平日であれば、仕事に向かう朝は目覚まし時計が鳴っても、なかなか布団から出られないことが多い。
しかしその反面、土日に競馬に行くときはセットされたアラームより早く起きられることがある。
競馬好きな人には分かってもらえる「あるあるネタ」だと思うけれど、2020年のコロナ禍で馬券を買う主な場所が自宅になったことで、土日に早起きをする「必要が無くなって」半年以上が経過していた。
そんな2020年11月8日の日曜日。
久しぶりに『競馬場に行くため』の早起きをした。
友達が出資している馬が、アルゼンチン共和国杯に出走することが濃厚となったタイミングで、その彼からこんな連絡があったのだ。
「11月8日、府中に行って一緒に競馬を観ようよ」
コロナ禍の前なら、当たり前のように使われていたフレーズなのに、なぜか懐かしくも感じられた。もちろん行きたいと思っても、今は抽選を通らなければならない。狭き門だったけれど、この週からはガラス張りの指定席だけではなく、一般席も『スマートシート』という名前で開放されることとなった。東京競馬場のこの『スマートシート』はおよそ2400席。これが追加されることで、倍率も少しは緩和されるのではないか?という淡い期待を抱きながら申し込みをした。
私と細君、そして誘ってくれた友達の3人が申し込みをして、そして見事に全員、『スマートシート』に当選したのは、本当に運が良かったのだと思う。
ここ半年近くは、自宅でしか馬券を買っていなかったので前夜に細君と
「競馬場に行くとき、今まで何を持参してたっけ?」
「屋外席だし、ブランケットあった方が良いよね?」
「コンセント無いから、充電は準備しておかないとだね」
といった会話をしながら準備をして、日曜日の朝に出発。
南武線府中本町駅に着いたのは、午前9時過ぎだった。
府中本町駅から競馬場につながる歩道橋を歩いたけれど
「競馬の開催、今日あるよね?」
と細君が不安になるほど、人影はまばらだった。
競馬場の入り口付近に近くなると、ようやく入場待ちをしている列の最後尾が見えてくる。
その列に並ぶこと、およそ10分。
当選者用のQRコードをスマートフォンの画面に表示させ、さらに免許証など顔写真付きの身分証を提出すると、リストバンドが配布された。係員にそれをつけてもらい、消毒・検温を行ってから場内に入った。
久しぶりに入った東京競馬場をそれぞれ散策しよう、ということでしばらくの間は個人行動となった。まず最初にグッズショップに行き、天皇賞(秋)のマフラータオルを購入。
その後に向かったのは、正門の脇に建てられた馬頭観音。ここで出走馬たちの無事を祈願。
馬頭観音のすぐ近くにある「トキノミノル像」にもご挨拶をしてから、パドックに行くと1レースに出走する馬が歩いていた。そして騎手が乗り誘導馬の後を追ってパドックを出ていく出走馬たち。
今までなら「何てことはない、いつもの風景」だけれど、自分の目の前を馬が歩く姿を見るだけで、目新しく感じられた。
正午過ぎ、お昼ごはんを調達しようと場内を歩いたけれど、シャッターが閉まっているお店が多かったのは残念だった。ステーキ丼や天丼、かすうどんを扱うお店は営業をこの日はしていなかった。いずれどこかのタイミングで再開されることを期待せずにはいられない。
この日の私は、「鳥千」のフライドチキンを食べることに。
府中にも中山にも、どちらにも店舗を構えているからこそ、競馬場に来たら食べたくなる逸品だと個人的には思っている。揚げたてのフライドチキンは最高で
「ビールも一緒に……」
と思ったけれど、競馬場内でのアルコールの販売は中止されていたことを思い出した。お酒を飲むと話し声が大きくなってしまうこともあるし、これはやむを得ない措置と納得して、フライドチキンのお供はコンビニで買ったジャスミン茶となった。
メインのアルゼンチン共和国杯のファンファーレが鳴ると、場内からは拍手が沸き起こった。
そしてレースは、私の友達の出資馬であるオーソリティが、見事に1着。
「表彰式の口取り、やりたかったなぁ」
という友達の言葉には、口惜しさが含まれていた気がする。
入場が制限されて人が少ないからかもしれないが、とにかく「音」が大きく感じられることがあった。例えば実況の音声。かつてと同じ音量で流しているのかもしれないけど、人が少ない分、実況音声がとてもクリアに聞こえた。さらに、馬が走る際の蹄の音や、騎手の鞭の音も、今までよりもハッキリと聞こえてきた。
ファンの歓声は、レースのシーンを彩ることは間違いない。
でも、こういった特殊な状況だからこそ、気が付く「良さ」「味わい深さ」も多々あった。
最終レースの後、オーソリティの祝勝会と称して、東京競馬場の西門横の飲み屋さんで軽く飲むことにした。
外にテーブルと椅子を並べてもらい、密にならない換気抜群の特等席を用意してくれた。店主の方にも話を聞いたところ、やはり売上の影響は大きかった、と。
「携帯で買えない年齢の高い常連さんなんかは、気の毒だったよ」
「このままお客さんを入れての競馬の開催は続けて欲しいね。ウチも競馬あっての商売だから……」
また東京競馬場に行った際には立ち寄ります、と約束をしてお店を後にした。
帰りの電車では、早起きしたこともあってウトウトしてしまう時間も。休みの日に早起きをすると、翌月曜日からの仕事は大変だと感じることもあるけれど……。
でもやっぱり、競馬って良いものだ。
パドックもコースも、柵の目の前までは立ち入ることは出来なかったし、券売機も買える台と買えない台が1台置きで交互になっていたし、まだまだ不自由なこともあるのかもしれない。
──それでも、かつての日常を取り戻すための一歩は、確実に踏み出せている。
そう思える1日だった。
そして、競馬というキーワードが久しぶりに友達と会う「きっかけ」になったことも大きい。会えなかった期間の近況報告をしたり、コントレイルとデアリングタクトの話で盛り上がったり。積もる話はたくさんあった。
これも競馬が繋いでくれた縁でもあるし、大事にしていきたいと思った。
多くのファンが競馬場に「ただいま」と言える日が、来ますように。