夏の新潟競馬を象徴する名物重賞、アイビスサマーダッシュ。
スタートからゴールまで、ただ真っすぐ。
全国でも唯一、新潟競馬場でしか味わえない、直線1000mの重賞だ。
出走馬たちはスタート後、観客席に近い外埒を目指して一斉に寄っていき、芝コースを一直線に駆け抜ける。
ほんの1分足らずの出来事なのに、その疾走感だけは、幾度となく旅打ちに出かけた記憶の中でも特に鮮明に残っている。
昨年から“暑熱対策”として第7レースに設定されていて、レースが始まる頃にスタンドに影が差すのも、またこのレースならではの情緒だ。
そんな“1000直”の舞台に集ったのは、今年も実力馬と個性派ぞろい。
昨年の1着馬モズメイメイ、2着ウイングレイテスト、3着テイエムスパーダに加え、7着からの巻き返しを狙うクムシラコの4頭が再び集い、連覇やリベンジに燃える。
迎え撃つのは、ドバイのアルクォーツスプリントで0.4秒差5着、昨秋のスプリンターズステークスでは1000mを54.7秒で駆け抜け、国内外で快速を見せたピューロマジック。
そしてもう1頭、"新潟芝コースで2着5回"という驚異の安定感を誇るカフジテトラゴン。2枠3番の内枠から、大波乱を起こすかもしれない。
─今年も、"最速を競う夏"が始まる。
レース概況
ゲートが開くと、揃ったスタートのなかから大外18番枠のモズメイメイ、15番枠のブーケファロスが1完歩目を決める。
一方で、カフジテトラゴンはゲートから飛び上がるような形で出遅れ、デュガもやや後手に回った。
スタート直後の“1秒”で、すでに馬身差がつく緊張感のある出脚争いだった。
外枠勢がセオリー通り外埒沿いを目指すなか、テイエムスパーダが果敢に押してハナを主張。
これに対抗するようにカルロヴェローチェも並びかけ、2頭が隊列を引っ張る形に。
モズメイメイはその直後、空いた内目の進路を選択。
カフジテトラゴンやシロンなど、内枠の馬たちはそれぞれに埒沿いを目指して進路を探る。
ピューロマジックは馬群に包まれない、出たなりの好位からレースを進める。
600mを通過して各馬がギアを上げると、テイエムスパーダの外からカルロヴェローチェが迫り、後方からはウイングレイテストもスムーズな加速で並びかけていく。
モズメイメイはやや外埒から距離のある位置で脚を溜め、その背後、ちょうど馬場の中央寄りからピューロマジックが仕掛けのタイミングをうかがっていた。
残り200m。進路が整った瞬間、ピューロマジックが満を持してスパート開始。
外埒沿い=進行方向で最も“外側”を駆けていたカルロヴェローチェ、テイエムスパーダ、ウイングレイテストの3頭が並びかけるなか、ピューロマジックはその“内側”=通常なら馬場中央〜内目の進路からスッと伸びてくる。
1000直コースならではの位置取りなど気にもせず、弾けるように先頭へ並びかけていった。
外埒沿いのテイエムスパーダが懸命に粘り、ウイングレイテストも食い下がるが、ピューロマジックの脚色は一段階違った。
残り100mで前を捉えると、そのままルメール騎手が目一杯に腕を振り抜き、堂々と先頭でゴールを駆け抜けた。
昨年2着・3着だったテイエムスパーダとウイングレイテストは、まるで前年の再現のような追い比べを演じ、逃げたテイエムスパーダがクビ差2着を確保。
勝ち時計は53秒7─かつての快速G1馬・カルストンライトオに並ぶレースレコードタイ。
外埒沿いの先行争いに惑わされず、自らのリズムと進路で突き抜けたピューロマジック。
その“世界基準のスピード”が、新潟の真夏の直線に鮮やかに刻まれた。
各馬短評
1着 ピューロマジック ルメール騎手
世界の舞台で揉まれ、帰ってきた快速牝馬が、復帰初戦で国内の直線重賞のタイトルを掴み取った。
鞍上のルメール騎手はアイビスサマーダッシュ初騎乗でのいきなりの制覇。
前走のアルクォーツスプリントでは出遅れに加え、スタート直後に挟まれる不利もありながら、世界の猛者相手に5着と地力を示した一戦だった。
そこから一転、今度は抜け出す競馬を想定して入念に追い切りを重ね、「前を見ながらの加速」を身につけての本番。
いつもなら「鞍上強化」と言われる乗り替わりだが、今回はルメール騎手の上手さは勿論、馬の成長と仕上げがすべて揃っての勝利だった。
先行馬たちが外埒沿いで火花を散らす中、自らの進路から冷静に加速し、ラスト100mで一気に突き抜けた。昨年の2着・3着馬すら寄せつけない、堂々たる3つ目の重賞タイトル。
“逃げるだけ”ではない新たな武器を手に、ピューロマジックはその名に違わぬ“魔法のような”走りを披露した。
2着 テイエムスパーダ 斎藤新騎手
2022年のCBC賞では、1分5秒8という驚異的な1200mJRAレコードを打ち立てた快速牝馬。
その後、セントウルステークスで重賞2勝目を飾り、スプリント界で熱戦を続けている。
ただしその間に所属厩舎は転々とし、CBC賞は五十嵐忠男厩舎、セントウルSは木原一良厩舎、そして今回は小椋研介厩舎の管理馬として、新たな陣営に重賞タイトルをもたらすべく挑んだ一戦だった。
昨年のアイビスサマーダッシュは3着、その後は苦戦が続いていたが、前走・韋駄天ステークスでは芝が舞うタフなコースに負けることなく後続を振り切って勝利し、復調気配を感じさせていた。
今回は前走同様に外枠を活かし、序盤から気合をつけてハナを奪うと、そのままラチ沿いで後続を寄せつけない粘り込み。
最後はピューロマジックの豪脚にクビだけ屈したが、レコードタイと並ぶ時計での2着は価値がある。
まだまだスピードの衰えはなく、“夏の女王”としての輝きは健在だ。
3着 ウイングレイテスト 松岡正海騎手
8歳になってなお、トップスプリンターたちと互角以上に渡り合うベテラン。
昨年のこのレースでは59キロの酷量を背負いながら2着と健闘。
テンの速さは他馬に譲っても、スピードだけでなく、最後のひと伸びを要する1000直戦の特性にぴたりと合致する適性の高さを示してきた。
今年は1キロ軽い58キロでの出走だったが、追い切りの動きからは昨年ほどの良さは感じられず、8歳という年齢もあり半信半疑だったのが正直なところ。だがその不安を吹き飛ばすように、松岡騎手がうまくリズムを取り、テイエムスパーダの背後から勝機をうかがう理想的な立ち回りに導いた。
実直に、そして着実に掲示板を確保してみせた姿は、松岡騎手が惚れ込むのも頷ける、実力派ベテランの矜持そのものだった。
6着 モズメイメイ 高杉吏麒騎手
昨年の覇者が、今年は大外枠を引いて連覇を狙った。
今回は前川恭子厩舎への転厩3戦目での出走となり、高杉騎手にとっては重賞初制覇をかけたチャレンジでもあった。
好スタートから外埒沿いの好位につけ、セオリー通りの運びでスムーズな前半。
逃げ先行争いから一歩引いたことでややポジションを下げたのは惜しかったが、そのぶん無駄なロスなく馬群に呑まれずに脚を溜める冷静な騎乗だった。
昨年はテイエムスパーダの後ろから差し切っており(鞍上・国分恭介騎手)、今回も似た形での競馬を選択。
決して力負けではなく、この夏の新潟競馬場特有の高速馬場への適応力の差が着順に表れた印象だ。
それでもチューリップ賞、葵ステークス、そしてこのレースと重賞3勝の実績を持ち、どんなコースで走ってきた安定感は健在。
流れや馬場次第で、再び重賞タイトルに手が届く場面はきっと巡ってくるだろう。
レース総評
直線1000m、“1000直”の舞台にふさわしく、今年も外枠勢がスムーズに流れを作り、序盤からスピード勝負の様相に。各馬が外埒沿いを目指して位置取りを進め、例年通りの「外枠有利」の構図が自然と整っていった。
そんななかで、ピューロマジックは馬群の少し内寄り、他馬に包まれることのない絶妙なポジションからレースを進めた。これまでの“行ってなんぼ”の競馬ではなく、控えた位置から最後に抜け出すという新たなスタイル。直線残り200mでスイッチが入ると、持ち前の加速力をルメール騎手の手綱に乗せて一気に解放し、外埒沿いを固める馬たちをごぼう抜きにした。
前走アルクォーツスプリントでは、出負けして馬群に揉まれた経験から「前を見ながら抜け出す競馬を覚える」という課題が浮き彫りになった。その課題を見事に克服しての勝利は、ピューロマジックが“ただの快速馬”ではなく、“自在性を備えたスプリンター”として次のステージに進んだことを強く印象づけた。
加えて、昨年の上位馬たちも軒並み好走し、それぞれの能力を証明した一戦。そのなかで堂々と結果を出したピューロマジックの勝利には、展開に恵まれた以上の確かな裏付けがあったと言える。
決まり手、位置取り、そして完成度。
真夏の新潟に、新たな“本物のスピード”が現れた。
勝ち時計は53秒7。
レースレコードに並ぶ走りを見せたその姿を、かつてこの舞台で記録を打ち立てた名馬─昨年、老衰で旅立ったカルストンライトオも、どこかで見届けていたかもしれない。
あの名スプリンターが、その後スプリンターズステークスを逃げ切ってGⅠ馬となったように、ピューロマジックにも、まだ見ぬ頂が待っている。