
2026年11月1日天皇賞(秋)
馬番6番セイウンハーデスが東京競馬場のパドックに姿をみせた。これが最後のレース。ハーデスはそのことを知っているだろうか。おそらく再三にわたり厩舎スタッフは伝えていたはずだ。馬は言葉を理解しないが、察することはできる。なにか今日はいつもと違う特別な日にちがいない。きっと、そう思っていただろう。通い慣れた東京競馬場のパドックはまさに黒山の人だかり。大きなレースだということはわかったはずだ。プリンシパルSを勝ってたどり着いた4年前の日本ダービー、京都の菊花賞、エプソムCを勝って復活をアピールした1年前の天皇賞(秋)、ジャパンCではパートナーの幸英明騎手の姿がなかった。年が明け、7歳になると、幸騎手が戻っており、阪神の大阪杯に出走、安田記念のパドックも歩いた。勝った馬とはタイム差なし。あとちょっとで勝てた。悔しかった。

東京競馬場のGⅠパドックはこれが5回目。周囲をゆっくりと見渡しながら、いつもそばにいた厩務員にそっと伝える。「次こそ、勝つよ」と。パドックの内側にはオーナーの西山茂行氏、いつもの黄、紫三本輪、白袖の勝負服を着た幸騎手もいた。みんな、ここにいる。ハーデスにはそれが日常であり、奇跡でもあることをわかっていたのではないか。なぜなら、いるはずの人がいない時期を知っているから。日常はある日、非日常にガラっと変わる。生きていると、そんな信じられないことに直面することもある。日常の儚さは失わないとわからない。
ハーデスの物語は想像をはるかに超えて長い。当日、競馬場に駆けつけた鮫川牧場の人たちがそれを伝える。1929年、スターリングモア誕生。和暦でいうと、昭和4年。世界恐慌が起き、ニューヨーク市場が暴落。世界の混迷が口を開けた年だ。スターリングモアは小岩井基礎牝系のフローリスカツプの流れをくむ。日本競馬史における歴史の授業で習う世界からハーデスの物語ははじまった。スターリングモアの子孫に鮫川牧場が生産したトサモアーがいる。その枝葉は長い時をかけて広がり、鮫川牧場産では天皇賞(春)を勝ったリキエイカンがいる。牝系はほかにもスズカコバン、レイパパレを輩出した。トサモアー牝系は鮫島牧場で大切に育まれる。1974年、21歳になったトサモアーはランズプロントという牝馬を出産した。ランズプロントは22歳で死亡するまで、10頭以上の産駒を送ったが、はじめて生んだ牝馬がハーデスの曾祖母にあたるグレースウーマンだった。そしてゴールドグレースを経て、ハーデスの母ハイノリッジにつながる。放牧地で横になって休むことが大好きなハイノリッジはハーデスの前にペイシャノリッジ、セイウンノウヒメを出産しているが、2頭はすでに生まれ故郷に戻っており、鮫川牧場とスターリングモアの歴史はまだまだ続く。
スターリングモアの誕生からあと3年で100年。その末裔が東京競馬場でコースレコードを更新するなど重賞3勝をあげたのだ。ハーデスはスターリングモア牝系が現代のスピード競馬であっても互角以上に戦えることをその競走生活で証明してきた。2021年、エフフォーリアがコントレイルを破り、天皇賞(秋)を勝った当日、阪神競馬場でハーデスは初陣を迎えた。芝1400m、1番人気。2番手から抜け出す競馬で危なげなく勝利を収めた。翌年、プリンシパルSを勝ってダービーに駒を進めた。3勝目は4歳春の競馬法100周年記念。今思えば、スターリングモア牝系のハーデスが勝つのは必然のように思える。その後は新潟大賞典2着で重賞通用の手応えをつかみ、七夕賞へ。夏のみちのくで念願のタイトルをつかんだ。好事魔多し。その後、ハーデスは屈腱炎を発症していまう。腱の損傷率は22.5%。『サラブレッド大辞典』(カンゼン刊)によれば、10%台で約1年。20%台となると、いつ復帰できるかわからない。ハーデスは競馬場から姿を消した。だが、そんな状況から約1年4カ月で競馬場に戻ってきたのは奇跡といっていい。ハーデスの生命力の強さと治療に関わったすべての人々の努力のおかげだ。これほどの屈腱炎を患った以上、この先はいつ引退になるかわからない。一戦一戦が勝負だった。陣営も間隔を詰めずじっくり状態を見極めてきた。
こうして真の復活の日。エプソムCを迎える。舞台は東京芝1800m。馬場発表は稍重。6番人気だったハーデスはメイショウチタンとシュトラウスが演出するハイペースのなか、気分よく好位の後ろを走る。2ハロン目10秒5を皮切りにゴールまですべて11秒台が続くという我慢比べのような流れがハーデスの力を呼び覚ます。1頭、比べものにならないほどの末脚で先頭に立つと、追いかける同級生2頭、ドゥラドーレス、トーセンリョウを寄せつけることはなかった。重賞2勝目。しっかり休んで、さあ秋は天皇賞だ。関係者全員がそんな青写真を描いたはずだ。

しかし、この夏、幸騎手が中京競馬場で落馬してしまい、右踵を骨折してしまった。ハーデスが東京競馬場のGⅠに戻ったとき、その背に幸騎手はいなかった。翌週、幸騎手が戻ってきた。ただちにジャパンCでコンビ再結成が発表された。ところが、当日、その背には津村明秀騎手。ジャパンCの前週、幸騎手はまたも落馬してしまい、今度は長期休養やむなしの重症だった。折れた肋骨が肺に刺さり、心臓を圧迫するという生命の危機に瀕していた。
7歳初戦の中山記念。その1ヶ月ほど前に復帰した幸騎手が再びハーデスにまたがった。今年こそはこのコンビで夢を。そんな未来を描いた。ところが今度はオーナーの西山茂行氏が急性骨髄性白血病で入院。大阪杯のパドックに立てなかった。ハーデスの屈腱炎、幸騎手の負傷、そして西山オーナーの大病。ハーデスが重賞を勝った七夕賞まで存在した日常の風景が思うように描けなくなった。こうも現実は変わりゆくものなのか。だからこそ、日常を当たり前として受け流してはいけない。しかし、わかっていても、人は時間に追い回される生き物。なかなか瞬間瞬間を切り取り、大事に胸に留めることは難しい。だからきっと、人は後悔ばかりが残るのだろう。

タイム差なしの4着に健闘した安田記念も西山オーナーの姿はなく、ハーデスの日常はどこか欠けたものになっていた。そして、7歳秋。毎日王冠のパドックに西山茂行氏が姿をみせた。難しい治療だったそうだが、見事に成功した。幸騎手、西山茂行氏とともに。ようやく自分の景色を取り戻したハーデスは、まるで競走能力そのものも元に戻ったかのように躍動し、毎日王冠を勝った。上位人気に推された3、4歳馬の活力を上回るほどの溌剌とした競馬だった。遠く北海道浦河の鮫川牧場ではテレビの前で従業員たちが雄たけびをあげ、その様子を撮影していたスマホがひっくり返った。みんながこの日を待っていた。いや、この日がくることを信じていた。引退という二文字が常に頭にあったハーデスが重賞3勝目をあげる。それだけで十分といえば十分だった。これ以上は欲張りというもの。そんな思いもあるにはあった。だが、ハーデスには取り戻らないといけない忘れものがあった。それが幸騎手を背に走る天皇賞(秋)だ。西山茂行氏は天皇賞(秋)をハーデス最後の競馬に決めた。

100年続く血の物語。屈腱炎を克服し、重賞を勝ったサラブレッド、度重なるケガから復活した騎手、大病を克服した馬主。わずか5年間という短い時間に凝縮された物語は2026年11月1日、最終話を迎える。天皇賞(秋)当日はハーデスが競走馬として第一歩を踏み出した日だ。丸5年間の競走生活の最後。ハーデスはどんな思いでパドックを歩きながら感じていたのか。私はじっとその姿を見つめ、ハーデスに想いを馳せた。前後肢をリズミカルに動かし、まるで最後のGⅠの景色を楽しんでいるかのようだった。
午後3時40分。私はハーデスの単勝を購入し、4階のカメラマン席へ。双眼鏡を覗き、2000mのスタート地点をじっと見つめる。2コーナーまできれいに回ってこられれば、なにかを起こせる。そう信じていた。スタートが切られ、ハーデスは軽快に2コーナーへ入っていく。枠なりに左右に動くことなく、申し分ない序盤だった。向正面では先行勢の後ろ、中団馬群との間に位置する。周囲に馬がいない最高のポジションだった。レースは淡々と流れ、4コーナーから最後の直線に滑り込む。幸騎手の手綱が動いたのは先行勢の外に持ち出すときだけ。まさに抜群の手応え。外から楽な手応えで前の馬たちをかわしていく。残り400m。幸騎手がステッキを入れ、合図を送る。ジリジリと伸びるハーデス。一旦は先頭に立つ。「ハーデス!幸!がんばれ」カメラマン席から檄を飛ばす。残せる。そう思った直後残り200mでハーデスは内にササりはじめた。疲れたのだ。天皇賞で真っ向勝負を挑み、先頭に立たんとした地点までが精いっぱいだった。後ろに下がっていくハーデスを私は祈る思いで見つめた。お疲れさま。あとは無事にゴール板を通過してくれ。こうしてハーデスは最後のレースを終えた。10着だった。ハーデスが5年に及ぶ現役生活で身につけた力をすべて出してくれたことに感謝しないといけない。勝利を目指し、戦う姿勢を最後まで貫き通したハーデスに心から拍手を送りたい。西山オーナーに見送られ、幸騎手を背にして走り抜いた1分57秒7は自身の2000mレコード。立派だった。そして、第174回天皇賞(秋)は永遠のものとなった。

2026年11月10日大安。セイウンハーデスは生まれ故郷浦河にあるイーストスタッドに帰る。西山オーナーが花嫁をたくさん用意してくれるという。鮫川牧場には母のハイノリッジが元気に暮らしており、牝系を担う後継繁殖牝馬もいる。そして、ハーデスは100年続く血を父系として後世に残すという次の仕事を来春からはじめる。物語にはまだまだ続きがある。スターリングモアが誕生してから101年後の2030年。父セイウンハーデスの2歳馬が競馬場を走る。物語の次の1頁をめくる日を心待ちにしながら、私は自分の日常を精一杯生きることにする。
写真:みき、ぼん(@Jordan_Jorvon)、はまやん
![[今週の注目]スプリント女王への扉を開け!インプロペリア、飛躍の秋へ](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/11/0O9A2642-300x200.jpg)
