テイエムオペラオー - 2000年京都記念、王道の幕が上がった日

年号が1999年から2000年に替わる年頭。「2000年問題」という、今から思えば摩訶不思議なことが話題となった。「2000年問題」とは、西暦2000年になるとコンピューターシステムが日付を正しく処理できなくなるとされた問題。多くのシステムが年号を西暦の下2桁で管理していたため、2000年を「00」と認識し、1900年と誤認する可能性があったことに起因したという。このため、誤作動が生じた場合に備えて、どこの会社もシステム関連の部署は、大晦日の夜に会社へ泊まり込んで、システムの誤作動が無いかチェックするという面倒な業務が発生した。当時名古屋に住んでいた私も、中部支社の販促システムの誤作動に備えて、会社に待機する大役?を仰せつかり、若手の連中が集まって大晦日の夜を過ごすこととなった。社内食堂のテレビで紅白歌合戦を見ながら、出前の年越しそばを食べる。普段なら酒を飲み、おつまみをつまみながら見る番組が違って見えた。

競馬好きの連中が集まって暇をつぶす話題といえば、紅白歌合戦より先日の有馬記念の話題の方が盛り上がる。グラスワンダーとスペシャルウイークの一騎打ち、どう見てもスペシャルウイークの追い込みが勝っていたのに、グラスワンダーのハナが残っていたのは何故か…。内から伸びた4歳(現3歳)のテイエムオペラオーの末脚は、来年の主役に相応しい…とか、そんな話題で運命の午前0時を待った。

「来年の有馬記念は、テイエムオペラオーが圧勝しているさ」

テイエムオペラオー推しによる宣言でお開きとなり、私たちはそれぞれのデスクに座って新年を迎える。

結局、システムの誤作動なんて何ひとつ起こらず、20世紀最後の年の初めを会社で迎えた。

待たれる、20世紀最後の年を陵駕する「王者」の出現

古馬陣営で、誰が20世紀最後の年を制するのかが焦点となった、2000年初頭。

前年の有馬記念で敗れたスペシャルウイークが引退し、勝ったグラスワンダーが現役続行を発表。彼らと同期のツルマルツヨシや、1歳上には天皇賞馬メジロブライト、重賞未勝利ながら第一線で活躍するステイゴールドなどがいるが、いずれもピークが過ぎた感が漂う。それなら勢いのある5歳(現4歳)馬たちに自然と目が行く。春の三強、テイエムオペラオー(皐月賞)、アドマイヤベガ(日本ダービー)、ナリタトップロード(菊花賞)に加えて、秋の上り馬として注目された、サイレンススズカの弟ラスカルスズカ(菊花賞3着、ジャパンカップ5着)など。横一線に並んだ5歳馬たちの中から、誰が抜け出てきて、グラスワンダーに挑戦するのかが焦点となっていた。

正月競馬から動き出したのは、ラスカルスズカ。新春京都の名物レース、3000mの万葉ステークスを好位から抜け出し、天皇賞(春)に向けて一歩踏み出した。ステイゴールドもアメリカジョッキークラブカップから始動し、直線で先頭に立ったもののマチカネキンノホシに捉えられ2着惜敗。

グラスワンダーは、暖かくなってからの始動が伝えられ、テイエムオペラオーとナリタトップロードは、揃って京都記念を選択した。

■20世紀最後の京都記念 物語の始まりは、ここから!

京都記念は伝統ある重賞レースである。1983年までは2月と11月の年2回行われており、春秋天皇賞(当時の秋の天皇賞は11月末に3200mで施行)の前哨戦のようなポジションにあった。2月開催の京都記念優勝馬を遡れば、タニノチカラ、テンポイント、エリモジョージや、年1回の開催になってからもビワハヤヒデ、近年ではクロノジェネシスやラヴズオンリーユー、ドウデュースなど、伝説の名馬たちの名前が刻まれている。

2000年2月20日、京都競馬場。

冬の冷たい空気の中に、どこか張り詰めた緊張と期待が混じっていた。前年の有馬記念で成長を見せつけたテイエムオペラオーが、古馬として初めて迎える重賞の舞台。

そこに並んだのは、ただの“始動戦”という言葉では片づけられない実力馬たちとの戦いだった。テイエムオペラオーの昨春からのライバル、ナリタトップロードに加え、前走惜敗のステイゴールド、前年新潟王者ブリリアントロードなど、テイエムオペラオーの「力試し」としては、充分に事足りるメンバー構成である。

パドックに出走11頭が姿を見せた。

スタンドのファンは、オペラオーの馬体を見つめながら語り合う。

「有馬での末脚が本物なら、ここは負けられへん」

「いや、ナリタトップロードも強いで。菊花賞ではオペラオーに勝ってるんや」

そんな会話が、冬の空気に溶けていく。

騎乗合図がかかり、テイエムオペラオーの鞍上に和田竜二騎手が騎乗する。デビュー4年目、まだ22歳の若手だった和田竜二騎手は、このレースを前にして静かに闘志を燃やしていた…。

昨年の皐月賞は、テイエムオペラオーと共にGⅠ初制覇を果たした。しかし、日本ダービーも菊花賞も自分の力及ばず惜敗を重ねた。それでも超一流古馬に挑んだ有馬記念では、確かな手ごたえを得た…。

そしてテイエムオペラオーは、今年の主役になる馬だと誰よりも近くで感じていたはずだ。

「この馬は、負けたらあかん馬や」

「勝ちに行くんじゃない。勝たなあかん」

そんな覚悟を胸に、闘志あふれる表情で、テイエムオペラオーと和田竜二騎手は、パドックを後にした。

■「強い」のではなく「負けない」 オペラオーの本質が顔を出した!

スタートと同時に有力馬が好位につける。トキオアクセルが先導する後ろにステイゴールド。その背後にテイエムオペラオーが付き、さらにナリタトップロードがオペラオーをマークして、一周目のゴール板を通過する。

レースは淡々と進んだ。

しかし、馬群が直線に向いた瞬間、場内の空気が変わった。

直線半ば、ステイゴールドが満を持して先頭に立つと、その外から悠然と馬体を伸ばす栗毛のテイエムオペラオー。さらにワンテンポ遅れてオペラオーに迫るナリタトップロード。

内で粘るステイゴールド、外から食い下がるナリタトップロードに挟まれながら、テイエムオペラオーは「当然のように」先頭をキープしたままゴール板を駆け抜けた。

派手さはない。豪脚でねじ伏せたわけでもない。ただ、勝つべき馬が、勝つべきレースを、勝つべき形で制した。スタンド前に戻って来たテイエムオペラオーの鞍上は、自信に満ちた表情で、私の見ている前を静かに通過した。

この京都記念こそ、後に語られる「負けない王者」の原型が最初に鮮明に現れた瞬間だった。

京都記念から始まった“負けない一年”

京都記念の勝利は、ただの重賞勝ちでは終わらなかった。ここから始まるのは、歴史的な快進撃である。

阪神大賞典で連勝し、天皇賞(春)はラスカルスズカを、宝塚記念は直線で沈んでいくグラスワンダーを尻目に、メイショウドトウの猛追を凌ぎ切って春のグランプリを制覇した。

そして、秋。京都大賞典の勝利を皮切りに、 天皇賞(秋) → ジャパンC → 有馬記念をメイショウドトウとの歴史的な死闘を繰り広げ、ついに年間無敗のグランドスラムを成し遂げた。

それらのすべては、「王者の走り」と言えるだろう。どれだけマークされても、どれだけ包まれても、最後には必ず前に出る。それこそが、テイエムオペラオーの年間8戦無敗という、奇跡の一年を生み出した「凄さ」である。

──テイエムオペラオーの京都記念の勝利は、後から振り返れば“序章”に過ぎない。

だが、あの日の走りには、勝負強さ、精神力、そして「負けない」という宿命のような強さが、すでに詰まっていた。

テイエムオペラオーのキャリアを振り返ると、どうしてもグランプリや天皇賞、ジャパンカップの輝きに目が行く。しかし、奇跡の物語の“始点”としての京都記念は、ファンの心にしっかりと刻まれている。あの勝利があったからこそ、20世紀最後の一年を陵駕する「王者」の出現を見ることが出来た。そして今も、あの冬の京都の空気を思い出すたびに、私は少しだけ胸が熱くなる。

20世紀最後の王者の物語は、ここから始まったのだと。

Photo by I.Natsume

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