![[秋華賞]ディアドラ、ファビラスラフイン、アヴェンチュラ。テン乗りの鞍上を背に秋華賞を制した馬たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2023/10/IMG_7969.jpeg)
10月8日、2027年度の調教師免許と騎手免許(ともに新規)の1次試験合格者が発表された。騎手免許試験は2名が合格。うち1名がオーストラリアのダミアン・レーン騎手であることを、レーン騎手本人が自身のXで公表した。
19年に初めてJRAの短期免許を取得し、度々来日しているレーン騎手はここまでJRA通算213勝、うちGⅠ7勝。驚くべきはGⅠ7勝の内容で、7勝中6勝はその馬に初めて騎乗する、いわゆる「テン乗り」での勝利だった。
一方、今週おこなわれる秋華賞は、過去30回の歴史で4頭と4名のコンビがテン乗りで勝利していた。GⅠでのテン乗りは、常識的に考えれば決して有利とはいえないはず。それでも、決して簡単ではない条件を克服し、人馬一体となってビッグタイトルを獲得したことには大きな価値があるといえるだろう。
今回は、テン乗りの鞍上を背に秋華賞を制した馬たちを振り返りたい。
■2017年 ディアドラ

2010年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSを11馬身差でレコード勝ちした名馬ハービンジャー。その3世代目の産駒ディアドラは、栗東・橋田満厩舎からデビューした。
初戦は7月の中京・芝1400mの2歳新馬戦で、デビュー当初は勝ちきれないレースが続き、3戦目で初勝利。2勝目までは時間を要した。それでも、翌春のアネモネSで2着と好走し桜花賞の出走権を獲得。本番でも、勝ったレーヌミノルから0.4秒差の6着と健闘した。
惜敗続きのディアドラが軌道に乗ったのはここからで、自己条件の矢車賞を快勝し待望の2勝目を手にすると、オークスでも4着と好走。さらに、8月札幌のHTB賞と、続く紫苑Sも連勝し秋華賞の優先出走権を獲得した。
ただ、その秋華賞は、直近5戦すべてでコンビを組んだ岩田康誠騎手がファンディーナに騎乗することになった。そのため、ディアドラはC.ルメール騎手との初コンビで本番を迎えることとなった。
明け方から降り続いた雨により馬場状態が重まで悪化するなか、3番人気に支持されたディアドラはスタートでわずかに出遅れ。後方からの競馬を余儀なくされた。
一方、前は好ダッシュを決めたカワキタエンカがハナを切り、アエロリットとファンディーナの上位人気2頭が2番手を並走。1000m通過は59.1秒と重馬場にしては速く、先頭から最後方ヴゼットジョリーまでの差は20馬身以上で縦長の隊列となった。
出遅れを無理に挽回せず後方4頭目を追走していたディアドラが動いたのはこの中間点を通過したところで、そこから徐々に上昇を開始。さらに3、4コーナー中間では内ラチに近いところを通って前との差を一気に縮め、9番手までポジションを上げて直線へ。
直線に入ると、オークス2着の実力馬モズカッチャンがカワキタエンカとアエロリットを交わして先頭に立ち、桜花賞2着馬リスグラシューがこれを追撃。アエロリットは抵抗できず、替わってディアドラが3番手にあがり、上位争いは3頭に絞られた。
モズカッチャンが逃げ込みを図るなか、ディアドラは直線半ばでもう一段加速してリスグラシューを交わすと、ゴール寸前でモズカッチャンも捕らえ先頭ゴールイン。ハイペースを読み切り、勝負所での進路取りも素晴らしかったルメール騎手の手綱さばきと、ディアドラの成長力が完璧にマッチしたことでもたらされた勝利は、テン乗りのハンデをむしろ味方につけたような見事なGⅠ初制覇だった。
ディアドラはその後、エリザベス女王杯、翌春の京都記念、ドバイターフと3連敗を喫するも、帰国初戦のクイーンSで復活勝利をあげ、府中牝馬S(現アイルランドT)も連勝。年末の香港Cでも2着と健闘した。
さらに、翌5歳シーズンは中山記念6着後に長期の海外遠征を敢行。8月に英国でおこなわれた遠征4戦目のナッソーSで海外GⅠ制覇の偉業を成し遂げ、父の故郷に錦を飾った。
そして、翌6歳シーズンもそのまま英国に拠点を置いて海外を渡り歩き、秋には凱旋門賞にも出走(8着)。バーレーンインターナショナルトロフィー8着を最後に現役を引退した。
キャリア通算33戦8勝、うちGⅠ2勝。現役最後の20年はコロナ禍で非常に難しいシーズンとなった。それでも、日本を含め計8か国を渡り歩いたタフネス牝馬は、歴代屈指の国際派として日本の競馬史にその名を刻み込んだ。
ディアドラは引退後、日本に戻らずアイルランドの名門・クールモアスタッドで繁殖入り。バーイードとの間に産まれた現2歳の2番仔ミシナフは、橋田満調教師の息子で、ディアドラの海外遠征にも携わった橋田宜長調教師の管理馬となった。現在は骨折療養中であるものの手術は無事に終わり、年明けのデビューを目指している。
■1996年 ファビラスラフイン
ノーザンダンサーの後継種牡馬ファビュラスダンサー産駒で、フランス産馬ファビラスラフインは栗東・長浜博之厩舎からデビュー。初戦は2月下旬と遅かったものの、藤田伸二騎手とのコンビで阪神・ダート1200mの新馬戦に臨むと、2着に7馬身差をつけて圧勝した。
続く2戦目は芝1600mのさわらび賞で、ここも素晴らしいスピードを披露して5馬身差で圧勝。さらに、この年、新設されたNHKマイルCのトライアルとして生まれ変わったニュージーランドトロフィー4歳S(現ニュージーランドトロフィー)も実力馬エイシンガイモンに完勝し、堂々1番人気の立場で第1回NHKマイルCに臨んだ。
ところが、超ハイペースで逃げるバンブーピノの直後に位置していたファビラスラフインは、直線早々に失速。勝ったタイキフォーチュンから2.1秒差の14着に大敗し、初めての挫折を味わってしまう。その後、5か月の休養をはさんで出走したのが、同じくこの年に新設された第1回の秋華賞だった。
ここまでの全4戦でコンビを組んだ藤田伸二騎手がロゼカラーに騎乗するため、鞍上に松永幹夫騎手(現調教師)を迎えて臨んだこのレースで断然の支持を集めたのは、オークス馬エアグルーヴだった。デビューから6戦4勝2着2回と、ほぼ完璧な成績。母仔制覇を達成したオークス勝ちの実績はもちろん、2勝目のいちょうSは、鞍上が直線で立ち上がる不利がありながら勝利し、この年初戦のチューリップ賞も5馬身差で圧勝していた。同世代の牝馬同士であれば好勝負必至の評価は当然だった。
一方、ファビラスラフインは、抜けた1番人気の支持を集めた前走から一転、5番人気の評価に留まっていた。スピードに秀でた先行馬でありながら、マイルを超える距離は初めて。なおかつ鞍上はテン乗りで、直行ローテが一般的な現在とは異なり、休み明けを叩いてからGⅠに臨むのが当たり前のこの時代に、5ヶ月ぶりの実戦がぶっつけ本番と懸念材料が複数あった。それでも、ゲートが開くとファビラスラフインは無難にスタートを決め、お構いなしとばかりにこの日も先行。逃げるシルクスプレンダーから4馬身差の好位4番手を確保した。一方、エアグルーヴは自身の3馬身後方7番手につけ、機を窺っていた。
1000m通過は58.7秒とよどみない流れ。ただ、先頭と最後方メロウキスとの差は13、4馬身とそこまで縦長の隊列にはならず、坂の下りで隊列はさらに凝縮したが、異変が起きたのはその直後だった。ファビラスラフインや、2番人気ヒシナタリーが楽な手ごたえで坂を下るのとは対照的に、エアグルーヴの鞍上・武豊騎手の手綱は激しく動き右鞭も飛んだ。ターフビジョンにその姿が映し出されると大きなどよめきが起こり場内が騒然とするなか、レースは直線を迎えた。
直線に入ると、3、4コーナー中間で先頭に立っていたマークリマニッシュをファビラスラフインが交わして先頭へ。後続との差を徐々に開きはじめた。エアグルーヴは失速(結果は10着。レース後に骨折が判明)し、馬群を割って出たエリモシックと、ロゼカラーが懸命にこれを追った。しかし、ファビラスラフインの末脚はまったく衰えることなく、最後の1ハロンは、むしろその前の1ハロンよりも速い加速ラップで後続の追撃を完封し先頭ゴールイン。初めてコンビを組んだ松永幹騎手と、複数の難題を楽々クリアしての驚異的な逆転劇で、見事、最後の一冠をものにしたのである。

この後、ファビラスラフインはエリザベス女王杯ではなくジャパンCに出走した。自身と同じフランス産馬で当年の凱旋門賞馬エリシオや、天皇賞(秋)を制したバブルガムフェローなど、同世代かつ国内外の強豪牡馬に人気が集まるなか、ここも7番人気の伏兵評価だったファビラスラフインは再び発奮。結果は2着に敗れるも、シングスピールとハナ差の大接戦を演じ、世界の競馬関係者を驚かせた。
日本調教馬の牝馬がジャパンCで連対したのはこれが初。3歳馬による快挙だったことがなおさら驚きだった。しかも、3歳牝馬がこの次にジャパンCで連対したのは16年後のジェンティルドンナ(1着)まで待たねばならず、ファビラスラフインの好走がいかに偉業であたかがわかるというものだろう。
残念ながら、ファビラスラフインは続く有馬記念で10着に敗れたあと、年明けに骨折が判明。休養に入り、秋に復帰を目指す過程で今度は屈腱炎を発症してしまい惜しまれつつ引退、社台ファームで繁殖入りとなった。
産駒からGⅠ馬は誕生しなかったものの、ハーツクライとの間に産まれたギュスターヴクライが阪神大賞典を制覇。さらに、孫のランリョウオーが地方重賞を6勝、同じく孫のヒロシクンも地方重賞を8勝し、2026年10月12日現在、ともに現役を続けている。
■2011年 アヴェンチュラ
ジャングルポケット産駒のアヴェンチュラは、全兄に重賞3勝フサイチホウオー、全姉に08年のオークスなどGⅠを2勝したトールポピーがいる良血馬。栗東の名門・角居勝彦厩舎からデビューした。初戦は6月阪神・芝1600mの2歳新馬戦で、後の重賞勝ち馬エイシンオスマンに3.1/2馬身差をつける完勝。続く札幌2歳Sは2着と好走し、年末の阪神ジュベナイルフィリーズでも4着と健闘した。ところが、レース後に骨折が判明。7ヶ月の休養を余儀なくされ、春シーズンを棒に振ってしまう。
それでも、この休養が成長を促したか、翌年7月に札幌で復帰すると、前走から28キロも馬体を増やして臨んだ漁火S(現3勝クラス)を快勝。さらに、クイーンSで古馬のオープン級を撃破して重賞初制覇を成し遂げ、そこから2ヶ月の間隔を開けて出走したのが秋華賞だった。
このレースで、前2戦コンビを組んだ池添謙一騎手がホエールキャプチャに騎乗するため、初騎乗の岩田康誠騎手を鞍上に迎えたアヴェンチュラは、好スタートから難なく3番手を確保。大逃げを敢行したメモリアルイヤーを7馬身前に見る3番手に位置取り、1番人気ホエールキャプチャは、さらに4馬身後方の8番手につけていた。
1000m通過は58.3秒と流れたものの、そこから1秒ほど離れたアヴェンチュラは理想的なポジション。その後、坂の下りで後続各馬がメモリアルイヤーとの差を詰めはじめ、7馬身ほどあった差が1馬身まで縮まったところで直線を迎えた。
直線に入るとすぐ、メモリアルイヤーを交わしたアヴェンチュラが単独先頭。1馬身半のリードを取った。1枠1番から、終始、内ラチ沿いを通っていたキョウワジャンヌがこれを追い、そこから2馬身差の3番手に上がったホエールキャプチャが前2頭を懸命に追った。しかし、残り100mを切ってからこれら3頭の差はほぼ変わることなく、押し切りに成功したアヴェンチュラが先頭ゴールイン。結果的には、好スタートからすぐに好位置を取った最初の10数秒が勝敗を分けたものの、初騎乗にもかかわらずアヴェンチュラ最大の武器であるセンスの良さを引き出し、勝利を大きく手繰り寄せた岩田康騎手の騎乗技術は大いに称賛されるべきだろう。
それから1ヶ月後、岩田康騎手と引き続きコンビを組んだアヴェンチュラは、エリザベス女王杯で古馬牝馬の一線級と激突。再び好位から抜け出しを図る完璧な競馬で、2つ目のビッグタイトルに手をかけた。しかし、ゴール寸前で英国から遠征してきた前年の覇者スノーフェアリーの神懸かり的な末脚に屈し2着惜敗。わずかのところでGⅠ連勝はならなかった。それでも、夏以降の活躍が評価されてこの年のJRA賞最優秀3歳牝馬のタイトルを獲得。名実ともに、世代ナンバーワン牝馬の称号を手にした。
ところが、このエリザベス女王杯がアヴェンチュラにとって最後のレースとなった。実はレース中に骨折しており、翌年6月に実戦復帰を目指す過程で再び骨折。同じ個所を骨折するのは計3度目で大事をとって引退し、故郷のノーザンファームで繁殖入りとなった。
直仔からまだ重賞勝ち馬は誕生していないものの、初仔デサフィアンテとシルバーステートとの間に産まれた現3歳牝馬リリージョワがオープンを3勝。アヴェンチュラを祖とする一族初の重賞ウイナーになることが期待される。

写真:Horse Memorys、かず、@gomashiophoto
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