スクリーンヒーロー〜遅れてやってきた世界のヒーロー〜

2008年、ジャパンカップ。

1ヶ月前にはウオッカとダイワスカーレットによる世紀の大接戦があったばかりの東京競馬場。
その東京競馬場で開催されるジャパンカップに集まったのは、ウオッカやディープスカイ、メイショウサムソンといったダービー馬をはじめ、歴戦の猛者たち。
しかしそこで主役を演じたのは、新旧ダービー馬ではなかった。
まさに「遅れてやってきたヒーロー」の如く参上した名馬がいたのだ。

その馬の名は、スクリーンヒーロー。
第28回ジャパンカップの覇者だ。

ダートから始まった「ヒーロー伝説」

スクリーンヒーローは、2004年に社台ファームにて生まれた。
父は98年有馬記念からグランプリ三連覇を遂げた栗毛の怪物・グラスワンダー。
母は無冠の女王とも呼ばれたダイナアクトレスの血を受け継ぐランニングヒロイン。

一見すると、生まれながらにしてクラシック路線での活躍を期待されるような血統にも思える。

しかし彼のデビュー戦に選ばれたのは、なんとダート戦だった。ここには様々な事情や理由はあったのだろうが──兎にも角にも迎えたレース本番では、単勝239.3倍の人気薄ながら4着に好走。
その走りっぷりから、暫くはダート路線を歩むことになる。

年明けの3戦目中山で初勝利。
その後カトレア賞に挑んで、またもや人気薄ながら3着に好走。
さらにその次走、ダート1800m戦では2勝目をあげる。

そしてそのタイミングで、陣営から、驚きの次走予定が発表される。
スクリーンヒーロー、スプリングS参戦。
ここから運命の歯車が動き出す。

突如としてのダートから芝への路線変更であり、無謀という見方もあったが、スクリーンヒーローはそこで5着と健闘する。
芝への適性を示したスクリーンヒーローは、一度ダートの伏竜Sを挟みつつ、クラシックトライアル・プリンシパルSへ挑んだ。そこでは7着と惨敗を喫したものの、その後はダートを走ることなく、完全に芝路線へシフトした。

ラジオNIKKEI賞や新潟記念などコンスタントに出走を重ね続けて、迎えた菊花賞トライアル・セントライト記念。

ロックドゥカンブ、ゴールデンダリアといった強豪馬・期待馬が揃ったことからも、スクリーンヒーローは14番人気と低評価だった。
しかし積極的な競馬が功を奏し、見事3着に食い込む大健闘。菊花賞に向けて、道がひらけた。

──だが、すぐに残念な知らせが届いた。
左前脚膝の剥離骨折がレース後に判明。
長期休養が余儀なくされた為、菊花賞を断念することになった。

この怪我による休養が、スクリーンヒーローにとって大きなものになる。それはその後うまれる産駒たち、さらには日本競馬界にとっても大きな意味を持った休養となった。

転機となったアルゼンチン共和国杯

スクリーンヒーローは、デビュー前から管理していた矢野進調教師の定年退職に伴い、鹿戸雄一厩舎に転厩。
約1年のブランクを経て、支笏湖特別にて復帰したスクリーンヒーローは、一番人気に応え見事に復活を果たした。
これが、遅れてやってきたヒーロー物語の始まりだった。

続く札幌日経OP、オクトーバーSでは負けて強しの内容で連続2着。惜敗続きで迎えたのが、アルゼンチン共和国杯だった。

セントライト記念以来の重賞出走ながら、スクリーンヒーローはトップハンデであったアルナスライン、ジャガーメイルに続く3番人気に支持された。

ゲートが開くと、スクリーンヒーローが好スタートを切った。
セタガヤフラッグがハナを切り、最軽量ハンデでテイエムプリキュアが追いかける展開となる。テイエムプリキュアの鞍上は、後の障害王者・石神騎手。

マンハッタンスカイ、ゴーウィズウィンドの後ろにスクリーンヒーローは好位置5番手につけたが、一番人気のアルナスラインにピッタリとマークされる格好となった。
しかしレースは向正面で一気に局面が変わる。
逃げるセタガヤフラッグと2番手のテイエムプリキュアが、一気に後続を引き離しにかかったのだ。

3コーナー到達で1.2番手の2頭と3番手ゴーウィズウィンドとの差は10馬身以上も開いていた。
しかし、この展開をスクリーンヒーローは寧ろ望んでいたかのように、蛯名騎手と折り合ってレースを進めていた。

迎えた最後の直線、テイエムプリキュアが一気にラストスパートをかけ、先頭に躍り出た。

その差は3馬身、4馬身と広がり、セタガヤフラッグをあっという間に置き去りにした。ラスト1ハロン棒を通過しても依然先頭を走っていて、一瞬、石神騎手の策が実ったかに思えた。

だが、スクリーンヒーローはこの展開を前に、遂に覚醒した。
府中のターフをただ一頭ひたすら突き抜けんとばかりに逃げるテイエムプリキュアを、あっという間に捉えて先頭に立ったのだ。
そしてそのまま、迫るジャガーメイル、アルナスラインを従えて堂々の初重賞制覇を成し遂げた。

目覚めるような走りで重賞タイトルを手にしたスクリーンヒーローが、満を持して迎えたのが第28回ジャパンカップだった。

強豪が揃ったジャパンCでの激闘

しかし、ジャパンカップは、アルゼンチン共和国杯よりもはるかに強敵が揃っているレースだった。

ジャパンカップと言えば海外馬の挑戦も気になるところ。その年はディープインパクトと共に凱旋門賞を走ったシックスティーズアイコン、メイショウサムソンと共に凱旋門賞を走ったペイパルプル、メルボルンC2着の実績があるパープルムーンが参戦していた。

さらなる強敵が揃っていたのは、国内組。

公営からの刺客、コスモバルク。
皐月賞とダービーを勝った二冠馬、メイショウサムソン。
2007年冬のグランプリホース、マツリダゴッホ。
ダービー2着馬・菊花賞優勝馬、アサクサキングス。
この年の菊花賞馬、オウケンブルースリ。
同じくこの年のNHKマイルとダービーを勝った変則二冠馬、ディープスカイ。

そしてこの当時、現役最強牝馬と称され人気を博していた──第74回日本ダービー馬であり、ジャパンカップの一ヶ月弱前にはダイワスカーレットとディープスカイとの激闘を繰り広げた天皇賞秋にて日本レコードを叩き出した──ウオッカがいた。

当時のファンからすると、あまりにも無謀な挑戦だったのかもしれない。
しかし、時が流れた『その後の日本競馬』を知る者は、この第28回ジャパンカップが日本の血統体系を更に奥深く、色濃くさせてくれた伝説のレースに感じられるのではないだろうか。

レースはスクリーンヒーロー自身はいつものように好スタートを切った。
しかし内枠からウオッカがハナを伺うような展開となり、場内がどよめく。

結局はネヴァブションにハナを切らせたウオッカは、それでも二、三番手の好位に取りついた。
スクリーンヒーローは好スタートからマツリダゴッホやコスモバルク、メイショウサムソンを行かせて中団の前目に位置をとり、脚をためた。

3コーナーをカーブしたところで、徐々にスクリーンヒーローはポジションを押し上げていき、ウオッカとマツリダゴッホの外目をピッタリとマークして行く。
その後方からダービー馬ディープスカイがついていくようにして、スパートをかけていった。

勝負は、最後の直線。

ネヴァブションが粘り込みを図るところに、離れた外からマツリダゴッホが先頭に並ぼうかという構え。その間を突いて伸びてくるのはウオッカ。コスモバルクはもう脚がなくなり失速していた。
更に離れた外からスクリーンヒーローが猛然とラストスパートをかけて、ディープスカイやオウケンブルースリ、アサクサキングスが更に外から追い込みを図る。
ネヴァブションの最内を突いて、二冠馬メイショウサムソンも追い込んで、横一杯に広がる大激戦となった。

残り300mでウオッカ、マツリダゴッホ、スクリーンヒーロー、ディープスカイこの4頭の争いへと絞られ──そしてラスト1ハロンで、決着がほぼついた。スクリーンヒーローがただ一頭、ターフのど真ん中を1馬身突き抜けてみせたのだ。

すかさず他の三頭も離されまいと追うが、同じ脚色になっていた。
ミルコ・デムーロ騎手のまさに「神騎乗」も光った、栄光のゴールイン。

G1馬スクリーンヒーローの誕生だった。

そして、種牡馬として新たなステージへ

スクリーンヒーローは、このG1勝利がフロックではなく実力だった事を証明するような健闘ぶりを、翌年も見せつける。そして2009年のジャパンCを最後に、惜しまれつつ引退。種牡馬入りとなった。

そして、スクリーンヒーローは、種牡馬として初年度産駒から日本を代表する名馬を産み出したのである。

まず1頭目がヘイロンシンとの交配で生まれたゴールドアクター。

父と同じく支笏湖特別を制してそのまま菊花賞へ抽選突破で挑み3着と大健闘。
その後休養を挟みながらオクトーバーSで父の仇を討ち、アルゼンチン共和国杯では逃げるメイショウカドマツをゴール寸前で差し切り、アルゼンチン共和国杯史上初の親子制覇を成し遂げてみせたのだ。
その後、勢いままに有馬記念へ挑戦。
父が惜しくもなし得なかったグランプリホースの座を見事に射抜いて見せた、まさに孝行息子そのものだった。その後もキタサンブラックとの激闘を重ね2018年に引退した。

そして2頭目は、メジロフランシスとの交配で生まれたモーリスだ。

多く語るのは割愛するが、先に述べたゴールドアクターが「父スクリーンヒーローを彷彿とさせる」と評すれば、モーリスは「祖父グラスワンダーを彷彿とさせる」と評するような活躍だった。
同じ父を持ちながら、父と祖父の走り方がそれぞれにここまで遺伝するのもとても珍しい事だろう。

ゴールドアクターが有馬記念を制した同じ年に、モーリスも大ブレイクを果たした。
年間無敗で条件戦から6戦全勝で国内春秋マイルG1制覇。
挙げ句の果てには世界のマイルG1も制覇し、名実ともに日本競馬の頂点に立った伝説の名馬になったのだ。
2016年、モーリスはG1を更に3勝に伸ばしたが、最後の三戦はそれまでのマイルではなく2000mという中距離への延長でも如何なく力を発揮して見せた。

スクリーンヒーローは、その後も、グァンチャーレ、クリノガウディー、ジェネラーレウーノ、ウインマリリンなど、多くの実績馬を輩出している。今後の動向やサンデーサイレンス系との融合に注目が集まるのは間違いない。

スクリーンヒーロー

そして自身の最有力後継種牡馬にもなったモーリスやゴールドアクターと共に、新たなるヒーローやヒロイン達の登場を心待ちにしている事だろう。

いつしか、その大いなる夢が、現実として叶えられる日が来る事を願って。

写真:Hiroya Kaneko

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