[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]販売申込者・所有者(シーズン2-3)

マンちゃんのセレクションセールが終わりました。今年は現地には赴くことができず、YouTubeのライブ配信で応援しました。227番マンドゥラの24が登場するのをまだかまだかと心待ちにして、いよいよマンちゃんが登場したとき、YouTubeのチャット欄には福ちゃん応援団の皆さまからのコメントが散見され、僕も福ちゃんのアカウントで「マンちゃん、頑張れ!」とコメントを入れました。福ちゃんだったらこういうだろうなと思い、また僕の心の声でもありました。

正直に言うと、セレクションセールに受かったものの、マンちゃんが売れるかどうか心配していました。当歳の頃は小粒と言われていたように、馬体の小さい馬ですし、何といっても牝馬だからです。小さい牝馬の売れにくさは生産者の身に染み込んでいます。僕も昨年、ダートムーアの23で主取りになった経験をしているので、小さい牝馬のセリにおける怖さはトラウマとして残っています。たとえワールドエースやワールドプレミア、ヴェルトライゼンデなどを出したマンデラと同じ牝系、かつ母の産駒のマンドローネが中央競馬で3勝を挙げているとしても、小柄な牝馬は敬遠されがちです。おそらく慈さんも同じような心持ちであったはず。

ところが、ひと声上がると、つながり始め、少しずつ値が上がり始めました。主取りはないなと思って嬉しくなり、さらに1000万円の大台に乗ったときは誇らしくなり、1500万円に到達したときは息を飲みました。「ずいぶん跳ねたな」というのが僕の感想でした。慈さんがどれぐらいを希望していたのか分からないのですが、希望額よりも大幅に上回ってフィニッシュしたのではないだろうかと想像し、慈さんの嬉しそうな顔や碧雲牧場の皆さまの笑顔が思い浮かびました。

後日、電話をして聞いたところによると、「ひと声かかれば良いと思っていました」と慈さんは告白します。ひと声かかればというのは、セレクションセールの最低価格は600万円からスタートしますので、誰かひとりでも買いたい方がいて、手が挙がって600万円で売れたらよしとする、という意味です。

それがオンラインから競ってくれた人がいて、その人が結局1500万円で落札してくれたようです。希望していた額の倍以上、差額にすると900万円も高く売れたのですから、これぞ生産ドリームですし、生産者冥利に尽きます。これも後日分かったことですが、UMAUMA の代表・澤さんのお勧めで買ってくれたようで、彼にも感謝しなければいけません。

生まれたときから同じ牧場で育ち、最後はセリに向けてのパートナーまで務めたマンちゃんが、セレクションセールで1500万円の値で売れたのです。あのマンちゃんが、という誇らしい気持ちで一杯です。碧雲牧場にLINEをすると、慈さんのお母さまから「福ちゃんが相棒として頑張ってくれましたー。福ちゃんにもありがとうです」と返ってきました。碧雲牧場を創業してすぐにバブルが弾け、そこからの数十年間、馬が売れない時代を堪え忍んで、慈さんのお父さまを支え続けてきたことが、時代が移り変わり、息子の代になってこうして報われているのです。それは何よりも嬉しく、喜ばしいことです。

セレクションセールから1日が過ぎ、ふと気持ちが落ちていくのを感じました。現実に引き戻されたのでしょうか、彼我の差に気づいてしまったのでしょうか。僕は複雑な気持ちを抱えていたのです。同じ牧場で育ってきたマンちゃんが1500万円で売れたのに、福ちゃんはセリに出すこともできず、この先、僕が毎月50万円の自腹を切って育成牧場に入れ、その後も毎月40万円の預託料を払い続けて福ちゃんを走らせなければならない。昨年のセレクションセールで主取りになったルリモハリモのトラウマが蘇り、そして5月末に原因不明の病で亡くなったムー子のことも思い浮かびました。まさに生産の光と影を僕は目の当たりにしているのです。

ダートムーアが碧雲牧場にやってきて、翌月に流産をしてしまったとき、僕は碧雲牧場の馬ではなくて良かったと思いました。僕が買った繁殖牝馬を受け入れたことで、碧雲牧場の馬たちに何かあっては良くないですし、その後も、何かあるたびに、僕の馬で良かったと思うのです。それは慈さんたちが生業として生産を営んでいる以上、たとえば流産してしまったり、馬の脚元に骨片が飛んでいたりして馬が売れなかったり、奇形の馬が生まれてきたり、とねっ仔が死んでしまったりすると、経営や生計が成り立たなくなるからです。もちろん、碧雲牧場でも昨年買ってきたチリ―シルバーが出産直前に流産してしまったりという事故はあるのですが、もし碧雲牧場の馬か僕の馬のどちらかに不幸が起こるのであれば、僕の馬の方が良いということ。光と影があるのであれば、僕が影を背負えば良いと思っていました。

ただあまりにも僕に不運が続き、幸運からも見放され、僕の会社の経営が傾きつつある中、そんな綺麗ごとを言っていられなくなっているのです。これまで2000万円以上を溶かしただけではなく、僕の肩にはルリモハリモと福ちゃんの預託料や育成費、そしてダートムーアとスパツィアーレ親子の預託料が乗っていて、この先、どれだけの出費が待っているのか予測不可能です。追い詰められてみて初めて、僕は碧雲牧場がうらやましいと素直に思いました。僕だって、セリで高く馬を売りたかったのです。

2024年はセリで馬を売ってみて、2025年は第三者としてセリを眺めてみて、ひとつ気づいたことがあります。そうではないかと昔から疑っていましたし、仮説も立てていたことですが、それは販売者が牧場や生産者ではないと、誰も手を挙げてくれず競り上がりにくいということです。

セリ名簿を見てもらうと、各馬のページの下に「販売申込者・所有者」と「生産牧場」、「飼養者」が記されています。「飼養者」とはコンサイニングをした者を示します。マンちゃんは、「販売申込者・所有者」と「生産牧場」、「飼養者」ともに碧雲牧場ですから、全ての項目に碧雲牧場と並んでいます。

僕が昨年セリに出したダートムーアの23もスパツィアーレの23も、「販売申込者・所有者」は株式会社ワークシフトと僕の会社の名義が記載されています。「生産牧場」にはもちろん碧雲牧場、そしてダートムーアの23はNO,9ホーストレーニングメソドでコンサイニングをしてもらったので、「飼養者」はNO,9ホーストレーニングメソド、スパツィアーレの23は慈さんにコンサイニングをしてもらったので「飼養者」は碧雲牧場ということになります。

僕が問題だと思うのは、「販売申込者・所有者」の欄に明らかに競馬とは関係なさそうな会社名と住所が記載されてしまうことです。たとえば、僕がセリに馬を出す場合、「株式会社ワークシフト 東京都町田市」と記載されます。明らかに競馬関係者ではない会社名と住所です。

この欄を見るだけで、馬主が生産牧場に繁殖牝馬を預けて、生産した馬を売ろうとしていることが分かります。販売申込者・所有者が生産牧場あっても、馬主であっても、同じ牧場で同じ草を食べて育っているので変わらないのですが、生産牧場ではなく馬主が売ろうとしている馬と見られてしまうと、もしかすると自分では走らせたくないから売りに出していると怪しまれてしまうのです。

僕のように自分で走らせる気は元々なく、生産して馬を売りたいと思っている者であっても、字ヅラを見ると馬主が走らなそうな馬だから売りに出していると疑われてしまうということ。同じ馬を買うなら、生産牧場名義の馬を買いたいと思うのは当然でしょう。そんなこと気にしないよ、その馬が良いかどうかだと言う人もいるかもしれませんが、意外とそのような色眼鏡で購買者は馬を識別しているのです。どこの骨か分からない人間や会社が間に入っている馬を避けようと思うのは自然な心理であり、僕も逆の立場であったらそう考えるはずです。

いくつかのセリを実際に経験してきて、ようやく分かったことです。何となくそうではないかと懸念はしていましたが、自分の販売馬のみならず、他の馬主名義の販売馬が(高く)売れないのを見て、ほとんど確信に至りました。僕の友人が牧場名義に変えて上場していた意味がようやく分かりました。こうした大事なことは、誰も教えてくれないものです。自腹を切って、学んでいくしかありません。そもそも生産者は自分の牧場名義でずっと売ってきたので、「販売申込者・所有者」が馬主個人名義であることが購買者の心理にどのような影響を与えるか考えたことはないはずです。僕のように牧場に繁殖牝馬を預けて生産した馬を売ろうとする人間はまだ少ないため、そのノウハウが共有されていないとも言えます。

来年以降、もしセリで馬を売ることがあれば、牧場名義に変えて売ってもらいたいと思います。同じ馬を売っているのに、正直に馬主(の会社)名義にしたばかりに偏見や邪推を生んでしまい、馬の価値が下がってしまうのはもったいないからです。そう考えると、ルリモハリモやスパツィアーレの23には申し訳ないことをしました。もう一度、あの頃に戻ってやり直せるならば、碧雲牧場名義に変えていたら、どちらも高値で売れていた世界線もあったはずです。あえて言わせてもらうと、セリというのは、そういう人間の気持ちの総意が空気をつくり、その場における馬の価値を上げたり下げたりするファンタジーでもあるのです。それは夢の国ディズニーランドのようなもので、お客さんに楽しんでお金を使ってもらうためには、細部までこだわって、決して世界観を壊してはならないのです。

(次回へ続く→)

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