[血統研究]距離適性に影響を与えるとされる『ミオスタチン遺伝子』について

初めましてK.Arakiと申します。遺伝に着目した血統研究と題して、X(旧Twitter)にて、調査結果を公開しています。その調査内容を改めてまとめて、ウマフリさんにてご紹介していきたいと思います。

今回取り上げるのは、『ミオスタチン遺伝子』についてです。


この『ミオスタチン遺伝子』は距離適性に影響を与えるとされる遺伝子です。
もう少し具体的に表現すると、この遺伝子は「筋肉の増殖を抑える働きを持つ"ミオスタチン"というタンパク質」を生成する働きをします。

ミオスタチン遺伝子が働く(=筋肉の増殖が抑えられる)ことで、スラっとした身体つきをした、長距離戦向きの馬になります。これはTT型と呼ばれています。逆にこの遺伝子が働かない馬は、筋肉が増殖してムキムキの体つきとなり、短距離戦向きの馬になります。こちらはCC型と呼ばれています。そして、その中間の特性を持つ馬は、CT型と呼ばれています。

この『C』や『T』は、遺伝子のアレルと呼ばれるもので、2つで1組になっています。
父親である種牡馬は2つのアレルを持っており、そのうち1つが精子に格納されます。同様に母親である繁殖牝馬も2つのアレルを持っており、そのうち1つが卵子に格納されます。それらが受精することで、両親から子に1つずつ(合計2つ)のアレルが受け継がれるというわけです。

例えば両親が共にTT型の場合は、精子にも卵子にもTのアレルが格納されるため、子供も必ずTT型になります。また、父がTT型で母はCC型の場合は、精子にはTのアレルが、卵子にはCのアレルが、それぞれ格納されるため、子供は必ずCT型になる…といった具合です。

以下に、私が調査した 「主な種牡馬のミオスタチン遺伝子の型(距離適性が長めの種牡馬)」と「主な種牡馬のミオスタチン遺伝子の型(距離適性が短めの種牡馬)」を表にしました。

表1:主な種牡馬のミオスタチン遺伝子の型(距離適性が長めの種牡馬)
 表2:主な種牡馬のミオスタチン遺伝子の型(距離適性が短めの種牡馬)

上記の表1、表2は、各種牡馬のミオスタチン遺伝子の遺伝子型について、私が個人的に調査し、取りまとめたものです。

ミオスタチン遺伝子が距離適性にどのように影響を与えるかを可視化できるように、産駒の平均勝利距離順に並べています。「長距離のレースが得意な種牡馬ほどTのアレルを多く持っており、短距離のレースが得意な種牡馬ほどCのアレルを多く持っている」といった傾向が、若干ではありますが出ているかと思います。平均勝利距離がグレーになっている種牡馬がいますが、こちらは産駒の勝利数がまだ少ない種牡馬となります。今後の産駒の勝利状況によって平均勝利距離が変動しやすいため、参考データ扱いとしてグレーにしています。

ここからは「この一覧表を作成するために、私がどのようにしてミオスタチン遺伝子を調査しているか」についてお話したいと思います。

まずは、情報源についてですが、主に私は一口クラブさんのサイトに記載された情報を参考に、種牡馬のミオスタチン遺伝子を推定しています。一口クラブさんの中には、ミオスタチン遺伝子検査を実施したうえで、その結果を公表し、出資判断に使えるようにしてくれているクラブがあるのです。出資前にザックリでも距離適正が分かると、出資判断の材料にしやすいと思うので、遺伝子検査の実施および検査結果の公表は、実に素晴らしい試みだと思っています。

しかし、私が調べたい「種牡馬」の遺伝子情報は一口クラブさんのサイトには掲載されていません。
掲載されているのは「募集対象の産駒」のみであるためです。ではどうやって種牡馬のミオスタチン遺伝子を推定しているのか…といいますと、前述のアレルの遺伝の考え方を使うわけです。
例えば募集されている産駒の遺伝子型がCC型ならば、その両親は少なくとも1つCのアレルを持っていることがわかります。これで種牡馬はCC型かCT型のどちらかに絞れます。さらに、同じ種牡馬を父に持つ別の募集産駒で、TT型の産駒もいたらどうでしょうか? その種牡馬はTのアレルも持っていることがわかります。この2つの情報から、その種牡馬の遺伝子型はCT型で確定できるというわけです。実はCT型の種牡馬を探すのは比較的簡単だったりします。上記の2つの情報さえ集めれば、調査完了とできるからです。

一方でCC型やTT型を確定させるのはとても大変です。例えばCC型の種牡馬からはTT型の産駒がでることは(突然変異でも起こらない限り)ありえないのですが、この「TT型がでないことの証明」が非常に難しいのです。つまり「実際はCT型の種牡馬なのにたまたま偏りがあってTT型の産駒はでずに、CC型やCT型の産駒しか出なかった」という可能性が排除できないのです。そのため、CC型の種牡馬を調べる場合は、サンプル数を増やしていく必要があります。そして、数多くの産駒を調べても全くTT型が出てこない…ところまで来て初めてCC型濃厚(ただしCT型の可能性はごく僅か残る)という形に持っていけるわけです。これはTT型の場合も同様の考え方になります。私の手持ちのデータだけですと、その検討に進めるだけのデータがまだ揃っていません。ですので、私が作成している一覧表では、以下の種牡馬のみを明確なCC型やTT型として記載しています。

◾産駒数が十分多く、巷でTT型濃厚と言われている種牡馬
 ・ディープインパクト
 ・Galileo

◾産駒数が十分多く、巷でCC型濃厚と言われている種牡馬
 ・ロードカナロア

◾遺伝子検査が実施されCC型と発表された種牡馬
 ・Cracksman
 ・Dawn Approach

最後に、ミオスタチン遺伝子のCのアレルについて、その起源のお話をしたいと思います。

サラブレッドではTのアレルが多数派で、Cのアレルが後から広まったと考えられています。
その重要な役割を果たしたとされるのがNorthern Dancerの父であるNearcticです。

上記について、私はひとつの大きな疑問を持ち、このCのアレルがどのように発生したのかを調査したことがあります。その疑問とは「①もともとサラブレッドはTのアレルしか持っていなかったが、Nearcticに突然変異が起きたことで、Cのアレルが発生した」のか、それとも「②もともとCのアレルは存在していたが、Nearcticの登場までは広まっていなかった」のか、という疑問です。

その答えは②でした。

ダンカークやPark Express(New Approachの母)はCのアレルを持っていることが判明しているのですが、これらの馬はNearcticを先祖に持たないためです。そのため、Nearctic、ダンカーク、Park Express、この3頭に共通する祖先にCのアレルを持っている馬がいると考え、調査を進めているところです。この調査が進めば、過去の名馬達のミオスタチン遺伝子の推定ができるかもしれないですね!


さて、ミオスタチン遺伝子のお話はいかがでしたでしょうか。
ミオスタチン遺伝子だけでなく、様々な遺伝の仕組みについて考えながら血統表をみると、また別の見え方ができることもあります。今後もサラブレッドの遺伝についての情報をウマフリさんやX(旧Twitter)にて発信していこうと思っていますので、ご期待ください!

写真:Horse Memorys

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