ダービーデイを締めくくる目黒記念は、年間で最も盛り上がるGⅡといっても過言ではない。毎年のように多頭数でおこなわれ、なおかつハンデ戦。さらに、年に2回しかおこなわれない、東京芝2500mという施行条件。
競馬の祭典・日本ダービーが終わった後の独特な雰囲気の中、いかにも一筋縄ではいかなそうな重賞を組むという主催者側の意図を理解しているつもり……。ではあるものの、ついつい馬券をたくさん「買ってしまう」レース。それが、目黒記念ではないだろうか。
ただ、一筋縄ではいかないという認識はあながち間違っておらず、2021年は3連単が99万円を超える大波乱の決着。1番人気やトップハンデ馬がさほど良績を残しているわけではなく、過去10年で5度、3連単の配当は10万円を超えている。
2023年の目黒記念もフルゲートの18頭が顔を揃え、最終的に単勝10倍を切ったのは5頭。その中で、1番人気に推されたのは4歳牝馬サリエラだった。
ここまで4戦3勝と、間隔を開けながら大切に使われてきた本馬。2走前はローズSで2着と好走し、秋華賞の優先出走権を獲得するも出走を見送り。4ヶ月の休養をはさんだ白富士Sを快勝した。今回も、再び4ヶ月ぶりの実戦。全姉サラキア、半兄サリオスに続く重賞制覇なるか、注目されていた。
これに続いたのがプラダリア。1年前の青葉賞で重賞制覇を成し遂げ、続くダービーでも5着と好走した、同じく4歳馬。秋2戦は8、7着と結果が出なかったものの、年が明けてからはGⅡで連続3着と復調気配が漂う。今回は、3ヶ月半ぶりの実戦に1年ぶりの関東遠征と、決して楽な条件ではないものの、GⅡ勝ちの実績は上位。2つ目のタイトル獲得が期待されていた。
3番人気に推されたのがゼッフィーロ。プラダリアと同じくディープインパクト産駒の4歳牡馬で、こちらは重賞初挑戦。4代母がミエスクという名門の出身で、昇級初戦の前走メトロポリタンSでも、勝ち馬とタイム差なしの3着と好走した。デビューからの9戦、4着以下がなく安定感抜群。また、管理する池江泰寿調教師は、ボッケリーニで勝利した前年からの連覇がかかっていた。
以下、2年前の当レース2着馬で、重賞で度々好走しているヒートオンビート。エリザベス女王杯2着の実績がある4歳牝馬ライラックの順で、人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くと、ほぼ揃ったスタート。その中から、バーデンヴァイラー、ディアスティマ、バラジの3頭がいく構えを見せ、最終的にディアスティマが逃げる展開となった。
2頭を挟んだ4番手に、同じ勝負服のアーティットとカントルが位置。ラストドラフト、アリストテレスと続いて、プラダリアはセファーラジエルと並んで中団。その2馬身後ろをヒートオンビートとサリエラが併走し、ライラックは後ろから4頭目。そこから2馬身半後方にゼッフィーロが控えていた。
1000m通過は1分2秒0と遅い流れ。それでも、先頭から最後方のプリマヴィスタまでは17、8馬身ほど。縦に長い隊列となった。
その後、中間点を過ぎたところで、セファーラジエルが逃げるディアスティマに馬体を併せると、ペースアップ。2頭の間から、バラジも顔を覗かせる。そして、勝負所の3、4コーナー中間に差しかかると、ややバラバラで追走していた後方4頭もスパートを開始。4コーナーでは全18頭が一団となる中、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、すぐにディアスティマが突き放そうとするところ、持ったままでバラジがこれに並びかける。しかし、坂の途中でディアスティマが再び突き放すと、意地でも前に出ることを許さない。
一方、その後ろから迫ってきたのは、ヒートオンビートとプラダリア、サリエラ、ゼッフィーロの4頭。中でもヒートオンビートの勢いがよく、残り100mでバラジを交わすとさらに末脚を伸ばし、最後の最後でディアスティマに馬体を併せたところがゴールだった。
写真判定の結果、アタマ差先着していたのはヒートオンビートで、ディアスティマが惜しくも2着。3/4馬身差3着にサリエラが続いた。
良馬場の勝ちタイムは2分30秒8。直前のダービーを制したレーン騎手騎乗のヒートオンビートが6歳で待望の初重賞制覇。2011年の桜花賞馬でもある母マルセリーナから、当レースにも出走していたラストドラフトに続き2頭目の重賞ウイナーが誕生した。
各馬短評
1着 ヒートオンビート
道中は、サリエラとともに中団直後に位置。その後、直線は馬群に突っ込むも、上手く前が開くと一気に末脚を伸ばし、最後の最後でディアスティマを捕らえた。
過去23戦で8着が一度だけあるものの、そのうち20戦で掲示板を確保。重賞でも2、3着が3回ずつと、あと一歩のところまで迫っていた。反面、勝ち味に遅かったが、直前にダービージョッキーとなったレーン騎手がしっかりと勝利に導き、ついにタイトルを獲得した。
2022年の天皇賞・春でも4着に好走するなど、相手なりに走るのが持ち味。メンバーは揃うかもしれないが、ジャパンCに出走してきた際は2、3着候補に組み入れたい。
2着 ディアスティマ
過去5年、前走GⅡ組、特に日経賞組が好成績なのに対し、前走GⅠ組は[0-0-1-11/12]と不振の当レース。しかし、そのデータを覆すような絶妙な逃げで、あわやの場面を演出したが、本馬も2走前は日経賞で3着と好走していた。
ディープインパクト産駒にしては珍しく逃げ馬で、長期の休養をはさんでいるため、6歳でもまだこれが16戦目。2500m前後の距離で、なおかつ先行有利になりそうなレースでは、警戒したい存在。
3着 サリエラ
道中は勝ち馬と同じ位置にいたものの、直線で前が塞がってしまい、外に持ち出すロス。これがなければ、上位2頭ともう少し際どい接戦を演じていたかもしれない。
半兄サリオスが2歳GⅠを制した一方で、全姉サラキアが本格化したのは5歳秋。サリエラ自身は凱旋門賞に登録があるが、敗れはしたものの、秋、ないしは来年以降の活躍が楽しみになる内容だった。
レース総評
最初の100mが7秒3のあと、11秒0-11秒4と続き、ハイペースになると思われた。しかし、ディアスティマの単騎逃げで先行争いが落ち着くと、13秒1-13秒0と一気にペースダウン。その後も、12秒5-12秒6-12秒0で推移し、後半1000mが57秒9の上がり勝負。
結果、1、7着がキングカメハメハ産駒で、2~5着がディープインパクト産駒。さらに、勝ったヒートオンビートは、母父がディープインパクトという血統。長年、日本の競馬を牽引してきた瞬発力勝負に強い2大種牡馬の独壇場となった。
ちなみに、直前のダービーは、現4歳世代がラストクロップだったキングカメハメハ産駒はもちろん、ディープインパクト産駒も出走せず「新時代のダービー」といえるような一戦。対してこの目黒記念は、2022年までのダービーを思わせるような結果だった。
ただ、このレースで3番人気までを占めたディープインパクト産駒は、今回の結果を含め、1勝2着4回3着4回と、目黒記念では勝ち切れていないのが特徴。一方、キングカメハメハ産駒はボッケリーニに続く連覇で、当レース4勝目。グレード制導入以降では、マヤノトップガン、サンデーサイレンスと並びトップタイだったが、この勝利により単独1位に躍り出た。
ヒートオンビートの母は、2011年の桜花賞馬マルセリーナ。同馬は、JRAのGⅠを通算71勝したディープインパクト産駒の、記念すべき最初のGⅠ馬でもある。
一昔前まで「名牝から名馬は産まれない」と言われていたが、もはや桜花賞馬にその格言は当てはまらず、10年のアパパネ、12年のジェンティルドンナ、そして13年のアユサンは、いずれもGⅠ馬を送り出した。ヒートオンビートを含めたマルセリーナの産駒からも、今後GⅠ馬誕生が期待される。
また、同馬を待望の重賞制覇に導いたレーン騎手は、この日、4レースと10レースからダービー、目黒記念まで騎乗機会4連勝。大車輪の活躍を見せた。
管理する友道調教師も、レース後「いつもゴール前で甘くなるところがあるので、ジョッキーに最後までしっかり(追ってほしい)と伝えていました。その通りに乗ってくれました」(ラジオニッケイの記事から引用)と、その騎乗ぶりを絶賛していた。
初来日した19年の活躍があまりにも鮮烈だったからか、以後はややトーンダウンしたイメージもあるレーン騎手だが、そんなことはまったくなく、20年はサリオスに騎乗して皐月賞とダービーで2着。翌21年はコロナ渦で来日は叶わなかったものの、22年もセリフォスでマイルCSを制し、他のGⅠでも2着3回3着2回。さらに、今春もGⅠに6度騎乗し、1~3着が1回ずつと、素晴らしい成績を収めている。
しかも、2022年以降のGⅠで3着内に導いた9頭は、いずれも3番人気以下。いわゆる「人気以上に持ってくる」ジョッキーであり、それでいてまだ29歳と若い。日本競馬は、今や世界の超一流ジョッキーが集う場でもあるが、その中で、レーン騎手は最も信頼できる外国人ジョッキーといえるのかもしれない。
写真:かぼす