
かつてエンドスウィープという種牡馬がいた。アメリカの名種牡馬、フォーティナイナーの直仔で、自身はアメリカとカナダで重賞を2つ勝っている。引退後はアメリカで種牡馬になったのちに、日本とオーストラリアでシャトル種牡馬となった。
アメリカ産の日本馬にダートの短距離で活躍したサウスヴィグラスなどがおり、日本で供用された期間の産駒には桜花賞、NHKマイルCの変則春二冠を制したラインクラフトを筆頭に、多くの活躍馬を送り出している。
上記の産駒成績からも、日本における適性を十二分に感じさせていたのだが、残念ながら供用3年目の2002年に事故で急逝。ラストクロップとなった2003年産からはドバイデューティーフリーを勝ち、ジャパンカップと宝塚記念を制したアドマイヤムーンを輩出するなど、最後まで名馬を遺した。
そんな人気・実績を兼ね備えたエンドスウィープの産駒から、今回はその父の名を受け継ぎ、名声を高め、牝馬路線の主役として輝いたスイープトウショウについて語ってみたい。
■名門から産まれたわがまま王女のデビュー
父エンドスウィープに母タバサトウショウ(母の父ダンシングブレーヴ)という血統で、2001年5月9日に生まれたスイープトウショウ。北海道の名門、トウショウ牧場の生産である。
同牧場は冠名からお判りの通り、天馬トウショウボーイを生産した場所。他にもトウショウピットやソシアルトウショウ、シスタートウショウなどの活躍馬を輩出している。
だが、名門牧場も長い歴史の中にはなかなか産駒が活躍できず、重賞を勝てていない時期が到来していた。そんな折、牧場縁の血統であるソシアルバターフライの血が入ったサマンサトウショウ-タバサトウショウの母系ラインに生まれた3番仔が、スイープトウショウだった。
母の父であるダンシングブレーヴ譲りの三白眼を持って生まれた彼女は、なかなかに気性も気難しく扱いにくい幼駒だったようで、走ることや馬房を出ることを嫌がったり、放牧先でも「親分でないと気が済まない」という性格だったという。祖母・母も管理した渡辺栄厩舎に所属することが決まって、栗東トレーニングセンターに入厩した後も、この性格はさまざまな面で顔を出すのだった。
フジキセキやジャングルポケットなどのGⅠ馬を管理したことで知られる渡辺調教師は、翌年2月に調教師定年を控えており、厩舎の解散もすでに決まっていた。そんなあわただしい中で入厩したスイープトウショウであったが、その難しい性格は牧場にいたころから全く変わらない。ゲートを嫌がったり、馬場入りを嫌がったりで厩舎スタッフを手こずらせ、デビュー後の彼女が見せる片鱗を既にあらわしていた。
そして2003年10月18日、スイープトウショウは厩舎所属の角田晃一騎手を背に京都競馬場・芝1400mの新馬戦に挑む。競馬ファンからの評価は単勝1.8倍の1番人気。スタートで出遅れて道中は後方に控えることとなったが、3コーナーで馬なりのまま前へと進出し、追われることなしに先頭へ。最後は2着に3馬身差をつけ、秘めたるポテンシャルを垣間見せての圧勝。レース後、早くも鞍上の角田騎手は「大きいところを狙える馬」とのコメントを残した。
続いて陣営は11月9日に阪神競馬場で行われる2歳牝馬の重賞、ファンタジーSに参戦を決めた。安田記念勝ち馬ツルマルボーイの全妹ツルマルシスターが単勝2.7倍の1番人気に推され、スイープトウショウはそれに次ぐ単勝3.5倍の2番人気。最内枠を引いてしまったスイープトウショウであったが、新馬戦同様にスタートで出遅れた上に、後方待機での折り合いを欠きながらの追走であった。向こう正面から徐々に外に出していき、3コーナーで大外を回してツルマルシスターと並んで直線へ。
しかし追い出されたスイープトウショウの末脚はツルマルシスターを置き去りにし、内を突いてきた3番人気のロイヤルセランガーを競り落としてゴールに飛び込んだ。2戦目にして初めての重賞制覇。余勢を駆ってそのまま12月7日の2歳女王決定戦、阪神ジュベナイルフィリーズに駒を進めることとなる。
ファンタジーSの出走馬が人気の中心になったこのレース、同競走の勝ち馬であるスイープトウショウは抜けた単勝2.1倍の1番人気に支持されていた。レースではスタートを初めて五分に出たが、前走同様、抑えて直線にかける戦法を選択。1000m通過が60秒7のスローペースの中、最終コーナーで外に持ち出して追い出しにかかったが、進路を塞がれてしまう。
ヤマニン軍団三頭出しのヤマニンアラバスタが逃げ込みを図る中、馬群を捌いて外を通ったヤマニンシュクルの伸び脚がひときわ目立つ。その後ろからスイープトウショウがそれを上回る怒涛の末脚を脚を伸ばしてくるも、改修前の阪神の短い直線ではもう届かない。
そのままヤマニンシュクルが真っ先にゴール板を駆け抜けて2歳女王に輝き、逃げ粘ったヤマニンアラバスタが2着。スイープトウショウは5着に敗れた。
■わがまま王女の春
年が改まって2004年1月18日。スイープトウショウの姿は京都競馬場にあった。出世レースとして知られる牝馬限定のOPレース、紅梅Sに出走するのだ。ここまでの実績を買われて単勝1.3倍の1番人気に推されていたが、2番人気以下にも阪神ジュベナイルフィリーズ2着のヤマニンアラバスタ、新馬戦で強い勝ち方を見せた良血馬ダイワエルシエーロなど、出世レースらしいタレントが揃っていた。
だが、スイープトウショウはまたしても出遅れて後方からの追走。しかし徐々に位置を上げていくと、前走では捕まえられなかったヤマニンアラバスタを捉え、抜け出していたダイワエルシエーロを競り落として1着でフィニッシュ。実力馬ぞろいの1戦を、堂々と差し切って勝利を飾った。
この勝利ののち、スイープトウショウを待っていたのは、渡辺厩舎の定年解散による鶴留明雄厩舎への転厩だった。そしてここから、彼女にはターフで待っているライバルたちとの戦いの他にも、栗東トレーニングセンター内での自分自身との戦いという新たな戦いが幕を開ける。
鶴留厩舎に移ったことで、渡辺厩舎主戦の騎手だった角田騎手とのコンビから、新たに鶴留厩舎主戦の池添謙一騎手とタッグを組んでクラシックを戦うことに。池添騎手をして「ビックリした」という乗り替わりを経て、まずは3月6日の桜花賞トライアル、チューリップ賞に挑む。2歳女王のヤマニンシュクルや阪神ジュベナイルフィリーズ6着のアズマサンダースらが強敵であったが、そのなかでも前走の勝ち方を評価されたのか、単勝オッズは1.8倍の1番人気。堂々と主役としての満を持しての登場であった。
だが、ここでスイープトウショウは枠内への入場を非常に嫌い、なかなかゲートに入ろうとしない。彼女の悪癖はここから始まったのだった。
結局、この日は発走3分遅延ののちにゲートが開いた。途端、スタンドが悲鳴を上げた。スイープトウショウが1馬身出遅れたのだ。しかしそれでも慌てず最後方を追走する池添騎手とスイープトウショウは、直線大外に出して前を行く各馬を一気に吞み込み、2着に入ったアズマサンダースに半馬身差をつけてゴールへ。桜花賞の優先出走権を確保するとともに、牝馬三冠レースの主役として名乗りを上げた。

そして1月後の4月11日、スイープトウショウは主役の一人として桜花賞を迎えた。このレースでの競馬ファンの評価は単勝3.8倍の2番人気。彼女を上回る人気を集めたのは、ダンスパートナー・ダンスインザダークのクラシックホースを兄姉に持ち、天才・武豊騎手の騎乗する3戦3勝のダンスインザムードで、単勝2.9倍の1番人気だった。
しかし、ここでもスイープトウショウの敵はターフの上だけに存在しているわけではなかった。前走のチューリップ賞で枠入り不良となった彼女は、栗東トレーニングセンターでの発走調教の再審査、いわゆるゲート試験を義務付けられていた。試験自体は無事にこなしたが、彼女にとってはそれもまた重いストレスとなっていたのだろう。本番、またしてもゲート入りに時間を要する。
ゲートが開くと今度は出遅れずに発走することができた。だが、後方追走から直線では馬群を縫うように追い上げるも、先んじて抜け出していたダンスインザムードには届かず、5着。これまでのトライアルで先着していたアズマサンダースやヤマニンシュクルにも先着を許し、レースを終えることとなった。
続くオークスは、無敗のまま牝馬二冠を目指すダンスインザムードが単勝1.4倍の1番人気。スイープトウショウは4番人気で単勝オッズは13.8倍だった。桜花賞の結果から、「もう両者の勝負付けは済んでいる、無敗の二冠は濃厚」と考える競馬ファンも確かにいたかもしれないが、戦う前から諦めるような陣営はありはしなかった。
スイープトウショウは五分にゲートを出て、いつもより前目、中団後方で競馬をする。1000m通過は62秒0と明らかにスロー。3、4コーナーの中間でダイワエルシエーロが仕掛け、そのまま先頭に躍り出た。
迎えた東京の長い直線、ダイワエルシエーロをダンスインザムードが追いかけ、中団に位置していたスイープトウショウも末脚を伸ばす。
だが、ダンスインザムードは伸びない。代わってスイープトウショウが末脚を爆発させ、ダンスインザムードを交わして前を追う。しかし前には、わずかに届かなかった。
粘りに粘ったダイワエルシエーロが樫の王冠を手に入れたとき、スイープトウショウはそのわずか4分の3馬身差まで迫っていたが、栄冠をつかむことは叶わなかった。

桜花賞5着、オークス2着。この成績からも、牝馬トップクラスの実力を持っていることは誰もが認めていた。最後の一冠、秋華賞こそは──と、陣営も力が入っていたことだろう。
■秋の華を咲かせ、真の王女へのステップを踏み出す
秋の大目標に秋華賞を掲げたスイープトウショウの初戦は9月19日のローズS。オークス馬ダイワエルシエーロとの再戦だった。
レースでは出遅れ後方を追走、3コーナーから前方に進出しダイワエルシエーロを捉えたものの、ゴール前でレクレドール、グローリアスデイズに交わされて3着。だが、秋華賞の優先出走権は獲得した。
続いての本番、10月17日に京都競馬場で行われる秋華賞で、スイープトウショウは単勝5.0倍の2番人気。1番人気に推されたのはオークス4着ののち、アメリカに遠征し、アメリカンオークスで2着となったダンスインザムードだった。単勝オッズは1.7倍と圧倒的である。
しかし、やはりスイープトウショウにとって立ち向かうべき強大な敵はそんなライバルたちだけではない。まずはゲートである。
例によってゲート入りを拒絶し、なだめすかしてゲートに入れようとする係員たちの言うことを全く聞かず、枠入り不良で発走時刻を3分遅延させた。最終的には目隠しをされ誘導されて何とかゲート入りしたものの、案の定スタートで出遅れた。
とはいえ、道中のペースは平均的な流れ。ライバルのダンスインザムードが絶好位4番手につけて楽に追走していた様子を、彼女は後方2番手からゆっくり見ていた。道中での出入りは激しくはなく、淡々と進む。
しかし、3コーナーでヤマニンシュクルとスイープトウショウが徐々に大外を回して位置を上げていくとペースが一気に速くなる。4コーナーから直線の立ち上がり、早くもダンスインザムードが抜け出し先頭に立った。桜花賞の再現か。
だが、その外からヤマニンシュクルと、さらに外からスイープトウショウが急追。たちまちダンスインザムードを競り落とし、2頭のマッチレースになる。ゴール前、スイープトウショウの脚色が勝り、グンと伸びる。最後はヤマニンシュクルに半馬身の差をつけてゴールへと飛び込んだ。
秋華賞、優勝。ついに王女のティアラに手が届いた。池添騎手が喜びを爆発させる。師匠である鶴留厩舎の管理馬での初めてのGⅠ勝ちであり、感激のあまりその眼には光るものがあった。馬主としてのトウショウ産業、生産者としてのトウショウ牧場としてもシスタートウショウ以来の13年ぶりのGⅠ馬の誕生だった。そして来日3年で亡くなったエンドスウィープにとっても、嬉しい産駒のJRAGⅠ初勝利であった。誰もが認める世代の最強牝馬が、それにふさわしい称号をついに手に入れた──。
しかし、思わぬ代償が彼女を待っていた。再度の枠入り不良のためゲート試験が課されることとなったのだ。彼女にとって大きなストレスであるゲート試験、1回目はクリアしたが、2回目の試験でゲートを拒否してしまい、目隠しをされてのゲート通過へ。
結果的に何とかゲート試験をクリアすることはできたが、次の目標に掲げていたエリザベス女王杯では前年の勝ち馬アドマイヤグルーヴや前年の三冠牝馬スティルインラブなどの古馬牝馬との初対戦となるなか、今度は待機所からゲートへの移動を拒否。目隠しをしてゲート入りしたものの、再びの枠入り不良で2分間、発走を遅延させた。
そして、もう何度目かになるかのスタート失敗。後方を追走し、スローペースの中で追い上げてきたが、前方でスムーズな競馬をしたアドマイヤグルーヴには届かず5着。そして3回目の枠入り不良のペナルティとして、30日間の出走停止と、期間満了後に開催競馬場での再度のゲート試験が課せられた。
出走停止処分は大変重いもののように感じられるが、3歳シーズンを1年通して戦ってきた疲れやストレスがたまっていたこともあって、スイープトウショウは一時トウショウ牧場に放牧に出ることになった。生まれ故郷で英気を養い、春からの開催に備えることとなったのだ。
■わがまま王女、真の王女へ
牝馬限定GⅠで一定の結果を出したのだから、次は牡牝混合戦を戦っていくことになる。ヴィクトリアマイルがまだ創設されておらず、大阪杯もGⅠとなっていないこの当時は、古馬牝馬であっても天皇賞(春)か安田記念、および宝塚記念を目指すのが既定路線であった。
距離適性も鑑みて、陣営はスイープトウショウの最大目標を安田記念から宝塚記念に定めた。3月中旬に栗東トレーニングセンターに帰厩し、4月には阪神競馬場でのゲート再審査試験を合格。5月の都大路Sで戦線に復帰した。ゲートはうまくこなしたが、出遅れて後方追走のまま5着でゴール。それから1月も立たないうちに、スイープトウショウの姿は安田記念が行われる東京競馬場にあった。
香港からの遠征馬3頭を含む18頭のうち牝馬はわずか2頭、スイープトウショウとダンスインザムードだけ。単勝人気はスイープトウショウが10番人気、ダンスインザムードが3番人気。一方で、1番人気のテレグノシスが5.8倍、2番人気のダイワメジャーが6.8倍と人気は大きく割れていたことからも、やや混戦模様だったことが分かる。
しかしこのレースで、スイープトウショウは自身の競走歴において画期的な成果を見せることになる。淑女のたしなみを身に付けたか、鶴留調教師も驚くほどの見事なゲートイン。スタートは出遅れたものの、後方を上手に追走して直線大外に出して追い出し、内から抜け出した香港のサイレントウィットネスと馬群を縫ってきたアサクサデンエンを捉えて、3頭一線でゴール板を通過。一歩抜け出していたアサクサデンエンには及ばなかったものの、香港では英雄とまでの異名を持つサイレントウィットネスとの2着争いを制して銀メダルに到達した。牡馬相手にこれだけやれるなら──。新たな自信を引っ提げて、若き王女は更なる高みを目指す。

中2週で迎えた6月26日、阪神競馬場で行われる宝塚記念へと駒を進めたスイープトウショウ。芝中長距離路線を歩む一線級の牡馬が集結する春のグランプリ、単勝1番人気は前年の勝ち馬で前哨戦の金鯱賞を3連覇したタップダンスシチーで1.9倍のダントツ人気だった。
2番人気は前年秋、テイエムオペラオー以来史上2頭目となる秋古馬三冠を達成して以来、半年ぶりの出走となるゼンノロブロイで単勝3.0倍。前年のダービー2着馬で本年の産経大阪杯2着のハーツクライが3番人気だったが、単勝18.3倍と大きく上位2頭とは水をあけられていた。
その他にも天皇賞春の1番人気に推されたリンカーン、道営の星コスモバルク、ひとつ上の三冠牝馬スティルインラブにエリザベス女王馬アドマイヤグルーヴなどタレント揃いではあったが、ファンからの評価は完全に2強体制である。その中でスイープトウショウは単勝11番人気の38.5倍と伏兵扱いだった。
しかし、池添騎手をはじめ陣営の表情は明るかったはず。それは前走で新たに芽生えた自信が、ゲートさえ無事なら勝ち負けになるという、強い思いに替わっていたからにほかならない。
そしてそのゲート入り、先入れとなったスイープトウショウは無難にこなした。よし、いける!
ゲートが開く。出遅れることなく、スイープトウショウの脚はがっちりと芝を掴んで走り出した。好スタートだ!
出たなりのスイープトウショウは、これまでのどのレースよりも前目となる中団の好位に位置した。一方でシルクフェイマス、ビッグゴールド、コスモバルク、タップダンスシチーらが繰り広げた先頭争いは、ペースは遅くなるものの中盤でペースはそれほど緩まない、いわゆる消耗戦の様相に。
3コーナーでコスモバルクを競り落として先頭に立ったタップダンスシチーに後続を突き放す脚は残っておらず、4コーナーを回り、直線を向いたところで早くもリンカーンに捕まった。
その後方にいたゼンノロブロイが追い出されるとほぼ同時に、池添騎手がスイープトウショウにゴーサインを出した。瞬間、ぐん、と、加速するスイープトウショウ。リンカーンよりもゼンノロブロイよりも、わがまま王女の末脚が勝った。馬場の真ん中を進み、前の2頭を交わして先頭に立つ。

「なんとスイープトウショウ!」実況の絶叫。負けじと後方から凄まじい勢いで末脚を伸ばしてくるハーツクライが一完歩ずつ、前との差を詰めてきた。しかしスイープトウショウの脚も負けてはいない。芝を蹴立てて詰め寄ってくるハーツクライを見下ろすように、王女はゴールへの急坂を、いや、グランプリホースへの階段を駆け上っていった。その走りにはハーツクライの鋭い末脚をもってしても、もう届かない。
歴史は動いた。わがまま王女が、真の女王へと輝いた瞬間であった。宝塚記念を制した牝馬はそれまでにたった1頭。1966年のエイトクラウン以来、実に39年ぶりの快挙であった。馬主のトウショウ産業株式会社は、トウショウボーイで制した1977年以来27年ぶりの宝塚記念の制覇となった。

しかし、スイープトウショウの戦いはこれで終わりではない。彼女はこの後、再びゲートと戦って枠入り不良を食らい、または頑なに馬場入りを拒否して「調教注意」の制裁を受けたりしながら、同じ牝馬のヘヴンリーロマンスの天覧競馬での天皇賞(秋)制覇の瞬間を見届けたり、エリザベス女王杯でオースミハルカの大逃げからの初戴冠を阻止して牝馬の頂点に輝き、自らの競走人生を全うしていくのだ。
もうこれで、誰も彼女のことをわがまま王女などとは呼ばないだろう。彼女は真の女王として覚醒し、父から頂いたその名をもって日本の競馬界に君臨していったのだから。

写真:Horse Memorys、しんや
![[秋華賞]ディアドラ、ファビラスラフイン、アヴェンチュラ。テン乗りの鞍上を背に秋華賞を制した馬たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2023/10/IMG_7969-300x227.jpeg)
