2021年8月22日、雨の小倉に希望の光が降り注いだ。

熊本で生まれたヨカヨカが北九州記念を勝った。熊本産初のJRA重賞勝利。フィリーズレビュー、葵S2着と惜しい競馬が続いていた。あと一歩。されどその一歩が遠い。1.06.4で駆け抜けた小倉CBC賞でさえ5着。どんなに懸命に走っても手が届かない。重賞タイトルは重く、ヨカヨカが背負うものも決して軽くない。だから、北九州記念で決められなければ、あるいは、最後の一歩を踏み越えられないのではなかろうか。そんな感想を思い出す。だが、ヨカヨカは越えた。目の前にあるようで遠い重賞という壁を。熊本産馬の悲願は希望の歴史として語られる。

この物語には数奇なめぐり合わせを語らずにはいられない。主人公はスクワートルスクワートとハニーダンサー。スクワートルスクワートは米国で2歳時から短い距離で活躍し、6ハロンの重賞を勝利。その後も距離延長には目もくれず、一貫してスプリント戦線を歩み、キングズビショップSでGⅠタイトルを。さらにBCスプリントを制し、2001年エクリプス賞でチャンピオンスプリンターに選出された。そして、引退後は日本軽種馬協会によって日本へ輸入される。下級条件を中心にダート短距離のレース数が多く、稼げるチャンスが多い。着実に走る産駒を出せるという期待からの購入だった。全国の種馬場を旅するなか、スクワートルスクワートは九州でひまわり賞を勝つ産駒を多く出した。メッサーシュミット、エフェクト、キリシマオジョウ。仕上がりが早く、短距離に強い自身の強みが、小倉競馬場で年に一度行われる九州産馬にとっての最大目標ひまわり賞の適性と合致した。そして、九州の生産者に呼ばれ、スクワートルスクワートは鹿児島に落ち着くことになった。九州種馬場は桜島の東、大隅半島の付け根にある。九州南端らしい温暖な気候と錦江湾から吹く風が心地よい長閑な土地だ。そんな良好な土地に歓迎されたスクワートルスクワートが羨ましい。

スクワートルスクワートが九州に落ち着い2016年、ハニーダンサーは北海道でトゥザグローリーの仔を受胎していた。繋養先の大島牧場には、やがてヨカヨカを生産する本田土寿氏のご子息が関わっていた。この年、北海道での勤務を終え、故郷に戻る彼へ、大島牧場が餞別がわりに譲ったのがハニーダンサーだ。熊本で出産したローランダーはやがて、ひまわり賞で2着に入る。そして、ハニーダンサーの次の交配相手が同じ年に九州へやってきたスクワートルスクワート。2頭はまるで運命の糸にたぐり寄せられるかのように九州へ導かれ、そうして九州の星ヨカヨカは誕生した。

小倉の九州産限定戦がはじまる前、6月の阪神で北海道生まれの馬たちを相手に初陣を飾ったヨカヨカはスクワートルスクワート譲りのスピードでフェニックス賞を勝ち、ひまわり賞へ。57キロを背負いながら、先手を奪って圧勝。力強さは母ハニーダンサーに色濃く残るノーザンダンサーを想起させる。

スピードと力強さを兼備したヨカヨカは阪神JF、桜花賞と王道路線を堂々歩み、そして北九州記念へ出走する。前年57キロを背負った小倉芝1200mで6キロも軽い51キロ。同斤のCBC賞は極限の先を行く時計だったが、開催が進んだ北九州記念なら、ヨカヨカのスピードでも対応できる。51キロに調整した幸英明騎手を背に馬場に出たヨカヨカはさぞ気分がよかっただろう。先を行くのは5.5キロも重いモズスーパーフレア。ヨカヨカは少し幸騎手になだめながらも、クビを大きく振りながら、楽し気に3番手の外で流れに乗る。走りやすい外目を通り、すぐ内を走る2歳上のお兄さんファストフォースに競りかけながら、気力を充満させていく。逃げるモズスーパーフレアが内で粘るなか、ファストフォースとともにヨカヨカが伸びる。最後の力を振り絞るモズスーパーフレアとの脚色は明らかだった。弾むようにヨカヨカがゴール板を照らす照明の下を駆け抜けたとき、希望の光が小倉競馬場に放たれた。

スクワートルスクワートにとっても15世代目で初となるJRA重賞制覇。米国スプリントチャンピオンの長い旅路は本田土寿氏とハニーダンサーとの出会いを経て、九州の地でヨカヨカによって実を結んだ。鹿児島の地で優しい瞳を宿すスクワートルスクワートは、今日も肥沃な土壌の大隅半島で育つ青草を食んでいる。ヨカヨカは引退後、はじめて渡った北海道で繁殖牝馬としてその血を継ぐ仔を育てている。熊本で馬産に励む本田土寿氏はその後、イロゴトシで中山グランドジャンプを勝ち、GⅠタイトルをつかんだ。ディープインパクトの血をもつアレスバローズを繋養し、熊本からヨカヨカを超える馬を出さんとホースマンとして意欲を燃やす。そして、ヨカヨカやイロゴトシの活躍は九州の生産者たちの気持ちを鼓舞する。気の遠くなるような作業を支えるのは希望だ。九州の空は今日も希望に満ちている。

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