ラヴズオンリーユーを愛した、すべての人たちへ。

一体どれだけの夢を叶えたのだろう。あなたの愛馬は、とてつもないことを成し遂げた。

父がディープインパクト、そして母がラヴズオンリーミー。すなわち2016年のドバイターフを制したリアルスティールの全妹が、DMMドリームクラブの所有馬となったのは翌17年のことだった。「たくさんの人に馬主気分を味わい、感動を共有してほしい」というコンセプトのもと、1頭につき1万口近い異例の条件が設けられることによって、ピカピカの良血馬が一口32,000円の破格で出資できるという夢物語が幕を開けた。参考までに、兄リアルスティールがサンデーレーシングで募集された際の価格が一口あたり200万円。これはこれで一般の感覚からすればとんでもない金額だが、その血統を思えばむしろ「適正価格」にすら感じるほど。

こうして、たくさんの人から夢を託された幼き牝馬は「みんなからの愛を込めて」ラヴズオンリーユーと呼ばれることとなった。

偉大な両親、そして優秀な兄によく似てとびきりの才能を授かっていた彼女。2歳秋に栗東の矢作芳人厩舎に入厩した直後から非凡な動きを見せ、たちまち競馬メディアの間でも話題になった。自信たっぷりに臨んだ新馬戦は、単勝1番人気こそ他馬に譲ったものの、1・1/4馬身差の快勝。「愛馬の勝利を見届ける」という、競馬ファンなら誰もが抱くような夢を一つ叶えると同時に、翌春の晴れ舞台に立つ姿をリアルに想像させてくれた。
その興奮も覚めやらぬ中、3週間後には白菊賞を快勝。休養を挟んで忘れな草賞を制すると、思い描いた青写真の通りオークスへと駒を進めることになった。

愛馬とともに過ごす、至福の時間が始まった。

2週間前の特別登録馬に、確かにその名がある。連日スポーツ紙の記事に取り上げられる。枠順の確定が待ち遠しくて、木曜の14時を過ぎると仕事の合間にこっそりJRAのサイトでF5ボタンを連打する。レース当日、競馬場で馬名の刻まれたボールペンを買う。昼休みのターフビジョンに追い切りの映像が映される。満員のパドックで対面を果たす。「グレード・エクウス・マーチ」に乗ってターフに姿を現す。

そして──さらなる最高の結果が待っていた。

単勝1番人気の重圧も、2400mの距離も、世代トップクラスの強敵も……彼女は、まとめて跳ね除けた。内で食い下がるクロノジェネシスに代わって先頭に立ったカレンブーケドールを、大外から矢のような末脚で一蹴。懸命に粘る相手をクビ差だけ退けた瞬間、あなたの愛馬は負け知らずのまま3歳牝馬の頂点に立った。

晴天の東京競馬場に集まった大観衆が、一斉に喝采を浴びせる。鞍上のミルコ・デムーロ騎手が満面の笑みでそれに応える。勝利のセレブレーションは競馬の世界において最も美しい瞬間の一つだが、自分の愛馬がその主役を演じているだなんて、きっと天にも昇る想いだったはず。あの日あなたが出会った「ラヴズオンリーミーの16」に託した願いは、永遠に覚めることのない夢として結実したのだ。

その一方で、ともに過ごしたのは常に気苦労の耐えない日々でもあった。明け3歳早々には軽い脚元のアクシデントが発生し、桜花賞を断念。オークス勝利後も、夏の休養中にトモや蹄を痛めたことで秋華賞には間に合わなかった。そして翌春には、参戦を予定していたドバイミーティングが新型コロナウイルスの影響で直前に中止が決定。ドバイに入国まで済ませながら、レースに走ることなく帰国するという「不運」で済ませるにはあまりにも気の毒な命運に振り回された。

その後はヴィクトリアマイル7着から数えること5連敗。中にはエリザベス女王杯3着など実力の片鱗を見せるレースもあったが、3歳時の輝かしい姿からはとても想像できないような苦戦が続いた。強い馬ほど風当たりが強くなるのは一つの宿命だが、辛口のファンからは「もう終わった」という声も聞かれるようになった。ましてウイルスの脅威と戦う世界の中では、それまで当たり前だったはずの「競馬場で愛馬を応援する」ことすら簡単には叶わない。ただひたすらに、もどかしい時間が流れた。

その窮地を救ったのは、新たにコンビを組むことになった川田将雅騎手と、矢作厩舎スタッフの共同作業によるところが大きいのは周知の通り。ただ、その陰でラヴズオンリーユーへの愛情を絶やさなかった人々がたくさんいたことを忘れてはならない。限界説に全力で反発し、走るごとに復活を信じ、たとえ結果が不本意なものであってもそれを一緒になって受け入れてきた頼もしい存在が、彼女の支えになった。

明け5歳初戦となった京都記念で、実にオークス以来1年9ヶ月ぶりの勝利を飾ると、続くドバイシーマクラシックでは、世界の強豪ミシュリフや日本を代表する強豪へと成長した同級生クロノジェネシスらと互角の勝負を繰り広げ、完全復調をアピール。確かな手応えとともに臨んだ香港クイーンエリザベス2世Cでは、グローリーヴェイズやデアリングタクトらを破って久々にビッグタイトルを獲得。あなたの信じた通り、ラヴズオンリーユーは決して終わってなどいなかった。

そして、いよいよ日本の競馬史に残る「その瞬間」が訪れた。11月、アメリカ・カリフォルニア州のデルマー競馬場で、日本調教馬として初めてブリーダーズC(フィリー&メアターフ)を制覇。誰もがうらやむ世界最高峰の栄光を、その手に収めたのだ。

最後の直線が249mしかないトリッキーなコースで繰り広げられた戦いは、バチバチと火花が散るような激闘だった。地元の有力馬ウォーライクゴッデスが後方待機から一気のマクリで先頭に並びかけると、欧州から参戦したライアン・ムーア騎手とラヴもそれに応戦する形で進出。ラヴズオンリーユーは一瞬だけ遅れを取るも、わずかに空いたスペースを突いて末脚を伸ばし、最後は1/2馬身の差をつけ先頭でゴールを駆け抜けた。世界トップクラスの人馬による戦いの果てに、まだ誰も経験したことのない歓喜の瞬間をもたらしてくれたのである。

大きな夢を叶えたのは「日本の馬で最初に勝ちたかった」という矢作調教師と、「子どもの頃から特別なレースだと思っていた」川田騎手も同じだった。指揮官はブリーダーズC制覇へ事前に綿密な戦略を練っていた。輸送時間が少しでも短縮できる西海岸で、かつ日本の芝と性質がよく似たデルマー競馬場にターゲットを設定。国内での壮行戦には、本番と同じく直線の短いコースの札幌記念を選んだ。

ジョッキーは幼い頃から、地方競馬の調教師である父から「英才教育」を受け、ブリーダーズCの偉大さを熟知していた。普段は喜びの表情をめったに覗かせない彼が馬上で感極まり、フラワーシャワーを堪能してからハートマークを両手で作り記念撮影に収まるという一連のシーンを実現させたことは、ある意味でラヴズオンリーユーが成し遂げた最大の偉業と言ってもいいかもしれない。あなたの愛馬は、それだけのことをやってのけた。

ラストランとなった香港Cも勝利で飾ったラヴズオンリーユー。世界を飛び回った1年、そして激動の競走馬生活を有終の美で締めくくり、2022年1月30日には東京競馬場で引退式が行われた。現役時代の中盤以降は国内の競馬場でその走りを見る機会が限られてしまったが、最愛の馬に最後に別れを告げることはできただろうか。声はかけられなくても、心の中から感謝とねぎらいの言葉を届けられただろうか。

「海外遠征って……本当に大変なんですよ」

矢作調教師は少し言葉に詰まりながら、改めて苦しかった胸の内をにじませた。その通りだ。ボタンひとつポチッと押せば、いつでも海外のレースに飛んでいけるゲームの世界とは勝手が違う。世界での戦いに慣れた名門ですら、その苦労は今も絶えることはない。
そして、すでに輝かしい実績を積み重ね、今まさにジョッキーとして円熟期を迎えようとしている川田騎手には「僕の騎手生活を振り返る上で表紙を飾る馬」とまで言わしめた。

胸が張り裂けそうな苦労と、あふれんばかりの充実感と──。この馬のすぐそばに寄り添い続けたホースマンも、少し離れた場所からエールを送るあなた達と同じ気持ちで戦っていたのだ。

さらに翌月には米国エクリプス賞の表彰式が行われ、ラヴズオンリーユーはFemere TurfHorse(最優秀芝牝馬)に選出。もちろん、日本調教馬として初めての快挙である。また、僚馬マルシュロレーヌとともに果たしたブリーダーズC制覇が「Moment of the Year」(最も記憶に残った瞬間)にも選ばれ、偉業を成し遂げた地から盛大な称賛の声が寄せられた。

ひとりの競馬ファンとしても、改めて最大限の敬意と羨望の意を込めて伝えたい。あなたの愛馬は本当にすごかったということを。そして、明るくも厳しかった道のりをともに歩んだあなた自身の信念もまた、偉大なものであったということを。ラヴズオンリーユーと過ごした時間を、どうかいつまでも大切に。

写真:shin 1

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