不沈艦の旅程は永遠に - 2015年有馬記念 ゴールドシップのラストランと引退式

有馬記念とゴールドシップ

近代競馬発祥の地はイギリスと言われている。その近代競馬が「洋式競馬」として日本に伝わったのが西暦1860年ごろ。そしてイギリスの競馬を模倣する形で日本国内で開催され、戦乱などの様々な困難を乗り超えて発展を遂げてきたのが、日本近代競馬である。

その歴史の中で、日本独自の大レースとして国民的な支持を得ているのが有馬記念だろう。プロ野球のオールスターゲームのようにファン投票で出走馬を決め、クラシックを走り終えた3歳馬と古馬戦線を走り終えた古馬がぶつかり日本一の馬が決する──欧州ではオフシーズンとなる年末(真冬)に開催される1年の総決算的なレースとして創設されたのが、中山グランプリであり、後の有馬記念である。

競馬界・競馬ファンにとどまらず、有馬記念は国民的な行事・祭典として認識されていることだろう。「有馬記念だけは馬券を買う!」という人も多い。紅白歌合戦のような、年末ジャンボ宝くじのような…なにかこう、普段は興味がない人でも惹かれてしまう、そんな魅力があるのが有馬記念である。

そして有馬記念の特色であり、大きな魅力のひとつが、数々の名馬の引退レースとして使われてきたことである。

歴史を振り返ると、オグリキャップ、トウカイテイオー、ディープインパクト、オルフェーヴル、キタサンブラック…と、有終の美を飾り、有馬記念で感動の大団円を迎えた馬は多い。一方で、スペシャルウィーク、テイエムオペラオー、ゼンノロブロイ、ブエナビスタたちのように、最後は敗れて後進に道を譲るかのようにターフを去る馬もいる。

2015年12月27日、この日も1頭の不世出の個性的な名馬が引退レースを迎えていた。有馬記念はなんと4回目の出走、デビュー時は灰色だったその馬体は真っ白になり、GIレース4勝を共に制したかつての相棒・内田博幸騎手を鞍上に据えたゴールドシップである。

競馬のレースにおいて、馬は皆が主人公でありつつ、同時に誰もが主人公でないとも言える独特の世界が広がる。各馬に関わる者やファンは、それぞれの思いを馬に託し、その馬を心の中の主人公としてレースを見守る。2015年の有馬記念では、多くのファンがゴールドシップを心の中の主人公として迎え入れていたのではなかろうか。

2015年有馬記念のゴール版

順風満帆なゴールドシップ

引退レースを迎える2015年から4年遡ること2011年、須貝尚介厩舎に所属したゴールドシップは函館競馬場でデビューし、勝利。その後はコスモス賞を勝ち、札幌2歳Sで2着、そして年末のラジオNIKKEI杯2歳S(当時GIII)で2着の成績を挙げ、3歳を迎える。

始動戦となった共同通信杯で上がり33.3の脚を繰り出し、後のダービー馬となる圧倒的人気の東スポ杯勝ち馬ディープブリランテ、さらには後の天皇賞・秋を制するスピルバーグを抑えて見事重賞初制覇を遂げた。

騎乗していたのは怪我から復帰したばかりの内田博幸騎手で、この重賞勝利は同騎手にとって大きな1勝となった。そして内田博幸騎手とのコンビはここから始まり、共に3歳クラシック路線へと進んでいくことになった。

そして直行で迎えた皐月賞では、雨で緩んだ地面を気にして各馬が外へ持ち出す中、馬場の痛みを気にする事なくただ1頭インからスイスイと進出したゴールドシップが2馬身半差で快勝、GI初制覇を成し遂げる。

次走の日本ダービーでは2番人気に支持されるも、末脚届かず5着に敗れ、休養へ。秋の復帰戦となった神戸新聞杯で危なげなく勝利し、菊花賞に向かった。ややスタートで後手を踏むも、単勝人気1.4倍の圧倒的な支持に応える形で見事勝利し、クラシック二冠を達成した。

そしてゴールドシップは有馬記念へと歩を進め、古馬との初対決に挑む。香港のQE2世Cを制し、前月のジャパンカップでオルフェーヴル、ジェンティルドンナに続く3着に入っていたルーラーシップ、ダービー馬でその年の天皇賞・秋で見事な復活勝利を成し遂げていたエイシンフラッシュらの強豪たちが揃っている中でゴールドシップは1番人気に支持され、ルーラーシップと共に大きく出遅れながらも、最後の直線で豪快な差し切りを見せてGI3勝目を挙げた。

その年のゴールドシップの活躍が認められ、JRA賞最優秀3歳牡馬に選出された。まさに順風満帆だった。

2012年有馬記念の本馬場入場時のゴールドシップ(筆者撮影)

逆風張帆なゴールドシップ

古馬になったゴールドシップは復帰戦の阪神大賞典を単勝オッズ1.1倍に応えて勝利し、天皇賞・春へ向かう。

天皇賞・春では菊花賞、阪神大賞典と長距離では滅法強いレースを見せていただけに、単勝1.3倍に支持されるも、同期のステイゴールド産駒フェノーメノの5着に敗れてしまう。高速馬場だった日本ダービーでも5着に敗れていたことから、この敗北で高速馬場への適性に疑問符がつきはじめていた。

それを証明するかのように、宝塚記念では梅雨時期の最終週の馬場ということで良馬場ながらもタフなコンディションとなった芝で見事な勝利を挙げた。内田博幸騎手が勝利ジョッキーインタビューで「馬は生き物ですから」という表現でゴールドシップがいかに難しい馬かを語り、この時期から競馬ファンにもそのゴールドシップの気難しさが認知されるようになってきていた。

秋になり、京都大賞典を復帰戦に選んだが、5着に敗北してしまう。さらにジャパンカップでも出遅れから何も出来ずに15着と大敗してしまい、ここで内田博幸騎手が降ろされてしまうことになった。

そして、2回目となる有馬記念ではライアンムーア騎手との新コンビで臨むことになるも、1つ上のゴールドシップと同じステイゴールド×メジロマックイーン配合(当時「黄金配合」や「ステマ配合」と呼ばれた)の三冠馬オルフェーヴルとライバルのウインバリアシオンに続く3着に敗れてしまうも、実績ある舞台でなんとか意地を見せる形で2013年を終えた。

2013年有馬記念で引退の花道を飾ったオルフェーヴルと池添謙一騎手(筆者撮影)

2014年も阪神大賞典から始動し、乗り替わった岩田康誠騎手と共に連覇を達成するも、Cウィリアムズ騎乗で挑んだ天皇賞・春ではまたしてもフェノーメノに敗れてしまう。ところが宝塚記念では横山典弘騎手との新コンビで見事に復活。良くも悪くも前年の成績を再現することになった。

夏の札幌記念の2着を挟み、秋は仏国の凱旋門賞へ挑戦するも14着に敗れ、帰国後は3度目の有馬記念出走へ。

横山典弘騎手がワンアンドオンリーに騎乗することもあり、阪神大賞典でコンビを組み共に勝利した岩田康誠騎手を背に、1番人気に支持されたが引退レースを迎えたジェンティルドンナの3着に敗れた。

高速馬場や自信の我の強さが災いし、3歳時のように順風満帆とは行かないゴールドシップ。それでも得意舞台の宝塚記念や有馬記念の舞台では強さを発揮するその姿は、逆風にもめげずに突き進むまさに逆風張帆そのものだったと言える。

2014年有馬記念の1周目スタンド前(筆者撮影)

傍若無人なゴールドシップ

古馬としての競走生活も3年目を迎え、ゴールドシップの馬体はだいぶ白くなっていた。この頃になるとゴールドシップの気の難しさ、いわゆる傍若無人ぶりはファンの間でもだいぶ認識されていた。

この年は1月のAJCCから早くも復帰するが7着に敗退。しかし、その次走阪神大賞典ではやはり得意舞台なのか、危なげなく3連覇を達成した。

そして因縁の天皇賞・春を迎える。阪神大賞典を勝っての参戦だったが、過去2年の同レースにおける凡走がファンの頭に残っていたのもあり、2番人気4.6倍(複勝だと4番人気2.0倍~2.8倍)の支持に留まった。スタートのゲート入りも嫌がり目隠しをされての発走にファンはどよめいた。しかしレースでは再び鞍上に戻ってきた横山典弘騎手の巧みの腕が炸裂し、向正面からの超ロングスパートを決めて見事に1着。ついに念願の天皇盾を手にした。

しかし、その次の3連覇がかかる宝塚記念、ここは得意舞台ということ、さらには苦手なはずだった天皇賞・春を克服したことから、ここはもう大丈夫だろうと筆者も含めた多くのファンは確信、1.9倍の1番人気に支持された。しかし、ゲートで立ち上がり大出遅れ、ファンの悲鳴に包まれながら15着に敗れた。

夏は休養となったが、その間に翌2016年からビッグレッドファームで種牡馬入りすることが決まり、競走生活は年内いっぱいとなることが決まった。ゲート再試験を挟んで、秋はジャパンカップからの復帰となった。歳を重ねてすっかり白くなったゴールドシップだが、このレースでは馬具が外されてその白い素顔も久々の披露となった。残念ながら結果は10着と大敗したが、スタートを無事に出たことから有馬記念は問題なく出走出来ることとなった。

ジャパンカップで本馬場入場をするゴールドシップと横山典弘騎手(筆者撮影)

完全燃焼のゴールドシップ

有馬記念の出走が決まると、GIを共に4勝したかつての相棒である内田博幸騎手に手綱が戻ることも発表された。ゴールドシップの気の難しさに手を焼いた陣営は、結果を出すための熟考の末に数々の名手に乗り替わりの苦渋の決断をし、もしかしたらファンからは厳しい声があったかもしれない。しかし、指揮官である須貝調教師の「最後は彼(内田騎手)で、と決めていた」というコメントに、多くのファンは喜び、そして有終の美へと期待を寄せた。

──2015年12月27日、中山競馬場。

空は厚い雲に覆われていたが、雨が降ることなく競馬が開催された。この日の最終レース後にはゴールドシップの引退式が開催予定だったこともあり、12万人を超えるファンが中山競馬場に集った。

ファン投票はこの年の宝塚記念と天皇賞・秋を制したラブリーデイ(2位)、北島三郎氏がオーナーで話題の菊花賞馬キタサンブラック(3位)を抑え、ゴールドシップが1位。

単勝オッズもゴールドシップが4.1倍の1番人気に支持された一方、複勝オッズは2.1倍~2.9倍の3番人気だったことから、ゴールドシップが勝つことを祈ったファン、信じたファンの応援票も多かったことがオッズから読み取れる。

本馬場入場の時を迎え、内馬場側から各馬が入場。
ゴールドシップも内田博幸騎手と共に黒いメンコをつけて入場した。

ダートコースを横切り、芝コースに入ると、4コーナー側に向かってすっかり白くなった馬体を揺らして駆け抜けていく。まさにファンに最後の挨拶をするかのような、誇らしい姿だった。

本馬場入場するゴールドシップと内田博幸騎手(筆者撮影)

筆者を含めたファン達はこの時になると、冬の寒さは忘れていた。発走時刻を迎え、ファンファーレが鳴り響くとボルテージが最高潮に。その後まもなくゴールドシップには目隠しがされて、スムーズにゲートへと誘導されていき、ゲートインを終えた。その後各馬もゲートを終えてスタート。

各馬一斉に揃ったスタートと思いきや、ゴールドシップは行き脚が付かずに1馬身、2馬身と馬群から置いてかれた。しかしファンもゴールドシップのこの程度の出遅れは慣れたもの、そこまでのどよめきは起きなかった。

ハナを奪ったのは菊花賞馬の3歳馬キタサンブラック、それに続いたのも3歳馬のリアファル、そしてエリザベス女王杯を制していたマリアライトと上がり馬のゴールドアクターが先団を形成した。

中団に善戦マンのサウンズオブアース、中距離路線で当時政権を握りつつあったラブリーデイ、ゴールドシップは最後方からレースを進めた。

1周目の4コーナーを回ってスタンド前を各馬が走り抜けていく。有馬記念におけるこの1周目スタンド前は格別である。ファン達は先頭で駆け抜けてほしいという応援の気持ちから1年の感謝の気持ちを声や拍手にのせて、各馬に送り届ける。ゴールドシップは最後方から虎視眈々と構えていた。

大観衆の前を1度通り抜けたら1コーナーから2コーナーへと馬群が進んでいく。すこし歓声が落ち着いてきたところで馬群は向正面へ。

その時だった。

内田博幸騎手の腕が動き始めたと思った瞬間、ゴールドシップの頭が上下に頷くように動き始め、白い馬体がターフビジョンの左から右へと、いや馬群が右から左へと流れて行った。

この時、ファンは思っただろう。「あの時のゴールドシップが最後の最後に帰ってきた」と。その「あの時」は3年前の皐月賞か、菊花賞か、有馬記念か、2年前の宝塚記念か、1年前の宝塚記念か、半年前の天皇賞・春か、それは人それぞれだろう。

例年よりも半周早く、向こう正面で地鳴りのような大歓声が鳴り響く中、各馬3コーナーから4コーナーへ。

この辺りで手応えが苦しくなってきたのか、内田博幸騎手の腕が激しく動き始めた。ゴールドシップは4番手で直線を迎えたが、ここで最後の力を使い果たしたのか、馬群へと飲み込まれていった。

逃げたキタサンブラックが粘りに粘るが、坂を登ったところで、先団で競馬を進めていたゴールドアクターが捕らえて先頭に立つ。

最後は中団に控えていたサウンドオブアースが粘るキタサンブラックを差し切り、ゴールドアクターにクビ差迫ったところがゴールだった。

ゴールドシップは8番手の入線でラストランを終えた。1着ゴールドアクター、2着サウンズオブアースは4歳馬、3着キタサンブラックは3歳馬、ゴールドシップとは2歳、3歳若い馬達だった。最後の力を振り絞り、ド派手な大マクリを披露するも最後は後進に世代を譲るかのような完全燃焼のレースぶりに、寂しさは感じつつも清々しさも感じる、そんな雰囲気が中山競馬場を包んでいた。

勝利したゴールドアクターと吉田隼人騎手(筆者撮影)

不沈艦 ゴールドシップ

最終レースの終了後、すっかり辺りが暗くなり冷え込んだ中山競馬場には多くのファンが残った。筆者のように有馬記念でゴールドシップに身銭を預け、そのまま失ったファンも、たくさんいただろう。しかし、それとは別に約4年間、競馬界を盛り上げ続けたゴールドシップの最後の勇姿を見届けたいという純粋なファンの気持ちが現実化したのであろう。

引退式が始まると、暗くなった周囲とは対称的に照明に照らされてますます白く輝くゴールドシップが登場した。横には北村調教助手と厩務員としてすっかりお馴染みとなっていた今浪厩務員が手綱を持ち、目に涙を浮かべていた。

司会の杉本清氏、細江純子氏、そしてゴールドシップを支えた関係者が登壇し、思い思いにエピソードを披露した。

丁寧にお礼を述べる小林オーナー代理、涙ながらに感謝の気持ちを込める須貝尚介調教師、悔しさを滲ませつつも言葉を振り絞る内田博幸騎手、大出遅れしたことが1番の思い出と語る横山典弘騎手、なぜか自分が乗る時だけは掛かったと失笑する岩田康誠騎手、無事に走り切り種牡馬としての可能性を語る生産牧場の出口氏、一言一言がゴールドシップへの想いが溢れていた。

そんな中、ゴールドシップは皆に挨拶がしたかったのか、叫ぶように嘶き、中山競馬場に響いた。そして写真撮影はもちろん断固拒否、「ちゃんとせい!」という今浪厩務員の声も響く中で記念撮影が何とか終わると、皆の前から退場していった。

最後の最後まで、「ゴルシー!」「ありがとー!」とファンの声が鳴り止まぬままに引退式が終了した。

引退式におけるゴールドシップと今浪厩務員(筆者撮影)

引退から8年が経過した2023年現在、ゴールドシップの存在感は衰えることを知らない。種牡馬としてはユーバーレーベンを輩出し、ウマ娘においては一際個性の強いキャラクターとして人気を博している。馬柱上の成績は浮き沈みが激しかったものの、決して沈没することなく最後まで航海を続け、引退レースでも力を出し切ったそのシーンはアニメウマ娘でも感動的なシーンとして当時を知らなかったファンの心をガッチリと掴んだ。

まさに「不沈艦」の如く、ゴールドシップの旅程は引退した今もなお永遠と続いていくのだろう。


ゴールドシップの魅力や強さの秘密、ライバルたちにスポットをあてた新書『ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児』が2023年5月23日に発売。

製品名ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児
著者名著・編:小川隆行+ウマフリ
発売日2023年05月23日
価格定価:1,250円(税別)
ISBN978-4-06-531925-3
通巻番号236
判型新書
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

気分が乗れば敵なし! 「芦毛伝説の継承者」

常識はずれの位置からのロングスパートで途轍もなく強い勝ち方をするかと思えば、まったく走る気を見せずに大惨敗。気性の激しさからくる好凡走を繰り返す。かつてこんな名馬がいただろうか。「今日はゲートを出るのか、出ないのか」「来るのか、来ないのか」「愛せるのか、愛せないのか」...。気がつけば稀代のクセ馬から目を逸らせられなくなったわれわれがいる。度肝を抜く豪脚を見せた大一番から、歓声が悲鳴に変わった迷勝負、同時代のライバルや一族の名馬、当時を知る関係者・専門家が語る伝説のパフォーマンスの背景まで。気分が乗ればもはや敵なし! 芦毛伝説を継承する超個性派が見せた夢の航路をたどる。

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