[連載・馬主は語る]母の父クロフネ(シーズン1-32)

ダートムーアの血統は、どうしても祖母のダイナカールであり、エアグルーヴの全妹に当たる母カーリーパッション、全兄のフラムドパシオンのインパクトが強く、もちろんそれが売りでもあるのですが、母の父クロフネという血統構成もまたストロングポイントのひとつです。ダートムーアを手に入れるずいぶん前から、「母父クロフネは良い」とあちこちから聞こえてきていました。

昨年(2021年)、クロフネが老衰で亡くなったときは時代の流れを感じざるを得ませんでした。他馬を寄せ付けない圧倒的な勝利を飾ったJCダートは記憶に新しく、あれから20年の歳月が流れたことに驚き、サラブレッドの人生の短さと儚さを想いました。クロフネという名前にも関わらず馬体は白く、芝でG1レースを勝ったと思いきや、実はダートの方が強かったという、僕たちの想像を遥かに超えていった馬でしたね。種牡馬としても、いつの間にか通算1468勝を積み上げていたことにも驚かされます。種牡馬の勝利数としては歴代7位の記録だそうです。

どのような種牡馬たちが現在のトップテンを占めているのか気になって、調べてみました。

種牡馬別産駒のJRA通算勝利数

1位 サンデーサイレンス 2749勝
2位 ディープインパクト 2556勝
3位 キングカメハメハ  2098勝
4位 ノーザンテースト  1757勝
5位 ブライアンズタイム 1711勝
6位 フジキセキ     1527勝
7位 クロフネ      1468勝
8位 サクラバクシンオー 1435勝
9位 ライジングフレーム 1379勝
10位 パーソロン    1272勝

(2022年2月13日時点)

改めて見てみると、ディープインパクトがサンデーサイレンスを追い抜くのは時間の問題で、いよいよ父超えを果たす日が迫っています。そして、キングカメハメハ、ノーザンテースト、ブライアンズタイムなどと続く、この錚々たる名種牡馬の面子の中に、クロフネも堂々と仲間入りしています。

産駒がそれだけ走っているにもかかわらず、クロフネがとても名種牡馬のようには思えないのは、やはり超大物を出していないからでしょう。出していないというと語弊がありますが、スプリンターズSを勝ったスリープレスナイトやカレンチャン、NHKマイルCを制したアエロリット、ヴィクトリアマイルのホエールキャプチャ、桜花賞馬ソダシという牝馬が中心で、牡馬としてはフサイチリシャールやクラリティスカイはいても、とても超大物とは言いがたく、これといった後継者も今のところいないのが実状です。それでも1400勝以上を挙げたのは、産駒がそれぞれにコンスタントに走っていることの証明です。大きく突き抜ける馬はいなくても、早熟性を生かして勝ち上がり、健康で丈夫であるおかげで長く走り続けられる。そういう意味においては、馬主孝行な種牡馬なのかもしれません。

クロフネは現役時代からそうでしたが、種牡馬になっても、非の付けどころのない立派な馬体を誇っていました。背が高く、力強く発達した前駆とそれを支える立派なトモ、胴部には十分な長さがあり、特に前肢が真っ直ぐに伸びて、膝より上が太くて力強く、膝より下がやや短くてスッと立っていました。そして何よりも、これだけの好馬体に加え、顔つきからは大人しくて賢い、精神性の高さが伝わってきます。肉体的な強さと精神面での安定こそが、クロフネの最大の特徴でした。それは堅実さとして産駒たちに受け継がれています。

ここから先、急激に産駒の勝ち星が伸びたり、大物が登場たりすることは考えづらく、期待はブルードメアサイヤー(母の父)としての活躍でしょう。母の父としては、やはりスピードとパワー、そして気性面における強さと安定を伝えてくれるはずです。繁殖牝馬の良さを引き出すタイプの種牡馬であれば、なおさらクロフネ譲りの美点は色濃く出るでしょう。もちろんクロフネだけではなく、前述のトップテンに入る名種牡馬たちはブルードメアサイヤーとして、これからも日本の競馬に大きな影響を与えていくはずです。言ってみれば、代表取締役社長の座を退いて会長になった創業者たちのようで、影の支配者と言ってもよいかもしれません(笑)。

クロフネは牝馬の一流馬を数多く出しているように、牝馬が良く走ったフィリーサイアーです。ダートムーアもその1頭ですね。ということは、優秀なクロフネ産駒の牝馬は母となり、牝系からその仔たちに競走能力を伝えることになります。母父クロフネの産駒は走るという生産者の声は間違っていないということです。母父クロフネだからどの馬も走るということではなく、競走馬としても優秀だった牝馬が多いため、その子どもたちにも競走能力が遺伝して走る仔が多いというごく当たり前の因果関係です。

たとえば、スペシャルウィークもシーザリオやブエナビスタを誕生させたように、フィリーサイアーとして有名であり、シーザリオからはエピファネイアやリオンディーズ、サートゥルナーリアらが生まれています。

クロフネを父に持つ繫殖牝馬が仔に伝えるのはスピードとパワー、そして気性面の強さや賢さです。スリープレスナイトやカレンチャン、アエロリット、ホエールキャプチャを見ると、スピードの絶対値が高いことが分かります。だからこそ、父にクロフネを持つクロノロジストは、ハービンジャーを父にしてもノームコアを出し、バゴを父にしてもクロノジェネシスを誕生させることができたのでしょう。クロフネは母の父として、特にスピードを産駒に伝えるのです。

もうひとつ、繁殖牝馬の良さを引き出すタイプの種牡馬であれば、なおさらクロフネ譲りの美点は色濃く出るということです。ダートムーアは母父クロフネだけではなくダイナカールの牝系ですから、余計に牝系の良さを引き出す種牡馬は相性が良さそうです。そう考えたとき、自己主張が強いサンデーサイレンス系の種牡馬を配合され、これまで結果が出ていないのも頷ける話です。せっかくの母父クロフネやダイナカール一族の良さを打ち消してしまっていたのかもしれませんね。むしろ妻の実家に同居して一切の主張をしないマスオさんのような種牡馬の方が、ダートムーアの繫殖牝馬としての良さを引き出すことができるのではないでしょうか。

繫殖牝馬の良さを引き出す種牡馬というキーワードで検索してみると、僕の中でヒットするのはディープインパクトやキングカメハメハ、最近ですとロードカナロアやキズナ、新種牡馬としてはドレフォンでしょうか。これらの種牡馬の名前を見てピン来たと思いますが、繫殖牝馬の良さを引き出すことは大種牡馬の条件のひとつです。自分の良さを前面に伝える種牡馬は多いのですが、やはりそれだけでは産駒の能力に限界があります。自身の競走能力を伝えつつ、繫殖牝馬の良さや特徴を引き出すことで多様な能力を持つ産駒を生み出すことができます。繫殖牝馬の良さを引き出す種牡馬には一流の良質な繫殖牝馬が集まりますので、ますます産駒の競走能力は高くなり、種牡馬としての成功のサイクルを歩み出すことができるのです。

ディープインパクトやキングカメハメハをダートムーアに配合していたら一流馬が誕生していた可能性は高いと思います。社台グループがそれをしなかったのは、これは僕の想像にすぎませんが、ダート馬をつくろうとしたのではないでしょうか。名前の響きもそうですが、ダートムーア自身はダートで4勝を挙げましたので、その仔もダート馬をイメージして配合したのだと思います。ゴールドアリュールを2回つけているのも、ネオユニヴァースやキンシャサノキセキをつけていることからも、そうした意図が透けて見えてきます。あの時点でのその判断は決して間違っていたわけではありませんが、ただ思ったような結果が出なかった以上、同じアプローチではなく、僕はダートムーアの良さを引き出してくれる種牡馬を配合して芝で走る馬をつくろうと僕は考えています。

(次回に続く→)

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