ナランフレグ〜分厚い雲を突き抜けて射した一条の陽光〜

中京競馬場で開催される春のスプリントレース最高峰、高松宮記念。芝G1シリーズの始まりを告げるこの賞は、電撃6ハロン戦とも称される。そして、この戦いで勝利して栄光の賞杯を賜ってきた駿馬は皆、濃いエピソードに彩られている。

今回はその中でも不思議な印象の残る、ナランフレグについて語っていきたい。見事な血統を持っている訳でも、煌びやかな経歴があるわけでもない彼だが、その勝利は思い返してみればみるほど、彼にふさわしいものであった。

■摩訶不思議な異端児

ナランフレグの血統で特筆すべき点は、母系が戦前の輸入基礎牝馬までたどり着く『土着血統』であることだ。日本に初めて輸入された先祖は、1900年生まれのフラストレートというイギリス馬で、これは日露戦争より前の生まれ。現代の日本馬には珍しい古風な血統といえる。

さらに母系で言うと曾祖父にタマモクロスが居る点も興味深い。長距離戦で名を馳せた駿馬の子孫が短距離路線で活躍するとは、誰が思うだろうか。血統はつくづく分からぬものである。

一方、父のゴールドアリュールはダート路線で開花した中距離馬だ。代表産駒にもエスポワールシチーやスマートファルコンといったダートで名を馳せた名馬が多く、芝かつ短距離となると極端に活躍馬が少なくなる。特にエスポワールシチーとナランフレグは、母父もブライアンズタイムと血統構成も似通っているが、活躍した戦場はまるっきり違う。ここも謎が深い。

そんなナランフレグが生まれ育った牧場は、日高にある坂戸節子牧場という小さな牧場であった。年間の生産頭数が二桁を越える年は無く、従業員は三名。ナランフレグの大人しくのんびり屋な性格は、この小さな牧場で愛情をたっぷり受けて育てられた故かもしれない。ナランフレグの馬名由来は、モンゴル語で『太陽+速く飛ぶ馬』。余談であるが、騎馬民族の言語故に、モンゴル語は馬に関する語彙がとても豊富だという。フレグという短い単語に、速く飛ぶように走る駿馬という複雑な意味があるのも納得である。

ことわざで意外な出来事が起こることを『瓢箪から駒が出る』という。ナランフレグはまさしく瓢箪から出た駒だと言える。本当に驚かされる、意外な適性を持った名馬であった。

■長く険しい鍛練の道

先述した通りナランフレグに想定された環境も、当初はダートであった。彼は宗像厩舎から2018年10月の東京ダート1300mのレースにてデビューする。6番人気であったが、この新馬戦にて溌剌とした末脚を発揮し1着。デビュー勝ちの鞍上は、宗像調教師の弟子である丸田恭介騎手だった。

謙虚で真面目な人柄の良さは競馬ファンにも知られているが、それと同じくらいに高配当馬券を持ってくる穴男としても知られる。時々乗り替わりは挟むものの、ナランフレグの相棒は最初から最後までこの丸田騎手であった。

その後ナランフレグはダートで勝ちきれず、陣営は芝の短距離レースへ戦場を切り替えた。彼の素晴らしい末脚は、ターフにこそ合うと踏んだのだ。果たして、その読みは当たる。7戦目にして、ナランフレグは上がり3ハロン31.7の豪脚を繰り出して2勝目を我が物とした。そして更に2勝を積み重ねて重賞への挑戦権を得る。4勝目の浜松ステークスで丸田騎手は「(ナランフレグが)僕を男にしてくれる馬かもしれません」と、これからのG1制覇に向けた決意の勝利コメントを残している。

だが。彼は4歳以降、勝ちきれない善戦馬として2年近くも燻ることとなる。最速の末脚を繰り出して掲示板に食い込む活躍は出来るけれども、あともう1勝の遠い日々が続いた。

この間、ナランフレグは日頃の調教でやるべきことをひたすら重ねて、丸田騎手は調教に付き合いながら戦術を考え抜いた。その狙いはただ一つ、実戦の直線でナランフレグの鋭い末脚を引き出すためだ。丸田騎手も相当思い悩んで「馬に遊ばれている」と感じたようであるが、それでも諦めずに準備を怠らなかった。その姿勢に賞賛を送りたい。騎手の思いがナランフレグを動かしたのだろうか。6歳間近で迎えたタンザナイトステークスで、ナランフレグは内ラチ沿いギリギリを突いて2年振りの勝利を果たした。その後も2つの重賞で上位入線。賞金を上積みしてG1への挑戦が可能となった。長い暗闘の末に、一筋の日の光が差し込んできた。

■ふたりが見た頂からの陽ざし

2022年高松宮記念は混戦模様で、予想がとにかく難解であった。有力馬には、皆のアイドル・メイケイエールに、前年の2着馬レシステンシア、朝日FS王者グレナディアガーズ、「謎多き馬」サリオス(https://uma-furi.com/salios-2/)などなど。

この時の私はというと、とにかくメイケイエールのG1戴冠を願っていた。正直に書くと、ナランフレグの存在は完全に意識の外にあった。でも私は気付くべきであった。馬場天候は晴れていたが、夜中に降り続けた雨によって、中京競馬場はどろどろの馬場となっていたのだ。そう、まるで、湿ったダートのような。

ゲートが開くと各馬一斉に飛び出して、綺麗なスタートに歓声が沸く。展開予想を裏切り、レシステンシアは先行ではなく逃げ戦術を選択。インにサリオスが付き、メイケイエールは中段で落ち着いた。さすが電撃6ハロンと称されるだけあって、各馬はあっという間に最終コーナーを回る。逃げ切りを図るレシステンシアを捉えようと後続馬が加速する。2番手にジャンダルムが迫り、キルロード、ロータスランド、メイケイエールも追ってくる。

どの馬が勝利してもおかしくない直線。しかし、中京のインから突き抜けてきた『青、水色星散、袖白縦縞』の勝負服に、私は驚きの声を上げた。けども、今考えれば納得できる。この重馬場に応えられる血統を持っている馬は、そして荒れたインを突く綿密な準備と覚悟を持ってきた騎手は、このふたりだけであったから。

ようやく最後の10メートルで、長かった頂への道は完成した。

君たちは、自らの辿ってきたストーリーをその走りで語るように、ターフを突き抜けた。

これまで積み重ねた鍛練の意味を、己に課せられた使命を、証明するために。

これは、偶然でも奇跡でもない。覚悟を一つにして諦めなかった君たちの、必然の勝利だった。

太陽が暖かく、勝者を照らす。まるで、君たちの勝利を祝福するかのように。

馬群が混然一体となってゴール板を駆けた時、上がったのはどよめきに近い歓声。まさか、まさかの8番人気の1着。勝者であるはずの丸田恭介騎手というと、肩を大きく震わせて歯を食いしばっている。拍手の中、栄光を掴んだふたりがウイニングランを始めた。鞍上のぎこちないガッツポーズに「丸田もっと喜べー!」との声援が飛ぶ。その声に応えて、丸田騎手はもう一度、渾身の力を込めて拳を振り上げたのだった。

地下馬道への入り口手前でゴーグルを外した丸田恭介騎手の瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。腕で涙をぬぐった時、もう一度わあっと歓声が上がった。観客にこの馬券を当てた者は、ほとんどいなかったであろう。けれども、彼らの苦闘を知っていたからこそ、万雷の拍手と熱い声援が飛んだのである。

2022年高松宮記念は競走馬、騎手、調教師、生産牧場、馬主、関係者すべてにとって、初のG1勝利という快挙となった。丸田騎手は勝利インタビューで宗像師へ感謝の言葉を述べてから、再び涙したのだった。

■春一番吹きすさぶ東海の草原に、速く飛ぶ駿馬を見ゆ

ナランフレグはとにかくユニークな馬だ。生まれの不思議さは先述した通りだが、37戦もの激闘を経てもびくともしていない点も驚きである。引退後の今は牧場猫になつかれつつ、ヴェルサイユリゾートファームにて種牡馬としての使命を果たしている。牧場のSNSを視れば、ナランフレグののんびりした暮らしぶりが垣間見えて、癒される事請け合いだ。ナランフレグ産駒がどういった進路を選ぶのかは、全くわからない。こうした妙味が血統のプールにどんな変化をもたらすだろうか、楽しみである。

春一番の芝G1、高松宮記念。このレースが幕を開けると、ほぼ毎週G1レースが開催される。この高松宮記念を思い返した時、緑風さえも味方にしてターフを突き抜けた、ふたりの姿も思い出さずにはいられない。

その手綱を握る腕と、脚に履いた蹄鉄は、あの頂を勝ち獲る為にあった。

挫けそうになっても、諦めそうになっても、君たちは決して脚を止めなかった。

分厚い雨雲を切り裂いて、突き進んだふたつの光。

速く飛ぶ馬という名にふさわしい、人馬一体の鋭い末脚。

その優駿の名は、ナランフレグ。

陽光に照らされながら振り上げた拳の力強さは、いつまでも人々の記憶に残り、語り継がれることだろう。

写真:かずーみ、ぼん(@Jordan_Jorvon)、突撃砲

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