東京競馬場の芝2000mで行われる天皇賞秋は、性別や年齢、得意とする距離など、あらゆるカテゴリーの最有力馬が参戦してくる、現役最強馬決定戦といっても過言ではないだろう。
2020年の出走馬にあてはめれば、マイルのGⅠ馬ダノンプレミアム、最長距離のGⅠ天皇賞春や菊花賞を制したフィエールマンとキセキ、その間の距離帯2000m~2200mのGⅠを勝利しているクロノジェネシス、そして国内では1600m~2400mまで3階級のGⅠを勝利し、ディフェンディングチャンピオンとして参戦してきたアーモンドアイなどが出走。
近年では最少となる12頭立てながら、実に豪華で多様なメンバーが一堂に会することとなった。
しかし、そんな豪華メンバーの中でも、人気はアーモンドアイただ1頭に集中し、最終的な単勝オッズは昨年の1.6倍をさらに上回る1.4倍となった。また、同馬には「史上初の芝GⅠ8勝」という記録がかかっていた。そのため、3週連続で「史上初」の快挙が達成されることへの期待感がそのオッズに反映されていたことは間違いないだろう。
宝塚記念を圧勝したクロノジェネシスが4.4倍の2番人気に推されるも、単勝10倍を切ったのはこの二頭のみ。ダノンキングリー、キセキ、フィエールマン、ダノンプレミアムの順で人気が続いた。
レース概況
たまに出遅れがあるアーモンドアイだが、この日はほぼ完璧なスタートを決めて積極的に前につけ、まずは快挙へ向けての第一関門を突破する。ダノンプレミアムがデビュー以降初めて逃げの手に出て、内からダイワキャグニーがそれを追い、キセキが3番手につけて最初のコーナーを回った。
スムースにポジションをとれたそれら4頭とは対照的に、クロノジェネシスとフィエールマンはスタートで挟まれるような形で不利を受けた。とりわけフィエールマンの不利は大きく、後方からのレース運びを余儀なくされてしまう。
良馬場発表だがさほど良くはない馬場を考慮しても、逃げるダノンプレミアムのペースはスローで、前半の1000m通過は60秒5だった。しかし目立って折り合いを欠くような馬はおらず、先頭から最後方までおよそ10馬身ほどの隊列となった。
道中ほんの少しいきたがっていたジナンボーが、残り800m地点を過ぎたあたりでアーモンドアイの外から馬なりで上がっていき、3番手に並びかける。しかしそれでも依然として他に大きな動きがないまま、4コーナーを回って直線に入り──ここからは、瞬発力勝負となった。
残り400mを過ぎて、ダノンプレミアムのリードはおよそ1馬身半。
それをキセキとダイワキャグニーが追うがなかなか差が詰まらず、逆に少し差が広ってしまう。しかし、そんな先行3頭の攻防を前にしても、まだアーモンドアイとルメール騎手の手綱はがっちりと動かず、大記録達成への期待がぐっと高まる。
残り300m地点でようやく追い出され始め、先頭との差が徐々に詰まると、残り100mでついにアーモンドアイがダノンプレミアムを捉えて先頭に立ち、栄光のゴールへと突き進む。
──が、その大記録を阻止せんと、外から同じ勝負服である2頭のクロノジェネシス・フィエールマンが猛追し、一完歩毎にその差が詰まる。しかし最後はアーモンドアイが粘りきり、二度目の挑戦にして史上初となる芝GⅠ8勝の新記録を達成。半馬身差の2着にフィエールマンが入り、3着はさらにクビ差でクロノジェネシスが続いた。
各馬短評
1着 アーモンドアイ
前走、そして昨年の有馬記念と奇数番に入って敗れていたが、今回はほぼ完璧なスタートを切ってすぐに好位につけ、結局それが最大の勝負の分かれ目となった。
東京2000mがこの馬の最大の武器であるキレ味を発揮できる最適条件なのは間違いない。
おそらく引退まであと1~2戦になるとは思うが、その花道となるレースは一体どこなのか、さらなる記録更新はあるのか、大いに注目されるところだ。
また、ルメール騎手の天皇賞春秋合わせて5連覇も、史上初の記録である。
2着 フィエールマン
アクシデントで予定していたオールカマーを使えずぶっつけ本番となったが、天皇賞春もそういったローテーションで二連覇しているとおり、結果的にはよかったのかもしれない。
母系はヨーロッパの系統で、母の父の父はGreen Dancer。エイシンプレストンの父だが、昭和の終わりから平成にかけてステイヤーとして活躍したスーパークリークの父の父といった方がフィエールマンのイメージに合うだろう。
ディープインパクト産駒とはいえ、今回のような瞬発力勝負や東京2000mはそこまで得意ではないはずで、さらにスタートの不利がありながら2着にきたことは、実力の高さの何よりの証明だ。
Green Dancerの血が、さらなる成長を後押ししているのかもしれない。
次走が気になるが、ローテーションとして厳しくなるジャパンカップを使わず、有馬記念に直行すれば好勝負は必至とみている。
3着 クロノジェネシス
宝塚記念の回顧で「有馬記念が消耗戦になれば昨年のリスグラシュー級のパフォーマンスも期待できる」と書かせていただいたが、正直、それと真逆とも言える条件、すなわち瞬発力勝負となる東京2000mでここまで好勝負できるとは思っていなかった。
天皇賞秋は近年高速決着となっていて、マイラー適性があることや前走安田記念組が好走することが多い。
事実、この馬も昨年クイーンカップを勝利し、阪神JF2着、桜花賞3着というマイルでの好走実績があった。
父バゴは凱旋門賞を制したヨーロッパの血統。同様に、凱旋門賞を制したトニービンを持つ馬が2、3歳時からマイル戦を使われると、ジャスタウェイやリスグラシュー、ラブリーデイのように4歳秋~5歳に能力が開花して一気に頂点を極めることがあるため、同様の期待がかかる。この馬もフィエールマン同様、有馬記念に直行すれば好勝負必至という見解は変わらないが、果たしてどうなるだろうか。
総評
スタートが上位馬の明暗を大きく分ける形となったが、ルメール騎手の最高のスタートとすぐに好位につけた積極的なレース運びに「今回こそ、絶対に八冠を達成するんだ」という、強い気持ちがはっきりと見えたような気がした。前走の安田記念でその快挙を阻んだのが、自らのお手馬でもあるグランアレグリアだったことは、おそらく相当悔しかったに違いない。
言うまでもなく、毎レースそういった気持ちを持って臨んでいるとは思うが、同じように、大舞台のレース中にルメール騎手の「絶対に勝ってやる!」という気持ちが見えたのが2016年の有馬記念だった。その年の菊花賞馬サトノダイヤモンドに騎乗した彼は、既に国民的スターになりつつあったキタサンブラックを倒すべく、様々な作戦を立て寮馬のアシストを得ながら、見事にゴール前でライバルを差しきりグランプリホースとなった。そして、いつもは飄々と応える勝利騎手インタビューで、彼は人目もはばからず涙したのだ。
今回の勝利騎手インタビューで、その時と全く同じ光景を見ることができた。
もちろん、ルメール騎手だけでなくアーモンドアイに関わる全ての人々にとってそうだったはずだが、安田記念で2着に敗れたあの日から、見ているこちらが想像もできないほどのプレッシャーがかかり続け、自らを追い込んでいたのではないだろうか。しかし、あの日から5ヶ月後。その苦しみは最高の結果として実を結んだのである。
上述したとおり、アーモンドアイの勇姿を見ることができるのは、おそらくあと1~2戦となるだろう。そのフィナーレの舞台にはどのレースが選ばれ、どんな結末が待ち受けているのだろうか。楽しみは尽きない。