
■夏の風物詩 関屋記念
炎天下の中、長い直線を惜しみなく使った激しい攻防が繰り広げられる関屋記念。夏の新潟開催を代表するマイル重賞と言える。筆者が実際に競馬を見始めたのは1999年の秋からなので、関屋記念をテレビで初めて観たのは福島芝1700mで開催された2000年の関屋記念(勝ち馬:ダイワテキサス)だった。新潟競馬場で開催される関屋記念に関してはその翌年以降、改装後の外回り1600mで施行されている現行体系のものだけを観ているため、余計に夏の風物詩的なレースとしてこの長い直線のマイル戦を思い浮かべる。
直線が長いコースで行われる競馬と言えば、その直線を活かして差し・追い込み馬が末脚一気で決めるイメージが強いが、新潟競馬場に関しては野芝が使われ、脚が沈まない馬場であることから、スピードを活かした逃げ・先行馬がそのまま押し切るケースも多い印象がある。興味本位で2001年~2024年の関屋記念勝ち馬の脚質を調べてみたが、逃げ:4勝、先行:9勝、差し:5勝、追込:6勝と、先行馬が最も多い。
末脚という視点で言うと、上がり3ハロンの時計がやたらと速いのも新潟の芝外回りに抱くイメージである。これも関屋記念の勝ち馬(01~24年)で振り返ると、32秒台で勝った馬が8頭もいる。
そして、その中で最も速い上がりタイム32.2秒で制したのが2019年の勝ち馬ミッキーグローリーである。馬体重はなんと554キロ、脚質は追い込み。まさに日本最長658.7mの直線を存分に活かした豪快な勝ち方であった。
■大きな馬体、それを支える繊細な脚
父に大種牡馬ディープインパクト、母に北九州記念を制したメリッサを持つ良血馬。雄大な馬体持つミッキーグローリーは、生産牧場時代から期待が高かったという。
美浦の名門である国枝栄厩舎に入厩し、外厩にはノーザンファーム天栄。まさに一流馬の待遇である。ただ、母メリッサが遅咲きであったように、この馬もゆっくりと成長を遂げるタイプだったのか、初勝利は3歳になってからの2016年2月だった。そして、この時点で馬体重は500キロを超えていた。
その後、2勝目となる500万クラス勝ちは2ヶ月後と早めに通過したのだが、脚部不安のため結果として1年半もの戦線離脱を強いられることになる。大きな馬体を支えるには、まだ脚が固まっていなかったのだろうか。
2017年9月、前走比+24キロの542キロという馬体で戻ってきたミッキーグローリーは500万クラスで復帰し6着に敗れたが、その後は2連勝を果たす。その後半年ほどの休養を挟み、準オープンの2戦目となる2018年7月の阿武隈Sで快勝し、ついにオープン入りを果たした。
脚元との戦いを終え、ようやく並に乗れたのか、勢いのままにオープン昇級後の初戦から重賞・京成杯AHに挑戦することになった。この頃、ミッキーグローリーの馬体重は、なんと550キロにまで成長していた。鞍上にはクリストフ・ルメール騎手が配され、1番人気に支持され見事に重賞初制覇を果たす。

筆者はおそらくこのレースでこの馬をしっかりと認識したと思う。レース前、中山ということでこんな大きな馬に小回り中山は厳しいだろうと軽視をしたのを覚えている。しかし、そんな不安をものともしない豪快な差し切りだった。
この年はアーモンドアイが桜花賞、オークスを国枝厩舎とルメール騎手のコンビで制しており、またしてもこのコンビに強い馬が現れたものだと驚いたものだ。
さらに11月にはマイルCSに挑戦。歴戦のマイラーたちが相手だったが、馬体重はダントツの554キロ。重賞1勝という実績ながら、強豪馬に囲まれて8番人気の支持を得た。
このレースには弟の3歳馬カツジも出走しており、兄弟でのGI出走が叶っていた。レースでは後方からの競馬となったが、大外から上がり1位の末脚を駆使し5着と健闘。
この先の活躍が確約されたかのように思えたのだが──ここで骨折が発覚し、またしても長期離脱を強いられることとなった。才能がようやく開花したかと思った矢先の出来事。やはりその馬体の大きさ、さらにはその馬体を瞬時に動かすエネルギーの大きさに、脚が悲鳴をあげてしまったようだった。
■ミッキーグローリー、翼を授かる
2019年8月、9ヶ月の休養を経てミッキーグローリーが帰ってきた。舞台は新潟競馬場の芝外回り1600mの関屋記念。馬場状態は良馬場、鞍上には共に京成杯AHを制したCルメール騎手が配され、絶好の環境が整っていた。馬体重は9か月前と変動なく554キロで、もちろん出走馬のなかで最も大きな馬体だった。
このレースには、前走NHKマイルカップで2着だったケイデンスコール、新潟大賞典で強烈な脚を繰り出して3着だった上がり馬ロシュフォール、エプソムカップで2着のサラキア、3着のソーグリッタリングといった新興勢力たちが人気を形成していたが、ミッキーグローリーは休養明けとはいえでGIで5着の実績があること、またノーザンファーム天栄での仕上げがあれば問題ないだろうということで、一番人気に支持された。
──このレースが行われる2週間ほど前、競馬界に衝撃的なニュースが駆け巡った。不世出の名馬ディープインパクトが天に召されたのである。その衝撃の余韻が競馬ファンの心のどこかに残されていた。予想をする際、父馬欄にディープインパクトの名があるとつい手が止まってしまう、そんな日々が続いていたのは、筆者だけではなかったはずだ。ミッキーグローリーも、そのうちの1頭であった。
レースの時間を迎え、ファンファーレが鳴り響く。ゲートが開かれると、内からマイネルアウラートが先手を取り、単騎逃げ。ソーグリッタリング、ヤングマンパワー、サラキアあたりが先団に固まり、少し離れて中団にロシュフォール、ケイデンスコール、フローレスマジック、リライアブルエースが同じサンデーレーシングの勝負服で続く。
3コーナーに入るあたりでようやくミッキーグローリーがカメラの中に映る。位置取りは14,15番手で後方の位置。前半3ハロンが34秒7と表示されると、長い直線が待ち構えているとはいえ、さすがに不安になってくる。
4コーナーを回って最後の直線を迎えると、気づけば逃げるマイネルアウラートが4馬身ほどのリード。それを目掛けて早々と2番手から一気に先頭を捕えようとするのがソーグリッタリング。さらに外からミエノサクシードも差し込んできて、この2頭のたたき合いとなった。
残り200mを切ったところで抜け出したソーグリッタリングとミエノサクシードのさらに外から差してきたのがサラキアとディメンシオン。ミッキーグローリーはその後ろで自分の進路を探しているようだった。ルメール騎手は左ムチで促すようにサラキアとディメンシオンの背後から脱しようと試みる。するとミッキーグローリーの馬体が外へとエスコートされた。
残り150m~100mでようやくディメンシオンの外に出して前が開けた瞬間、ミッキーグローリーの大きな馬体がグンと沈み、一気に加速した。
ディメンシオン、ソーグリッタリング、ミッキーグローリーをあっという間に差し切り、1/2馬身前に出たところでゴールイン。最後の脚は、天国へ旅立った父から翼を授かったかのような”飛んでいる”走りに見えた…というのは、気のせいだろうか。
■未来のチャンピオンホースと出会う舞台
関屋記念を制し、前年5着だったマイルCSの制覇を目標に調整していたミッキーグローリーだが、右前脚に屈腱炎を発症していることが判り引退、種牡馬入りすることが決定した。関屋記念で見せてくれた切れ味が足元に与える負担は軽いものではなかったのだろう。しかし、重賞勝利をさらに一つ重ねることができたことが種牡馬入りを後押ししてくれたのは間違いないはずだ。
2020年より種付けを開始し、初年度から68頭、64頭、54頭、39頭、17頭と一定数確保しながらもやや右肩下がりに見えるが、産駒がデビューしたのは2023年から。その2023年デビュー組からは中央においては目立った産駒は出ていないものの、地方ではワラシベチョウジャがネクストスター笠松を制している。そもそもミッキーグローリー自身が遅咲きだったようにその活躍が期待できるのは3歳の春以降、本格化するのは古馬になってからかもしれない。そういう意味では産駒の活躍はこれからに期待というべきだろう。
さて、ミッキーグローリーのGI制覇は次の世代へと託されたわけだが、関屋記念を制する馬はサマーマイルシリーズの制覇、さらにはGII、GI制覇を目指していく。代表的な馬ではカンパニーが天皇賞・秋、マイルCSを制覇し、マグナーテンはAJCC(GII)をその後に制した。また、クラレントはこの後に京成杯AHを制することでサマーマイルシリーズのチャンピオンに輝いている。一方でこのレースを制することでレッドアリオン、ロータスランド、ウインカーネリアンが同シリーズのチャンピオンに輝くケースもある。
炎天下の中で新潟の長い直線を惜しみなく使い、各馬が悔いなく最後の最後までそのスピード、スタミナ、切れ味、粘りを活かす関屋記念は、未来のチャンピオンホースや夏のマイル王を見出すのに相応しい舞台として、これからも夏の風物詩として我々を楽しませてくれるはずだ。
写真:Horse Memorys