皆さんは地方競馬の馬券を購入されるでしょうか?
購入されるという方は、どのような手段で購入されるでしょうか?
現地の競馬場、場外馬券場、あるいは電話投票システム(以下ネット投票)と、様々な投票方法がありますが、なかでもネット投票を利用している方は結構多いのではないかと思います。
平成27年4月~平成28年3月の実績を見てみると、全地方競馬場の総売得金のうちネット投票が占める割合は57.33%と、半数を超えています。その中でも、門別の71.27%、高知の83.94%の二つは特に目立ちます。総売得金だけを見ても、JBC開催翌年の岩手を例外とすれば、ほとんど全てが前年比100%超えを達成し、地方競馬全体でも前年比111.6%と伸びています。
このように、ネット投票の普及、とりわけJRAIPATを利用した地方競馬のネット投票システムが導入されてから、地方競馬の状況は大きく上向いたと言ってもいいのではないでしょうか。
しかしこの状況はごく最近のことです。地方競馬のネット投票システムが現在の状況で確立されてからはまだ10年ほど。いわゆる地方競馬IPATが開始されたのは2012年のことですから、まだ5年も経っていません。
ネット投票が一般的となるまで、地方競馬を取り巻く状況は大変厳しいものでした。
そうした状況を、今一度振り返っていきたいと思います。
80年代から90年代にかけてのバブル景気で経済状況は上向き、地方競馬の売り上げは右肩上がりで上昇しました。極端に言えば、何もしなくても馬券が売れる時代がやってきたのです。しかしその後訪れる状況を、その当時、どれくらいの競馬ファン・関係者が予期していたでしょうか。
日本がバブル崩壊を迎えて経済状況が悪化した事と、娯楽の多様化が相まって、地方競馬の売り上げは一気に落ち込んでいくことになりました。各地で赤字を積み重ね、賞金の削減やそれに伴う競走馬の流出、そして関係者のモチベーションの低下という悪循環に陥ることになったのです。
そしてついに2001年、大分県の中津競馬の廃止が決まりました。これを皮切りに各地で続々と地方競馬場の廃止が続いて行くことになります。
ここでは2000年代以降廃止となった地方競馬場について、ご紹介していきたいと思います。
九州地区
・中津競馬場(1933年開場―2001年廃止)
大分県中津市にあった競馬場です。九州スプリントカップや女性騎手招待競走「卑弥呼杯」などが行われていました。
廃止に関しては累積赤字を理由に市長の突然の発表がなされ、さらに、予定されていた最後の開催を待たずに廃止になるという騒動がありました。
2015年調教師に転身した兵庫の有馬澄男元騎手、女性騎手の小田部雪元騎手などが当地の所属でした。また現在は川崎所属の杉村一樹騎手、ホッカイドウ競馬所属の服部茂史騎手、高知所属の中西達也騎手などは、ここでのデビューをした騎手たちでした。
荒尾競馬場(1928年開場―2011年廃止)
熊本県荒尾市にあった競馬場です。荒尾ダービー、九州記念、大阿蘇大賞典、九州王冠などが行われていました。現在は佐賀競馬場で開催されている九州産馬の最高峰「霧島賞」も、当時は荒尾で開催されていました。
荒尾競馬が生んだ名馬としては24連勝を記録したキサスキサスキサスが有名ではないでしょうか。
現在は佐賀所属の女性騎手岩永千明騎手、田中純騎手、船橋所属の西村栄喜騎手、ホッカイドウ競馬所属の宮平鷹志、浦和所属の吉留孝司騎手などが荒尾でデビューしていました。
JRAでは函館競馬場が海の見える競馬場として有名ですが、地方では荒尾競馬場が向正面奥が開け、有明海を見渡せる開放感のある競馬場でした。
中国地区
益田競馬場(1947年開場―2002年休止)
島根県益田市にあった競馬場です。サラブレッドではなくアラブがメインのレースが開催されており、ウズシオタロー、ニホンカイキャロル、ニホンカイユーノスなど、多くのアラブの名馬を輩出しました。
また、当時の女性騎手最多勝記録を保持していた吉岡牧子元騎手は益田競馬の所属でした。その他では現在免許失効中ではありますが、大井所属で活躍した御神本訓史元騎手も当地に所属していました。御神本元騎手は現在免許失効中ではありますが、天才的な騎乗センスがあるカリスマ性を持った騎手だと思いますので、何とか復活してほしいところです。その他では浦和所属の秋元耕成騎手、岡田大騎手、笠松所属の花本正三騎手が当地でデビューしています。
福山競馬場(1949年開場―2013年廃止)
広島県福山市にあった競馬場です。こちらも益田と同じくアラブがメインの競馬場でした。重賞競走は数多く行われ、ローゼンホーマ記念、福山ダービー、西日本グランプリ、金杯、福山大賞典、ファイナルグランプリなどが行われました。
アラブの名馬も数多く、ミスタージョージ、ローゼンホーマ、スイグン、モナクカバキチなどを輩出しました。
2011年と2013年開催最終日に訪れましたが、福山競馬最後の日はさすがに大勢の競馬ファンが訪れ、場内の熱気は凄いものがあり、絶頂期はこういう感じだったのかな、いやもっと凄かったのかなと思いを馳せました。
最後のセレモニーでは騎手一人一人が挨拶を行い、笑顔で締めくくる騎手、涙を見せる騎手、感情を出すまいと思いながらもいざ話し始めると声が詰まってしまう騎手、様々な表情がありました。そこへファンからあたたかい声が飛びます。しかし全てがそういった声ではありませんでした。廃止を決めた主催者に対する野次、罵声も数多く聞かれたのを覚えています。
福山競馬出身の現役騎手では、現在JRA所属の岡田祥嗣騎手、高知所属の三村展久騎手、嬉勝則騎手、ホッカイドウ競馬所属の松井伸也騎手、名古屋所属の山田祥雄騎手、佐賀所属の渡辺博文騎手、大井所属の楢崎功祐騎手がいます。
甲信越地区
三条競馬場(1928年開場―2001年廃止)
三条競馬は様々な主催者により開催されてきましたが、1965年からは新潟県競馬組合の主催として、JRAの新潟競馬場と共に「新潟県競馬」として開催されていました。
しかし、累積赤字を積み重ね、改善は困難との見通しにより、2001年に三条競馬は廃止され、翌2002年には新潟競馬も廃止となり、新潟県競馬は姿を消しました。
三条ということではありませんが、新潟県競馬の出身として、中央移籍後ダートグレード5勝、ジャパンカップにも出走したスノーエンデバー、同じく中央移籍後小倉記念を制したスノージェットなどがいます。
現在笠松所属の向山牧騎手、川崎所属の酒井忍騎手は三条競馬でデビューしています。
北関東地区
北関東は足利、宇都宮、高崎の3場で「北関東公営競馬」として開催されていました。
足利競馬場(1969年開場―2003年廃止)
足利競馬場は栃木県足利市にあった競馬場です。市営の競馬として開催されていました。
足利記念などが行われ、晩年には「北関東HOT競馬」として宇都宮競馬、高崎競馬と人馬の交流、北関東グレードの制定など連携を行っていましたが、やはり経済状況の悪化、売上の回復も見込めないことから2003年に廃止となりました。
現在南関東のトップジョッキーとして活躍している船橋所属の森泰斗騎手は足利競馬でデビューしています。2016年南関東三冠の一冠目羽田盃をタービランスで制し、高崎競馬出身の浦和の水野貴史調教師と共に元北関東コンビの勝利として報じられたのは記憶に新しいところです。
高崎競馬場(1924年開場―2004年廃止)
群馬県高崎市にあった競馬場です。
高崎競馬場では、ダートグレード競走群馬記念が開催されていました。勝ち馬にはホクトベガ、ストーンステッパー、ビーマイナカヤマ、ノボジャック、マイネルブライアン、ストロングブラッドなどがいます。
高崎競馬も累積赤字によって2004年12月31日の開催を最後に廃止となったわけですが、最終日は大雪に見舞われて第8競走を最後に以降の競走が取り止めとなり、最終レースまで行われずに高崎競馬が幕を下ろした……というのは、地方競馬ファンには有名な話ではないでしょうか。
現在は競馬番組などで活躍されている赤見千尋元騎手、2015年大井のリーディングジョッキーとなった矢野貴之騎手は当地でデビューしています。
廃止後はBAOO高崎、高崎場外発売所(ウインズ高崎)として地方、中央の馬券を発売していましたが、「群馬県コンベンション施設整備基本計画」の着工により、ウインズ高崎は2014年6月1日に営業を終了しました。
2012年に訪れた時は中央、地方共に馬券を発売しており、パドック跡、コース跡、ゴール板跡もほぼそのままの状態で残されていました。
宇都宮競馬場(1933年開場―2005年廃止)
栃木県宇都宮市にあった競馬場です。
宇都宮競馬場では4回限りではありましたが、ダートグレード競走とちぎマロニエカップが開催されていました。勝ち馬にはビーマイナカヤマ、ノボトゥルー、ビワシンセイキがいます。
宇都宮競馬場も晩年は赤字が重なり、足利、高崎の後を追うように2005年3月14日のレースをもって開催を終了、廃止となりました。
宇都宮競馬からは全国レベルでも活躍した名馬が生まれました。ダートグレード競走さくらんぼ記念を制し通算43勝の戦後サラブレッド最多勝記録を持つブライアンズロマンは「栃木の怪物」と呼ばれ、同じくダートグレード競走東京盃、TCK女王盃を制し、JRAのユニコーンSでも2着の成績を残した栃木三冠馬のベラミロード、唯一北関東三冠を制したフジエスミリオーネなども輩出しています。
また、ブライアンズロマン、ベラミロードの主戦として活躍した内田利雄騎手は宇都宮競馬廃止後、さすらいジョッキーとして日本国内に限らず、マカオ・韓国など世界各地の競馬場で期間限定所属として渡り歩き、現在は浦和所属として現役を続けています。その他では野澤憲彦騎手が船橋所属、藤江渉騎手が川崎所属として騎乗しています。
東北地区
上山競馬場(1958年開場―2003年廃止)
山形県上山市にあった競馬場です。
上山競馬場ではダートグレード競走さくらんぼ記念が開催されていました。勝ち馬にはスノーエンデバー、タマモストロング、ロングカイソウ、ストロングブラッドなどがいます。
上山競馬場もバブル時にはかなりの売り上げを記録し、市の財政に貢献していたようですが、バブル崩壊後は他場と同じく低迷し、2003年に廃止となりました。
上山競馬出身の騎手では江川伸幸騎手、庄司大輔騎手が船橋所属、関本淳騎手が盛岡所属、服部大地騎手、吉田晃浩騎手が金沢所属、馬渕繁治騎手がホッカイドウ競馬所属として現役を続けています。
廃止後は「ニュートラックかみのやま」として南関東、岩手の馬券を発売していましたが、現在は近くに移転し、競馬場跡地は東和薬品の工場となっているようです。
北海道地区
旭川競馬場(1975年開場―2008年休止)
北海道旭川市にあった競馬場です。一時期はホッカイドウ競馬の平地競走とばんえい競馬を両方開催していましたが、ばんえい競馬が旭川から撤退し、ホッカイドウ競馬も2009年から札幌競馬場、門別競馬場での開催に移行し(2010年以降門別単独開催)、旭川競馬場自体は休止となりました。
開催最終年となった2008年8月のダートグレード競走ブリーダーズゴールドカップ当日に訪れましたが、当日は開催前に厩舎見学会のようなイベントがあり、そんな時間には無料バスが当然ありませんので、路線バスで途中まで行き、あとは徒歩で高台を上った記憶があります。
休止後は施設は全て解体され、現在では横浜ゴムが跡地を買収し、タイヤのテストコースが作られたようです。
岩見沢競馬場(1965年開場―2006年休止)
北海道岩見沢市にあった競馬場です。こちらもホッカイドウ競馬、ばんえい競馬両方を開催していましたが、ホッカイドウ競馬が1997年に撤退し、ばんえい競馬のみの競馬場となり、ばんえい競馬も2006年で撤退したため休止となりました。
北見競馬場(1974年開場―2006年休止)
北海道北見市にあった競馬場です。こちらは当時旭川、岩見沢、帯広、北見4場で開催していたばんえい競馬のみの開催でした。
ばんえい競馬も赤字が積み重なり、2006年に帯広単独でばんえい競馬が存続することが決定し、北見競馬場も2006年に休止となりました。
このように2001年の中津を皮切りにおよそ10年の間に12場もの競馬場が廃止・休止となりました。
現在地方競馬としては冒頭に述べましたように売り上げは下げ止まり、さらに回復傾向にはありますが、今後も何が起こるかはわかりません。社会情勢・経済状況の変化、更には自然災害も考えられます。
主催する地方自治体にとって、赤字となればいわゆる「お荷物」となってしまうわけですから、現在の回復傾向を続けていかなければ、また廃止という論議が起こることも考えられます。
そして、一旦「廃止」という決定がなされてしまえば、その決定を覆すことはほぼ不可能といっていいでしょう。廃止になってしまうからと馬券を買い始めても、競馬場にどれだけファンが訪れてもその競馬場は姿を消してしまいます。そして廃止後もスタンド、馬場が残るとは限りません。場外馬券売場として活用されているところもありますが、公園・企業誘致として再利用されるところ、あるいは取り壊されて更地のまま用途が未定なところなど、様々です。
廃止となった競馬場では人も馬も全てに行き先があるわけではありません。処分されてしまう馬も存在します。
地方競馬の廃止を防ぐ、そして底上げをしていくということは、長期的な話にはなりますが、日本の馬産を支えるということにも繋がるかと思います。
中央競馬のスターとして活躍できる馬はほんの一握りにすぎません。いわゆるピラミッドの頂点に位置する馬たちです。その下には下級条件の馬が多数在籍し、かなりの割合の馬たちが未勝利のまま中央を去ります。
そもそも競走馬としてデビューするサラブレッドが全て中央競馬からデビューするわけでもありません。中央競馬を去る馬、そして地方競馬からデビューする馬など、地方競馬全体が日本のサラブレッドのかなりの受け皿となっています。
競走用馬の飼養状況のデータによれば、1994年の時点では中央競馬6427頭に対し、地方競馬は24850頭と地方競馬が約4倍もの競走馬を抱えていました。その後廃止が続き、2014年では中央競馬7846頭に対し、地方競馬は10041頭と1.5倍ほどになっていますが、それでも地方競馬が受け皿になっているということは確かでしょう。
どうしても社台グループの生産馬、セレクトセールの取引額などが印象に残りますが、日本のサラブレッドの約8割は社台グループではなく日高地方で生産されています。中小の生産者からスターホースが現れることもありますが、やはり大手の牧場と比べると様々な点で不利なことは否めません。地方競馬の賞金がどんどん下がり続け、生産馬が安く買い叩かれ、コストが回収できない、投資をする余裕もない、となればいくら馬産を続けても赤字が続いて行くだけで中小の生産者がどんどん減少していくという悪循環に陥るのも仕方ないでしょう。実際、小~中規模の生産者の数は減少を続けており、サラブレッドの生産頭数もピーク時に比べると約半数まで減少しています。
現在は地方競馬でも底まで下がった賞金を増額する競馬場も出てきましたが、ピークの頃と比べるとまだまだ低い水準です。今後も売り上げの回復が続いて経営状況が上向いていけば、更なる賞金アップも当然あるでしょう。そして地方競馬の底上げに伴って競走馬が再び適正な価格で取引されていくようになれば、日本の馬産も新たな展開を見せていくかもしれません。
ですから、皆さんにはどんなきっかけでも結構です、地方競馬に興味をもっていただきたいと思います。既に興味を持っていただいている方は、中央競馬しかやらない人に是非地方競馬の存在について教えてあげて下さい。私の周りにも「えっ、競馬って土日だけじゃないの?」という人が結構います。地方競馬に興味を持っていただいたなら、手段はどうであれ、少しずつでも是非応援としての意味も込めて、馬券を買っていただきたいと思います。馬券が当たればファンにも還元されるわけですから。そしてもし条件が合えば地方の競馬場を是非訪れてみて、各地の雰囲気を体感してみてください。
今の時代では難しいかもしれませんが、いつかまた、オグリキャップやイナリワン、ハイセイコーのような地方育ちののスターホースが現れ、中央競馬のスターとガチンコ勝負を繰り広げるシーンが訪れたら、また今とは違った「熱い競馬」が展開されていくのではないでしょうか。
参考:
地方競馬開催成績、地方競馬情報サイト
2016/6/22 http://www.keiba.go.jp/nar/holding-result.html
馬関係資料、農林水産省生産局畜産部畜産振興課 平成28年3月 p8~14
写真:馬人