![[大狩部牧場代表・下村優樹ブログ]アメリカで学んだこと~大狩部だより(第7回)~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/10/huukei3.jpg)
みなさん、こんにちは。
北海道の秋は非常に短いです。最低気温はすでにひと桁台まで下がっておりまして、夏も短いですが、秋の終わりも早くも見えてきました。ちょっと気が早いママたちのなかには目に見えて毛が長くなってきた馬もいます。今回はですね、昨年末に発売された『サラブレッド大辞典』(カンゼン刊)のなかに書かれた内容からお話したいと思います。
『サラブレッド大辞典』の取材をウマフリさんから受けたのは1年ぐらい前で、あれが私とウマフリさんで直接仕事させていただく最初でした。だからまだ1年ぐらいなんですが、今やブログもやらせていただいていますし、番記者さんもつきましたし(笑)、かなり濃密な関係になりました。『サラブレッド大辞典』の取材では生産牧場の1年間とか生産サイクルなどについてお話して、本のなかに収録されています。そのなかでちょっと私のアメリカでの経験をお話させていただいたので、今日はそこをもう少し詳しくお話します。

私がサラブレッドの生産について学んだのは主にアメリカでした。じつは最初に渡ったのはドイツだったんですけど、サラブレッドの診療頭数が減っていて、牛とかラクダとか色々診ていました。当時はハノーバー大学にいましたが、馬術が中心でレーシングホースは少なかったんです。それでドイツで1週間ぐらい休みをいただいたときにアメリカへ飛びました。何度かアメリカに行っているうちに、ケンタッキー州のウインチェスターファームを経営されている吉田直哉さんに出会いました。あのテンポイントを生産した吉田牧場の血筋の方で、私の大学の先輩なんです。といってもですね、面識はありませんでした。私から相談したいですと一方的に連絡しまして、そうしたら歓迎していただいて、色々と協力してくださいました。アメリカの病院で研修できるプログラムを紹介していただいて、テストを受けて、晴れてアメリカで修業できるようになりました。それが2013年でした。病院で修業するときも「うちの牧場でやれることは勉強したらいいよ」って言ってくださって、私、ウインチェスターファームで一人、夜番について、破水がはじまったら、スタッフに電話して、みんなで仔馬を引っ張ったり、馬房の外から見ていて出産後に仔馬の管理に入ったり牧場スタッフとしての経験も積ませてもらいました。
実際にアメリカの牧場で働いてみて感じたのは、徹底したビジネス感覚と規模の大きさです。とにかくデカいです。放牧地なんて日本の大手牧場の放牧地も狭く感じるぐらい広い。一頭あたりの面積がまるで違います。今年もセレクトセールに直哉さんが来られていて、そこで少しお話させていただいて、大狩部牧場の頭数とか面積のことを伝えたら、「もっと広さが欲しいよね。日本で生産する課題だね。もっと一頭あたりの広さが持てたらね。日本の競馬のレベルが上がっているのは間違いないけど、たぶん、みなさん思っていると思うよ」とおっしゃっていて、私も広いところで自由に行動させることが健康的で丈夫な馬をつくる一番の方法だとわかっているので、ちょっとずつ土地を買ったりして広げています。
弊社の放牧地でも夏場なら25㎞から30㎞は動くんで、それなりに運動は足りていますが、アメリカの放牧地は結構ボコボコしています。弊社も起伏が激しいんですが、向こうは坂というより、土地がうねっているんですね。自然のなかに作っているんで。ケンタッキー州は平坦なところも多いですが、運転したらすごいです。もう道がジェットコースターみたいです(笑)。その脇に牧場があって、放牧地で昼夜放牧されています。

曳き運動も日本とは違います。アメリカでは放牧地の外、柵の周りを歩かせます。ぐるっと外周をずっとです。すごい疲れますが、馬たちは自分たちがいる放牧地の横を歩きますから、イキイキとしていて、可動域も広く歩いてくれます。日本だとチェックするために横の曳き運動をしますが、やっぱり広いところを一緒に歩くだけでも、馬たちのストレスは少ないですし、のびのびと動くなかで、人間とのコミュニケーションもとれますから、人との距離もまったく違ってきます。私も取り入れたいんですが、そもそも日本の放牧地はそういった構造になっていません。アメリカだと、たとえば広い4面の放牧地があって、その4面の外周を人と馬が歩けるようになっています。習慣として根づいていますし、牧場の設計もそれを念頭にされているんです。歩くのも4、5人で一列になって曳いていました。前を追い抜いたりせず、先頭の馬と同じペースで後ろをちゃんとついて歩きます。そうして何周も歩くことで、ちゃんと人間とコンタクトをとって、この速さでずっと歩くよっていうことを教えます。これがセリの準備になります。人と一緒に歩く、人前で歩くことへの基本というかスタートだと思います。日本はたぶん、やってないですね、どこも。
以前、YouTubeでも話しましたが、人と一緒に歩くと、馬の意識が変わります。1頭で同じ場所を同じスピードで歩くときとは使う筋肉がまったく違いますし、発達する部位も変わってきます。現場の職員たちはそういった研究を知っている人はほとんどいませんし、獣医師でも全員が知っているわけではありません。アメリカは習慣のなかでそういったことを自然にやっています。

もうひとつはビジネス感覚です。サラブレッドのビジネスの規模がすごくて、セリで売ることへの意識が非常に高いです。人が曳いて長い距離を歩かせるのも、セリの準備の一環ですし、ほとんどがセリで取引されるので、高く売るための努力もすごいです。私がいた当時の話なので、今はどうなのかわかりませんが、アメリカのセリではその場で内視鏡で喉のなかを見ます。日本ではセリ前に録画したものを動画で見られますが、アメリカはチェックしたい人がいれば、その都度、獣医師が鼻から内視鏡を入れます。評価が高い人気の馬は毎回、内視鏡を入れてチェックされるんですね。私も獣医師としてその現場に立ち会いましたが、「あの馬、30分後にまたチェックされるから」って。内視鏡の入れ方がまずいと、馬の鼻は粘膜がとても敏感なんで、流血する可能性もあります。馬もとても辛抱強くて、何度も内視鏡を入れられても、暴れたりせずじっとしています。もちろん、セリ場なんで鎮静させて眠らせたりすることはできません。人間との信頼関係をしっかり築いてセリ場に向かわなければいけません。だから人と一緒に長い距離を歩きます。アメリカはそういった部分に関しては徹底しています。その根底にはビジネス感覚があります。なにせアメリカには世界各国から馬を買いに来るんで、規模がまるで違います。世界中に馬を売るには庭先取引はマッチしません。だからこそ、セリに向けた準備はきっちりやりますし、生まれてからセリ当日を迎える前までに起こりうるリスクを徹底的に排除します。
『サラブレッド大辞典』にも書いてありますが、日本ではママが交配に行くとき、当歳のチビちゃんは一緒に馬運車に乗って種馬場にはいきますが、アメリカでは乗りません。当歳を牧場に残して、ママだけ交配に向かいます。ママはもう慣れたもので、泣いたり暴れたりは一切しません。交配に行くのはわかっていますから、馬運車にもすんなり乗ります。当歳は鳴きます。暴れたりしないように鎮静させることもあります。日本では離乳まで親子を離すのはご法度に近いですが、アメリカは場合によっては離します。
なぜ、交配に当歳を連れていかないかというとですね、これはリスクだからなんです。種馬場には色々な牧場の馬たちが集まってくるので、普段、生活する牧場にはいない細菌に感染するリスクが出てきます。どの牧場にも常在菌はいますが、そこにいる馬たちは抗体をもっているんで平気なんです。当歳馬は牧場から外に出たことはないんで、ほかの牧場の馬たちが運んでくる細菌に弱いんですね。生産牧場が防疫上、関係者以外の立ち入りを禁止しているのはこういった理由が大きいです。で、アメリカではこういった細菌に曝露するリスクや馬運車のなかで当歳が暴れてケガしたり、ママが思わず蹴ったりするリスクを避けるために当歳を置いて交配に向かうんですね。こうして極力ゼロリスクを目指すのは、セリで売るため、つまり生産=ビジネスだからです。私がアメリカで勤務していた病院も繁殖シーズンには入院施設が満杯になります。治療できるなら徹底的にやります。日本だと治療にお金がかかるから…と遠慮する生産者もいますが、アメリカはお金をかけてでも治療します。それは将来、世界中の人が集まるセリで売ってお金になると考えているからなんです。もちろん、線引きも非常にシビアですが、長い時間をかけて人と運動することも、リスクを回避することも徹底して生産に取り組む姿勢のあらわれですし、丈夫な馬づくりの土台という意味では見習わないといけませんね。ウインチェスターファームは私の原点ですし、目標でもあります。アメリカで学んだことを大狩部牧場でも実践できるように精進したいですね。

昨年末に発売された『サラブレッド大辞典』は私も取材協力したので、読んでみましたが、サラブレッドに関するあらゆることが網羅されていて、非常に読み応えがありました。みなさんもよろしければ、読んでみてください。最後に宣伝みたいになってしまってすみません(笑)
みなさん、素晴らしい一日をお過ごしください。
それでは、また。
(取材・構成/勝木 淳)
![[今週の注目]漆黒の新星、アイビーSへ! - ラガリーガが描く未来の輪郭](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/10/0O9A5455-300x200.jpg)
![[秋華賞]ディアドラ、ファビラスラフイン、アヴェンチュラ。テン乗りの鞍上を背に秋華賞を制した馬たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2023/10/IMG_7969-300x227.jpeg)