角居厩舎のダービー初挑戦は、2007年でした。
そしてそれは初挑戦にして、初制覇となります。
2007年。
牝馬のウオッカが、ダービーへの出走を決めました。
利をとるか?
夢をとるか?
角居さんが自分に問いかけた時、迷わず夢をとった結果だったのだと思います。
夢を追うことを決断したとはいえ
『ホースマンの誰もが夢見るダービーという大舞台。牝馬のウオッカが出走することで、ダービーを目指していた牡馬の出走枠を、ひとつ奪ってしまう』
という思いも少なからずあったということは、想像に難しくありません。
だからこそ
「恥ずかしい競馬をするわけにはいかない」
という決意をもってのダービー出走だったのでしょう。
それでもやはり
「牝馬の出走は無謀」
「ダービーへの出走は理解できない」
「牝馬なんだから、オークスへ向かうべき」
といった声が、角居さん、そしてオーナーである谷水さんの耳にも届くほどだったそうです。
角居厩舎の方針は他の重賞においてもそうですが
《ダービーだからといって特別なことはしない》
です。
それは、馬にストレスを与えないため!!
ダービーだからと、いつもと違うことをしても『百害あって一利なし』
それが角居厩舎の考え方なのです。
そしてもうひとつ。
『ダービーを勝てば全ての挑戦が許される』
ダービー馬という価値について、角居さんが口にしたとされる言葉です。
全ての挑戦。
それは海外G1への挑戦を意味するものでしょう。
ウオッカも海外G1へ挑戦しましたが、結果は残せませんでした。
今でも角居さんは、この事を『ウオッカが残してくれた課題』と話しています。
ウオッカの父、タニノギムレット。
2002年のダービー馬です。
そのタニノギムレットがダービーを制した際の枠順は2枠3番でした。
そしてウオッカもダービーでは2枠3番。
運命を感じずにはいられません。
角居さんがあの時そう思っていたかはわかりませんが……。
脱線ですが、のちにその数字がやはり運命だったのではないだろうか、と思う出来事がありました。
それは、2010年のダービー。角居厩舎からはヴィクトワールピサ、ルーラーシップが出走。その時のルーラーシップが2枠3番だったのです。さらには、鞍上は四位騎手!
ウオッカのダービーと同じ枠順で同じ騎手……
それだけで私の緊張と興奮が倍増したのを覚えています。
きっと、これからもこの《2枠3番》という数字で角居っ子が出走してきたとしたら、またあの時と同じように緊張倍増になることでしょう(笑)
話は戻りますが……
ウオッカのダービー最後の直線、角居さんは我を忘れて大絶叫したといいます。
そしてゴール板を過ぎてからは『頭が真っ白』だったとのこと。ウオッカのウイニングランも
すっかり忘れて……。
それからは周りの人達の祝福の言葉に涙を堪えるのに必死になり、よく覚えていないそうです。
いつも冷静で穏やかな角居さんをここまで変えてしまう、ダービーの勝利。
そんなところからもホースマンの夢、大舞台なんだということを実感させられます。
ちなみにウオッカのダービー祝勝会では《ウオッカギムレット》というカクテルを飲んだそうですよ!
角居厩舎 ダービー出走馬
- 2007年:ウオッカ 1着
- 2009年:トライアンフマーチ 14着
- 2010年:ヴィクトワールピサ 3着、ルーラーシップ 5着
- 2011年:リベルタス 中止
- 2013年:エピファネイア 2着
- 2016年:ヴァンキッシュラン 13着、リオンディーズ 5着
(2017年5月現在)
何事においても常識は必要。
でも常識ばかりにとらわれていると
新しいことは出来ない。
時に非常識になることは新たな道を
開拓するために必要なこと
2007年ダービー初制覇の後に、角居さんが語った言葉。
あれからもう10年がたちました。
角居厩舎から、新たなダービー馬が誕生する日が近いことを信じています。
写真:ドラゴンソルジャーB