オネエサンが初めて競馬を見たのは東京競馬場で、それもいちばん高い席からだった。 「先生」と呼ばれる人のエスコートのもと、特別な出入り口から入って、一番高いフロアまで連れられてきた。初めて見たのが1998年、エルコンドルパサーのNHKマイル。『コンドルは飛んでいく』、歌と同じ名前だと後から知った。 先生と知り合ったきっか...
手塚 瞳
栃木県出身。慶應義塾大学文学部卒。ウマの書記係。第15回Gallopエッセー大賞受賞。NPO法人日本インタビュアー協会認定インタビュアー。
手塚 瞳の記事一覧
競馬場には、馬券好きのオッチャンたちに紛れてデカいカメラを提げて走り回る人たちがいる。馬や騎手などの追っかけだ。 その一人が、夜明け前の品川駅にいた。大きなカメラバッグを二つも担いで、青白い顔で始発を待つ女。この日、このオネエサンの“推し”の若手騎手が中京競馬場のGⅠに出るという。それも相当の人気馬だ。デビュー9年、つ...
向正面でゲートが開くとスタンドの空気が一変した。確かな密度があって、息が詰まりそうなほどだった。最初の障害が近づくにつれて、ひとかたまりの大きな祈りに包まれているのだと察知した。どこかの国の荘厳な教会みたいに人びとは一心に全馬の無事を祈っていた。馬たちが最初の障害を飛越した一瞬、それが不意に緩んだ。どっと拍手がわいた。...
2022年の天皇賞・秋、パンサラッサは見事な大逃げを打った。ハイペースを刻んで1000メートル通過は57秒4。ずっと先頭を守って、守って、最後は差された。あふれんばかりの生命力をもって、元気よく走り切った。 私は「パンサラッサ本命なら、残り100メートルまでは絶対に楽しめるからね、アハハ」という職場のおやじを思い出して...
逃げるか。控えるか。そもそもゲートを出られるか。 なるべく心に波風立てることなく、上機嫌で走ってほしい。仮にゲートを出られずとも、どうか鼻歌でも歌いながら、最後の力を存分に貯めておいてほしい。そんな人間たちのささやかなお願いを容赦なく薙ぎ倒し、勢いそのままに突き抜ける竜巻のようなレースをするのがキセキだった。 2020...
栗色の馬体を煌めかせ、解き放たれたように先頭を走り続けたサイレンススズカ。1998年の天皇賞・秋、彼は私たちがもう二度と会えない場所へと旅立っていった。まだ5歳だった。サイレンススズカとともに戦ってきた馬たちは、のちに父となり、母となり、今日の競馬へと血脈を繋いでいった。彼にもそんなふうに生きていてほしかった。今もずっ...
「あれ、北村? 初GⅠ?」 私の心の声をなぞるように、隣にいたオッチャンが中山の大画面を茫然と見つめながらぼやくので、相槌を打ちたくなった。2019年の大阪杯のことだ。 「ですって、意外ですねえ」「そうかあ、北村、ついにやったかあ。よかったなあ。あれ、でもアルアインて、前は松山を勝たせたよなあ。おれもアルアインに乗せて...
競馬を続けていると、幸せと不幸せの行ったり来たりを繰り返して生きていることに気づかされる。予想通りの展開で大勝する日もあれば、最終レースに人気馬の複勝にブッ込んで取り返せない日もある。 たとえば、2017年8月6日。台風の影響で夏の甲子園の開幕は翌々日に延期。ため息のなか「競馬でもやるか」とテレビをつけて、打って変わっ...
アーカイブ
カテゴリー
語り継がれし「名馬」たち
レース回顧
-
[重賞回顧]自身の走りに徹したダノンデサイルが、ダービー馬の貫禄と実力を示し重賞3勝目~2025年・アメリカジョッキークラブC~
-
[重賞回顧]鮮やかな追込みを決めたニシノエージェントが、クラシック戦線に堂々と名乗り!~2025年・京成杯~
-
[重賞回顧]キズナ産駒リラエンブレムが、デビュー2連勝で出世レースを突破!~2025年・シンザン記念~
-
[重賞回顧]復活と希望の勝利!北村友一騎手とクロワデュノールがホープフルSを制覇~2024年・ホープフルS~
-
[重賞回顧]いざ、新時代へ! 復活を遂げたレガレイラが偉業を達成~2024年・有馬記念~
-
[重賞回顧]ニュースター誕生! 見惚れるほどの圧勝劇~2024年・朝日杯フューチュリティステークス~
-
[重賞回顧]世界を完封! 主役はやはり日本総大将~2024年・ジャパンカップ~