2013年菊花賞の直線から始まった、エピファネイアの「もしも」

クラシック牡馬三冠の掉尾を飾る菊花賞。

私は京都競馬場3コーナーの坂を2度上り下りする、あの独特の「巡礼のような」レースが昔から好きだ。

TTGの最初の対決で、テンポイントを破ったグリーングラス。JRA初の芦毛馬によるクラシック制覇を菊花賞で成し遂げたプレストウコウ。シンザン産駒初の菊花賞馬ミナガワマンナ…。関西在住だった子供の頃、叔父に連れられて京都競馬場で見た菊花賞は、今では宝物のような記憶になっている。

メジロマックイーン、ライスシャワー、ビワハヤヒデ、ダンスインザダーク——馬券を握りしめ、府中競馬場のターフビジョンに向かって絶叫した90年代の菊花賞は、30年を過ぎた今でも、実況できるほど鮮明に蘇る。

菊花賞には、歓喜があり、時には悔しさが滲み、そして夢がある。

皐月賞、日本ダービーと続く春のクラシックとは少し趣が異なるのは、「ひと夏を越えた若駒たちの変化」を挟んで再び相まみえるからだろう。

春にはまだ頼りなかった馬が、夏を経て心身ともに大人びてくる——高校時代、夏休み明けに突然「別人のように大人びた同級生」が現れる、あの驚きに似た変化が、3歳馬にも確かに訪れる。

そして、成長した若駒たちが挑む菊花賞には、三つの「歓喜」がある。ひとつ目は皐月賞、日本ダービーを制した馬のみが挑める「三冠馬」の称号。二つ目は、皐月賞、日本ダービーで悔しい思いをした馬がリベンジする、念願の「クラシックホース」の称号。そして三つ目が、春には無名だった馬が夏を境に覚醒し頂点に立つ、「夏の上り馬」の称号。

どの物語にも胸を打つドラマがあり、後世に語り継がれる名勝負となって記憶に残る。

夕闇が迫る淀の秋。

逆光の中、4コーナーから馬たちのシルエットがゆっくりと浮かび上がる。背後には勝負の神・石清水八幡宮。そこから吹く風に乗って、直線で先頭に躍り出るのはどの馬なのか——。

それこそが、菊花賞直線の醍醐味である。

私にとって「歓喜の菊花賞」といえば、近年ではまず2013年の一戦が思い浮かぶ。優勝馬はエピファネイア。皐月賞、そして日本ダービー。いずれもあと一歩届かず、春のクラシックで二度涙を飲んだ悔しさを胸に秘めて迎えた秋だった。

あの日の淀は、まるで彼のために風が吹いていたかのようだった。4コーナーを回った瞬間、福永祐一騎手のアクションに応え、エピファネイアは迷いなく先頭へ躍り出る。その走りには、春の挫折を糧にした「夏を経た成長」と「競走馬としての自覚」が宿っていた。

長い直線を押し切った圧勝劇は、「クラシックホースとしての戴冠」と「雪辱の歓喜」を同時に叶える、まさに菊花賞らしいドラマだった。

2013年の菊花賞は、「成長した若駒が秋に報われる」というこのレースの本質をもっとも鮮やかに示した一戦である。

順当の2歳秋、苦悩の3歳春

エピファネイアは、競馬場に姿を現した瞬間から「特別な馬」だった。父は天皇賞(秋)と有馬記念を連覇した四冠馬シンボリクリスエス。母はオークス馬シーザリオ。その三番仔として生まれた彼は、デビュー前から期待と注目を一身に集めていた。

デビューは10月、菊花賞デー。

ゴールドシップが二冠を達成したあの日、多くの観客が見守る中でエピファネイアは中団から悠々と外へ持ち出し、鮮やかな末脚で3馬身差の完勝を収めた。

その直線の差し脚は、1年後の同じ舞台で見せる「豪快な抜け出し」を予告するかのようだった。

新馬勝ちの勢いそのままに、エピファネイアは京都2歳S(当時オープン特別)、暮れのラジオNIKKEI杯(GⅢ)を連勝する。そのラジオNIKKEI杯では、キズナ、バッドボーイとの叩き合いを制し、「2013年のクラシックロードはエピファネイア中心に回る」と、誰もが思った。

しかし、年が明けると3歳戦線は一気に混沌を帯びる。弥生賞では、キズナを意識して早めに動いたものの、直線でカミノタサハラの末脚に屈した。皐月賞ではロゴタイプとの差し比べに敗れ、またしても2着。

「良家のお坊ちゃま」が、がむしゃらに挑んでくる「わんぱく小僧たち」に手を焼く——そんな惜敗が続いてしまった。

そして迎えた日本ダービー。

キズナは皐月賞を回避し、毎日杯・京都新聞杯を連勝して参戦してきた。皐月賞馬ロゴタイプ、トライアル青葉賞優勝のヒラボクディープ、地力は一番といわれたコディーノと、相手に不足なしの大舞台だった。

直線入り口でアポロソニックが先頭に立ち、ペプチドアマゾン、ロゴタイプが迫る。その外からエピファネイアが並びかけ、余裕すら感じる脚取りで先頭へ躍り出た。

「今度こそ」と誰もが思った瞬間、その外からキズナが迫り、並ぶこと無く先頭に立つとそのままゴール。エピファネイアは、またしても2着に終わった。

エピファネイアの3歳春は、悔しさばかりが積み重なった。

 夏を越え、馬は変わる

春の悔しさを胸に、秋の始動に神戸新聞杯を選んだエピファネイアは、「夏を越した成長」を、まるで証明するかのようにレースで示した。大逃げする2頭を中団で冷静に見据え、4コーナーで先頭集団に取りつくと、そのまま押し切り勝ち。マジェスティハーツに2馬身半差をつけ、三冠最終戦への準備は整った。

そして、迎えた菊花賞。

本馬場入場のエピファネイアと鞍上の福永祐一騎手には、春にはなかった「余裕」があった。最大のライバル、キズナは凱旋門賞へ。さらにロゴタイプは札幌記念後休養に入り、コディーノは距離適性から天皇賞(秋)へ向かった。春をともに戦ってきたライバル不在の中、神戸新聞杯上位組とセントライト記念を勝ったユールシンギングあたりが、当面の相手となる。

全く危なげない戴冠だった。逃げるバンデとネコタイショウの直後につけ、二度の坂越えを淡々とこなす。そして直線にはいると、余裕を持って先頭に立った。

春とは違う。エピファネイアが先頭に立っても、並びかけてくる馬はいない。キズナも、ロゴタイプも今なら絶対に抜かせない──そんな気迫が伝わる独壇場の直線となった。そして、2着に追い込んだサトノノブレスに5馬身差をつけ、ようやく欲しかったタイトルを手にした。

皐月賞2着、日本ダービー2着、そして菊花賞優勝。

紛れもなく、2013年クラシック世代の頂点に近い座へついた瞬間だった。

その後の蹄跡――秘めた強さの証明

菊花賞後、エピファネイアは古馬として6戦に挑む。産経大阪杯、香港QE2世C、ドバイワールドC、天皇賞(秋)、ジャパンC、有馬記念──。国内外の頂点を目指す、険しくも誇り高い道だった。

勝利を挙げたのは、C.スミヨン騎手と挑んだジャパンCのみ。しかし、その勝ち方は圧巻だった。ジャスタウェイ以下に4馬身差をつけての完勝。そのとき記録したワールドベストレースホースランキング(WBRR)のレーティング129ポンドは、2023年にイクイノックスが破るまで9年間、日本の芝2400mで史上最高レーティングとして輝き続けた。

5歳春、ドバイワールドCにチャレンジしたが9着。初挑戦のダートは合わなかったのか最下位に敗れたが、本来の目標は秋の凱旋門賞だった。

しかし帰国後、宝塚記念を目指していた矢先に左前脚繋靭帯炎を発症し、凱旋門賞挑戦への夢は白紙となった。そして、エピファネイアの引退、種牡馬入りが発表された。

競馬の世界に「もしも」は夢物語に過ぎない。

それでも——「もしも、エピファネイアが凱旋門賞を走っていたら」

その夢物語を、私は今も手放せずにいる。

時代を駆けた名馬、エピファネイア

エピファネイアという馬を思い返すとき、私はいつも「時代」という言葉に行き着く。彼はイクイノックスのような、「突出した強さ」のある馬ではなかった。2010年代という日本競馬の地殻変動期を、血統と才能と気性を背負いながら駆け抜けた、ひとつの象徴だった。父の雄大なスケール、母のしなやかな勝負根性のその両方を受け継ぎながら、エピファネイアは時に繊細で、時に荒々しく、しかし常に「底知れぬ強さ」を秘めていた。

その強さは、毎回のレースで発揮されたわけではない。むしろ、発揮できなかったレースの方が多かったかもしれない。春のクラシックで繰り返した惜敗は、彼の未完成の才能を逆説的に際立たせた。だからこそ、菊花賞の圧勝やジャパンCの衝撃的な走りは、彼の本質を鮮やかに照らし出した。

「もしもすべてが噛み合ったなら、どこまで強かったのか」。

そう思わせるほどの破壊力と底力──それがエピファネイアの真の強さだった。

そして、彼の物語は引退後も続いていく。種牡馬となったエピファネイアは、かつてクラシックでしのぎを削ったキズナと、今度は「産駒の舞台」で再び競い合うことになる。

ディープインパクトが急逝し、種牡馬界の勢力図が揺れ動く中、エピファネイアとキズナは、少しずつ種牡馬の勢力図を塗り替えていった。

エピファネイア産駒は父譲りのスケールと母系の勝負根性を武器に、大舞台で突き抜ける。

デアリングタクトの無敗牝馬三冠、エフフォーリアの皐月賞、天皇賞(秋)、有馬記念。そしてダノンデサイルの日本ダービーとドバイシーマクラシック制覇。

エピファネイアの血は、「完成したときの爆発力」という唯一無二の個性を、次の世代へ確かに受け渡している。

思えば、エピファネイア自身がそうだった。すべてが噛み合ったとき、彼は世界の頂点に届くほどの走りを見せた。その「秘めた強さ」は、彼の産駒たちが今も証明し続けている。

もしも——彼が凱旋門賞を走っていたら。

もしも——もう少し長く現役を続けられたら。

そんな夢物語を語りたくなる馬は、そう多くない。

しかし、エピファネイアはその「もしも」を許してくれる馬だ。なぜなら、彼が残した蹄跡は、発揮しきれなかった才能すら含めて、ひとつの物語として輝いているからである。

名馬の価値とは、勝ったレースの数ではなく、時代に何を残したかだ。エピファネイアは、その答えを蹄跡で示し、血で証明し続けている。

そして、名馬の蹄跡を刻んだエピファネイアの物語は、あの菊花賞の直線から始まったと言っていいだろう。

Photo by I.Natsume

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