秋の6ハロンに現れる幻影 - 「メイケイエール」という名の余韻

秋競馬の開幕を告げる電撃の6ハロン、スプリンターズS。

歴代の優勝馬を振り返れば、ロードカナロアの王道、カレンチャンのしなやかさ、サクラバクシンオーの純血スプリント魂——そこには常に「完成されたスプリンター像」が立ち上がる。

しかし、このレースを彩ってきたのは、勝者だけではない。6ハロンの舞台には、時に「異端」とも呼ぶべき個性派たちが登場し、勝敗以上のドラマを残してきた。

本馬場入場で旋回し続けたハクサンムーン。

千直の帝王カルストンライトオは、唯一不良馬場の2004年にだけコーナーを攻略し逃げ切った。

香港の怪物サイレントウィットネスに挑み、ねじ伏せられたデュランダル。

長い写真判定の末に涙を飲み、GⅠタイトルを逃したエイシンワシントンやビービーガルダン——。

数えればきりがないほどの個性派スプリンターたちが、このレースを豊かに彩ってきた。

そして、その系譜の中で、私の心に最も強く刻まれている「異端児」がいる。2021年から2023年、三度スプリンターズSに挑んだ牝馬——メイケイエールだ。

彼女は最後まで「完成された競走馬」ではなかった。むしろ、未完成のまま輝き続けた、稀有な名馬だった。

光と影を抱えたまま走り続けた馬

メイケイエールの蹄跡は、まるでジェットコースターのように浮き沈みの激しい戦績だった。その兆しは、2歳のデビュー時からすでに見え隠れしていた。

2歳8月、小倉の新馬戦に登場したメイケイエールは、5馬身差の圧勝で鮮烈なデビューを飾る。続く2戦目からは重賞に挑戦し、小倉2歳S、ファンタジーSを連勝。道中で掛かりながらも、武豊騎手が巧みに宥め、直線で弾けるように抜け出す——そんな“危うさと才能”が同居した走りだった。

暮れのGⅠ阪神JFでも、大外枠からまたしても掛かり気味に進む。それでも直線では持ち直し、他馬をまとめて交わす勢いで伸びてきた。しかし、先頭のソダシを捕らえるには至らず、4着が精一杯だった。

気性難という課題を抱えたまま、メイケイエールは春のクラシック戦線へ向かう。3歳初戦のチューリップ賞では、唯一の重賞勝ち馬として圧倒的な1番人気に支持される。ところがスタート直後から掛かり、武豊騎手の抑えも利かず3コーナーで先頭へ。そのまま直線を迎え、エリザベスタワーの追撃を辛うじて封じて粘り込み、同着で重賞3勝目を挙げた。勝利ではあったが、またしても課題の残る内容だった。

そしてクラシック一冠目の桜花賞へ。主戦の武豊騎手が負傷のため横山典弘騎手に乗り替わっての出走となったが、3番人気に支持された。しかし馬場入りの時点でテンションが高く、横山典騎手が落ち着かせるのに精一杯。嫌な予感が漂う中、スタートで出遅れると、途中から暴走気味に先頭へ。4コーナーを先頭で回ったものの、直線では余力を失い、ズルズルと後退して18着のシンガリ負け。レース後には平地調教再審査が課されることになった。

気性の激しさを抱えたままのスプリンターズS初挑戦(2021年)

春のクラシック戦線まで、メイケイエールの戦績は6戦4勝(重賞3勝)という成績。勝てなかったのはGⅠ出走時のみという、字面だけを見れば優秀な戦績である。しかしレース内容は、語り草になるくらいの気性の激しさが課題となり、終始ハラハラさせるレースを繰り返す。それでも、その「危うさ」がメイケイエール推しを生み、毛色は鹿毛ながらソダシと同じ「“白毛”のシラユキヒメ一族」であることも人気を押し上げた。

調教再審査をクリアしたメイケイエールは、8月のキーンランドCを復帰戦に選び出走する。危うさの中に秘めた素質に期待し1番人気に推されるも、レースでは再び折り合いを欠き暴走。早々に先頭に立つと直線では伸びを欠き7着に敗れる。しかしながら、暴走気味でも一気に先頭を奪えるスピードは超一流のもの。「もし制御できれば、どこまで行けるのか」の期待感は常に漂い、メイケイエール推したちの熱い視線が向けられた。

メイケイエールは次走をスプリンターズSに選び、3歳馬ながら速さ自慢の猛者たちと戦うことになる。鞍上は池添謙一騎手に乗り替わり、スタートから行きたがる気持ちを抑えきれず、それでも直線では一瞬だけ光を放つ。結果は4着。優勝したのは出走中もう一頭の3歳馬、ピクシーナイトだった。

スプリンターの輪郭が見えかけた?二度目の挑戦(2022年)

メイケイエールが最も充実したのは4歳時だったのかもしれない。前年のスプリンターズS後、休養を挟んで再登場したのは1月末のシルクロードS。この時に初めてホライゾンネットを装着。以降パドックではお馴染みの「メイケイエールスタイル」がスタートした。パドックをイライラせずに回ったことが功を奏したのか、これまでのように暴走することはなく直線で抜け出し、チューリップ賞以来の勝利を飾った。GⅠ高松宮記念は2番人気に推されたものの最後はしっかり追い込んでの5着。気性も落ち着き、「1200mのメイケイエール」としての輪郭が見え始めた。

この後、京王杯スプリングC(1400m)、秋初戦のセントウルS(1200m)を連勝し、万全を期してスプリンターズSに向かう体制を整える。

スプリンターズSでは、ナムラクレアやシュネルマイスターを抑え1番人気に推された。パドックを気持ちよさげに周回するメイケイエール。ホライゾンネット越しの表情も落ち着いて見える。

今度は大丈夫——と、誰もが思っていた。

7枠からスタートしたメイケイエールは外を回りながら好位につける。直線手前で先頭集団を捕まえにかかった。しかし、そこから伸びずどんどん後続馬群に飲まれて行く。結局、優勝したジャンダルムから、14番目でゴール板を通過した。

メイケイエールは、完成に向かう途中で、またひとつ壁にぶつかったレースとなった。

最後の挑戦となる三度目のスプリンターズS(2023年)

前年のスプリンターズSのあと、暮れの香港スプリントにチャレンジする。初の海外遠征で、気性面が心配されたが特に問題を起こすことなくゲートイン。2番人気に推され、好位追走から直線では先頭を伺うも、最後は外から伸びてきた馬たちに差され僅差の5着。充分に彼女の存在感をアピールした。

しかし、香港での激走がメイケイエールの覇気を奪ったのだろうか?

5歳となったメイケイエールは、その後精彩を欠く。春シーズンは高松宮記念を1番人気ながらも12着に大敗。続く安田記念は、スタートでの出遅れもあり15着で終わる。

そして、秋。泣いても笑っても、これが最後のスプリンターズSへのチャレンジだろうと誰もが思った。メイケイエール推したちは、こぞってパドックに集結し、最前列でカメラを構える。

好スタートを切ったメイケイエールは、引っ掛かることも無くスムーズに中団につける。4コーナー手前では外から順位を上げ、射程圏に取りついたかに見えた。

しかし——先頭に立つママコチャに一瞬並びかけようとしたものの、坂を上り切ると突き放されてしまう。内からマッドクールが、外からナムラクレアがメイケイエールに被さり、馬群の中でゴールする。ママコチャから0.4秒差の5着。

メイケイエールのスプリンターズSへのチャレンジは、ここで終了した。

3歳秋から三度挑み、三度敗れた。

しかしその敗北のひとつひとつが、彼女の「スプリンターズS挑戦の物語」を豊かにした。

メイケイエールが愛された理由

メイケイエールのレースは、常に予測不能だった。スタートで暴れ、掛かり、外へ膨れ、そして時に奇跡のような末脚を繰り出す——その「制御不能な才能」は、気性難が生んだドラマそのものだった。

武豊騎手が手綱を取ったとき、「この馬をどう導くのか」という課題が毎レースに宿ったという。調教師、厩舎スタッフ、そしてファンたち——多くの人が彼女の成長を見守り、気性と才能のせめぎ合いに心を寄せた。

そして、勝てなかったからこそ、メイケイエールはファンの心に残った。

GⅠを勝てば名馬として記録に刻まれる。しかし、勝てなかった彼女が記憶に残るのは、敗因が明確だったからだ。「足りなかったから」ではなく、「強すぎる個性が邪魔をしたから」。

その理由が、彼女をより深く、より強く、ファンの心に刻んだ。

完成された名馬は美しい。しかし、未完成のまま、もがきながら、時に眩い光を放って走る馬は、もっと美しい。

メイケイエールは、その象徴だった。

スプリンターズSが近づく秋に思い出すこと

今年もまた、秋の風が中山の直線の坂を駆け上がる頃、電撃の6ハロンがやってくる。

世界がコロナ禍で全ての生活サイクルをストップさせた、その直後。メイケイエールという「強すぎる個性」を持った牝馬が登場した。彼女は本馬場に登場する度、ファンたちをハラハラさせ、痛快感を与えた。そして、ファンたちの心を鷲掴みにした。

「アイドルホースオーディション2022」第1位

「アイドルホースオーディション2024 Sサイズ選抜部門」第1位

スプリンターズSのタイトルには届かなかったが、ファンたちの心の中では、間違いなくNo.1のスプリンターである。

スプリンターズSに三度挑んで、三度敗れた。それでも三度のスプリンターズSで彼女の名は刻まれている——その事実が、彼女をより深く、より強く、ファンたちの心にしみこんでいる。

スプリンターズSの歴史を振り返る時、何故かメイケイエールの名を思い出す。

勝者ではないのに、語り継がれる馬。完成されなかったからこそ、愛された馬。そして、短距離戦の歴史に「情緒」を与えた馬。

今年のスプリンターズSのパドックでも、ホライゾンネットを揺らしながら首を高く上げて周回する彼女の幻影を、私はきっと探しているだろう。

——何故ならメイケイエールは走らなくても、秋のスプリンターズSには欠かせない存在なのだから…。

Photo by I.Natsume

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