「切れないディープ」が残してくれた夏の思い出 - クランモンタナが制した2016年小倉記念を振り返る
■『切れないディープ』の素質馬

小倉記念と言えばサマー2000シリーズに組み込まれた夏のハンデキャップ競走ということで、これから出世するような若い素質馬が勝つパターンもあれば、ベテラン古馬の復活もあり、斤量の重い実績馬の貫禄勝利もあれば、軽ハンデ馬の激走もある。馬券購入者泣かせの夏の風物詩的なレースである。筆者が小倉記念で真っ先に思い出すのは、あえてわかりやすく説明すると”ベテラン素質馬”と呼ぶべき父ディープインパクト、母エアトゥーレの良血芦毛馬クランモンタナが勝利した2016年の小倉記念である。

ディープインパクトといえばその天性の切れ味でG1を7勝した日本近代競馬の結晶であるが、産駒にもその才能が引き継がれていた。2016年時点でも、牝馬三冠を含むG1競走7勝のジェンディルドンナ、ダービーを制したキズナやマカヒキやディープブリランテ等、高速の良馬場でスパッと切れる末脚を活かして勝ち切る活躍馬を多く輩出していた。

また、サイアーランキングは2012年以降1位を保持しており、G1や重賞級レース等の質だけでなく量でもその種牡馬のトップとしての地位を確立していた。それだけにすでに実績馬を輩出していたり、自身が競走馬時代に活躍していた繁殖牝馬にディープインパクトが配合された産駒は、当然のように期待された。母がエアトゥーレ(01年阪神牝馬S)、半兄キャプテントゥーレ(08年皐月賞 他)、半姉アルティマトゥーレ(09年セントウルS 他)の良血馬クランモンタナもまた、当然、大きな期待を集めていた。

ところがデビュー戦では1.7倍の圧倒的人気を集めながらも4着に敗れる。2戦目以降も人気を集めたが、2着、3着、3着と勝ちきれない競馬が続き、初勝利は5戦目となった明け3歳2月の未勝利戦までかかった。その後は3歳の秋に500万クラスを勝利して2勝目、さらに年末に3勝目を挙げ、時間をかけながらもステップアップしていた。

さて、先述の通りディープ産駒といえば高速馬場で切れる脚を武器にしているイメージがあると述べたが、クランモンタナが勝利した3勝の上がり3ハロンは34.8、34.7、34.2(いずれも良馬場)。特に下級クラスでは33秒台が平気で計上されるだけにクランモンタナの持ち味として「切れ」ではないことはわかる。「切れないディープ」という言葉が一部の競馬ファンで使われていたが、この馬もその片鱗を見せつつあった。

■和田騎手との出会い

2013年に古馬となったクランモンタナは惜しい競馬を続ける中、降級後に再度8月に信濃川特別(1000万)を勝利し、1600万クラスの身に。またそこでしばらく足踏みが続いたが、7月には1600万クラスのマレーシアCを勝利し、ようやくオープンクラスに昇格した。

勢いのままに新潟記念に挑戦すると、いきなりクビ差の2着と好走し、重賞制覇は近いと思われた。しかし、その後は重賞戦線で大きな着順が続き、長いトンネルへと入り込んでしまった。上のクラスに上がるほど、その「切れない」「ズブい」という側面が顕著になり、ついていくのがやっとという状況も多くなっていた。

気づけば2016年の8月。7歳になったクランモンタナは前年で4着(上がり1位)と不振の中では健闘を見せていた小倉記念に出走してきた。前々走の都大路Sは8着(0.8秒差)、前走の鳴尾記念は13着(0.9秒差)ということでまったく人気がなく12頭中11番人気の扱いだった。

鞍上は、初めてのコンビとなる和田竜二騎手。スピード・切れというよりはパワー・馬力・スタミナで勝負するイメージのあるテイエムオペラオー、ナムラクレセントを動かしていたことから、馬券を検討する側としては「切れない」「ズブい」というイメージのあるクランモンタナとのコンビは、少しだけ色気を感じるコンビではあった──。

■和田騎手の『闘魂』注入

スタートを決めたクランモンタナだったが、さらに和田騎手が必死に手を動かし右ムチを数発入れて気合をつけられる。それに応えたクランモンタナの灰色の馬体と顔が上下に揺れ、2番手につける。そのまま隊列が安定すると1コーナーから2コーナーへ。

向こう正面の直線に向いたところで、早くも和田騎手の手が動き出す。通過点としては残り1000mのハロン棒の直前ほど。常識で考えれば明らかについていけてないという状況だった。そして残り800mのハロン棒を迎える前あたりから、継続的に無理を1発、2発、3発と鞭も入り始める。馬券を買っている身からすれば、「これは厳しそう…」と感じて当然の動きだった。

3コーナーに入っても依然として和田騎手の手は動いたまま、鞭も絶やすことなく続く。クランモンタナは逃げていたメイショウナルトを捕まえようとするが、外から手応えのよいアングライフェン、マーティンボロらが襲い掛かってきていた。ところがクランモンタナも意外としぶとい。メイショウナルトが苦しくなってくると、クランモンタナはメイショウナルトを捕らえ4コーナーから最後の直線に入るところで先頭に。

直線を向くとクランモンタナの外からアングライフェン、マーティンボロがすぐ横にいたが、和田騎手の激しいアクションから闘魂が注入され、クランモンタナが加速し突き放しにかかった。アングライフェンとマーティンボロはこれに参ったのか、苦しくなり馬群に沈んでいった。単騎で抜け出したクランモンタナの後ろから襲ってきたのは中団から後方で脚を溜めていたペルーフ、エキストラエンド、ダコールだったが時すでに遅し。クランモンタナがクビ差残して1着でゴールイン。マレーシアC以来約2年ぶりの勝利だった。

和田騎手が手綱をしごき、鞭を入れたのはおよそ1100mで時間にすると1分6秒程度。とにかくひたすらクランモンタナに闘魂を注入し続け、そして勝ち切った。勝利ジョッキーインタビューでは「2コーナーではすでに手ごたえがなかった」という。また、後の報道記事のインタビューでも「能力があるけどズブい。気を抜いたら終わりだと思って追った」というコメントがあり、クランモンタナの特性を判断しての闘魂注入だったことがわかる。さらに後日談によると、和田騎手はレース後に脱水症状になったということで、騎手にとってめ相当ハードなレースだったようだ。

■夏が来ると思い出す…

クランモンタナは結局小倉記念の勝利が平地で最後の勝利となった。その後は障害レースにチャレンジし、未勝利戦を突破。しかしこれが最後の勝利となり中山グランドジャンプ等にもチャレンジしたが、勝つことができず、引退。生まれ故郷の社台ファームに帰ることになった。

クランモンタナは見学可能(※)のようで、SNSにも多くの写真があがっている。シルヴァーソニック、クランモンタナ、キャプテントゥーレの3兄弟が並んで撮影された写真もあり、いまだ衰えない人気を保っているようだ。

夏のハンデキャップ重賞ということで、毎年の勝ち馬をすべて覚えている人はなかなかいないだろう。しかし驚異の1000m超の追い通しとムチ、それに答えたクランモンタナの激走は筆者の頭の中に今でも残っており、それこそ夏が来ると思い出す。

今年も小倉記念の季節がやってくる。思わぬ馬・騎手の予想外のパフォーマンスが一生忘れない小倉記念の思い出として残るかもしれない。

写真:はねひろ(@hanehiro_deep)

※見学の際は事前にご確認をお願い致します

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