『緊急速報』というものは、良い報せでは無いことが多い気がする。競馬ニュースであれば、開催日でないときの速報がそれに当たりやすい。
2021年クラシックを鋭い末脚で駆け抜けたサトノレイナスの引退。その一報を目にしたとき、普段同世代の「白毛のアイドル」ソダシを贔屓している私でさえ、寂しい気持ちになった。
日本ダービーまで、わずか5戦。しかしこの5戦全てが印象に残る牝馬であったことに変わりない。
牝馬ながら日本ダービーに挑んだ姿も、印象的だ。
今回はサトノレイナスの新馬戦からダービーまでの全5戦を振り返る。ソダシはもちろん、世代のライバルたちと真っ向から勝負した姿を、ここに書き残したい。
新馬戦(1着) 東京開幕週、緑のターフでお披露目
サトノレイナスは父ディープインパクト、母はアルゼンチンオークス勝ち馬パラダセールという良血馬。半姉にアーモンドアイと同世代で秋華賞に上り馬として挑んだダンサール、全兄に弥生賞を勝ち菊花賞3着、重賞2着2回の実績があるサトノフラッグらがいる血統的な背景を持つ。自身も2018年セレクトセールで1億800万円で取引され、美浦の国枝栄厩舎に入厩、クラシック候補としてデビュー前から話題になっていた。
新馬戦に選んだ舞台は東京芝1600m戦。日本ダービーの翌週から始まる第1週目の新馬戦にルメール騎手とのコンビで参戦、以降4戦も全てルメール騎手が鞍上を務めた。
レースは、新馬戦らしいばらついたスタート。その中で好スタートを切ったヒカルマドンナがハナに立ち、その外に掛かり気味のノットイェット、3番手でアップリバーが続く。4番手のインにトーセンミシェル、その外5番手にサトノレイナスが続いて、先行集団を外から追いかけるレースを選択した。
稍重馬場の影響もあり前半3ハロンは38秒で通過。超スローペースになると読んだのか、6番手にいたジュラメントと藤田菜七子騎手が早めに動き、早めに先頭に。サトノレイナスの後方ではヨウコウザクラ、ステディシュシュ、モンキーポッドが追走し、3コーナーへ差し掛かった。
ジュラメントとノットイェットが並んでコーナーを回ると、ここから直線の瞬発力勝負へ。
先に先頭に並びかけていたジュラメントが残り400mで抜け出し、終始3番手をキープしていたアップリバーが追走するが、前半のスローペースが味方したかジュラメントは止まらない。
しかし、その外から一頭、手前を変えて末脚を伸ばす馬がいた。サトノレイナスだった。
単勝1.4倍の1番人気に応え、上り最速の脚を繰り出して快勝。
いま改めて見返すと、そこまで鋭い決め手を繰り出したわけでもない。実際、サトノレイナスのラスト3ハロンは34.1秒で、同日の安田記念ではアーモンドアイとグランアレグリアが33秒台の末脚比べをしていた。本気を出さなくてもまずは順当に新馬戦を勝てる能力を見せた、という一戦と言える。
そしてサトノレイナスは3か月の休養を取り、2戦目は中山のサフラン賞へ向かった。
サフラン賞(1着) 出遅れ最後方から全馬差し切り
10月4日、サトノレイナスは中山競馬場1600mの牝馬限定1勝クラスのサフラン賞に参戦。
新馬戦で差し切ったジュラメントも2戦目で未勝利戦を勝ち上がっており、再びの対決になった。
単勝オッズは2.2倍だが新馬戦に続いて1番人気での出走、連勝への期待がオッズに表れていた。
ゲートで出遅れると、ルメール騎手は押し出さずに控える競馬を選択。一方で、逃げて未勝利戦を勝利したジュラメントはこのレースでは最初からハナを目指して飛び出していく。
ジュラメントを追ってグランデフィオーレが2番手、3馬身ほど空いてグレイトミッションが3番手、内には川崎競馬から参戦のスセリヒメ、5番手にルース、6番手ペイシャフェスタ、7番手ニシノエルサが続く。
人気どころのタウゼントシェーンとテンハッピーローズは後方から、サトノレイナスは隣枠のアンチエイジングと共に殿で3コーナーを迎えた。
4コーナーの途中でジュラメントが捕まると、一気に縦長の馬群が凝縮される。しかしそれでもまだ、サトノレイナスは殿にいた。しかし、差し勝負に出るためにタウゼントシェーンとテンハッピーローズは大外を回したが、サトノレイナスは外を回した馬たちが空けたスペースに潜り込むことに成功する。
中山の直線は東京に比べれば短いが、コーナーの出口で安全に差し切れる外目のポジションに誘導されたサトノレイナスは、コーナリングの時点で既に6頭を交わし、坂も苦にせず残る4頭も10完歩で差し切って見せた。
ルメール騎手の冷静なコース判断も光る勝利だが、中山競馬場で殿一気を決めた走りは強い馬で無ければ出来ないものであった。再び2か月の間隔を空けて、年末の大一番、阪神ジュベナイルフィリーズへ向かった。
ここでついに、ソダシとの初対決を迎えることになる。
阪神ジュベナイルフィリーズ(2着)
12月13日、G1阪神ジュベナイルフィリーズはメンバーの揃った1戦であった。
注目を集めたのは「白毛のアイドル」ソダシ。この時点で札幌2歳ステークスをレコードで勝利し、東京マイル重賞のアルテミスステークスも制している、重賞2勝馬だった。
さらに、ソダシと同じシラユキヒメ一族で小倉2歳ステークスとファンタジーステークスを制覇して重賞2勝で参戦したメイケイエールや、母ジェンティルドンナの良血ジェラルディーナ、熊本県産まれ初のJRA平地G1制覇が期待されたヨカヨカとルクシオンなど、個性豊かなメンバーに囲まれながら、サトノレイナスはソダシに次ぐ2番人気の支持を得た。
ソダシは6番枠、サトノレイナスはその隣7番枠からスタートを切る。ヨカヨカがダッシュ良くハナに立ち、その真後ろに同オーナーのサルビアが掛かりながら2番手、外枠から逃げで勝ち上がってきたポールネイロンとエイシンヒテンが追う。
ソダシは先行馬群の5番手、内にはリンゴアメ、外にインフィナイト、そしてサトノレイナスはソダシをマークする8〜9番手の位置でレースを進めた。サトノレイナスの後ろでは武豊騎手がメイケイエールを懸命に抑え、更に後方でユーバーレーベンが追込みを狙い、ジェラルディーナは殿からの競馬で3コーナーへ。
先行馬群に飲まれることなく、ヨカヨカが直線で先頭に立ち、大外からメイケイエールが伸びて来た。ソダシとサトノレイナスが馬群から抜け出すと、大外には追い込んできたユーバーレーベンの姿も見える。
5頭が横に並び、サトノレイナスが一度は抜け出したが、その瞬間を見ていたのか、ソダシが最後の数完歩で手前を変えて差し返し、ハナ差2着に敗れた。
勝ったソダシが白毛馬初のG1制覇を達成した一方で、サトノレイナスも本当に惜しい2着、桜花賞での再びの対決に注目が集まった。ソダシ、サトノレイナスは共にトライアルを挟まずに桜花賞直行を発表したため、再戦の舞台は春の同コースに決まった。
桜花賞(2着)「究極のスピード比べ」1.31.1秒の名勝負
サトノレイナスの春初戦は、ぶっつけ本番の桜花賞。国枝厩舎はアパパネやアーモンドアイで培った経験から、トライアルは使わずに本番へ向かい、遠征疲れの無いリフレッシュした状態でレースに臨む選択をしたのだろう。上述の通りソダシもぶっつけ本番を選択したため、上位2頭vs春のトライアル上位勢という構図が出来上がり、既に1200m戦に向かっていたリンゴアメを除けば、桜花賞以前の世代重賞を勝った牝馬が全馬集まる一戦となった。
桜花賞出走時点での重賞勝ち馬は下記の通りである。
ソダシ:阪神ジュベナイルフィリーズ、アルテミスステークス、札幌2歳ステークス
メイケイエール:チューリップ賞、ファンタジーステークス、小倉2歳ステークス
エリザベスタワー:チューリップ賞(メイケイエールと同着)
シゲルピンクルビー:フィリーズレビュー
アカイトリノムスメ:クイーンカップ
ファインルージュ:フェアリーステークス
ホウオウイクセル:フラワーカップ(フェアリーステークスも2着)
ちなみにユーバーレーベンはこの時点では重賞未勝利。フラワーカップ3着で桜花賞を諦め、オークスを狙ってフローラステークスに向かっていた。
さて、レースではサトノレイナス、メイケイエールはダッシュがつかず、反対に好スタートを切ったソダシはハナを狙う勢いで先行策、ストゥーティーにハナを譲って2番手に控える。ジネストラが3番手、直後にアカイトリノムスメ、5番手で内にファインルージュ、外にヨカヨカが続く。ひとかたまりの馬群の中団にエンスージアズム、アールドヴィーヴル。外からシゲルピンクルビーが先行ポジションまで位置を上げ、更に外では横山典弘騎手がメイケイエールを抑えずに、一気にハナを奪いに行ってしまう。逃げるストゥーティーはメイケイエールと競り合わなかったものの、ペースは緩むことなくコーナーへ突入。一方、後方集団にはエリザベスタワー、ブルーバード、ミニーアイル、ソングラインがいて、サトノレイナスは更に後ろの後方3番手で仕掛けるタイミングを待っていた。
コーナーから直線に入ったところでメイケイエールがばてると、ソダシが阪神ジュベナイルフィリーズと同様に馬群から抜け出し先頭に立つ。ストゥーティーも一杯になり、ファインルージュとアカイトリノムスメが並んでソダシを追いかけるがその差が詰められない。
しかし、大外から一頭、サトノレイナスだけが「極上の末脚」でソダシを追い詰める。最後は阪神ジュベナイルフィリーズと同様に人気2頭の大接戦でゴールへ飛び込んだが、またしてもクビ差ソダシに及ばず2着に敗れた。
人気の2頭での決着にファンが歓喜に沸く中、表示された1分31秒1のタイムは、桜花賞レコード。
一切ペースが緩まなかったレースの中でサトノレイナスが最後に繰り出した末脚は上り3ハロン32.9秒で、勝ったソダシを0.9秒上回るタイムで走破していた。
この名勝負はオークスに続くか──と思われたが、国枝調教師が明かした次走はオークスではなく「日本ダービー」への挑戦だった。牝馬3冠馬2頭で成し遂げられなかった夢を、サトノレイナスに託したのである。
ウオッカ以来の牝馬によるダービー制覇を目指し、サトノレイナスはオークスの1週間後の東京競馬場へ向かった。
日本ダービー(5着)伝説への挑戦
国枝調教師、ルメール騎手の期待を背負ったサトノレイナスは、並み居る牡馬を相手に2番人気に支持された。
1番人気はここまで無敗の皐月賞馬エフフォーリア。さらに毎日杯を勝ったシャフリヤールとグレートマジシャン、青葉賞を勝ったワンダフルタウンらが上位人気に支持されていた。
前週に行われたオークスではソダシが距離の壁に阻まれ、ユーバーレーベンが勝利。阪神ジュベナイルフィリーズでサトノレイナスが先着した相手がG1馬になったことで重賞未勝利のサトノレイナスの評価が更に上がったこと、エフフォーリアは、毎日杯・青葉賞からのローテで未対戦の馬を除くほとんどの牡馬と勝負付けが済んだと見られていた。
大一番でスタートを決めたサトノレイナスは、1コーナー入り口までに中団のポジションを確保した。
NHKマイルカップで落馬で競走中止し、今度こそ逃げ切らんとするバスラットレオンがハナに立つと、皐月賞で2番手から2着に粘ったタイトルホルダーがダービーでも2番手に位置取り。
最初のコーナーではヴィクティファルスが3番手、グラティアスが4番手で、エフフォーリアは1枠1番からロスなく5番手で続いた。
サトノレイナスはエフフォーリアより前に出て3番手で向こう正面へ。エフフォーリアの外にはワンダフルタウン、シャフリヤールの外にグレートマジシャンが並走、更に外からデムーロ騎手に乗り替わったアドマイヤハダル、武豊騎手とのコンビで挑むディープモンスターが早めに仕掛けて前へと押し上げる。
コーナーの途中で「エフフォーリアよりも前へ」と動き出した馬たちによって、サトノレイナスも仕掛けざるを得ない状況になり、直線に向いたところでルメール騎手が芝のきれいな外目での勝負を選択する。しかし残り400mでエフフォーリアが抜け出すタイミングで、サトノレイナスは外へよれてしまった。
ルメール騎手の鞭に懸命に応えてもう一度伸びて来たが、前を行くエフフォーリアをシャフリヤールがインコースから強襲して並んだゴールに、1馬身1/4差届かなかった。
しかし、3着ステラヴェローチェ、4着グレートマジシャンとの着差は「ハナ、ハナ」の差で勝ち馬とのタイム差も0.2秒。6着タイトルホルダーはサトノレイナスの2馬身後方であった。終始外を回ってコースロスをしながら、後方から来た馬たちに押し出されて早めに仕掛けざるを得ず、ラストは上位3頭が上り33.4秒を繰り出す瞬発力比べになったことを考えれば、5着でも「負けて強し」の競馬をしていたと言える。
サトノレイナスのダービー挑戦が終わり、秋は秋華賞への直行が発表されていたが、8月下旬に放牧先で右トモを骨折しローテーションは白紙に。9月11日の時点で全治半年程度と国枝調教師の見解が報道されたが、その半年後の2022年2月11日、現役引退・繁殖入りのニュースが飛び込んできた。
無冠の女傑へ贈る言葉
秋華賞は、ソダシ・ユーバーレーベンがともに大敗し、アカイトリノムスメが母娘同一G1制覇を達成。ルメール騎手はファインルージュとのコンビで秋華賞2着に終わったが、予定通りサトノレイナスとのコンビで出走していたら、結果はどうなっていただろうか──。
ユーバーレーベンは無事に調整できたジャパンカップで6着好走、ルメール騎手が乗ったファインルージュも年明けの東京新聞杯でも2着したので、実力は明白だ。それでも、そのどちらも負かしたサトノレイナスとのコンビなら、2022年のG1戦線で悲願のタイトルを獲得できたのかもしれない……そう感じさせるポテンシャルが、たしかにあった。
「無事是名馬」という競馬の格言があるが、サトノレイナスには改めてその言葉の重みを教わった。春のクラシックの走りを見ていれば、この世代で屈指の実力馬であることは言うまでもない。しかし、やはりレースに出走できなければ実力を証明するチャンスも無いのが競馬なのだ。
年が明けで4歳シーズンを迎え、激戦を戦った馬たちが皆大舞台に挑む中で、サトノレイナスの名前を見られないのは残念でならない。
同期の彼ら彼女らが活躍し続けることで、志半ばでターフを去るサトノレイナスが「やっぱり強い馬だった」と評価される日を待ちたい。そして、母として、自らのように速く強い産駒の誕生にも期待しよう。
サトノレイナス、5戦の激闘お疲れさまでした。どうか長く、お元気で。
写真:shin 1、安全お兄さん