「1強」の重圧をしりぞけて~ロジユニヴァース・2009年弥生賞~

クラシック路線が始まると、我々は無意識のうちに世代を代表する馬達を追い求めている。

テンポイト・トウショウボーイ・グリーングラスのTTG世代、ナリタタイシン・ウイニングチケット・ビワハヤヒデのNWB世代などの3強世代もあれば、ディープインパクトやコントレイルのように1頭が話題を独占するクラシックもある。

今年はどんな馬達が、どんな激闘を、どんな熱いドラマを私達に見せてくれるのだろうか──。そんな想いを巡らせ始めるのが、弥生賞からというファンは多いだろう。それは同時に春の訪れを我々に告げる、いわば一つの風物詩である。

そして我々がクラシックを語るうえで、今やよく聞くフレーズの一つとなった「伝説の新馬戦」。

そのフレーズを筆者が初めて耳にしたのは、2008年の「伝説の新馬戦」。1着から順にアンライバルド、リーチザクラウン、ブエナビスタ、スリーロールス。

それぞれ後に皐月賞、ダービー2着、牝馬2冠、菊花賞と、翌年のクラシック路線を席巻した。

そのリーチザクラウンをラジオNIKKEI杯2歳Sで下したネオユニヴァースの息子、ロジユニヴァースは3月の弥生賞時点で既にクラシック最有力候補に躍り出ていた。


脚の曲がり具合──それがロジユニヴァース陣営にとって、育成段階での大きな悩みの種だった。

脚の外向や内向具合というのはその幼駒が大成するかどうかを示す一つの指針とされており、武豊騎手に初のG1制覇をもたらしたスーパークリークも、幼駒時代は脚の外向により購入を避けられたとの話が残っているほどだ。

その曲がり具合は中央でのデビューを躊躇させる要因の一つとするには十分すぎたらしく、素質がありながらも、生産者である吉田勝己氏は地方でのデビューを視野に入れていたという。

しかしロジユニヴァース1歳の2007年夏、北海道旅行中であった久米田正明氏が吉田氏と知り合い、次年度から本格的に馬主業に乗り出す予定であった久米田氏はそのままロジユニヴァースを購入。これにより、JRAでのデビューが決定的となった。

そしていざデビューしてみると、初戦の阪神では好位から鋭く伸び快勝。
続く札幌2歳Sでは、先団で粘る道営勢2頭をあっさり捉え、2連勝。

朝日杯FSをパスし、阪神のラジオNIKKEI杯2歳Sへと駒を進めた。

ここではスペシャルウィーク産駒・リーチザクラウンと武豊騎手が1.3倍の圧倒的支持を集め、ロジユニヴァースは5.8倍の2番人気にとどまる。

ところが蓋を開けてみれば4馬身差の快勝劇。

いくらオーバーペースで逃げていたとはいえ、未勝利、千両賞と圧勝を続けていたライバルすらあっさり叩き落としたその結果は衝撃的で、当時ほとんどは朝日杯を制した馬が満票となっていた最優秀2歳牡馬選出の際、31票もの票がロジユニヴァースに入るほどだった。

そして年が明け、各路線にて実力馬が始動する3月。
ロジユニヴァースの始動戦には、王道である弥生賞が選ばれた。

既に2月のきさらぎ賞にてリーチザクラウンが始動戦を快勝し、そのリーチザクラウンを新馬戦で下したアンライバルドも1月の若駒Sを圧勝。更には阪神JFでその新馬戦3着だったブエナビスタが圧勝したことから、徐々にこの3頭の実力は疑いようがないものであると言われ始めてきていた。

この牡馬2頭に、ラジオNIKKEI杯2歳Sを圧勝したロジユニヴァースを加えて「3強」とする──弥生賞を前にして、既に牡馬クラシックの勢力図はほぼ確定していた。

弥生賞では、2歳王者セイウンワンダーと初対決になるとはいえ、3強の1角としてこの1戦を落とすわけにはいかない。ファンのそうした期待は、単勝1.3倍という数字が何より雄弁に物語っていた。

4.8倍とはいえ、かなり離れた2番人気にセイウンワンダー。
3番人気の京成杯覇者アーリーロブストですら8.1倍。
その後ろ、4番人気のケイアイライジンが18.3倍。

この日の観客の多くは、セイウンワンダーとロジユニヴァースの対決ではなく、ロジユニヴァースがいかに強い勝ち方を見せるのか、ただそれだけに注がれていたと言っても良いだろう。


レースが始まると、そんな期待を一身に背負っているはずのロジユニヴァースが、なんと先頭を主張していく。
これまでの3戦で見せた好位抜け出しや中団差し切りとは一転したその戦法に、俄然場内が沸きついた。
一方の2歳王者セイウンワンダーは4,5番手を追走。その後ろに、こちらも逃げた前走とは対照的に中団からアーリーロブストが先頭を見る形。

しかし、ほとんど一団でレースは進む。1000mのタイムは1分2秒。

少頭数とはいえスローペースで先頭を進む大本命に、潰されるのを嫌ったか誰も競り掛けていかない。

この時点で既に勝負は決まっていたのかもしれない。
動かない先団にしびれを切らしたか、ハイローラーと中館騎手が3コーナーで後方2番手から進出を開始。それを合図に一気に馬群が凝縮してゆく。ミッキーペトラが先頭に並びかけ、レオウィザードの外からセイウンワンダーが上がってくる。

しかし、先頭の大本命は各馬と明らかに手ごたえが違った。

勝負所で詰め寄られ、ピッチの上がった9頭を従えるロジユニヴァースが、展開としては明らかに苦しい流れのはず。
──にもかかわらず、当のロジユニヴァースが全く微動だにしないどころか、涼しい顔をして先頭を走り続けている。

直線、内からモエレエキスパート、中からミッキーペトラ、外からセイウンワンダー。

3頭と3人が先頭めがけて迫り始めたその時。
それを待っていたのかのように、ロジユニヴァースはもう1段階、ギアを上げた。

横山典弘騎手の右鞭がぴしりと1発入ると、迫りくる各馬を嘲笑うかのように突き放す。
坂を登り切って、4コーナーで迫ってきた2歳王者は馬群に飲まれ、沈む。
スローペースで末脚勝負になるはずの後続も、引き離される一方だった。

その差、2馬身と2分の1。

どう足掻いても本番でこの差がひっくり返ることはないように見えた。
逃げて強し、差して強しの自在性に富んだ3歳馬とは思えぬ脚質の幅。
ミスターシービー以来26年ぶりの1番人気の関東馬による制覇という偉業。
そして、2歳王者を沈めたレースセンス。

「3強から1強へ」そんな言葉が、より一層現実味を帯びてきた瞬間だった。

その翌週、スプリングSをアンライバルドが快勝。
とはいえ最早ロジユニヴァース1強ムードが漂っていたクラシックロードに、評価が一転するような衝撃が落ちてくることは無かった。


しかしその評価は、いともたやすく打ち砕かれた。
不利な1番枠、超ハイペース。様々な悪条件が重なった皐月賞は14着敗退。
1.7倍を大きく裏切る惨敗の裏で、残りの1強、アンライバルドが皐月賞馬に輝いた。

そして、1か月後の日本ダービー。
昼過ぎから強くなった雨はみるみるうちに馬場を悪化させ、40年ぶりとなる不良馬場で行われた競馬の祭典。1番人気は2.1倍でアンライバルド。離れた2番人気に7.7倍でロジユニヴァース。
更にその後ろに9.9倍の5番人気が皐月賞13着のリーチザクラウンと、皐月賞とは完全に立場が逆転してしまった。

とはいえ、皐月賞とは違い「無敗」という重圧が消え、ファンからの期待が薄れたからこそ、馬も人も平常心で乗れたのかもしれない。

NHKマイルC馬ジョーカプチーノの大逃げにも心を乱されず、気の向くままに走る。

──そして直線。

父スペシャルウィークと同じ勝負服を纏うリーチザクラウンを内から交わし先頭に躍り出る。

アンライバルドは後方のまま。
追いすがるリーチザクラウンも、はるか後方。

夢に見た栄光のゴールは、あっけなく、しかし豪快に。

父は初年度産駒から父子制覇、アンライバルドと合わせての2冠制覇という大記録を遂げ、鞍上は15回目の挑戦で遂にダービージョッキーの称号を手にした。

「状態が良くないと感じていて、馬を信用できなかった自分が情けないです。馬のリズムだけしっかりと整えて、負担をかけないように考えて乗ったけど、直線は本当に長かった。馬がよく辛抱してくれた」

横山典弘騎手 2009年日本ダービー勝利ジョッキーインタビューより

西高東低と言われ続ける美浦、ダービーでは2着が多かった横山典弘騎手、自身を見出してくれた新米オーナーへ、最高の形の恩返しとなるダービー制覇。                                                                              

様々な意味で過去を払しょくできた──そんな偉業を祝うかのようなクールダウンシャワーを浴びながら、横山典弘騎手は馬上からスタンドへ一礼した。


──しかし、激走の反動は大きく、ロジユニヴァースは菊花賞を回避。

最後の「伝説の新馬戦」デビュー馬、スリーロールスと浜中俊騎手が人馬共に初G1を制覇し、ダービーからぶっつけで臨んだアンライバルドは15着、リーチザクラウンは5着で結局無冠に終わる。

その後、スリーロールスは有馬記念で競走中止し、引退。

アンライバルドは有馬記念15着後1年以上休養し、2011年に金鯱賞で復帰するも5着に敗れ引退。

リーチザクラウンは持ち前の気性が災いし、安定した成績を残せないまま引退。

ロジユニヴァースも翌年3戦後長期休養し2012年に復帰したが、もはやかつての類稀なレースセンスと先行力は見る影もなく最後方追走、惨敗し引退に追い込まれた。

我々がときめいた久しぶりの「3強」クラシックの活躍馬たちは、古馬になってからその真価を見せることなくターフを去っていった。

しかし、ダービー4着馬のナカヤマフェスタは後に宝塚記念を制し、凱旋門賞2着。
更に、NHKマイルCを制したジョーカプチーノは、怪我の回復後再び覚醒し、高松宮記念で1番人気に支持されるまでになった。

アンライバルド、ロジユニヴァースに至っては完全な状態で走ったことは、ダービー以降一度もなかったと言って良いだろう。

「IF」でしかないが、もし彼らが無事に菊花賞以降も走り続けていられたとしたら──。


そして今年もまた、クラシックの季節がやってくる。
果たしてどんな勢力図が、今年のロードマップには描かれるのだろう。
10回やれば10回とも結果が変わるのではと思えるようなクラシックか。はたまた3冠を意識させるような絶対的王者の君臨があるのか。

そんな我々のときめく想いを乗せ、クラシックロードが幕を開ける。

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