栄光、挫折、そして…。不屈のダートスプリンター・スーニが掴み取った、奇跡の4連勝。

今でこそクラシックにも外国産馬が出走でき、更には海外の外国馬も出走できるほどにその幅が広がった日本競馬。しかしかつてはクラシックや天皇賞には外国馬の出走が許されていなかった。どれだけ強くとも、外国馬はクラシックは未出走。NHKマイルCが「マル外ダービー」と呼ばれていた時代も、確かにあった。

時は進み、いまやマル外ダービーは死語である。内国産・外国産を問わず、強い馬達がそれぞれの適性にあった条件で鎬を削る時代となった。かつては内国産より強いと謳われた外国産馬も、21世紀に突入して以降は内国産の彼らと大きな実力差を見ることは無くなってきていた。

──そんな風潮がもう当たり前となっていた2008年、初冬の川崎競馬場。

アメリカからやってきた超新星がそのスピードを遺憾なく発揮し、2歳ダート王に輝いていた。

将来を期待された鹿毛の牡馬の名を、スーニと言う。

黒船来航

父ソト、母エナブルと言う日本ではなじみの薄い名前。しかし、ソトの父デヒアは日本に輸入もされ、産駒からはラジオたんぱ賞を勝ったケイアイガードなども活躍した。

そんな両親を持つ彼は、アメリカのバレッツマーチセレクトセールにおいて12万ドルで落札され、日本へ。

デビューまでの中間も順調に過ごし、10月12日、京都競馬場にてデビュー。
そしてそのレースで早くも、我々に強烈なインパクトを与える走りを見せる。

スタートでつまずきながらもあっさり立て直して先頭に並びかけると、4コーナーで馬なりのまま再加速。軽く追われただけで後続を突き放し、2着ピサノロダンに7馬身差をつける圧勝劇をやってのけてしまったのである。

さらには続く条件戦もノーステッキであっさり制すると、初の重賞挑戦となった兵庫ジュニアグランプリも危なげなく制覇。デビューから2か月弱でいとも簡単に2歳ダート路線の主役候補に躍り出た。

そして、12月の川崎。

1.7倍の圧倒的1番人気に支持された彼は、その実力を川崎のファンにまざまざと見せつけ、5馬身差で余裕の完勝。

アメリカからやってきた「黒船」が、早くも砂の舞台を席巻し始めるような、そんな予感も垣間見えるような勝利だった。

翌年、2009年春はNHKマイルCを目指すことが陣営から発表される。クロフネ二世のような活躍を思い描いたファンも少なくなかったことだろう。

明けて3歳となった彼の始動戦は2月末の阪神、アーリントンC。

1番人気こそ小倉の新馬戦を衝撃的な勝ち方で制したアイアンルックに譲ったものの、父系が芝で活躍しているケイアイガードらを輩出している事も評価されてか、初の芝ながら2番人気に支持された。

──が、見せ場なく12着大敗。クロフネへの挑戦はあっけなく終わり、以降は砂の舞台で自身の素質を磨くこととなった。

ダートに戻った伏竜Sで勝利を挙げた後は、その後の兵庫CS・ジャパンダートダービー・レパードSこそ敗れたが、初の古馬相手となる東京盃で2着とすると、名古屋のJBCスプリントでは猛追するアドマイヤスバルを振り切って勝利。3歳にしてダートスプリント界の頂点に立った彼は、早くもダート王を狙える地位を獲得し始めていた。

佐賀の魔物と、復活劇

その後、中央での3戦こそ馬券圏内を外す結果に終わったものの、黒船賞、東京スプリントとメンバー中最重量を負いながらも制し、かきつばた記念ではスマートファルコンの2着。誰の目にも順当にダートスプリントの一線級、それもトップクラスの実力をつけていることは明らかだったことだろう。

だからこそ、その次走、佐賀のサマーチャンピオンでは1.1倍の断然人気に支持されていたはずだ。

ところが、佐賀には魔物が潜んでいた。

スーニは先団から全く伸びず4着。直線、本来なら末脚が発揮されるはずのタイミングで、まるで何かに飲み込まれていくかのように一気に突き放されていった。

続く東京盃も、JBCスプリントも、勝ち馬との着差は1秒以上。

中央に帰ってきたカペラSも、中1週ながら出走した年末の兵庫CSも、着差は縮まったとはいえ、勝てない。

翌年はポラリスS、東京スプリント、栗東Sと惨敗を続ける。最早そこには、王者候補とされていたはずの輝きは失われているかのように見えた。

さきたま杯で3着とするも、続くプロキオンSは再び8着と凡走したスーニ。その人気は、G1級競走2勝馬ながら、16頭立て10番人気という控えめなものだった。

勿論、ハンデ等の考慮などもあったのだろうが、既にかつてダートスプリントの一線級にいた彼の姿は人々から忘れ去られ始め、かわって安定した成績と圧逃ぶりを見せるスマートファルコン、震災直後の日本を勇気づけたトランセンドといった、日本トップクラスのダート馬達の動向に目が向いていた。

しかし次走、サマーチャンピオン。

1年前、自身の歯車を狂わせるきっかけとなったこのレースで、かつてのスプリント王者の闘志が舞い戻ったか、再び彼は覚醒する。

追走するのがやっとだったような近走とは打って変わって先行集団に取りつくと、4コーナー手前で既に抜け出し態勢。

後ろから迫ってくる断然の1番人気、前走ではるか前にいたトーホウドルチェを歯牙にもかけないその走りには、確実に闘気が蘇っていた。

その差は1馬身、2馬身と広がり、最後は4馬身差の快勝。

1年4か月ぶりの勝利の美酒に、再度のチャンピオン奪取を夢見るチャンスが巡ってきたようにも思えた。

周囲の期待が再び膨らむほどのスピードで駆けたスーニは、昨年同様、ここから東京盃を経由し、JBCスプリントを目指すローテーションを組むことを発表。

果たして乾坤一擲の大駆けだったか、本当に復調したのか──。

その真価は次走、東京盃の結果で問われることとなった。

カクテルライトに照らされて

JBCスプリントを目指す者の多くが参戦する、東京盃。

この年の1番人気は、目下絶好調のセイクリムズンだった。

2010年末のカペラSで重賞初制覇を挙げた後、根岸S、かきつばた記念と重賞を3勝。中間、フェブラリーSこそ14着と大敗したもののOPクラスでの安定した成績が目を引き、当然、この舞台でも堂々1番人気に推されていた。

2番人気にクラスターCで重賞初制覇を成し遂げたドスライスが推され、その後ろ、3番人気に真の復調か否かを問われるスーニがいた。

地方の代表として参戦した所属馬達は、堅実に走り通してきたナイキマドリード、大井の1200mで安定した成績を残すブリーズフレイバーら地元の雄に、笠松から2歳にしてNRA年度代表馬に輝いたラブミーチャンと浜口楠彦騎手のコンビも参戦し、例年通り、中央と地方の熱き戦いが期待できそうな予感が漂っていた。

20時10分、中央とは一味違うカクテルライトの照明に各馬が照らされる下、大井競馬場に交流重賞のファンファーレが鳴り響く。

ラブミーチャンがややゲート入りをぐずったほかはすんなりと各馬が誘導され、ゲートが開いた。

たった70秒の熱演の幕開けは、地方馬達の先行争いで始まった。

この年、さきたま杯で2着するなど順当に実力をつけ始めていたジーエスライカーを筆頭に、内からブリーズフレイバー、その間から笠松のラブミーチャンがハナを奪うかと思えば、そのすぐ後ろに大井の雄、ナイキマドリードが追走する。

5番手、彼らの先行争いを尻目に内から促されたドスライスと、その外にセイクリムズンといった中央勢が追走。

そして、速くなるペースに決して無理をせず、マイペースに中団から先頭集団をじっくりと構えて見る位置に、川田将雅騎手とスーニがいた。

気づけばレースは早くも3.4コーナー中間。未だ激戦を極める先頭争いは決着がつかず、手応えが今一歩のドスライスに代わって、外からセイクリムズンが一気の進出を開始。鞍上の幸騎手が静かに出したGOサインに応え、抜群の雰囲気を漂わせる。

しかし、その瞬間、静かなアクションの幸騎手とは対照的に後方で激しい合図を送った川田騎手の仕掛けに呼応して、スーニもその差を詰め始めていた。

トゥインクルレースの直線に各馬が向く。ドスライス、ブリーズフレイバーはやや分が悪く先頭争いから少し後退したが、笠松のトップスプリンターラブミーチャンと浜口楠彦騎手はそのまま抜け出し、迫るジーエスライカーとセイクリムズンをも上回る脚色で更に突き放しにかかった。

その脚は、鈍らない。

外の後方からマルカベンチャーらが追い込んでは来るが、それでも到底前に届くようには見えない。

外からセイクリムズンが再度のアタックを試みるが、それすら返り討ちにするかのような脅威の粘り腰。

残り100m手前、再びそのリードを1馬身と広げた。このまま粘り切るように思えた。

──内から迫る2年前の王者以外は、誰もがそう思っていた。

いつの間にかインのラチ沿いにその馬体を合わせていたスーニがラブミーチャンの勝利を掠め取るように、内から一完歩ずつ末脚を伸ばす。

並びかけてからは、一瞬だった。

弾けるように伸びた鹿毛の馬体がカクテルライトに照らされて輝きを増し、粘る笠松の女王を捉えてもなお、その脚を伸ばす。

完全復調の雰囲気を漂わせて、ゴール板を先頭で駆け抜けた。

この勝利で重賞7勝目、前走サマーチャンピオンから重賞連勝。

狙うは王座──。同舞台で行われるJBCスプリントに向けて、確かな弾みがついた瞬間だった。

掴み取った栄光、そして──。

1か月後、大井の舞台に再度戻ってきたスーニは、今度は堂々の1番人気として王者決定戦に登場した。

レースでは、東京盃同様、抜け出し粘るラブミーチャンの外からセイクリムズンが急襲。更に芝の短距離路線で一線級を画するダッシャーゴーゴーも猛追するといった、先行集団につけた馬達が優勝をめぐる中でただ1頭、外から物凄い勢いで突っ込んできた。

粘るラブミーチャンの浜口騎手が繰り出す執念の風車鞭も、間から懸命に追いすがるセイクリムズンも、新馬戦以来となったダートの舞台で一気の王者を夢見たダッシャーゴーゴーもまとめて捉えたその豪脚は、2年余り溜めてきた敗北の鬱積を晴らすかのように、レコードタイムでのびやかにゴール板を駆け抜けた。

これがG12勝目、重賞8勝目となったスーニ。王座奪還に、スプリント界平定はほぼ間違いないだろうとも思われたのだが──。

年が明け、当然1.7倍と断然の1番人気に支持された黒船賞でまさかの4着となって以降、再度の勝利を挙げることは2度となく、引退となった。

早い時期に栄光を掴みながら、一転してスランプ。

早熟とまで言われた彼が、その強さを忘れ去られたころに再度の大駆け、そして王座奪還。

間違いなく砂の短距離界を賑わせた、そして外国産馬の強さを改めて知らしめた鮮烈な豪脚と、その強さを見せた彼──スーニの勇姿を、我々は忘れない。

写真:緒方きしん

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