[重賞回顧]短距離界にニューヒロイン誕生!ソダシからバトンを託されたママコチャが一騎打ちを制しGⅠ初制覇~2023年・スプリンターズS~

秋、中山のフィナーレを飾るスプリンターズSは、GⅠシリーズの開幕戦。近年の芝スプリント路線は王者不在の時代が続いており、2022年の高松宮記念以降におこなわれたGⅠ3レースの3連単平均配当は、なんと130万円超。しかも、直近2レースの覇者は既に現役を退いており、ますます混迷の度合いを深めている。

言い換えれば、下半期のGⅠは、最も難解かつ大混戦といってよいレースから幕を開けることとなり、最終的に単勝10倍を切ったのは3頭。その中で、牝馬のナムラクレアが1番人気に推された。

GⅠ未勝利ではあるものの、2023年の高松宮記念で2着した他、1200mの重賞を4勝している本馬。前走のキーンランドCも上がり最速で制しており、間違いなく実績最上位の存在。3歳で果敢に挑戦した2022年のスプリンターズSでも5着と健闘しており、絶好ともいえる最内枠を引いた今回、待望のビッグタイトル獲得が期待されていた。

これに続いたのがアグリ。2020年のセレクトセール1歳市場において、税込1億1,550万円の高値で落札された本馬。2勝目をあげるのにやや手間取ったものの、1勝クラス卒業から一気の4連勝で重賞の阪急杯を制した。その後、国内外のGⅠで7、5着と敗れるも、秋初戦のセントウルSは2着と好走。本番に弾みがつきそうな上々の内容で、GⅠ初制覇なるか注目を集めていた。

僅かの差で3番人気となったのがママコチャ。重賞勝ちはないものの、全姉にGⅠ3勝ソダシがいる良血で、2走前にリステッドの安土城Sを完勝。さらに、初の1200m戦となった前走の北九州記念でも2着と好走した。父クロフネは、過去にスプリンターズSを制した牝馬を2頭輩出しており、血統面での後押しがありそうな馬。この大一番で、重賞初制覇とGⅠ初制覇を同時に成し遂げるか、大きな注目を集めていた。

以下、CBC賞と北九州記念を連勝し、サマースプリントチャンピオンに輝いたジャスパークローネ。重賞6勝と実績十分のメイケイエールの順で、人気は続いた。

レース概況

ゲートが開くと、モズメイメイが僅かに好スタートを切ったものの、二の脚が速いジャスパークローネが先手を奪い、テイエムスパーダが2番手につける展開。モズメイメイとマッドクールが1馬身間隔で続き、ナムラクレア、ママコチャ、メイケイエールの上位人気馬たちが半馬身間隔で追走していた。

一方、中団にはピクシーナイトやウインマーベルなど、過去のスプリンターズSで連対した馬が位置し、2番人気のアグリは後ろから4頭目に控えていた。

前半600m通過は33秒3で、この日の馬場を考えればハイペース。先頭から、最後方のジュビリーヘッドまではおよそ18馬身と、かなり縦長の隊列になった。

その後、4コーナーに差し掛かったところで前は7頭が一団となり、ママコチャが先頭に並びかける中、レースは直線勝負を迎えた。

直線に入ると、ジャスパークローネがコーナリングで差を広げ、リードは1馬身。すると、ママコチャも必死に食らいつき、坂下でもう一度並びかけたが、坂の途中でジャスパークローネが二枚腰を発揮。三度、体半分前に出て懸命に逃げ込みを図る。

しかし、それでも諦めないママコチャは、ついにジャスパークローネを競り落として先頭に立ったが、それも束の間。今度は、2頭の間から伸びてきたマッドクールとの一騎打ちになり、最後はもつれるようにゴールイン。

写真判定の結果、先にゴール板を通過していたのはママコチャで、猛追及ばなかったマッドクールが惜しくもハナ差の2着。1馬身差3着にナムラクレアが続いた。

良馬場の勝ちタイムは1分8秒0。スプリント路線転向2戦目のママコチャが、GI初挑戦で重賞初制覇を達成。管理する池江泰寿調教師は2022年に続くスプリンターズS連覇で、クロフネ産駒は、歴代1位タイとなる19年連続の重賞勝利となった。

各馬短評

1着 ママコチャ

内枠勢では、最も良いスタート。その後、外に流れそうになるのを矯正されながら3、4コーナーを回ると、坂上でジャスパークローネを競り落とし、マッドクールとの一騎打ちでも姉ソダシと同じように素晴らしい勝負根性を発揮。見事に競り勝って、重賞初制覇とGⅠ初制覇を同時に成し遂げた。

適度に休養をはさみながら大切に使われており、今回がまだ13戦目で上積みがありそう。次走は未定で今後の動向が気になるが、着差が僅かだったとはいえ、高松宮記念での秋春スプリントGⅠ連覇も十分に期待できる。

2着 マッドクール

前走のCBC賞は暑さと重い斤量が堪えたか。デビュー9戦目にして初めて崩れたものの、初挑戦のGⅠで見事な巻き返し。坂井瑠星騎手が、これ以上は考えられないという完璧な騎乗であと一歩のところまで迫り、本当に惜しい内容だった。

欧米でGⅠ馬を多数輩出しているダークエンジェル産駒の外国産馬で、本馬を含め、JRAのレースに出走実績がある14頭のうち3頭はオープンまで出世。さらに1頭が3勝クラスに在籍するなど、勝ち上がり率は驚異的な高さ。

一方、母の父インディアンリッジは、現代では大変貴重になったバイアリータークを始祖とし、2000年の覇者ダイタクヤマトや、トウカイテイオー、メジロマックイーンと同じく、広い意味でのトウルビヨン系種牡馬。先日のセントライト記念を制したレーベンスティールも母父トウカイテイオーで、今開催、中山でおこなわれた重賞で2頭目の連対馬となった。

3着 ナムラクレア

絶好枠を引いたように思われたが、これが仇となったか。またしても僅かに届かず惜敗。マイルGⅠ2勝の父ミッキーアイルも、スプリントGⅠは2着2回とあと少しのところで栄冠を逃しただけに、生粋のスプリンター相手だと、どうにも分が悪いのかもしれない。

また、勝負を分けたポイントが2、3あり、まず悔やまれるのはスタート直後の攻防。おそらく、取りたかったポジションはマッドクールが位置していた4番手のインで、スタートで僅かに立ち後れたせいか、そこを取ることが叶わなかった。

さらに、その直後にも外に出ようとしたところをママコチャにフタをされ、4コーナーではメイケイエールにフタをされそうになって競り合う場面も。ただ、人気を下回ったとはいえ、これらを考えれば立派な着順。メイケイエールと同じく、なんとかビッグタイトルを獲得してほしいと願わずにはいられない存在で、年末の香港スプリントに出走すれば、ひょっとするとパフォーマンスを上げるかもしれない。

レース総評

前半600m通過は33秒3、同後半が34秒7と前傾ラップ=1分8秒0。ハイペースでも逃げ先行馬の脚勢は衰えず、6着ウインマーベルまでは中団よりも前にいた馬たち。また、良馬場でも時計を要し、ピクシーナイトが制した2年前よりも勝ちタイムは1秒近く遅かった。

勝ったママコチャは、4枠より内に入った馬の中で最も良いスタート。前がなかなか止まらない馬場だけにこのアドバンテージは大きく、間違いなく勝負を分けるポイントになった。

そのママコチャ。父クロフネで、GⅠ3勝ソダシの全妹という良血。デビュー当初は、ソダシと同じようにマイル路線=阪神ジュベナイルフィリーズや桜花賞を意識した使い方をされていたものの、ファンタジーS3着、エルフィンS2着と前哨戦で惜敗。あと僅かのところで、GⅠ出走は叶わなかった。

その後、条件戦を3連勝しオープンまで出世するも、ターコイズSが5着、阪神牝馬Sも9着。マイルの重賞で再び壁にぶつかり、1年ぶりの1400m戦となった安土城Sに出走したところ、2着に3馬身差をつける完勝。勝ち時計は日本レコードタイで、結果的に、良い意味でこの勝利が運命の分かれ道となった。

今回の勝利騎手インタビューで、姉ソダシと違った特徴、良さを質問された川田将雅騎手は「タイプは全く違う馬で似ているところもほとんどないが、この馬はこの馬で素晴らしい背中をしている」と、回答。一方のソダシは「ちょうどいいタイミングで、(ママコチャに)バトンを渡せるのではないか」と、金子真人オーナーから須貝尚介調教師に連絡が入り、レース当日の夜、電撃的に引退が発表された。

一方、冒頭でも触れたとおり、芝の短距離路線は王者不在の状況。それを象徴するように、スプリンターズSも重賞未勝利かつGⅠ初挑戦の2頭によるワンツーだった。そのため、この一戦だけで短距離路線の図式がすべて決まったとはいえないが、4歳以下の若馬が芝のスプリントGⅠを制したのは、2021年のピクシーナイト以来2年ぶりのこと。

ママコチャの父クロフネは、過去にスリープレスナイト、カレンチャンと、スプリンターズSを勝利した牝馬を2頭送り出しており、本馬を含め、スプリンターズSを勝利したのはいずれも4歳秋。前述した2頭は、翌年の高松宮記念でも2、1着と結果を残しており、もちろんママコチャも出走が叶えば十分に好走可能。長期政権を築く可能性もある。

さらに、今回の勝利でクロフネ産駒はパーソロンに並ぶ19年連続重賞勝利という、とてつもない記録を樹立。これは、日本の競馬を変えた大種牡馬サンデーサイレンスの17年連続をも上回る1位タイの記録で、ママコチャはもちろん、他のクロフネ産駒にも来年この記録を更新することが期待される。

近年は、どちらかといえば直仔よりも母父としての活躍が目立つクロフネ。リーディングサイアーを獲得したことはないものの、ブルードメアサイアーランキングでは、4年連続で総合(中央+地方)3位(1位ディープインパクト、2位キングカメハメハ、3位クロフネと、所有していたのはすべて金子真人オーナー)。

ノームコア、クロノジェネシス、レイパパレ、スタニングローズ、ヴェラアズールと、4年連続でGⅠウイナーを送り出し、名繁殖牝馬も多数送り出したという意味では、日本の競馬界に非常に大きな影響を与えた種牡馬といえる。

短距離路線に話を戻すと、スプリンターズSは他路線のGⅠに比べて開催時期が早い。そのため、このレースで好走した馬は香港スプリントに出走することが通例となっている。今のところ未定となっているものの、もちろんママコチャも動向が注目される存在。

偉大な姉からバトンを託されたニューヒロインが、絶対女王へ──。

ママコチャが駆け上がるシンデレラロードは、まだ始まったばかりだ。

写真:shin 1

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