決して「番狂わせ」ではない。ウオッカを吹き飛ばした“アジアの風”エイジアンウインズが見せた、2008年ヴィクトリアマイルの大激走。

レースで度々目にする「番狂わせ」

「番狂わせ」は、スポーツの世界で度々起こるドラマだ。

広辞苑で「番狂わせ」を引くと、「①予想外の出来事で順番の狂うこと。 ②勝負事で予想外の結果が出ること」と記されている。

「番狂わせ」の言葉は、江戸時代から存在する言葉で、相撲の番付の下位力士が、上位力士に勝利することを指して「番狂わせ」と呼ぶようになったという説が、諸説ある中で一般的らしい。

確かに「勝負事=スポーツ」で、番狂わせシーンはどのスポーツでも必ず目にするし、その結果に一喜一憂する。力差のある両者が戦い、「順当」を「番狂わせ」に変化させる真剣勝負こそ、スポーツの醍醐味ともいえる。

オリンピックや高校野球など、多分一生に一度の機会で臨む選手たちの戦いは息が詰まるし、決着を見たくないとすら思ってしまう。「順当」であれ「番狂わせ」であれ、その結果よりもまずは拍手を送りたくなるのは、選手が勝負に臨むまでの努力が試合の中でも垣間見えるからだろうか。

競馬での「番狂わせ」は、ギャンブルという要素も影響し、決着後どよめきの方が大きくなってしまう。番狂わせの片棒を担いだ穴馬に対するリスペクトはあってしかるべきだし、その力を素直に認めるべきだと思う。しかし、かくいう私も、G1レースで番狂わせを目にした帰路の車内では、澱んだ空気を吸ったような気持ちで、外れた1着固定の3連単馬券のことばかり考えてしまうことがある。

G1レースでの「番狂わせ」といえば、必ず出てくるのが、1985年の天皇賞(秋)。人気を集めたのは、当時、国内では無敵のシンボリルドルフだった。単勝1.3倍、ここまで11戦10勝&G1レース5勝の大本命馬が直線抜け出して先頭に立った直後、それをいとも簡単に差し切った13番人気のギャロップダイナ。本命馬が偉大な馬であればあるほど、そのインパクトは大きくなる典型的な例かも知れない。

1994年京都新聞杯で三冠を目指す二冠馬ナリタブライアンを倒したスターマン、2005年有馬記念で無敗の三冠馬ディープインパクトを破ったハーツクライなども、偉大な本命馬が2着に敗れたレースとしてインパクトが大きい「番狂わせ」だった。

──とは言え、「番狂わせ」の基準は、それぞれの視点で異なってくるようにも思う。自分の推し馬が人気を背負って敗れると、これも「番狂わせ」の域に入ってくる。クラブの一口出資馬にルメール騎手が乗って1番人気で出走し伏兵馬に差されたら、それはもう立派な「番狂わせ」だ。

結局は自分視点で勝ってほしい馬が2着に敗れれば、それは「それぞれの番狂わせ」なのだ。

私にとって思い浮かぶ「番狂わせ」レースはなんだろう。

真っ先に思い浮かぶのが、2008年のヴィクトリアマイルかも知れない。

ダービー馬ウオッカの偉大さ

女傑ウオッカは、牝馬に負けてはいけない馬と思っていた。

64年ぶりに日本ダービーを制し、牝馬として頂点に君臨する馬。実際にこの時点(4歳春)でウオッカに先着した牝馬は、同世代のライバル・ダイワスカーレット、3歳時宝塚記念に出走して8着に敗れた時に先着されたカワカミプリンセス、秋華賞の直線で失速した時にダイワスカーレットと共に追い越していったレインダンス、そしてドバイデューティーフリーで先着されたダルジナの4頭(2008年春当時)に留まる。

3歳時はエリザベス女王杯取り消し後、ジャパンカップと有馬記念でウオッカらしい冴えが見られず凡走(4着・6着)。

年が明け4歳初戦に万全を期して京都記念を選択、当然の1番人気だったものの直線の伸びを欠きまさかの6着に沈む。京都記念をたたき台として向かったドバイデューティーフリーは武豊騎手を背に出走、直線一度抜け出して先頭も後続の追い込みに差されての4着敗退となった。

日本ダービー以降、丸1年勝利から遠ざかってしまったウオッカ。ここで牝馬限定G1を選択した以上は、負けるわけにはいかない──それが、2008年のヴィクトリアマイルだった。それは、ドバイ以降主戦となった武豊騎手も同じ気持ちだったに違いない。

2008年ヴィクトリアマイルに登場した、気になる1頭

五月晴れのヴィクトリアマイルデー。ウオッカを中心に18頭が集結したものの、宿敵ダイワスカーレットの姿はなく、秋華賞で後塵を拝したレインダンスがいたものの近走は精彩を欠いている。ローブレコルテ、ピンクカメオっといったG1馬の参戦もあるが、ウオッカを止めるだけの勢いは無さそうだ。ニシノマナムスメ、ベッラレイア、ブルーメンブラッド……こちらは勢いは有りそうだが、まともにウオッカとぶつかってどうか。

パドックに18頭が登場し、周回を始めた。

ウオッカがただ一頭、別次元のオーラを出しているように感じた。

ただ、周回を重ねる各馬の中で、カメラのファインダーを通して凄い仕上がりの鹿毛馬が目に留まるようになってきた。6番ゼッケンを背に二人引きでもグイグイ進んでいく馬。首筋に血管がうっすらと浮き出て筋肉が盛り上がっているようにも見える。

6番ゼッケンの鹿毛、5番人気のエイジアンウインズ。

父フジキセキ、母サクラサクⅡ(母の父デインヒル)の4歳牝馬である。

準オープンの心斎橋ステークスを勝った後、重賞初挑戦の阪神牝馬ステークスで優勝。勢いそのままにヴィクトリアマイルへ駒を進めてきた。

鞍上は藤田伸二騎手、ダービー馬ウイニングチケットと同じ勝負服の牝馬は、レーシングプログラムによると「アジアの風」という意味らしい。

 「ウオッカに勝てるとおしたら、この馬かも知れないな」

そんなことを思いながらパドックを後にする18頭を見送り、急いでスタンドへ移動した。

本馬場に登場したエイジアンウインズを見て、改めて馬体の凄さに驚いた。ピカピカの鹿毛から、気合が染み出しているようだ。帯同の厩務員さんを振り切って、すぐにでも飛び出して行きそうな気配。藤田騎手が馬を落ち着かせようと宥めているようにも見える。

各馬が1コーナーに向かって駆けて行く中、ウオッカが登場した。エイジアンウインズがファイティングポーズを見せる挑戦者なら、ウオッカは余裕で防衛戦に臨むチャンピオンの様相。

武豊騎手を背に、ゆっくりと二人引きで本馬場に登場したウオッカは、スタンドの観客を意識するかのようにゴール板の大外をゆっくりと歩いて1コーナーに向かっていく。

「やっぱり、この風格を見せられたら、ウオッカで仕方ないか……」

直近で見た「アジアの風」の気合さえも吹き飛ばす、ウオッカのオーラ。

「ダービー馬ウオッカがこのメンバーで、しかも府中で負けるわけがない。牝馬限定のG1なのだから負けてはいけないのだ……」

私は、ウオッカが先頭でゴールインするシーンだけを頭に描き、カメラを構えて何回も撮影シュミレーションを繰り返した。

衝撃の結末と新マイル女王の誕生

スタートは一斉で、ヤマニンメルベイユとピンクカメオがまず飛び出す。

エイジアンウインズもニシノマナムスメやジョリーダンスと共に先頭争いに加わろうとするが、藤田騎手が抑えて第2集団に飲み込まれて行く。ウオッカは下がってきたエイジアンウインズの更に後ろの馬込みで、スムーズさを欠いているようにも見える。

ピンクカメオが先導する中、先頭集団が目まぐるしく入れ替わる。ニシノマナムスメ、ベッラレイア、レインダンス。ウオッカより前にポジションを取ることにより、追撃を封じ込める作戦だろうか。

大欅の向こうを通過し第4コーナーにさしかかると、先頭集団は横に大きく広がって、ヨーイドンの直線の攻防に入る。ピンクカメオに並びかけて先頭に立ったのがヤマニンメルベイユ。ブルーメンブラッドは内に進路を取り先頭を伺う。外からはベッラレイアとレインダンス。ウオッカは横一線の先頭集団の後方で進路を探しているようだ。ウオッカのすぐ前にいるエイジアンウインズは迷うことなく先頭を行く馬たちの間を縫って、まっすぐ馬群に突っ込んで行く。ウオッカが外へ進路を取って追い込み体制に入った時、内からブルーメンブラッドがニシノマナムスメを振り切り、ヤマニンメルベイユを競り落とす。

残り200m、ブルーメンブラッドが抜け出して先頭。ウオッカはようやく先頭集団のすぐ後ろまで上がって来た。そのウオッカの動きを見るように、藤田騎手がエイジアンウインズに合図を送る。

──弾けるように伸びるエイジアンウインズ。

あっと言う間にブルーメンブラッドをとらえる。先頭に立ったところで、外からウオッカ。しかし、エイジアンウインズは更に加速し、鋭く迫ってくるウオッカを並ばせない。

──先頭のエイジアンウインズと追うウオッカ。

ウオッカを中央にカメラを構えてシャッターを押していたファインダーの構図の右側で、藤田騎手の姿勢が起き、叫んでいるように見えてくる。鞭を持っていた右手が上がり、雄叫びを上げる藤田騎手を確認した時、私はウオッカが届かなかったことを認めざるを得なくなった。

──エイジアンウインズと藤田騎手のウイニングラン。

負けるはずが無いと思っていたウオッカがエイジアンウインズをとらえ切れず、牝馬で5頭目の先着を許した。パドックで、返し馬で、究極の仕上がりを見せていたエイジアンウインズが、完璧なレース運びでヴィクトリアマイルのタイトルを手に入れた。

決して「番狂わせ」では無いだろう。本格化したエイジアンウインズの成長と仕上がりが、この時点で一番強い馬だったと言うことだ。それを一番感じていたのは、パドックでエイジアンウインズに跨ったときから勝つと信じてレースを運んだ藤田騎手に違いない。

それでも、ウオッカの1着固定3連単馬券しか持っていなかった私にとっては、最大の「大番狂わせ」。本馬場に再登場したエイジアンウインズを見ながら、真っ白になった頭で、拍手を送るしかなかった。

仕上がった「アジアの風」は想像以上のパワーを持ち、ウオッカの追撃を吹き飛ばしたのである……。

永遠の謎となったエイジアンウインズの実力

ウオッカを倒し、G1馬となったエイジアンウインズ。当然、マイル女王としての活躍に、期待が高まる。

ヴィクトリアマイル直後、エイジアンウインズの次走はアメリカ遠征というニュースが出たものの、結局は立ち消えになり、休養して秋のマイルG1を目指すものと思われていた。

しかし、秋のG1戦線で彼女の名は出馬表に記されることは無く、2008年を終えてしまう。

翌2009年、エイジアンウインズはヴィクトリアマイル連覇を目指すという次走報が出たものの、楽しみにしていたその後の近況は途絶えた。

ヴィクトリアマイル制覇後1年を経過した2009年6月、エイジアンウインズの現役引退のニュースを目にすることとなる。


──結局、ウオッカに勝ったエイジアンウインズの実力がいかほどのものだったのかは、永遠の謎となってしまった。ウオッカはその後、ダイワスカーレットと天皇賞(秋)で繰り広げられた歴史に残る接戦を制し、翌年にはヴィクトリアマイル→安田記念の連勝も達成している。

もし、2009年のヴィクトリアマイルに、エイジアンウインズが出走していたらどうなっていただろうか?

再び、究極の仕上げで「アジアの風」を吹かせて欲しかったと、今でも私は思っている。

そして2008年のヴィクトリアマイルは、「番狂わせ」レースでは無かったことを彼女の走りで示してもらいたかったのである。

Photo by I.Natsume

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