フィロステファニ - エーゲ海の美しき蜃気楼

フィロステファニ。それは、ギリシャのサントリーニ島にある街である。サントリーニは、エーゲ海に浮かぶ火山島群である。中心となるティーラ島を含む5つの島がカルデラを囲み、本島ティーラ島にあるフィロステファニにはカルデラ湾を望む断崖の上に白亜の街並みが連なる。美しい夜景のスポットとしても有名だ。

かつて、紀元前17世紀ごろにこの火山島ではミノア噴火と呼ばれる大規模な噴火が起こり、現在のようなカルデラ湾を形成するに至った。噴火と津波はクレタ島のミノア文明にも大きな影響を与え、その後の衰退の一因になったとも考えられている。また、この大災害をアトランティス伝説と結びつける説もある。

そのような神秘的で謎に満ちた火山島にある白く美しい街フィロステファニ。その名を冠した1頭の馬について語らせていただく。

影が強ければ強いほど、そこから生まれる光も強くなる

2024年。後のフィロステファニとなるスキアの2023は、社台サラブレッドクラブにて募集されることになる。スキアの産駒は皐月賞馬ソールオリエンスや富士S勝ちでドバイターフでも2着の実績があるヴァンドギャルドを始め、フォティノース、セリノーフォス、フォティーゾとその多くは同クラブで募集されてきた。そのことからも、クラブ会員としても馴染みの深い血統だったのではないかと思われる。母であるスキアの馬名は、ギリシャ語で「日影」。対してその産駒には、光を連想させる馬名の競走馬が多かった。

影が強ければ強いほど、そこから生まれる光も強くなる。

クラブで募集された上述の兄弟たちは全頭が中央での勝ち上がりを果たしており、名付けられた「光」は、競馬場でも確かに輝いていた。

そして、そのような母や兄弟たちの想いのバトンを受け取って、スキアの2023は競走馬として命名される。夜のエーゲ海に浮かぶ白亜の建物を人の営みが優しい光で包む街、フィロステファニと。

繋ぐ想いと名牝の兆し

2025年7月、2歳の夏。フィロステファニがデビューを迎える舞台は開幕週の新潟芝1600mとなった。夏の新潟で実施される新馬戦は瞬発力の勝負となることが多く、上がりも早い時計が出るため毎年のように派手な末脚を見せる馬が登場する印象がある。特に、開幕週とあってはなおさらのことだろう。

フィロステファニが臨む新馬戦には前評判の高かったペルウィクトールも参戦しており、単勝オッズ1.5倍という圧倒的な支持を得ていた。それに対し、フィロステファニは2.8倍の2番人気。新馬戦ながらすでに2強の様相を呈していた。

レースが始まるとフィロステファニは中団やや後方で競馬を進めることになる。ペースはスロー。直線でもなかなか前が開かない中、進路を外に外にと持ち出した。残り200m地点で脚色がいいのはフィロステファニとディールメーカー。レースは2頭のマッチレースと化し、激しい叩き合いの末にフィロステファニがクビ差の差し切り勝ちを果たす。上がりは最速となる32.6秒を計測し、そのスピード能力を遺憾なく発揮した。

新馬戦はスローペースな展開となることが多く、上がりの早い決着となることは決して珍しいことではない。しかし、どうも彼女がスピードだけの馬とは思えなかった。牡馬相手にも怯むことなく並びかけ力強く追い抜く豪脚からは、底知れぬ潜在能力と勝負根性、ひいては兄であるソールオリエンスにも劣らないような競走馬としての資質が垣間見えたのだ。

また、新潟で行われた開幕週での新馬戦。それも中内田充正厩舎といえば、ソールオリエンスとは異なる1頭の名馬を連想させられる。それは、フィロステファニの新馬戦より3ヶ月ほど前、遥か海を越えた香港の地で命を散らしたばかりの三冠牝馬リバティアイランドだ。まるでその遺志を引き継ぐかのようにデビュー戦を勝利したフィロステファニに、私は彼女の幻影を重ねていた。

月明かりに照らされて

フィロステファニ陣営は、次走として秋の府中で実施されるアルテミスSを選択。これは、リバティアイランドが世代戦で唯一勝つことができなかったレースだ。また、鞍上にもリバティアイランドの主戦を務めた川田将雅騎手を迎えての臨戦となった。

レースは、1番人気の白毛馬マルガが逃げる展開となり、フィロステファニも3番手追走という形となる。最後の直線では、2番手のハッピーエンジェルを避けるように外に持ち出すと、あっという間に前を捉えた。そして、外から内からと追い上げてくるミツカネベネラとタイセイボーグを、力いっぱいに引き絞った弓から放たれる一筋の矢のような推進力で振り切ってゴールイン。初重賞で相手関係も強化された中での完勝劇は、多くの人に年末の大舞台や翌年のクラシックを意識させたのではないだろうか。

リバティアイランドの忘れ物を厩舎に持ち帰ることに成功したフィロステファニだったが、彼女はこのレースを最後にターフから去ることになる。アルテミスSから数日後に右前肢の屈腱炎を認め、さらに約2週間後に社台サラブレッドクラブから現役引退と繁殖入りが発表されたのだ。

これほどの素質がある馬の故障引退である。大舞台での活躍をもう見ることができないという深い悲しみと、繁殖に上がり後世にその血を残す準備ができるというわずかな安堵の感情が同時に込み上げてきたのを覚えている。それはまるで、波がすすり泣く夜の海を月明かりだけがほんのりと照らしているかのようだった…。

エーゲ海の美しき蜃気楼

競馬において、タラレバを語るのもまた1つの楽しみだろう。

「もし、あの馬が繁殖に上がっていれば…」

「もし、あの故障がなければ…」

私たちは叶わないと知りながらも、その続きを夢見てしまうのだ。

リバティアイランドやフィロステファニに関しても同じようなタラレバを語ることはできる。しかし、現実としてリバティアイランドの産駒の活躍をこの目で見られる未来はどこにも存在せず、それと同じくフィロステファニが満開の桜の下を駆け抜け、欅を望む府中のターフを万雷の拍手に迎えられる日が訪れることはない。

そして、それは訪れることのない未来だからこそ美しいとも言える。私たちの想像の中で、私たちの見たい姿で目の前に現れるのだ。そして、いざそこに手を伸ばせば初めから何もなかったかのように消え去ってしまう。まるで蜃気楼のようなものだと思う。そう、美しい蜃気楼──。

ところで、蜃気楼とは温度の違う空気の層を光が通過する際に屈折することにより、遥か遠くにあるはずの景色が曲がったり逆さになったりして見える現象らしい。

──何が言いたいのかというと、私たちがリバティアイランドの産駒やフィロステファニのクラシックでの活躍として見たその蜃気楼は、フィロステファニの血を繋ぐ何者かがどこかの未来から見せた蜃気楼なのかもしれないということだ。

タラレバを語ることが競馬の楽しみの1つなのであれば、残された可能性の先に存在し得る未来を想像することもまた競馬の醍醐味だと思う。 通算成績は2戦2勝、ターフを去るにはあまりにも早すぎた駿馬フィロステファニ。その血が繋がる先のどこかで、彼女が果たせなかった夢を果たす競走馬が現れることを私は切に願っている。

写真:ぼん(@Jordan_Jorvon)、突撃砲

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