
スタンドの呼吸が、ハッと詰まる。無事に飛越を終えると、溜めていた息がふうとほどけていく。
障害競走を前にするとき、スタンドにはいつもよりも少しだけ、「祈り」の成分が多く満ちるように思う。ただ走るだけでも大変なのに、幾つものハードルを飛び越えなければならない。平地以上に危険を伴うその舞台に身を投じる馬たちへ──ファンはどうしても、敬意と愛情を込めずにはいられないのだろう。
そんな障害界にあって、ひときわ長く、ひときわ溌溂と走り続けた馬がいる。
アサクサゲンキ。
平地で重賞を勝ち、障害でも重賞を制した稀有な存在は、2025年11月、足掛け9年の競走馬生活に静かに区切りをつけた。
2歳から10歳。主役も脇役もこなし、東へ西へと旅を続けた51戦。大きな故障も長い休みもなく、いつだって「今日も元気だ」と思わせてくれる、その名のとおりの元気な馬だった。

その始まりは、今となっては目を細めてしまうほどに懐かしく思えるあの夏だった。
2017年、小倉2歳ステークス。武豊騎手を背に、まだ幼さを残す鹿毛の馬体が夏のターフを弾むように駆け抜けていった。 溢れるスピード、ヤンチャな仕草、抑えきれない逸る気持ち。
その一つひとつが眩しくて、未来に溢れていた。どんな旅路が待っているのか、どこに繋がっているのか──彼の前には未来が広がっていた。

だが、その歩みは決して順風ではなかった。スピード自慢の同期に揉まれ、年長馬と対峙するようになれば、その壁はさらに高く、厚くなる。差のない競馬を続けながらも勝利の女神は振り向かず、着順も人気も、その数字は少しずつ大きくなっていく。若さに似合わない閉塞感が、あの頃の彼を包んでいた。
そんな中で訪れた、4歳春の転機。
「まだやれるのに」。そんな声が聞こえてきそうなタイミングで、アサクサゲンキは障害の道へと舵を切った。少し前のオープン特別で久々に好走していたこともあり、その選択はなおさら意外に映った。危険な舞台へ進むことを心配するファンの声もあった。
それでも陣営は、彼の「飛越の才能」を信じた。
3度目で障害試験をクリアし、ようやく迎えた新たな門出。その最初の相棒は熊沢重文騎手。鞭を置いた今となっては「レジェンド」と呼びたい大ベテランに導かれ、アサクサゲンキは新章を紡ぎ始めた。入障2戦目で勝ち上がり、オープンで歴戦の強者に揉まれながら、彼はひとつ、またひとつと、泥臭く階段を登っていく。

そして6歳の夏──思い出の地、小倉で、彼を再び大きく輝く。
小倉サマージャンプ。アサクサゲンキは青春を取り戻したかのように躍動し、4年ぶりに重賞タイトルを掴み取った。
スピードにものを言わせて前へ行き、飛越一つひとつを正確に刻む。経験を重ねた分だけ無駄はなく、我慢を効かせ。自在にリズムを刻み、レースを支配した。
翌年も同レースを制し、連覇で重賞3勝目。
小倉は彼のホームだった。いや、小倉の夏そのものが、アサクサゲンキの季節だった。
デビュー間もない小牧加矢太騎手のキャリア2戦目のパートナーとなったのもアサクサゲンキだった。
馬術の世界では天才と謳われた若者も、レースはまだまだ不慣れ。経験を重ねた障害馬と、これからの未来を背負うルーキー。その背中で大ベテランからルーキーへと希望のバトンをつなぎ、アサクサゲンキは堂々と戦った。
初めてのコンビから2年半の後、9歳冬のイルミネーションジャンプステークスでは、その小牧騎手とのコンビでついに勝利も掴んだ。競走馬としては黄昏を迎えてもおかしくない年齢。それでも彼の走りに衰えの影は感じられなかった。どれだけ走っても胸を張って前へ行く姿は、いつだって瑞々しい生命力に満ちていた。

ラストランとなったのは10歳秋。秋陽ジャンプステークス。
勝利は叶わなかった。でも西日を浴びた最後の直線、最終障害の飛越で先頭に並びかけ、あと一歩の走りでファンの心を揺らし続けた。
短距離馬らしい気の強さを持ちながら、3000mを超える長丁場でも決してくじけない。首をぐっと沈め、活気に満ちた走りでスピードに乗って障害を飛び越える。
そんな姿を何度も見せてきたから、彼の名を目にするたびに「今日も頑張っているな」と自然と声が漏れた。競走中止は中山大障害の一度だけ。私たちファンの「今日も無事に」という祈りを、彼は何度も叶え続けた。
引退するその日まで、彼の名前は「昔の名前」ではなかった。いつも印がつき、強さと若さを保ち続けた。飾らず、奢らず、まっすぐに。アサクサゲンキはその名の通り、最後まで「元気」だった。

大好きな小倉で誘導馬へ──。
まだまだ走れそうに思えたから、引退の報に驚いた。けれど、その先の道を知った時、胸の奥に暖かいものが広がり、どこかほっとした。
アサクサゲンキという名は、これからも小倉の風の中で、静かに、穏やかに、息づき続ける。そのことに、頬が自然と緩んだ。
あの夏の日差しの下、飛越の瞬間に見せた勇気、スピードを全開にした伸びやかなフォーム。それらすべてを胸に抱きながら、これからはゆっくり歩き、たくさんの後輩たちを導いていく。
元気に駆け続けた彼だからこそ、ハラハラしながら見守った彼だからこそ、そんな未来が訪れたことに、心から安堵するのだ。

写真:かずーみ
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