切れ味。シルクフォーチュンが驚異的な末脚で制した2012年根岸Sを振り返る
■極寒に耐える季節

根岸Sといえば、手袋がないと少し辛い寒さのなか、フェブラリーSの前哨戦として東京競馬場で行われる風物詩とも呼べる重賞競走である。

レース名に冠されている「根岸」は、かつて横浜に存在した「根岸競馬場」が存在した地名に由来する。1987年に創設された当初は11月に現在と同じ東京ダート1400mの舞台で施行されていたが、その後1990年に1200mに短縮。その後2001年に今と同じ時期に開催されるようになってからは再び1400mに距離が戻り、現在に至る。まもなく40年を迎える歴史の長いレースである。

グレードはGⅢではあるものの、スピードが問われるダートの短距離レースでありながら長い直線で繰り広げられる末脚勝負は時に名レースを生み出すこともあり、2000年のブロードアピールが勝利したレースは四半世紀が経過した今でも追い込みレースを語るうえで最高峰のレースとして語り継がれているといっても過言ではない。

そして同じくダートの追い込み馬として強烈な切れ味を発揮してこの根岸Sを制したのが2012年のシルクフォーチュンである。

■極寒に耐える時代

さて、2012年はまだ始まって間もなかったが、日本列島は東日本大震災から初めて迎える本格的な冬を迎え過ごしていた。復興は進んでいるはずだったが、正直実感は遠かった。街は節電で暗く、派手な言葉や明るすぎる表現はどこか遠慮された。音楽は復興ソングが流れ、テレビでは公共広告機構の「あいさつの魔法」や金子みすゞの「こだまでしょうか」がひたすら繰り返し放映されていた。社会全体が前に出るよりも”耐える”ことを選ぶ、いや強いられるような”極寒の時代”と呼んでもおかしくはなかっただろう。

そんな中でも競馬界は福島競馬の開催中止、南部杯の東京代替開催などの影響を受けながらもファンたちの期待に応えるべく開催を続けていた。馬たちもヴィクトワールピサのドバイWC制覇、オルフェーヴルの3冠達成等、日本の競馬ファンにエールを送るかのように頑張って走っていた。

東日本大震災が起きた2011年、シルクフォーチュンはダートのオープンクラスまで昇級していた。前年に後方一気の競馬を覚えると覚醒し、4連勝でオープンまで上り詰めた確かな実力とド派手なレースぶりはファンの間でも個性的なダート馬として認識されつつあった。

特に7月のプロキオンSでは最後方から直線では馬群の真ん中をかき分けて逃げたケイアイガーベラを捕らえると一気に突き放し、最後は2馬身半差で圧勝。初の重賞制覇を遂げていた。

その後の秋は勝ち切れないレースが続いたが、上がり3ハロン順位は常に上位を記録しており、いつ差し切ってもおかしくない状態は続いていた。追い込み馬らしく、結果が出るまで耐える時間が続いていたとも言える。おそらくシルクフォーチュンのファンも、馬券でずっと追いかけていた者も、同じように耐えていたのだろう。

そして年が明けて2012年、待ちに待った直線の長い舞台である東京競馬場の根岸Sに歩を進めるのであった。

■極寒の中での「解放」

この年の根岸SにもフェブラリーS制覇を目指すべく、ダートの短距離からマイルの強豪たちが出そろっていた。1番人気に推されたのが、重賞未制覇だが前年の根岸Sで2着、フェブラリーS4着の実績があり、秋もマイルCS南部杯2着等善戦していたダノンカモン。離れた2番人気には前走ギャラクシーSを制していたヒラボクワイルド、3番人気にはすでに一昨年のカペラSから前年の根岸Sを制覇し、さらにかきつばた記念も制覇していたセイクリムズン、そして4番人気にシルクフォーチュンが支持されていた。5番人気には東京大賞典で3着善戦していたテスタマッタが支持され、以上の5頭が単勝オッズ一桁台に支持される様相を呈していた。

ゲートが開くとエベレストオーが落馬、競争中止で15頭の戦いに。シルクフォーチュンはスタートして早々に最後方へ。最初にハナを切ったのがトウショウカズンだったが、手綱は抑え気味。そこへ外から追って先頭に立ったのがタイセイレジェンドだった。ダノンカモン、セイクリムズン、テスタマッタ、ヒラボクワイルドらの有力馬は中団に位置し控え、相変わらず最後方でじっくりと耐えるように後方で構えていた。

隊列は早々に3コーナーに入り、そして4コーナーを回る。

シルクフォーチュンはこの時点でもまだ我慢。馬群からやや離れるように後方で1頭ポツンと下げて、直線に入ると外へ。早めに前を捕らえることよりもとにかく他馬から邪魔されることなく、シルクフォーチュンの末脚と府中の長い直線があれば必ず全頭を差し切ることができる、そう感じる藤岡康太騎手の進路取りに見えた。

直線残り400mくらいまでは逃げるタイセイレジェンドが楽な手応え。それを捕らえようとするのがトウショウカズンだったが、タイセイレジェンドの内田騎手が仕掛けるともう一伸び。2頭が抜けだすと、中団から後方組の馬群はやや離れていた。

残り200mになるとようやく2頭を捕らえんと末脚を伸ばしてきたのが中団に控えていたテスタマッタと激しいアクションの岩田康誠騎手。しかし、そのテスタマッタの差し脚すらも止まってみえるかのような豪脚で追い込んできたのが大外のシルクフォーチュンだった。レース映像が一瞬他の馬のアップになるため、どの瞬間に末脚を爆発させたのかが確認できないのだが、馬群から離れていたはずのシルクフォーチュンがあっという間に馬群の真横までポジションをあげていた。間違いなく我慢から「解放」された瞬間だった。

残り100mほどで抜け出していたタイセイレジェンドとトウショウカズンを射程圏内に捉えたのも一瞬、あっという間に差し切り、シルクフォーチュンが先頭に立った。最後までシルクフォーチュンの末脚は留まることなく、結局2着のトウショウカズンに1馬身1/2差をつけての完勝だった。

上がり3ハロンは34.9でもちろん1位。末脚を伸ばすもなかなか届かず、勝利からしばらく遠ざかり、それこそ耐え忍んでいたシルクフォーチュンだったが、長い直線でその末脚が「解放」され、ひさびさの勝利の美酒を味わうことになった。

まさに「極寒」を忘れさせてくれるような鮮やかな末脚と勝利であった。

2012年の根岸Sは、極寒の時季だったことに加え、極寒の時代だったことから、妙に記憶に残っている。
それはきっと、耐えに耐えて解放されたその末脚が当時の空気と重なって見えたからだろう。

前に出るよりも待つことが自然だった時代に、シルクフォーチュンはその末脚を解放させた。

もしかしたら、こんな耐える時代にも、いつか終わりが来る。
そんな希望が、シルクフォーチュンの末脚に感じられたのかもしれない。

写真:空白

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