[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]小眼球症の馬たちにとっての障害(シーズン1-60)

朝、布団にくるまりながらスマホでXを眺めていると、短文で誌的ながらも力強いポストが目に入りました。

今朝、出産介助して生まれた仔馬。元気だったけど、片眼を空に忘れてきたようで、ママと少しお話してお乳飲んでからお星さまになりました。

僕だから目に入ったのかもしれない。おそらく小眼球症の馬が生まれてきて処分せざるをえなかったのだろうな。可哀そうに。というのが、その時の素直な感想でした。可哀そうというのは、生まれてきた仔馬やお母さん、そして生産牧場の人たちに対して。どこの牧場の誰のポストか分かりませんので、僕がXを見て想いを馳せることができるとすればそのぐらいです。

ところが、しばらくして朝の支度をしていると、先ほどのポストの内容が気になってきました。どういう状況だったのだろう? 男の子だったのだろうか、それとも女の子? お父さんは誰だったのだろう? などなど。そして、1年前に福ちゃんが生まれて来たときのことが走馬灯のように蘇ってきました。もう一度、ポストを見てみようと考え、スマホを取り出してX内を探してみても、他の幾多ものポストに埋もれてしまって残念ながら見当たりません。

僕は想像してみました。1年待ち続けてようやく生まれてきた仔馬の片目がなかったとき、生産者はどれだけ驚き、落胆したでしょうか。牝馬だとしたら繁殖牝馬として残すかどうかという選択肢が浮かびますが、牡馬だとしたら?もしかすると、生まれつき片目が見えない馬は競走馬になれない=売れないと思い、処分しなければならないと考えたのかもしれません。

実は僕たちも福ちゃんが生まれた直後は、競走馬になれないと思い込んでいました。繁殖牝馬としての道があったからこそ、幸いにも処分しなくて済みましたが、地方競馬場によっては競走馬になれると知ったのはずいぶん後のことになります。

そもそもなぜ生産者は、生まれつき片目が見えない馬は競走馬になれない=売れないと思い込んでいるかというと、中央競馬(JRA)にそのような規定があるからです。中途で片目の視力を失った馬は問題ないのに、なぜか生まれつき隻眼の馬は競走馬に登録することができないのです。さらに小眼球症の馬が生まれてくる確率はかなり低いため、情報が少なく、生産者も良く知らないからです。生産者のみならず、すべての競馬関係者も同じ。それぐらい小眼球症の馬が自分の元に生まれてくる確率は低かったということです(低かったと過去形にしているのは、これから小眼球症を持って生まれてくる馬は増えるでしょうし、そうした情報が表に出てくる機会も増すはずです)。

誰もが初めての経験の中、しかも生後直死という扱いにするには、どうするかじっくり考えている暇はないのです。その時に持ち合わせている情報を頼りに、その場で判断しなければならないと言っても過言ではありません。

もし片目しか見えなくても走れる地方競馬場があると知っていたとしても、売り馬にならないのは変わりありません。セリには規定があって出せませんし、地方競馬場でしか走れない片目の馬をわざわざ購入したい馬主さんなどいないでしょう。売れないということは、収入がないということです。年間で数十頭から数百頭を生産しているような大きな牧場であれば、そのうちの1頭が売れないぐらいではビクともしないでしょうが、年間で数頭しか生産しないような家族経営の牧場であればどうでしょう。

その仔を産むためには種付け料を前もって支払っています。たとえば、ドレフォンを種付けしていたとすれば、500万円が経費として既にかかっているのです。売れないということは、収入がないだけではなく、マイナス500万円ということです。売れないなら自分が馬主として地方競馬場で走らせることもできますが、デビューするまでには育成代として数百万がかかり、無事にデビューできたからと言って稼いでくれるかどうかなんて神のみぞ知る世界です。

それならば、生後直死となれば、フリーリターンの制度を使って、来年は無料で種付けすることができますので、前述のケースで言うと種付け料の500万円はマイナスにならず来年に持ち越すことができます。商業的で嫌な言い方をすると、繁殖牝馬の腹を1年間無駄にしてしまったことになりますが、種付け料という経費を次に持ち越すことができ、売れない馬という在庫を抱えずに済むのです。数万円や数十万円という世界ではなく、数百万から数千万が違ってくる世界。生活が苦しくなるという次元を超えて、家族が路頭に迷うかどうかを決する判断になるのです。そのような状況において、いかなる理由であったとしても、小眼球症を患って生まれてきたサラブレッドを処分せざるを得ない生産者を、誰が責めることができるでしょうか。

1年間待ち続けて、ようやく生まれてきた可愛い赤ん坊をその場で処分したい生産者なんてひとりもいないのです。サラブレッドは生産者にとっては経済動物ですが、一緒に暮らす家族のようなものです。家族の一員とは言いませんが、家族に近い存在です。生産者は馬のおかげで生きられているとも言えるのです。自分たちの手で今さっき取り上げた、元気に動き回っている赤ん坊を殺すことがどれだけ悲しく耐えがたいことか。そうした命のやりとりをしなければならないのが生産者の仕事なのです。

福ちゃんと碧雲牧場と僕のケースは幸運でした。ひとつ目の幸運は、福ちゃんが牝馬として生まれてきたこと。競走馬になれなくても、繁殖牝馬としての道がありました。2つ目の幸運は、種牡馬がタイセイレジェンドであったことです。種付け料が30万円であったため、お金のことを考えて判断する必要はありませんでした。3つめの幸運は、僕が素人であったことです。(当初は競走馬になれないと思っていた)片目のサラブレッドを育てる(飼う)ことによって、どれだけの経済的負担を生じるのか良く分かっていなかったのです。最後の幸運は、碧雲牧場の皆が全員一致で福ちゃんを育てることに賛成してくれたから。これらの幸運が重なって、たまたま福ちゃんを生かすという選択ができました。もしひとつでも幸運が欠けていたら、僕は違う選択をしていたかもしれません。

福ちゃんと1年間歩んできて分かったことは、馬は片目が見えなくても、他の馬たちと同じように普通に生きていけること。もしかすると、福ちゃんだけのケースなのかもしれませんが、片目が見えないことでどこかにぶつかったり、怪我をしたり、扱いにくかったり、他の馬からいじめられたりすることは全くありません。むしろ福ちゃんは片目が見えていないことを当たり前として生きていて、そのことで困ったり、ハンデに思ったり、他の馬と違うことにコンプレックスを抱いたりしている素振りすらありません。馬なんだから当たり前だろうと思われるかもしれませんが、福ちゃんはあるがままを受け入れて生きています。僕たちが勝手に心配して、障害があると思っているだけで、福ちゃんにとって今のところ障害はないのです。

それでは何が障害かというと、中央競馬の規定ではないでしょうか。生まれつき片目の視力がない馬は中央競馬では競走馬になれないという決まりがあるからこそ、馬主は片目の馬をセリで購入することはなく、生産者は売り物にならない馬を処分せざるを得ないのです。もちろん危険があってはいけませんから、レース前にきちんと安全に走ることができるのか、能力試験的なものはあってしかるべきです。それをせずして、生まれつき片目の見えない馬は競走馬になれないという決まりは乱暴なのではないでしょうか。一体いつの時代からその決まりは変わっていないのでしょうか。中央競馬もそろそろ見直しを図るタイミングが来ているのではないでしょうか。規定をわずかにアップデートするだけで、落とさなくても良い命を落としている馬たちを救うことができますよ。

もうひとつの障害は、たとえ片目が小眼球症で生まれてきても、地方競馬場によっては競走馬になれるという情報が意外にも知られていないことです。この情報を知っているのと知らないのでは、判断が大きく違ってくるはずです。生まれつき片目の馬でも競走馬になれる地方競馬場があることを多くの生産者が知れば、自分で走らせようと考える生産者は増えるはずです。

そのためにも、福ちゃんのことを発信し続け、何とかデビューさせて、競馬場で皆さんの前で走ってもらいたいと思います。さらに大きなレースに出走して、より多くの競馬ファンに知ってもらうようになれば、JRAに規定を見直ししてもらうきっかけになるかもしれません。生まれつき小眼球症で片目の見えない馬が活躍している情報が、生産者の元にも届くはずです。まあ、こうした大きな風呂敷は後から広げたものであり、そうした理想や願いが叶うかどうかは分かりませんが、まずは福ちゃんが元気に育ち、幸せな日々を過ごしていることが僕にとっては最大の幸せです。

(次回へ続く→)

あなたにおすすめの記事