![[オルフェーヴル伝説]様々な極致に至った唯一無二のアイドル、メロディーレーン。その「外れ値」ぶりを振り返る](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/02/IMG_9053.jpeg)
2025年2月19日に発売開始した競馬書籍『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』(星海社新書)。
三冠達成や阪神大賞典での逸走、凱旋門賞での連続2着──。
あの個性派名馬の歩んだ現役時代を振り返り、父として活躍する現在の日々を紹介するファン必読の一冊。池江泰寿調教師や森澤光晴調教助手をはじめとした当時の関係者インタビューも多数掲載されているほか、栗山求氏による血統解説、治郎丸敬之氏による馬体解説など、バラエティ豊かなライター陣がオルフェーヴルの強さ・魅力を語り尽くす充実の内容となっている。
今回は、ウマフリライターの一人である枝林応一さんに、オルフェーヴルが送り出したアイドルホース・メロディーレーンについて語っていただいた。
※本記事は『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』には収録されていないオリジナル原稿となります
2025年、正月。
出走予定だった万葉ステークスの馬柱に、メロディーレーンの名はなかった。
デビューから6年余り。初勝利から5年半。走り続け、愛され続けたアイドルホースは、2024年の暮れに、静かに現役生活の幕を閉じた。
数えきれないファンからの「ありがとう」「お疲れさま」が、SNSにあふれた。
その人気ぶりは、ただ「小さい」「かわいい」だけでは到達しえないステージに至っていたと、私は思う。

──競馬の世界において、競走馬が「人気」を集める源泉には、どんな類型があるだろうか。
まずは「強さ」だろう。ディープインパクトしかり、オルフェーヴルしかり、アーモンドアイしかり、イクイノックスしかり、オジュウチョウサンしかり。ひとつの時代を席巻する圧倒的な強さは、ファンの記憶にも、記録にも刻まれ続ける。
次に挙げられるのが「個性」。ツインターボ・サイレンススズカ・パンサラッサなどの大逃げ、ブロードアピール・マティリアル・デュランダルなどの直線一気といった極端なレースぶり、加えていえば古くは"気まぐれ"エリモジョージ、新しくは"破天荒"ゴールドシップ…。際立つ個性はファンの鼓動を高鳴らせ、その心を鷲掴みにする。
さらには「ドラマ性」。サラ系の烙印をはねのけて大レースを勝ったヒカルイマイやヒカリデュール、地方競馬から中央の舞台に乗り込み、エリートたちを次々に倒していったハイセイコーやオグリキャップ、1年ぶりの出走となった有馬記念で奇跡の復活を見せたトウカイテイオー、挑んでも挑んでも届かなかったGⅠの頂を最後の最後に引退レースで掴み取ったステイゴールド…。彼らの蹄跡が紡いだドラマに、ファンは魂を揺さぶられ、競馬に魅了されてゆく。
もちろん「見た目」も外せない。四白流星の貴公子タイテエム、尾花栗毛を颯爽となびかせたトウショウファルコ、白毛がひときわ輝くソダシ…。ターフに映えるその姿は、ファンの目をとらえて離さない。
──そして、走りつづけることで「極致」に至った馬たちも忘れ難い。
古くは中央競馬重賞最多出走記録を打ち立てた"走る労働者"イナボレス、史上初めて中央競馬全場重賞出走を成し遂げ、GⅠ勝ちがないまま引退した馬で唯一、JRAヒーロー列伝ポスターを飾る"女旅役者"ヤマノシラギク、2歳~7歳まで6年連続中央重賞を制したドウカンヤシマ、さらには10歳を超える高齢まで第一線で走りつづけたミスタートウジン・トウカイトリック・アサカディフィート…。その走りつづける姿に、ファンは我が身を重ね、そして明日への励みとしていたのだろう。
私はメロディーレーンも、様々な「極致」に至ったからこそ、より一層愛されたのではないかと考えている。

タフネスの極致
メロディーレーンが至った極致の一つ目は、「JRA所属牝馬としては異例の長期にわたる現役生活」だ。
牡馬がごくごく一部しか種牡馬としての第二の馬生が用意されない一方、牝馬の多くは競走馬生活と同様、もしくはそれ以上に繁殖牝馬として競馬を次世代につなぐ重要な役割を与えられる。一口馬主クラブの多くが「牝馬は6歳の3月をもって引退」と定めているのがその証左だといえよう。
メロディーレーンと同じ2016年生まれで中央競馬に競走馬登録された2500頭近い牝馬の中で、7歳まで現役を続けたのはわずかに44頭。8歳になっても走りつづけたのは6頭に過ぎない。そしてその中で最後まで現役であったのが、12月まで競走馬登録を続けたメロディーレーンなのだ。
また、特筆すべきは8歳初戦の万葉ステークスで3着入着を果たしたという事実。
1986年以降、中央競馬平地オープン以上のレースで8歳以上のサラブレッド系牝馬が3着以内に入ったのは、以下の4例のみである。
- ブロードアピール(2002年ガーネットS1着)
- ジョリーダンス(2009年阪神牝馬S1着)
- レイホーロマンス(2021年万葉S2着)
- メロディーレーン(2024年万葉S3着)
メロディーレーンは、長く長く走りつづけ、「タフネスの極致」に至った1頭と言えよう。

牝馬ステイヤーの極致
メロディーレーンが至った極致の二つ目は、「牝馬として群を抜く長距離レースの出走実績」だ。
中央競馬には3000m以上の平地競走は2024年時点で年間8レースのみ。牝馬限定戦が皆無なこともあって、一度でも出走経験のある牝馬は1986年以降2024年までの38年間でわずか118頭、出走機会は合計183度しかない(牡馬・騙馬は1,632頭が3,276度出走)。
そんな牝馬にとっての壁ともいえる長距離路線に、メロディーレーンは果敢に挑んでいった。
抽選を突破して出走を果たした菊花賞を皮切りに、彼女は実に13度にわたり3000m以上のレースに挑み続けた。これは牝馬としては2番目のプリュムドール(2025年2月時点で6度)以下を凌駕し、牡馬と合わせても5番目タイにあたる(1986年以降)。
もちろん、ただ出走しただけではない。菊花賞では直線で末脚を伸ばし、オークス馬ダンスパートナー以来24年ぶりの掲示板確保となる5着に入ると、翌春の阪神大賞典や6歳暮れのステイヤーズSでも5着。メロディーレーンは3000m以上のJRA平地重賞で3度入着した唯一の牝馬である。
メロディーレーンは、長い長い距離を走りつづけ、「牝馬ステイヤーの極致」に至ったと言えよう。
ヨーロッパには、パリロンシャン競馬場で凱旋門賞ウィークに行われるGⅠロワイヤリュー賞を頂点として、各国に牝馬長距離路線の重賞が整備されているという。メロディーレーンが長期欧州遠征した世界線があるのならば、、ぜひ覗いてみたいと、私は夢想している。
最軽量という極致
メロディーレーンが至った(「生まれ持った」といった方がよいか)、三つ目にして最大の極致は、無論「最軽量という極致」だ。
1986年~2024年の中央競馬では、60,393頭が、合計133,889回、1着となっている。以下のグラフは、そのうち馬体重が「計測不能」と記録されている4回を除いた、133,885回の馬体重を、4kgごとに区切った分布である。

※JRA-VANデータラボより、TARGET Frontier JVを用いて抽出
勝ち馬の平均馬体重は約471.63㎏。その近辺を頂点として、きれいな左右対称の分布図がご覧いただけよう。最頻値(466-470kg)では7,500回以上に上る1着の回数は、馬体重が軽くなるほど減少し続け、400kg近辺では309回となり、その後どんどんゼロに近づいてゆく。
ではこのグラフの中でのメロディーレーンの位置はどこになるのか。該当部分(グラフの左端)を拡大したものが以下になる。

メロディーレーンが勝星を挙げた際の馬体重(赤丸部分)は軽い方から338kg(1勝クラス)、340kg(未勝利)、346kg(海の中道特別)、354kg(古都S)。
彼女の勝利時馬体重は、そのまま1986年以降約13万回記録された中央競馬競走1着馬の、馬体重の軽い方から4番目までを独占し、さらに5番目に軽かったアスコットハマナス(※)(1987年恵庭岳特別1着時:366kg)まで実に12kgの乖離がある。
これはもう「外れ値」ではないか。「奇跡」ではないか。グラフを眺めているだけで、そう思う。
※アスコットハマナスは新馬勝ち、重賞に2度出走、通算48戦を走りぬき、全て400kg以下で5勝を挙げた。彼女もまた語り継がれるべき存在ではないだろうか。
さらに言えば、メロディーレーンは「1着馬の中で最軽量」というだけではなく、1986年以降中央競馬に「出走した馬の中」でも最軽量なのだ。
メロディーレーンが5戦目、小倉の未勝利戦出走時に計測された330kgという馬体重は、2011年4月に阪神の未勝利戦に出走したグランローズと並び、中央競馬出走時の馬体重として1986年以降の最軽量を記録している。
「勝った馬の中で最も小さい」ことよりも、「最も小さい馬が勝った」ことの方が、より希少で、より達成困難であることは言うまでもない。
引退発表時に、管理する森田直行調教師が「メロディーレーンが未勝利戦を勝った時、トレセンに入って初めて泣いた」とコメントされていたが、嘘偽らざる事実であろう。
メロディーレーンは、「最軽量という極致」を歩みながら、厳しい調教を乗り越え、自分より小さい相手のいない戦いの場に挑み続けたのだから。

唯一無二のアイドルホース
メロディーレーンは、中央競馬に登録された2,500頭近い同世代牝馬の中で70頭余りしかいないオープン馬の座をつかみ取り、最後まで現役生活をつづけた存在となった。
メロディーレーンは、1986年以降3000m以上の平地競走に10度以上参戦した唯一の牝馬となり、菊花賞をはじめ、平地長距離重賞で3度の入着を果たした唯一の牝馬となった。
メロディーレーンは、その特筆すべき実績を、「中央競馬出走馬の中で最も小さい」馬体で成し遂げた馬となった。
もちろん関係者からの愛情あふれる情報発信、多種多様なグッズ発売や、休養中にファンを育成牧場に招待するほどの徹底したファンサービス、さらには競馬マスコミの熱心な取材も、彼女を「アイドルホース」に押し上げた一因であろう。
しかしながらメロディーレーンがファンの心を惹きつけて離さなかった一番の要因は、彼女自身が様々な極致に至るほどの「強靭さ」を、私たちに見せ続けてくれたことではないかと、私は思う。
そしてメロディーレーンは、次のステージへと歩みを進めた。その強靭さを次の世代に伝えるために。馬体の小ささから心配する向きもあるが、その道のプロたちが熟議の上決定したことであろうから、ただただ成功を祈るのみ。
いつか「1歳なのに、もうママより大きいです!」という呟きが、SNSから届く日が来るだろう。
──その日を楽しみに、待っていますよ、レーンちゃん。
写真:すずメ
新書『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』(星海社新書)好評発売中!
※本記事は『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』には収録されていないオリジナル原稿となります
第一部 オルフェーヴルかく戦えり
最強を証明し続けた遥かな旅 文・構成/手塚瞳
2010ー2011 新馬戦│スプリングS
2011 クラシック三冠│有馬記念
2012 阪神大賞典│凱旋門賞│ジャパンC
2013 大阪杯│凱旋門賞│有馬記念
第二部 一族の名馬と同時代のライバルたち
[一族の名馬たち]ステイゴールドメジロマックイーン
ドリームジャーニー
オリエンタルアート
8号族 [同時代のライバルたち]ウインバリアシオン
ゴールドシップ
ジェンティルドンナ
ホエールキャプチャ
グランプリボス
レッドデイヴィス
トーセンラー
ギュスターヴクライ
ビートブラック
ベルシャザール
サダムパテック
アヴェンティーノ [主な産駒たち]マルシュロレーヌ
ウシュバテソーロ
ラッキーライラック
エポカドーロ
オーソリティ
シルヴァーソニック
メロディーレーン
第三部 オルフェーヴルを語る
血 統 競馬評論家/栗山求
馬 体 『ROUNDERS』編集長/治郎丸敬之
育 成 Tomorrow Farm 齋藤野人氏に聞く
厩 舎(前・後編) 池江泰寿調教師に聞く
海外遠征 森澤光晴調教助手に聞く
種牡馬 社台スタリオンステーション 上村大輝氏に聞く
第四部 オルフェーヴルの記憶
震災の年の三冠馬は「希望の星」
オルフェーヴル産駒の狙い目
穴党予想家が振り返る「オルフェの印」
記者席で見た「阪神大賞典の逸走」
国内外で異次元名馬が生まれた世代
歴代三冠馬を生まれ月で比較する
座談会 語り尽くそう! オルフェーヴルの強さと激しさを
書籍名 | オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君 |
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著者名 | 著・編:小川隆行+ウマフリ |
発売日 | 2024年02月19日 |
価格 | 定価:1,350円(税別) |
ページ数 | 192ページ |
シリーズ | 星海社新書 |
