春のグランプリ「宝塚記念」が終わると、競馬カレンダーも折返して夏競馬が始まる。
GⅠレースのない夏競馬はさみしいと感じる人は少なくないが、荒れやすく予想が難しい夏競馬ならではの楽しみ方もある。
その最たるものは、秋の菊花賞で激走する「夏の上がり馬」を見つけること。
1990年菊花賞を制したメジロマックイーンこそ、史上最強の上がり馬ではなかったか。
競馬ライターの小川隆行氏を中心に、プロ・アマ問わず競馬愛の強い執筆者たちが、歴史に名を刻んだスターホースのエピソードをまとめた『アイドルホース列伝 1970-2021』(星海社新書)から抜粋。まぎれもなく90年代前半の最強馬であったメジロマックイーンの競争歴を振り返ってみよう。
前代未聞! GⅠ初の降着劇
「よっしゃああああ!」
──ゴールの瞬間、錦糸町ウインズで興奮した私は、すぐさま払い戻し窓口に並んだ。50万円の単勝馬券を握りしめて。
1991年秋の天皇賞。前哨戦の京都大賞典で2着馬を3馬身離す余裕の勝利。牡馬混合GⅠを勝っている馬は皆無。GⅠ2勝は出走馬の中でも別格。にもかかわらず単勝オッズは2倍(最終的に1・9倍)もある。「負ける理由が見当たらない」ため、バイトで貯めた大金をそっくりメジロマックイーンの単勝にブチ込み、同馬は2着を6馬身離す圧勝劇を演じてみせた。
にもかかわらず、レースはいつまで経っても確定しない。テレビではゲスト春風亭小朝師匠が「大丈夫でしょう」と語っていた。10分、いや20分が過ぎたころ、場内に次のようなアナウンスがなされた。
「1位入線のメジロマックイーン号は他馬の進路を妨害したため18着に降着といたします」
そこから先を覚えていないのは、あまりのショックに脳が記憶を排除したのだろう。前代未聞の降着劇だった。ニュースでレース映像を確認すると1コーナー手前で左に進路を取ったメジロマックイーンの斜行がきっかけで、進路が狭くなった他馬は行き場を失っていた。あおりを受けた中には落馬寸前の馬までおり、2着に繰り上がったカリブソングの鞍上・柴田政人は審議を見越したのか、ゴール後、武豊に「ウイニングランはするな」と声をかけている。武豊はゴール直前でガッツポーズをしていたが、事の重大さに気付くとみるみるうちに顔が青ざめた。
この後、メジロマックイーンはジャパンC4着、有馬記念2着と勝利から見離された。スランプに陥った武豊は12月の勝ち星ゼロ。41連敗を味わっている。
驚くべき心肺機能とロングスパート
デビュー前のメジロマックイーンは500キロをはるかに超える馬体で、調教を重ねてもなかなか絞れずにいた。ソエでデビューは3歳春。ダービーには間に合わなかった。
しかし、栗東トレセンでの調教では息を乱さず、大物感を感じさせる。関係者の多くが「(兄の菊花賞馬)メジロデュレンより大物だ」と感じていた。
夏に条件戦を連勝すると、当時3000mだった嵐山Sを2着。長距離適性を見せつけたものの、馬群をさばききれなかった鞍上・内田浩一の騎乗ミスで勝利を逃した。この結果を踏まえた調教師の池江泰郎は菊花賞での乗り替わりも考慮したが、メジロ牧場の総帥だった北野ミヤ氏の「一度のミスで若い人を降ろしたら可哀そうだ」の一言で、内田に騎手生涯唯一のGⅠ勝利をもたらした。
後に内田は「この馬の良さを引き出す競馬ができれば自然と勝利がついてくると感じていた」と筆者に語ってくれた。
「メジロはメジロまでも(ライアンではなく)マックイーンのほうだ!」という杉本清の名セリフをきっかけに、遅咲き馬の快進撃が始まった。
4歳になった翌年、新たな鞍上となった武豊は、調教を終えて息を乱さないマックイーンをみて「心肺機能が優れている。指示にも素直に従うなど欠点が少ない」と感じ入ったというが、個人的にも、あれだけのロングスパートができる馬を初めて目にした。
4歳春の天皇賞を制し、祖父メジロアサマ・父メジロティターンとの親仔三大による同一GⅠ制覇。それは6年前に他界した、メジロ牧場オーナー・北野豊吉氏(ミヤの夫)の悲願であった。
トウカイテイオーとの「世紀の対決」
4歳秋に冒頭の悪夢もあり勝ち運から見離されたメジロマックイーンだが、5歳春に天皇賞を連覇する。「1歳年下の二冠馬トウカイテイオー(5着)を相手にせず、4コーナー下りからのロングスパート。鞍上の武豊も「心底嬉しかった」と、半年前の挫折から蘇ったコンビでの勝利を喜んだ。このレースは「世紀の対決」と称され世間の注目度も高く、翌日の朝日新聞は一面に結果を掲載。初めて競馬が全国紙の一面を飾ったレースだった。
しかし、この対決でマックイーンは骨折を発症、1年の休養を余儀なくされた。
翌春、3連覇のかかった春の天皇賞でライスシャワーに敗れるも、続く宝塚記念でメジロパーマーを打ち果たしGⅠ4勝目をマーク。秋の京都大賞典の勝利で獲得賞金は史上初の10億円超。しかし、雪辱を期す予定だった天皇賞・秋の最終追い切りで故障を発生、引退を余儀なくされた。
総額7億円ものシンジケートにより種牡馬入りしたが、期待ほどの成績は残せなかった。重賞勝ち馬は5頭、重賞勝ち鞍は7つでGⅠ優勝馬は皆無。ただしブルードメア(母の父)としてはステイゴールドとの配合でドリームジャーニー、オルフェーヴル、ゴールドシップと3頭のGⅠ馬を輩出。親仔三代による天皇賞制覇の血脈は孫に受け継がれた。
絶対に負けない、と思ったレースで快勝したにもかかわらず50万円を溶かした私は「本命党はどこかで破滅する」ことを悟り、穴党にシフトチェンジした。あれから30年近く馬券を買い続けていられるのも、目に見えぬ競馬の神様が「人生は甘くない。ちゃんと働きなさい」と教えてくれたからだろう。
(文・小川隆行)
アイドルホース列伝 1970-2021 (星海社新書)
小川 隆行 ,小川 隆行 ,一瀬 恵菜 ,鴨井 喜徳 ,久保木 正則 ,後藤 豊 ,所 誠 ,榊 俊介 ,広中 克生 ,福嶌 弘 ,三木 俊幸 ,宮崎 あけみ ,吉川 良 ,和田 章郎(星海社 2021年6月25日 発売)
星海社サイト「ジセダイ」
https://ji-sedai.jp/book/publication/idolhorse.html
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