[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]福ちゃん競走馬になる(シーズン2-39)

頼む福ちゃん、じっとしていてくれ。福ちゃんがピクリとでも動くたびに、僕の心臓はビクンと跳ね上がります。10分間ほど福ちゃんと僕の睨み合いは続きました。「あとどれぐらいですか?」と山田厩務員に聞くと、「あと5分から10分ぐらいじゃないですかね。ここの道が空いていると、スムーズに着くんです」と教えてくれます。ようやく半分は超えたぐらいかと胸を撫で下ろしつつも気は抜けません。

福ちゃんもジッとしていられなくなったのか、前掻きをしようとしたり、足踏みをしてみたりと、ソワソワして動きが出てきました。しかし良く見ると、この馬運車は前も後ろも、左も右も固定されていて、ほとんど動けるスペースがありません。ある意味、馬たちにとっては拘束されているというか、立ち上がろうにも立ち上がれない、身動きが取れない状態に閉じ込められている感じです。さすがの福ちゃんも、これでは暴れられないのでしょう。僕は胸を撫で下ろしました。

馬運車は何事もなく小向トレセンに到着しました。後ろの扉が開いたときに差し込んでくる光のまぶしかったこと。たとえ身動きが取れない状態であったとしても、約20分間の馬運車を我慢した福ちゃんを目の当たりにして、大きな成長を感じました。北海道から川崎まで21時間の長旅を乗り越えたのですから、これぐらいの輸送はへっちゃらなのでしょうが、実際に同乗してみて、1年前の福ちゃんとは違い、ちゃんとドコフクカゼになったことを実感し、安心したのです。誰よりも僕にとっての能力試験に向けた良いスクーリングになりました。

能力試験当日、今回はドコフクカゼが競馬場に到着するシーンから撮影したいと思い、朝7時に先入りしました。15分ほどすると、時間どおりに馬運車がやって来ました。後ろ扉が開き、長友先生と志村さんが降りてきました。「おばようございまず」となぜか長友先生はガラガラ声です。北海道との往復で疲れがたまっているのかもしれません。「昨日飲んでカラオケで歌ったら、朝起きたら声が出ませんでした…」と申し訳なさそうにしています。おいおい、ドコフクカゼよりも調教師の仕上がりが悪くてどうすると心の中でツッコミを入れると、それを見透かしたのか、「調教師がノド鳴りですね」と志村さんも合いの手を入れてくれます。

朝7時とはいえ、すでに日差しが強く、この時点でも30度近くまで気温が上がっていたはず。馬運車から降りてきたドコフクカゼは、この日のためにメンコを付けていました。福ちゃんカラーのオレンジを下地に、碧雲カラーの紺碧色で福の文字と雲が額のところに書かれています。そして横にはカエルのマークが小さく入っています。無事に帰ってくることを願って。メンコを着けた姿は初めて見ましたが、とても似合っていて、目立ちますね。レースでどこを走っていても見つけられるのではないでしょうか。メンコの効果か、ドコフクカゼは意外にも落ち着いていて、のんびりと歩けています。

ドコフクカゼの能力試験は第1レース。4頭立ての3番。この日は全部で10レースが組まれていて、まだ2レース以降の馬たちは到着しておらず、実に静かな雰囲気です。第1レースに出走する4頭だけが装鞍所のミストの下を黙々と歩いています。1番の馬は明らかに大きく、とても2歳馬とは思えない馬格。あとから聞くと、すでに520kgもあるようです。その他の2頭に比べると、ドコフクカゼは背が高いこともあって、ひと回り大きく見えます。しばらくすると、志村さんがドコフクカゼの背に跨ってくれました。人間を背にしても、いつものことと言わんばかりに、大人しく周回できています。

30分ほど経ったのち、第1レースの各馬はパドックに入るように声が掛かりました。誰もいないパドックではありますが、福ちゃんが競馬場のパドックを歩く姿を見て、胸が高鳴りました。あの雪山に埋もれて、自分の力で出て来られるかどうか心配した子が、志村さんを背にパドックを回っている。暑熱対策としてパドックの横からもミストが放出されていて、オレンジのメンコを着けたドコフクカゼは僕の視界から消えたり、現れたりを繰り返しましたが、何度見ても、そこにはサラブレッドとして大きく成長を遂げた福ちゃんがいました。

もちろん、パドックを回るだけで能力試験に合格できるはずもありませんが、前回のスクーリングにて55秒以内で走れることは分かっているので、僕は全く心配していませんでした。むしろどのような走りを競馬場で見せてくれるのか楽しみで仕方ありません。能力試験のタイムや走りは、その馬の競走馬としての資質を示すものでもあります。スピードのある馬は当然のことながら速いタイムで能力試験も走りますし、その走りっぷりから、競走馬としての才能の片りんが垣間見えることもあるのです。

志村さんに代わって新原騎手が背に跨り、ドコフクカゼは本馬場へと向かいました。僕はドコフクカゼの大きなお尻を小走りで追いかけます。あっという間にドコフクカゼは向こう正面まで走り去ってしまいました。ドコフクカゼは僕の手を離れ、競走馬として自立しようとしているのです。これからの僕にできることは、遠くから声援を送ることだけ。

スタンドまで登り、この日のために買ったと言ってもよいハンディカムを構えます。まさに運動会のお父さんです。望遠レンズ越しに、ドコフクカゼがゲートに入ったのが分かります。全馬がゲートインしてからも、しばらく時が止まったように、スタートは切られません。

60秒間、ゲート内で駐立できなければならないのですが、傍から見ている人間でさえもソワソワして居ても立ってもいられなくなりそうです。早くゲートを開けてくれと心の中で願っていると、電子音と共にゲートが開いた音が響きました。ドコフクカゼはやや遅れて出て、新原騎手に押っつけられながら、ポンと出た前2頭を追いかけ始めます。

しばらくすると1頭交わし、もう1頭交わし、気がつくと最後の直線で先頭に立ちました。外から1頭が迫ってきますが、それを振り切ったところがゴール。あっという間の52秒5でした。

僕たちはスタンドを駆け下りて、ドコフクカゼが戻ってくるのを待ちました。志村さんと長友調教師に「ありがとうございます!」と言うと、「これで福ちゃんは競走馬になれましたね。今日のYouTubeチャンネルのタイトルは『福ちゃん競走馬になる』ですね」と志村さんから返ってきました。生まれた瞬間から競走馬にはなれないと言われた福ちゃんが、ついに競走馬になったのです。

(次回へ続く→)

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