
1.受け継がれる血統
2026年6月21日、『ウマ娘 プリティーダービー』の7thイベント東京公演のDAY2にて、新たなウマ娘として「タイトルホルダー」がお披露目となった。アドマイヤグルーヴ役の鈴木日菜さん、ドゥラメンテ役の秋奈さんによる「Everlasting BEATS」のパフォーマンスと共に発表されたタイトルホルダー。近年のライブイベントでは縁あるウマ娘のパフォーマンスにあわせて新たなウマ娘を発表する演出が恒例となっているが、この時は一味違っていた。楽曲の途中でタイトルホルダー役の華成結さんがパフォーマンスに参加。なんと「初出走」を果たしたのである。
モチーフ馬の関係性で言うとタイトルホルダーの父がドゥラメンテ、祖母がアドマイヤグルーヴとなる。アドマイヤグルーヴはドゥラメンテが生まれた12年にこの世を去っており、この馬が最後の産駒となった。またタイトルホルダーは21年秋の菊花賞で初GⅠ制覇を果たすが、同年の夏にドゥラメンテは死亡している。つまりこの3人の揃い踏みは『ウマ娘』だからこそ描けるシーンである。
「受け継がれる血統」を見事に演出したパフォーマンスは、26年に10周年を迎えた『ウマ娘』というコンテンツの歴史の中でも屈指の名場面に入るだろう。
2.「その名は、タイトルホルダー」
先述したようにタイトルホルダーはドゥラメンテの産駒である。この馬の血統を見ていくと、歴代のチャンピオンホースの名前が並んでいる。

『ウマ娘』では生徒会副会長として活躍するエアグルーヴは、凱旋門賞を制しジャパンCでオグリキャップやタマモクロスとも戦ったイタリアの名馬トニービンとオークス馬ダイナカールの娘として生まれている。自身もオークスを制し、天皇賞(秋)も勝って牝馬として26年ぶりの年度代表馬に輝く活躍を見せて「女帝」と称された。そのエアグルーヴと米国の年度代表馬サンデーサイレンスの間に生まれたのがアドマイヤグルーヴである。アドマイヤグルーヴは牝馬三冠競走こそスティルインラブの後塵を拝すも、エリザベス女王杯を連覇して最優秀4歳以上牝馬の称号を手にする。そのアドマイヤグルーヴと日本ダービーをレコード勝利したキングカメハメハの間の仔がドゥラメンテ。ドゥラメンテは二冠馬となりその後も活躍が期待されたが、4歳時の宝塚記念で故障を発生し無念の引退。その初年度産駒がタイトルホルダーである。
また、タイトルホルダーの母メーヴェは英ダービー馬モティヴェーターの産駒。モティヴェーターの父は『ウマ娘』にも登場するモンジューである。モンジューと言えば仏愛二国のダービーを制し、凱旋門賞でエルコンドルパサーを打ち破った欧州を代表する優駿だ。
このように数々の名馬の血を受け継ぐ「メーヴェの2018」に対し山田弘オーナーが付けた名前が「タイトルホルダー」。チャンピオンホースたちの血を想起させるこの馬名だけでも大きな期待がかけられたことが分かるだろう。
3.父に届ける初タイトル
タイトルホルダーを管理したのは美浦の栗田徹調教師。義父の栗田博憲調教師は安田記念と天皇賞(秋)で二階級GⅠ制覇を飾ったヤマニンゼファーなどを手掛けた名トレーナーであり、山田オーナーや生産者の岡田牧雄代表とも親交が深かった。博憲調教師が19年に定年を迎えるためにタイトルホルダーを託された形となったが、徹調教師自身もこの年にアルクトスで重賞制覇を果たすなど活躍。タイトルホルダーがデビュー勝ちを収めた20年10月にはアルクトスが南部杯を勝ち、GⅠ級初制覇。次は中央GⅠ勝利を、というタイミングで次代のエースとして期待されたのがタイトルホルダーであった。
タイトルホルダーの初重賞制覇は横山武史騎手とコンビを組んだ3歳の初戦・弥生賞ディープインパクト記念。単騎でマイペースに逃げるスタイルが見事にはまり、見事勝利した。ドゥラメンテにとってもこれが産駒の重賞初制覇。早速父に「タイトル」を届けた形だ。無敗のシュネルマイスターとホープフルSの勝ち馬ダノンザキッドという有力馬2頭を抑えての勝利はこの馬をクラシック戦線の主役を担う1頭に押し上げた。
栗田調教師はレース後に鞍上の好判断を称えている。
馬の後ろで我慢させた方がいいと思っていたが、このレースでスピードが持続し、長くいい脚が使えることが分かった。騎手がうまく乗ってくれたし、自分で競馬を作ったのも良かった。
「【報知杯弥生賞】タイトルホルダーがリベンジ初タイトル 横山武「動き、パワーすべてがいい」」(『スポーツ報知』2021年3月7日)より引用
タイトルホルダーがマイペースで長く良い脚を使える逃げ馬としての素質があると判明したことが、この馬の競走生活を大きく変えることとなる。
しかし横山武史騎手にはエフフォーリアというお手馬がいたため、皐月賞は田辺裕信騎手に乗り替わり。ハナを主張したワールドリバイバルを行かせて2番手からの競馬で2着。ゴール前でタイトルホルダーを差し切ったのはエフフォーリアであった。日本ダービーも同じく番手でレースを進めるが、7枠14番と外枠だったことも災いしたか後続に差され6着。父ドゥラメンテが素晴らしいパフォーマンスを見せた春二冠レースだったが、自身が「タイトル」を得ることは出来なかった。
しかし岡田代表はこの馬は長距離でこそ活きると考えていた。
「この馬で菊花賞を獲るぞ!」と、スタッフみんなと言っていました。馬格や血統背景から見ても、超のつく長距離馬だと思っていました。
大恵陽子「【岡田牧雄氏(後編)】姉メロディーレーンと有馬記念へ 弟タイトルホルダーは“超のつく長距離馬”」(『netkeiba』2021年12月22日)より引用
そういう意味ではタイトルホルダーにとって3000m戦の菊花賞こそが本番。ところが、秋に向けて英気を養っていた8月にドゥラメンテの訃報が届く。まだ9歳、ディープインパクト・キングカメハメハという二大巨頭亡き令和の日本競馬界を背負っていく種牡馬の一頭と目されていただけにその衝撃は大きかった。これ以降、タイトルホルダーには競走馬としての活躍だけでなく、ドゥラメンテの後継種牡馬としての期待もかけられるようになる。名に違わぬチャンピオンホースとなって種牡馬入りへ。そのためにも勝負の秋シーズンとなる。
4.その名の証明
秋初戦はセントライト記念。エフフォーリアが天皇賞(秋)を目標レースにしたため、弥生賞を勝った横山武史騎手とのコンビが復活する。しかし1番人気に支持されたこのレースをブービーの13着と大敗。皐月賞・ダービーと同様に番手で控えてレースを進めたが、先行勢が総崩れの厳しい流れに。この馬自身も進路取りが上手く行かず、最後の一冠奪取へ不安が残る始動戦となってしまった。
皐月賞馬エフフォーリアとダービー馬シャフリヤールが不在となった菊花賞、弥生賞馬で皐月賞2着のタイトルホルダーは実績上位と言えたが4番人気に留まった。セントライト記念の敗戦に加え、血統面での不安も囁かれたことが背景にあるだろう。父ドゥラメンテは菊花賞も天皇賞(春)も未出走で引退。血統表に並ぶチャンピオンホースたちも中距離での活躍が目立ち、タイトルホルダーが3000mをこなせるのか、この時点では未知数という評価になってしまう。
そして「ジンクス」という意味でもこの血統にとって3歳秋は鬼門であった。エアグルーヴは秋華賞のパドックでフラッシュに驚き興奮状態となり、レース中に骨折。アドマイヤグルーヴはローズSでスティルインラブを破って秋華賞では1番人気に推されるが、2着に惜敗してスティルインラブの牝馬三冠を阻止できなかった。そしてドゥラメンテは故障のため3歳秋は全休。菊花賞のゲートに入ることさえ出来なかった。
しかし横山武史騎手は強気の策に出る。単騎の逃げに持ち込み、絶妙なペースで先頭を走り続ける。直線では他馬を引き離して2着に5馬身差をつける圧勝。21年は阪神競馬場での開催だったためコースこそ違うが、武史騎手の父・典弘騎手が98年にセイウンスカイとのコンビで演じた逃亡劇を彷彿させる素晴らしいレースを見せた。
父が立てなかった菊花賞の舞台でタイトルホルダーは見事GⅠの「タイトル」を手に入れた。グレード制導入後、菊花賞を5馬身差以上で勝った馬はスーパークリーク・ビワハヤヒデ・ナリタブライアン・エピファネイアと名馬揃い(セイウンスカイは3馬身半差)。「最も強い馬が勝つ」と言われる菊花賞をこれだけの力を見せて勝利したのだから、岡田代表の見立て通りだったと言えるだろう。タイトルホルダーは最高の形でその名の証明をしてみせた。
横山武史騎手は勝利後のコメントの中で距離不安を覚えていたことへの反省を口にしている。
この距離は長いと思ったのですが、終わってみれば強かったです。馬の力を信じてあげられず、恥ずかしいです。いつも力みやすいというか、真面目すぎるところがあるのですが、行ってしまえばリラックスできるので、無理してでもハナに行こうと思っていました。馬が結構やる気でケンカしてまでペース落とすより、リズム良く運ぶことを心がけました。馬は余裕あったかもしれませんが、ジョッキーは余裕なかったです。
「【菊花賞】タイトルホルダーがラスト1冠奪取「無理してでもハナに」横山武史騎手は馬に感謝」(『スポーツ報知』2021年10月24日)より引用
ドゥラメンテは鋭い末脚を武器とした馬だったが、全く違った形で強さを示したタイトルホルダー。不安視されていた長距離レースでの高い適性を発揮したことはこの馬自身のレース選択の幅を広げると共に、父ドゥラメンテの種牡馬としての名声を高めることにも繋がった。最終的にドゥラメンテはこの後にドゥレッツァ・エネルジコを加えて計3頭の菊花賞馬を送り出すこととなる。更に3歳マイル王のシャンパンカラーや24年の最優秀スプリンター・ルガルといった短距離路線での活躍馬も生まれた。ダート路線でもアイコンテーラー・ヴァレーデラルナと2頭のダート女王を輩出。距離・適性を問わない大種牡馬として高く評価され、改めて早世が惜しまれている。
タイトルホルダーの主戦騎手は3歳最終戦の有馬記念からエフフォーリアとの兼ね合いを考慮して武史騎手の兄・横山和生騎手が務めることとなるが、和生騎手は武史騎手から引き継いだマイペースで逃げるスタイルを確立させ、最強馬へと導いていく。タイトルホルダーは、古馬になった2022年に天皇賞(春)と宝塚記念を制し、父が得られなかった古馬GⅠの「タイトル」をも獲得して見せた。

GⅠ勝利はこの3勝に留まったが、ラストレースとなった23年の有馬記念でも自分のスタイルを貫き3着。晴れやかな引退式でターフを去り、種牡馬入りした。
山田オーナーは引退式での挨拶をこう結んだ。
そしていつまでも、いつまでも、この馬の名前を忘れないでください。その名は…、タイトルホルダー! 長い間、応援ありがとうございました
「タイトルホルダーの山田弘オーナー感謝「これぞという走りをお見せすることができた」/引退式」(『日刊スポーツ』2023年12月24日)より引用
ドゥラメンテの後継者として、また日本競馬史に残る逃げ馬として「タイトルホルダー」という名前は唯一無二のものになった。

5.「名体不離」
以前タイトルホルダーの父ドゥラメンテについてコラムを執筆した際、私は「名体不離」という仏教用語でその馬生を表現した。その一節を紹介したい。
仏教用語に「名体不離」という言葉がある。仏の名前(名)と仏そのもの(体)は別々のものではなく、離れがたい関係にあることを指す。つまり、仏の名前には仏そのものの特性が表象されており、仏の有り様は名前によって規定されると考える。仏の名を唱える「念仏」の根拠となる概念である。
縁記台「「名体不離」荒々しき名曲 - ドゥラメンテ」(『ウマフリ』2022年6月22日)より引用
ここでポイントとなるのは「体」の特性が「名」に表れているというだけでなく、「名」が「体」のあり方を規定する、という観念である。増上寺を建立した浄土宗の高僧・聖聡の言葉を引用してもう少し詳しく解説しよう。
名号はこれ仏体の名なり。名体不離の故に名号に仏体を収む。仏体は名号を顕す。
聖聡撰『往生論註記見聞』二より引用
私釈ではあるが、この言葉に込められているのは「名は単に言葉として存在しているのではなく、有り様が包括されており、だからこそ名号には力がある」という思想だろう。例えば浄土宗では「南無阿弥陀仏」と唱えることを重視するが、この場合の「阿弥陀仏」はサンスクリット語の「アミターバ/アミターユス」の音写であり、漢語訳では「無量光仏」あるいは「無量寿仏」となる。「衆生を照らし導く無限の光と寿命を持つ仏」という意味であり、「南無阿弥陀仏」という念仏は単に仏の名を唱える行為ではなく、阿弥陀仏の「名」が持つ力によって救いを得るための手段となる。
大分話題が逸れたが、それだけ「名」というものを大切に扱わなければならないという教えが「名体不離」という四字には含まれているのである。先ほど紹介したコラムの中で、私は名馬の条件として「名体不離」を挙げた。馬名にはオーナーの願いが込められている。その名を体現するような力を持つ者こそが歴史に名を残す競走馬となるのだと思う。
「タイトルホルダー」という名前を付けられた時から、「メーヴェの2018」は「その名」に相応しい「体」を求められた。そして「その名」は日本競馬史に残る優駿として刻まれることになった。タイトルホルダーもまた、父ドゥラメンテと同じく「名体不離」を体現した名馬であったと言えよう。

写真:Horse Memorys、はねひろ(@hanehiro_deep)、突撃砲、@pfmpspsm
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