「今」を歴史に刻んだ秒針 - ファインニードル

その日の競馬中継は、いつもと少し違っていた。

2017年9月10日。我が家のお茶の間には『FNS27時間テレビ』が流れていた。その年のメインテーマは、「にほんのれきし」。長時間にわたるこの特別番組では、前日の夜から様々なバラエティ企画を通して日本の歴史を振り返っていた。おそらく普段は競馬を観ないような家庭でも放送されていたであろう競馬中継の中で実施されるレースは、セントウルS。本格的な秋競馬の訪れを告げる、下半期スプリント王決定戦・スプリンターズSの前哨戦だ。

春の高松宮記念の勝ち馬セイウンコウセイや2着のレッツゴードンキ、昨年覇者レッドファルクスなど当時のスプリント界を牽引していた競走馬は不在。頭一つ抜けた実績を持つスノードラゴンもすでに9歳で、最後の勝利であるスプリンターズSから3年が経とうとしていた。

本番で相対することになる猛者たちに対抗し得る上がり馬が現れるのか……。そのような群雄割拠の様相を呈する中、1番人気を背負ったのは2走前に降級から再びオープン馬となったばかりのファインニードルだった。

…元気な、針?

後で調べると、馬名の意味は「細針」。医療現場などで使われる極細の針を指す言葉らしい。難しい話はさておき、当時の私は「元気な針か。なんだか27時間テレビというお祭り番組にぴったりだな」と無邪気に思い込んでいた。だが、考えてみてほしい。歴史とは時間の積み重ねだ。時間を刻む時計において、最も「細い針」とは何か。秒針だ。そして、最も目まぐるしく動き続ける「元気な針」とは何か。それも秒針なのだ。ともかく、当時の私はファインニードルという馬からフレッシュさとポジティブさを感じ取っていた。1番人気の「1」という数字の形さえも針に見えてきたほどだ。

そんな脳内連想ゲームに興じているうちに、ファインニードルはセントウルSで重賞初制覇を飾った。ゴール板を先頭で駆け抜ける彼の姿を見て、いつもの競馬中継よりも、ほんの少しだけ晴れやかな気持ちになったのを覚えている。くだらないきっかけではあったけれど、私の中で彼が今後も応援したい馬の1頭になった瞬間だった。

シルクロード からRestart

晴れて重賞馬となったファインニードルだったが、GⅠ初挑戦となるスプリンターズSでは12着と大敗。トップスプリンターたちの実力を思い知らされる形となった。秋の苦い経験を経て、陣営は年明けの京都で再始動を選択する。シルクロードS。心機一転を期するこのレースで、新たに手綱を託されたのは川田将雅騎手だった。

シルクロード。紀元前からユーラシア大陸を跨ぎ、東と西、過去と未来を繋いできた壮大な絹の道である。敗戦からのリスタートを切る舞台として、これほど相応しい名を持つレースがあるだろうか。

レースは前年の高松宮記念を勝ったセイウンコウセイが逃げる形で展開する。ファインニードルはそれを最内からじっとマークするように追走。そして、迎えた最後の直線でスパートをかけると、残り200m地点で逃げ粘るセイウンコウセイを差し切るとそのまま2馬身突き放してゴール板を駆け抜ける。まさに快勝と言える勝ち方であった。

尾張にて、天下布武

ファインニードルは、重賞2勝の実績を提げて春のスプリント王決定戦である高松宮記念へと駒を進める。このとき、馬主の名義がこれまでの「H.H.シェイクモハメド」から、UAE・ドバイの王族である同氏が代表を務める、世界的な競走馬管理団体の名称「ゴドルフィン」となり、勝負服も同グループを象徴する「青・袖水色1本輪」のロイヤルブルーに変更されていた。海のシルクロードでの交易港として知られていたドバイと、シルクロードSから再始動したファインニードル。これも不思議な縁に感じたものだ。

高松宮記念の出走メンバーには、前年のスプリンターズSを勝ったレッドファルクス、前年覇者セイウンコウセイ、前年の春秋スプリントともに2着の桜花賞馬レッツゴードンキなど、春の電撃戦に相応しい豪華な顔ぶれが揃っていた。

レースが始まると、ファインニードルはやや外めから先頭集団を前に置く形で追走。同じような位置取りで2頭内にはレッツゴードンキも追走していた。迎えた直線、ファインニードルは外に持ち出してスパートをかける。前の方では残り200mに迫ろうとするところでレッツゴードンキが内から先頭に躍り出ていた。残り200m、前との差は3馬身ほど。ファインニードルは外から懸命に差を詰める。徐々にその差は縮まるものの、それはゴール板との距離も同様であった。ファインニードルがレッツゴードンキに並びかけたそのとき、2頭は決勝線を通過。結果、ハナ差でファインニードルに軍配が上がる。

これでファインニードルは晴れてGⅠ馬となった。春の中京競馬場。かつて織田信長が尾張の地から全国へとその名を轟かせたように、ファインニードルもまた尾張の中京で新たなるスプリント王として「天下布武」の印章を打ち立ててみせた。

このあと、ファインニードル陣営は次走に香港のチェアマンズスプリントプライズを選択する。ホームの強豪たちが待ち構えるアウェイの地でありながら、堂々の走りで4着に好走。世界のトップスプリンターとも渡り合えるポテンシャルをしっかりと証明してみせたのだった。

春秋統一、「今」を歴史に刻んだ秒針

季節は巡って、2018年9月9日。ファインニードルが重賞馬になって一年が経とうとしていた。もしも時計にムーンの針があれば、ちょうど一周している頃だろう。その年のセントウルSも『FNS27時間テレビ』の中で中継が行われた。前年は1番人気とはいえ群雄割拠にひしめく中の1頭だったファインニードルだったが、今年は違う。春のスプリント王としてお茶の間に帰ってきたのだ。結果は1着。道中は先行し、直線早めに抜け出すと後続を突き放して決勝線を駆け抜け、最重量58キロを背負いながらも圧巻の横綱相撲を披露した。

そして、いよいよ2度目のスプリンターズS。スプリントGⅠ春秋制覇に向けて、1秒たりとも目を離せないレースが始まる。レースは前半600mをワンスインナムーンが32.9秒で逃げ、セントウルSでは2着だったラブカンプーが番手追走。それらの先頭集団からやや離れた位置から見る形で、ファインニードルは虎視眈々と脚を溜めていた。直線を向き、ラスト200m地点。ラブカンプーがここぞとばかりにワンスインナムーンを交わすと3番手ナックビーナスをも突き放し、粘り込みを図る。先頭集団にラブカンプーよりも脚色のいい馬はおらず、大勢が決したと思われた。そのとき…

紫電一閃──

川田騎手が纏う青い帽子とロイヤルブルーの勝負服が、まるで青い一条の光のようにラブカンプーに迫ってきた。そう、ファインニードルが猛追してきたのだ。高松宮記念ほどのギリギリの決着ではなかった。はっきりとファインニードルがラブカンプーを差し切ったと分かるくらいのタイミングでゴールイン。ファインニードルは、川田騎手と共に国内スプリント戦線統一を果たし、2018年の「今」を歴史とファンの心に刻み込んだのだ。

歴史や記録という点においては、川田騎手にも縁の感じる出来事がある。川田騎手には、かつて騎乗していたダッシャーゴーゴーという馬がいた。史上2頭目となるGⅠで2度の降着を経験した競走馬だ。その2つのレースは高松宮記念とスプリンターズS。鞍上はともに川田騎手だった。ダッシャーゴーゴーの馬名は「元気のいい人+行く」という意味があるらしい。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、川田騎手は「元気のいい人」での因縁を「元気な針」で昇華させたのだ。…ファインニードルの本当の馬名の意味は「細針」であることには、今は少し目を瞑ってほしい。

時計の針は、動き続ける

その後、ファインニードルは香港スプリントでの8着を最後に引退。種牡馬入りが決定した。2018年の国内戦では4戦4勝。JRA賞でも最優秀短距離馬にも選出され、日本の競馬史にその名を残すことになった。

歴史とは、今という点の連続が積み重なってできた線のようなものだ。今度は種牡馬として、ファインニードルが刻み続ける「今」の連続は、まだ見ぬ未来へと繋がっていく。

写真:Horse Memorys、s1nihs

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